甲子園を目指した男装美少女のひと夏の経験

牧村燈

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第1章

エースはミニスカート

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 あけぼの高校に行くと宣言したものの、男子校とまでは知らなかった。しかし、もう後に引く気などさらさらない。元々男子じゃなきゃ高校野球は出来ないんだから。ええい、毒を食らわば皿までよ。

「そんなの知ってたもん」

 あ、この言い方。知らなかったんだ、と父・吾朗にはすぐに悟る。しかし、一度言い出したことを引くような子ではないことも分かっていた。

「本気なんだな、うの」

 父の言葉に娘は頷く。こうして父娘の甲子園への道がスタートしたのだった。

 とはいえ、男子校のあけぼの高校に正面から行ったところで、「はいはい」と簡単に女子を入学させてくれるはずがない。吾朗は無理は承知で僅かな可能性を頼りに女子野球フリークで有名な松村理事長に頼み込むことにした。当初は君島監督からの話ということで渋々話を聞く風だった理事長だったが、部屋に入ってきたブレザーにミニのJKの制服姿のうのを見た瞬間にガラリと態度が変わる。

「わたしは甲子園に行きたいです」

 うのの熱い決意をうんうんと頷きながら聞いていた理事長は、

「私も君が甲子園で投げる姿を見たい」

 と、あっさりと入学を了承した。あまりの呆気なさに拍子抜けした君島父娘のに向かって、理事長は条件を出した。

「噂にもなっているようですが、ここでハッキリさせておきましょう。君島監督、もしこの夏の大会も甲子園出場を果たせなければ、貴方には責任をとってもらいます。いいですね」

「そのつもりで3年間やって来ましたから」

 吾郎はその条件を受け止めた。

「よろしい。では、監督はここで席を外してください。あとはうの君に話しておきたいことがありますので」

 理事長に促され、吾郎は礼を言って理事長室から出て行った。部屋にはうのと理事長の二人だけになった。壁にある大きなモニターが不調和に感じたが、ソファーはとてもフワフワして気持ちいい。相当に高価なものだろうなと、うのは思った。

「さて、うの君。ここからはあけぼので学校生活を送るために大事な話をします。よく聞いてください。まず。君には一人味方をつけましょう。保健室の山本みすず先生に、君が男子として学校生活を送る上での不自由をサポートするように言いつけておきますので、山本先生の前でだけは女子であることを許します」

 うのは頷いた。理事長の視線が少し下方にあるような気がしてスカートの裾を直す。ふ、と微笑みを浮かべて理事長は話を進めた。

「しかし、それ以外の教員、生徒には男子として振る舞ってください。万一、女子であることがバレてしまった場合は……」

「バレてしまったら……」

 理事長は語気を強めてこう言った。

「この話は終わりです。君は即退学、お父さんも即クビです。それでいいですね」

 うのは理事長の圧を跳ね返すように、ニコリと笑うと、力強くこう宣言した。

「分かりました。私、絶対バレないようにします。そして、あけぼのを甲子園に連れて行きます」

 こうしてうのは無事あけぼの高校に『男子』として転校する許可を得た。

 髪の毛はベリーショートに刈った。体つきは細身ではあったが野球選手らしく腰は発達していたし、身長も165cmあったので男子選手に交じってもそれほど見劣ることはなかった。

 一番の問題は高校に入学してからグンと発育した胸をどう隠すかだったが、これも理事長の伝手で新宿にある旧江戸城ご用達の和下着屋の紹介があり、くノ一のさらし巻きと言われる驚愕の技術でクリアする。身体のラインが隠れる野球のユニフォームの助けもあった。

 こうして晴れてあけぼの高校に転校したうのは野球部に入部、たちまちエースの座を奪い取り、左腕のアンダースローという変則フォームで、強豪校の強打者をなで斬る大活躍を見せる。

 そしてここ数年夏の県大会では初戦負けが続いていたあけぼの高校は、初戦突破どころか大会の台風の目となり、見事県大会決勝まで駒を進めるに至る。君島うのの名は、校内どころか県下に轟くことになった。あと一勝、あと一勝で甲子園だ。夏の高校野球特有の連戦で疲れきった身体に鞭打って最後の調整に余念がなかった。

 しかし。誰かの栄光とは、いつも必ず誰かの屈辱の上に成り立つものである。

 突然現れたうのにエースの座を奪われた元エースの野田マモルはまったくもって面白くない。確かに野球の技術は認めざるを得なかったが、仲間と深く交わろうとしないうのの態度も気にくわなかった。

 何とか一泡吹かせられないかと、中学からの野球仲間のケンタ、キイチ、エンゾウに、密かにうのの身辺を探らせていたのだった。


<地区大会決勝前々日 野球部部室>

「ちくしょう、何だってこの俺があんなポッと出のへなちょこ野郎にエースの座を奪われなくちゃならないんだ」

 マモルが愚痴ると、ケンタが調子を合わせる。

「まったくですよね、マモルさん。しかしあの野郎、あんなひょろいくせしやがって、めちゃくちゃエグい球投げやがりますからね。おかげで次を勝てばいよいよ甲子園ですからね」

 ケンタの言葉にトゲを感じたマモルがケンタに絡む。

「何だよてめえ、俺じゃ無理って話か」

「とんでもないっすよ。マモルさんの球の方が断然速いじゃないですか。ただストライクが入らないだけで」

 マモルがケンタの胸ぐらをつかんだ。

「ケンタ、てめえ喧嘩売ってのか」

 キイチが間に入って二人を分ける。

「まあ、まあ。仲間内でいがみ合ってもしょうがないでしょう。それよりマモルさん、エンゾウがちょっと面白いネタを仕入れて来たんで聞いてやってくださいよ。エンゾウあれを出せよ」

 エンゾウが鞄から写真を取り出そうとするが、なかなか手に付かずモタモタしている。マモルはもう待てないとばかりにエンゾウから写真を奪い取った。

「なんだこれは?あん?これ誰かに似てるような。ああ、キミシマか、って、あいつの妹?メチャ可愛くねえか?」

 写真は女子高生の制服姿だった。ミニスカートから伸びた白い脚とキラキラ輝くような笑顔が眩しい。

「いやいや、そうじゃないでしょう。これみてくださいよ」

 キイチは、スマホに写真を取り込むと加工アプリを使ってその写真のJKの髪の毛をベリーショートにして野球帽を被せる。

「ほら、ね。そのまんまでしょう」

 マモルの顔を紅潮させて激昂した。

「おいおい、俺が女に野球で負けったってのかよ。ふざけんなよ」

 マモルは写真を投げ捨てた。投げ捨てた写真を、どれどれとケンタが拾う。

「おお、こりゃ確かによく似てるな......。あれ、ちょっと待てよ。マモルさんこれって」

 ケンタは写真の中の少女が左手に付けているブレスレットを指差した。転校して来た初日、うのが練習場につけてきたのをマモルがからかった黄色い星の付いたブレスレットだ。

「おい、これマジかよ」

 驚くマモルに、キイチがニヤニヤと笑いながら言う。

「マモルさん。これは何か面白いことになりそうな感じじゃないですか」

 うなずいたマモルも不敵に笑った。

(続く)
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