ゲス・イット

牧村燈

文字の大きさ
上 下
9 / 11

下衆な男

しおりを挟む
 夏菜子と父親が賭博場に入り浸っていた頃、夏菜子の母親はと言えば、毎夜暗闇に紛れて繁華街に出没する芸能人を追いかけていた。写真週刊誌の記者と言えば、かつては報道の仕事の一旦を担っていた時代もあったのだが、当時は既に有名人のゴシップを追いかけるのがメインのコンテンツになっており、夏菜子の母も正に筋金入りのパパラッチだった。

 何を好き好んでそんな仕事していたのか、母とは満足に話もしない親子だったので直接聞いたことはないが、父から断片的に母の話を聞いていた。

 夏菜子の母、夏子は、かつては有名な写真雑誌で今後最も期待される報道女流カメラマンとし名を馳せていたという。当時は大学生。ま、いわゆる才媛だな。父が嬉しそうに話していたのが記憶に鮮明にある。母にとって報道写真は生きがいだった。しかし結婚出産を経て職場に戻った母は自分の目指す道に疑問を感じ始めた。政治畑にある男女差別、それは女性登用という機運も含めて母には逆差別と映ったらしい。実力だけで、結果だけで評価される世界で生きたい。それがフリーランスに転身したキッカケだった。有名人のスキャンダルを追い出したのは、そりゃ需要があったからさ、と父は答えた。ホントかな?と思いつつ、まあ、どうせ考えたってママの考えることなんて分からない、と諦めた。

 どうせ母は、今もカメラを抱えて生きているのだろうが、去年のヨシオさんの葬式以来会っていない。今日の法事も連絡はしておいたのだが、返事すらなかった。

 亡き父に助けを求め、そして亡き夫に助けを求めても助けになど来てくれるはずはないが、生きている母親さえもやはり助けには来てくれない。

 伯父のなすがまま好きなようにされている夏菜子は、既にブラウスのボタンを全て外されていた。丸見えにされた白いブラジャーの上から伯父の武骨な手がその膨らみを弄ぶ。決して急ぐことなく、しかし確実に的を得た責めが、少しずつ夏菜子の官能を昂ぶらせていった。ふと脚に目をやると、気が付かない間にスカートが膝上まで捲りあがり、黒いストッキングに包まれた太腿が露わになっている。いけない。スカートを戻そうとする手を伯父の手が掴む。どこにこんな力があるのかと思うほどの力で頭上に捩じ上げられた。

「もう観念するんだな」

 伯父はもう夏菜子の一方の手も取ると頭上でクロスさせ、どこから取り出したのか黒いゴム製のテープをそのクロスした部分に巻きつけた。何これ。夏菜子は両手の自由が利かなくなっていることに気づく。「な、何をするの」抗議をするが、伯父は「もう手遅れだ。これは拘束テープって言ってな。SM用のグッズなんだよ」と嬉しそうに解説する。

「ほら、これで足も縛ってやろう」

 伯父は夏菜子の右足を折り曲げると拘束テープでぐるぐる巻き始めた。

「いやだ、やめて」抵抗する夏菜子に「騒ぐんじゃない」と伯父が振り上げた手にはナイフが握られていた。

 女一人にナイフとは。そうよね。自分が断然優位で、抵抗できない女にしか何も出来ない男。夏菜子は思う。『ゲス・イット』もあの緒戦は完全にイカサマだった。伯父が持って来たトランプ、伯父が指定したゲーム、そしてそのカードで行った順番決め。何一つ異論を挟まなかった自分に非があるのは認めるが、運に左右される度合いの高いトランプの5戦勝負で緒戦を確実に勝てることがわかっていれば、伯父はさぞ自信があったことだろう。3戦目の手札でそれに気づかなければあのまま負けていただろう。ま、普通なら気づかないわね。

 抵抗をやめた夏菜子は左足も同じように折り曲げられた状態で拘束されてしまう。必死で膝を閉じていたが、伯父の手で呆気なく開脚させられた。黒ストッキングの下にブラジャーと揃いに見える白い下着が覗いている。

「いい景色だ。1年我慢して準備して来た甲斐があったよ夏菜子さん」

 そう言うと伯父は鞄の中から電マやバイブをはじめとした使用用途すら分からない不気味なグッズを取り出し、さっきまで真剣勝負をしていたテーブルに並べた。一体どれだけ万端な準備をしてきたんだ、この男は。

「ホントに臆病なイカサマ男ね。こうでもしないと女一人犯せないなんて、みっともないと思わないの」

 夏菜子は精一杯の啖呵を絞り出す。

「その恰好で良くそんな啖呵を吠えられるな。泣きのひとつでも入れれば可愛いものを。ま、どっちにしろあんたが犯されることに変わりはないがね」

 伯父の手が夏菜子の太腿を割り、黒い電マのスイッチが入った。グイイイイイン。場違いな高音がホテルの一室を満たす。やだ。あんなのが当てられたら、どうなちゃうか。

「あああっ」夏菜子の太腿に当てられた振動が少しずつ、少しずつ両足の交点に向かって動いていった。それに連動するように夏菜子の喘ぎ声も大きくなる。

「あああ、や、やだあああっ」

 夏菜子の股間に電マの先端が触れた瞬間だった、『パシャッ』という乾いた音と共に眩いほどの光が夏菜子を包み込んだ。

 ここは桃源郷だろうか。それとも地獄の一丁目だろうか。

(続く)
しおりを挟む

処理中です...