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第1章
救世主登場
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<同時刻 理事長室>
あけぼの学園理事長の松村次郎が、猫を抱いてソファに腰かけメインモニターを見ている。壁には何台もの小型のモニター。その真ん中にある一際大きなメインモニターには、体育倉庫の様子が音声と共に流れている。ケンタがうののズボンを脱がすシーンだ。カメラがうのの顔から胸、そして脱がされて丸見えになったパンツへと動き、そこでズームインされる。理事長の手にあるリモコンで自在にカメラの操作が出来るようだ。
この体育倉庫は、うのの更衣室として理事長が提供した場所だった。
「いやいや、まさかこんなものが見られるとは思いませんでしたが、やはり機械というものは最新のものに限りますな。ほっほっほぉ」
抱いていた猫に話しかける。
「ああ、ああ、いかんいかん。若者というはまるで手順というものをわきまえていないからいけません。これじゃあ折角の素材が台無しじゃないですか。教育者として、きちんと指導しなければならないようですね」
松村理事長は猫をソファにおいて立ち上がり、赤絨毯が敷き詰めた理事長室を出ていった。
<再び体育倉庫 17時10分>
解放されたうのがノロノロと立ち上がる。
今、走り出せば逃げ出すことは可能だろう。いや、逃げたとしてどうするというのか。解けかけたさらしにパンツ一枚のこの恰好で男子校の中を走る図を想像してうのは頭を振った。この場を逃げてもマモルたちに握られてしまった女であるという秘密は守れない。この秘密はどうしても守らなければならなかった。最悪でも明日までは。
甲子園は「あけぼのにいく」と宣言した日から、いや父に初めて野球を教えてもらった日からの夢だったのだ。父のために、そして自分のために。厳しい練習を乗り越え、男子校に潜り込むリスクを背負い、ようやくあと一歩のところまで登ってきたんだ。ここで何もかも無駄にするわけにはいかない。
裸を見られるくらい、何でもないわ。
うのはパンツのゴムに両手の親指を入れ、少し腰をかがめながらパンツを降ろそうとした。しかし、思いとは別の羞恥心が身体の動きを緩慢にする。
「やるのか、やらねえのか。こっちは、どっちでもいいんだぞ」
イラつくマモルが煽り立てる。と、そこに、
「ち、ちょっと、マモルさん、ちょっと待ってください」
突然エンゾウが、マモルとうのの間に割って入った。
「何だ、エンゾウ、邪魔だよ。今、いいとこだろうが」
マモルはエンゾウを突き飛ばそうしたが、エンゾウは頑としてそこを動かなかない。体格だけは超高校級のエンゾウは、気持ちの弱さが無ければ野球でも相当なポテンシャルを持っていることは、誰も認めていたが、いかんせん本番に弱かった。そのエンゾウが、マモルからうのを守ろうしている。
「どうしたんだよエンゾウ、お前キミシマの前でいいカッコしようっていうのか?」
キイチがエンゾウに優しい声で聞いた。キイチは気の弱いエンゾウにいつもこうして優しく接していた。エンゾウはキイチに向かってこう言った。
「こ、この子の、足、腕も、みんな傷だらけだよ」
そう言われて、マモルたちはうのの手足を改めて観察した。太陽の下で白球を追う毎日だ。うのの肌も外に出ている部分は褐色に日焼けしていたが、ユニフォームにカバーされた肌は真っ白なまま残されていた。あまりの興奮に目が眩んでいたのだろうか、エンゾウの言う通りその白い手足には、肌色の絆創膏や紫色のあざがそこかしこにあった。
同年代の女子である。着飾って毎日を華やかに過ごしているいわゆるJKなのだ。それが男子生徒に混じって地区大会とは言え、強豪校を相手に真夏の連戦を投げ抜いてきたのだ。並大抵のことで出来る芸当ではない。エンゾウはマモルにそれを訴えようしていた。
「……」
マモルとキイチは言葉を失った。エンゾウはうのの方を振り向いてもう大丈夫だよとばかりに手を差し伸べた。こりゃ、いいところを持っていかれたなと、マモルが両手を広げる。
しかし。うのの方はいっぱいいっぱいで、エンゾウの思いやそのやり取りの意味など全く分かっていなかった。エンゾウの手が伸びてきたのを、パンツを脱がされるものと思い思わず一歩あとずさる。
「や、やめろ。自分で脱ぐから。明日の試合はどうしても投げなきゃいけないんだ。脱げば、秘密守ってくれるんだよな」
と、声を震わせながら言うと、ボクサーパンツを一気に膝まで下ろした。
<体育倉庫 17時20分>
「そこまでです」
体育倉庫の入口に仁王立ちした松村理事長の声が響いた。
「理事長……」
4人の男たちは入口の理事長の方を見ているうちに、うのは慌ててパンツを上げた。理事長のまさかのタイミングの登場のおかげで、誰もうののパンツの下を見ることはなかった。
「野田くん。どんな事情があるにせよ、高校生たる者、このように仲間を私刑するようなことをしてはいけませんね。他の者たちもそうです。そこに並びなさい」
理事長はマモルたち4人を壁際に一列に並べて、うのに声を掛ける。
「君島君、君は早く服を着なさい。君も君だ。そんな簡単に大事なところを見せるようなまねをしてはいけませんよ」
理事長はうのが服を着るのを待って、
「君島君は、保険室の山本先生のところに行きなさい。怪我をしているといけないのでちゃんと診てもらってくださいね。大丈夫、あとのことは私に任せておきなさい」
と指示をした。
「ありがとうございます」
うのは感謝の言葉を理事長に返し、足早に体育倉庫を後にしようとしたところを呼び止めた理事長が、一言二言声を掛けて何かを手渡した。改めて体育倉庫に残った4人の生徒に向き合った松村理事長は、ひとつ咳払いをする。
「コホン。さて、です」
と、言って「ニコリ」と笑った
(続く)
あけぼの学園理事長の松村次郎が、猫を抱いてソファに腰かけメインモニターを見ている。壁には何台もの小型のモニター。その真ん中にある一際大きなメインモニターには、体育倉庫の様子が音声と共に流れている。ケンタがうののズボンを脱がすシーンだ。カメラがうのの顔から胸、そして脱がされて丸見えになったパンツへと動き、そこでズームインされる。理事長の手にあるリモコンで自在にカメラの操作が出来るようだ。
この体育倉庫は、うのの更衣室として理事長が提供した場所だった。
「いやいや、まさかこんなものが見られるとは思いませんでしたが、やはり機械というものは最新のものに限りますな。ほっほっほぉ」
抱いていた猫に話しかける。
「ああ、ああ、いかんいかん。若者というはまるで手順というものをわきまえていないからいけません。これじゃあ折角の素材が台無しじゃないですか。教育者として、きちんと指導しなければならないようですね」
松村理事長は猫をソファにおいて立ち上がり、赤絨毯が敷き詰めた理事長室を出ていった。
<再び体育倉庫 17時10分>
解放されたうのがノロノロと立ち上がる。
今、走り出せば逃げ出すことは可能だろう。いや、逃げたとしてどうするというのか。解けかけたさらしにパンツ一枚のこの恰好で男子校の中を走る図を想像してうのは頭を振った。この場を逃げてもマモルたちに握られてしまった女であるという秘密は守れない。この秘密はどうしても守らなければならなかった。最悪でも明日までは。
甲子園は「あけぼのにいく」と宣言した日から、いや父に初めて野球を教えてもらった日からの夢だったのだ。父のために、そして自分のために。厳しい練習を乗り越え、男子校に潜り込むリスクを背負い、ようやくあと一歩のところまで登ってきたんだ。ここで何もかも無駄にするわけにはいかない。
裸を見られるくらい、何でもないわ。
うのはパンツのゴムに両手の親指を入れ、少し腰をかがめながらパンツを降ろそうとした。しかし、思いとは別の羞恥心が身体の動きを緩慢にする。
「やるのか、やらねえのか。こっちは、どっちでもいいんだぞ」
イラつくマモルが煽り立てる。と、そこに、
「ち、ちょっと、マモルさん、ちょっと待ってください」
突然エンゾウが、マモルとうのの間に割って入った。
「何だ、エンゾウ、邪魔だよ。今、いいとこだろうが」
マモルはエンゾウを突き飛ばそうしたが、エンゾウは頑としてそこを動かなかない。体格だけは超高校級のエンゾウは、気持ちの弱さが無ければ野球でも相当なポテンシャルを持っていることは、誰も認めていたが、いかんせん本番に弱かった。そのエンゾウが、マモルからうのを守ろうしている。
「どうしたんだよエンゾウ、お前キミシマの前でいいカッコしようっていうのか?」
キイチがエンゾウに優しい声で聞いた。キイチは気の弱いエンゾウにいつもこうして優しく接していた。エンゾウはキイチに向かってこう言った。
「こ、この子の、足、腕も、みんな傷だらけだよ」
そう言われて、マモルたちはうのの手足を改めて観察した。太陽の下で白球を追う毎日だ。うのの肌も外に出ている部分は褐色に日焼けしていたが、ユニフォームにカバーされた肌は真っ白なまま残されていた。あまりの興奮に目が眩んでいたのだろうか、エンゾウの言う通りその白い手足には、肌色の絆創膏や紫色のあざがそこかしこにあった。
同年代の女子である。着飾って毎日を華やかに過ごしているいわゆるJKなのだ。それが男子生徒に混じって地区大会とは言え、強豪校を相手に真夏の連戦を投げ抜いてきたのだ。並大抵のことで出来る芸当ではない。エンゾウはマモルにそれを訴えようしていた。
「……」
マモルとキイチは言葉を失った。エンゾウはうのの方を振り向いてもう大丈夫だよとばかりに手を差し伸べた。こりゃ、いいところを持っていかれたなと、マモルが両手を広げる。
しかし。うのの方はいっぱいいっぱいで、エンゾウの思いやそのやり取りの意味など全く分かっていなかった。エンゾウの手が伸びてきたのを、パンツを脱がされるものと思い思わず一歩あとずさる。
「や、やめろ。自分で脱ぐから。明日の試合はどうしても投げなきゃいけないんだ。脱げば、秘密守ってくれるんだよな」
と、声を震わせながら言うと、ボクサーパンツを一気に膝まで下ろした。
<体育倉庫 17時20分>
「そこまでです」
体育倉庫の入口に仁王立ちした松村理事長の声が響いた。
「理事長……」
4人の男たちは入口の理事長の方を見ているうちに、うのは慌ててパンツを上げた。理事長のまさかのタイミングの登場のおかげで、誰もうののパンツの下を見ることはなかった。
「野田くん。どんな事情があるにせよ、高校生たる者、このように仲間を私刑するようなことをしてはいけませんね。他の者たちもそうです。そこに並びなさい」
理事長はマモルたち4人を壁際に一列に並べて、うのに声を掛ける。
「君島君、君は早く服を着なさい。君も君だ。そんな簡単に大事なところを見せるようなまねをしてはいけませんよ」
理事長はうのが服を着るのを待って、
「君島君は、保険室の山本先生のところに行きなさい。怪我をしているといけないのでちゃんと診てもらってくださいね。大丈夫、あとのことは私に任せておきなさい」
と指示をした。
「ありがとうございます」
うのは感謝の言葉を理事長に返し、足早に体育倉庫を後にしようとしたところを呼び止めた理事長が、一言二言声を掛けて何かを手渡した。改めて体育倉庫に残った4人の生徒に向き合った松村理事長は、ひとつ咳払いをする。
「コホン。さて、です」
と、言って「ニコリ」と笑った
(続く)
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