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第2章

決戦の朝① ~君島うの~

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 甲子園に春と夏があることは、多くの人の知るところだろうが、その違いを答えられる人はそう多くはない。新チームの秋季大会の成績によって選抜で出場校が決まり、春の穏やかな陽気の中で試合が行われる春と、過酷な暑さの中で高校三年間の集大成を、全国一斉に地区大会が行われ、勝ち抜き戦の一発勝負で代表が決まる夏。どちらも県を代表する高校が甲子園で覇を競いあうことに違いはないが、やはり甲子園は夏の風物詩であり、誤解を恐れずに言えば、夏の甲子園こそがリアル甲子園だ。

 そのリアル甲子園まであと一歩の地区大会決勝まで歩を進めたあけぼの高校。エースは2年生の君島うのである。春までは全く無名だった選手が、ここまでの5試合、全て完封勝ちという離れ業をやってのけた。ここ数年緒戦敗退の続いていたかつての名門あけぼの高校をここまで導いたのは、君島投手と言って過言ではない大活躍だった。

 1,2回戦程度の相手ならばいざ知らず、決勝まで勝ち上がって来たこと、そして今回の相手があの花畑兄弟を擁するわかたか学園であることも含めて、マスコミ各社も君島投手の出自に関心を持って調査を展開したようだ。しかし、高校側が情報を完全にオフリミット。帰国子女であるらしいくらいのこと以外には、マスコミも情報がないというのが現状だった。

 外見が細身で小柄、速球でも球速130キロ台と、特別に目を見張るようなものではないことから、プロや大学の野球選手としての将来性で注目を浴びるには到っていなかったが、反面そのルックスは間違いなく超高校級の美少年。帽子を目深に被って顔を見せないスタイルを通してきたが、それでも隠しきれない美しさが高校球児追っかけJKの間で評判を呼んだ。準決勝では君島投手見たさに集まったJK集団の黄色い声援が、あけぼの高校応援団のそれを上回っていたという評も、あながちオーバーということもなかった。帰国子女で情報が少ないミステリアスさもJKの心に刺さっているようだ。

 ただ、この決勝には花畑兄弟というプロも注目の超目玉選手も出場する。君島フリークとの応援合戦も、もう一つの興味の対象になっていた。

<君島うの自宅>

 朝が来た。爽やかな目覚めとは言えなかったが、それでもうのは次の瞬間にはもう立ち上がり、ルーティーンの筋トレをスタートさせていた。昨日のことは、全てがまるで夢のようだ。監督のパパや、応援に来てくれるママ。そして山本先生。特殊な事情と環境で友達がいないうのにとっては、少人数であっても期待してくれる人が目に見える位置に存在してくれることは重要だった。

 それにしても。危機一髪のところを救ってくださった理事長先生には感謝しかないのだが、別れ際にあずかったこの袋の中身の処理にはちょっと困った。

「君島君、いいものをあげよう。明日はこの中のものを身に付けて登板しなさい。私のパワーを注入してあります。ピンチの時にきっと君の力になるはずですよ」

 そう言って手渡された紙袋に入っていたのは、ピンク色の紐のような物体。よく見ると、それは極めて布面積の小さなTバックのパンツだった。

「ピンチの時にって......、むしろこれを履いた時点でピンチだから」

 と思ったが、結局、昨日もし理事長がいなかったらどうなっていたのだろうと考えると、ムゲには出来ないと思った。

 うのはパジャマを脱ぐと、裸になってTバックを履いてみた。最近は男ものしか履いていないが、勿論以前は女ものの下着も履いていた。しかし、ここまで大胆なものは初めてだ。どうしよう。でも、誰かに見せるわけじゃないし。あけぼの高校に転校して、この3ケ月以上の間、うのはずっと男で通して来た。今日が最後。今日の試合に勝つことが出来れば、うのの役目は終わる。そんなことを考えながら、自分の本音が、これを履いてみたいと思っていることに気づく。動けば間違いなくお尻に食い込んでしまうだろうこのTバック。最後くらいいいよね、ちょっとだけ女の子だって。

 うのは衆人の注目の集まる決勝のマウンドに、密かにTバックを履いて立つ自分の姿を想像して真っ赤になった。その想像の中のうのは、ユニフォームも着ていないし、胸にさらしも巻いていない。Tバック一枚でマウンドに立ち、灼熱の太陽と何千人ものギラギラとした熱い視線にさらされていたのだ。鼓動が高鳴った。

 マモルやキイチ、ケンタ、エンゾウの4人には女であることを知られてしまったのも間違いない。理事長は大丈夫だと言ってくれたけれど、本当に大丈夫だろうか。

 ああ、最終日だっていうのに何て憂鬱なの。うのは、そう言ってちょっとウンザリしながら、その反面、強豪わかたか学園の花畑兄弟との対決に心躍らせている自分もいた。あの兄弟って、どのくらい凄いんだろうなあ。もし野球をやってなかったら、こんなドキドキなんて一生分からなかっただろう。そして、このTバック。ただ、下着が男ものから女ものに変わっただけで、どんな刺激的な一日になるんだろうとワクワクしている自分がいる。

 うのは、スライディングパンツを履こうして、やめることにした。今日はこれで行こう。今日だけは。

 さらしを巻いた上にユニフォームを着こむ。戦闘モード突入。

「よし、行こう」

 うのは自分に気合いを入れ直して、男の顔になって帽子を被った。

(続く)
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