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帝国激震の章
212.魔車での旅路
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移動手段の『魔車』を手に入れたクローバーの少女達は、早速次の日から魔車での移動を開始した。
「お、思ってたより楽しいわねこれ……」
整備された街道から少し離れた草原で、魔車を運転しているのは、昨日あれほど魔車の速度に恐怖を抱いていたサフィーである。
とは言え、流石に高速で運転するのは怖いので、現在は中速での運転である。中速とは言え、馬車の全力疾走よりも僅かに速い速度が出ているので、この魔車が堂々と街道を走れない理由はこれだ。
「この速度で街道なんか走ったら、逆に危ないって事ね」
リズの指摘する通り、他の馬車よりも速いこの魔車だと、他の馬車にぶつかったり徒歩で移動している者を轢いてしまったりする危険がある。
もちろん愛莉が自信を持つブレーキがあるので、よそ見でもしない限りは何かと接触するなど有り得ない。
しかし全員、運転するのは昨日今日が初めての、言うなればペーパドライバー以下だ。そんな少女達が人の往来が多い街道を爆走するなど、どう考えてもやって良い事では無い。
「まあね。あとやっぱり目立つから」
こんな形の、ましてや馬車の数倍の速度で走る乗り物など、この世界には存在しない。あまり人の目につき過ぎると、あっという間に噂になってしまう。
「別に目立っても良くない?悪い事してる訳じゃないし」
「嫌だよ……絶対同じ物を作ってって話になっちゃうもん」
そう、まさに愛莉の懸念はそれだ。こんなとんでもない魔車など、帝国中探しても愛莉以外には作れない。となれば、愛莉に注文が殺到する事になる。
一台作るだけでも五日を要したこの魔車。もちろん設計図は完成しているし、錬金術関連のパッシブスキル、更には錬金術自体のレベルもかなり上がったので、次に作る時はもう少し短い日数で作れるだろう。
「あはは……流石にアイリちゃん一人で何台も作るなんて……かなり無理があるよね」
「うん。そういう事」
だがいくら短い日数で作れても、注文の数が多ければ結局大量の月日を要する。そんな事に忙殺されでもしたら、冒険者としての活動に支障をきたすどころでは無い。
「あら~、でも既に街道の人達に見られているわよ~?」
「それは……まあ仕方ないよ。あまり街道から離れると地図が分からなくし、道だって悪くなるし」
乗り合い馬車に乗れば、何もしなくとも勝手に目的地まで連れて行ってくれる。だが自分達だけで目的地まで行くという事は、地図を見ながら現在の位置を把握しつつ進まなければならない。
地図は街や街道を起点として描かれているので、街道を見失うという事は現在地を見失う事と同義だ。
「目的地の『濃霧の森』までは帝都から馬車で六日でしたよね?」
「うん。でもこの速度だと……もっと早くに到着出来そうだよね」
三列目のシートでは、エストとリズがそんな会話をしている。現在運転席にはサフィー、助手席には、もはやそこが指定席になりつつある愛莉、二列目には未来とリーシャが座っている。
「それにしても朝から暑いよね!窓からの直射日光がパないんだけど!」
窓が大きい分、車内に射し込む日差しもまた大きい。一応窓は左右に開くようにしてあるので、未来は迷う事なく窓を開ける。その瞬間、車内に風が入り込んで、皆の身体に清涼が訪れる。
「うひょ~、涼しいねこれ!」
「ふふ、本当ね~」
「あ、後ろにも風が来たよ」
「ふふ、車内に居るのにこんなに風を感じられるなんて、凄く不思議な体験ね」
既存の馬車では、よほど全力疾走でもしない限りはこれ程の速度は出ない。だが普段リズやエストが乗っていたキャリッジなどの高級馬車の場合、窓は観音開きになっているので、全速力で走っている時は危なくて窓を開けられない。
というより、そもそも馬車を全力疾走させる事自体、そうそうある事では無い。
「くっ!ズルいわよ後ろ!あたしは運転中だから窓開けられないのに!」
慣れていないので、かなりガチガチに身体を強張らせながらハンドルを握っているサフィー。
「窓開けるぐらいなら運転しながらでも大丈夫だよサフィー。ハンドルから手を離しても、ある程度は真っ直ぐ走ってくれるから」
「そ、そうなのね……!じゃあ早速ーーー」
「あ、でもハンドル離す前に前方確認してね。人が居たら轢いちゃうから」
「ひぃぃぃ!!やっぱり無理~~~ッ!!」
普段は勝ち気なサフィーも、慣れない速度と慣れない運転で、いつも以上に怖がりになってしまっている。
もちろんこんな何も無い場所で僅かに視線と手を離しても、誰かを轢く可能性など零に等しい。つまり愛莉がサフィーをからかっただけなのだが、まんまと真に受けるサフィーの姿に、後ろから笑い声が聞こえて来る。
「怖かったら一回停まってから窓開ければいいよ」
だが結局は、からかった愛莉本人が助け舟を出してあげるのだった。
■■■
「どうエスト?」
「う、うん。少しだけ慣れて来たかも……」
午前中はサフィーが運転し、午後からは運転をエストに交代して、街道から離れた道なき平野を疾走する魔車。
天気は上々、視界は良好、風は穏やかで、広大な平原を快速する現在の状況はまさに、クローバーの少女達だけが体験出来る快適な旅だ。
「でも凄いねアイリちゃんは。こんな乗り物を一人で作っちゃうんだもん。やっぱりこれも、アイリちゃんとミクちゃんが住んでた世界の知識なの?」
「うん。わたし達の世界にはこれよりも大きくて丈夫で速い乗り物が、そこら中を走ってるよ」
「そうなんだ………全然想像つかないよ……」
これ一台だけでも凄すぎるのに、これよりも速い乗り物がそこら中を走っている光景など、ある意味恐ろしくて想像出来ない。この世界に存在するモンスターは人間にとって脅威だが、こんな乗り物がそこら中を走っている二人の世界もまた、この世界とは違った脅威で溢れているのではないかと、エストは漠然と思った。
「便利は便利だけどね。でも時には危ない事も沢山あるよ」
「そうだよね……こんなに速い乗り物が行き交う街中とか……絶対危ないと思うもん」
そのまましばらく色々な話に花を咲かせる愛莉とエスト。しかしふと、車内がやけに静かな事に気付く。
「はは……みんな寝ちゃってる」
愛莉が助手席から後ろを振り返ると、未来達四人が気持ち良さそうに眠っていた。ちょうど昼食の後という事と、この魔車の乗り心地があまりにも良い為、あとは景色が常に同じような景色なので飽きたのかもしれない。
「乗り心地いいもんね。椅子は柔らかいし、振動も全然無いし。本当に不思議」
振動に関しては、そもそもゴム製のタイヤなのである程度は吸収してくれるのと、実は随所にスプリングを取り付けて、極力振動を抑える工夫を施してある。
実はシートの中にも複数のスプリングが内蔵されていて、それが振動吸収と座り心地の良さを実現しているのだが、もちろん愛莉以外は誰も知らない。
「わたしと未来が元の世界に帰った後も出来れば使って欲しいから、いつかこの魔車に使われてる技術を腕のいい技術者には公開するつもり。そうしておけば壊れた時に修理出来るかもしれないから」
「…………そうなんだ」
愛莉の言葉を聞き、寂しさがエストの胸に去来する。
今のこの、輝きに満ちた幸福な時間は永遠に続く訳ではない。この旅の目的でもある死霊王討伐、それは皇族の長年の悲願であると同時に、未来と愛莉が自分達の世界へと戻る為の目的でもある。
つまり死霊王を倒したその時こそ、未来と愛莉の二人との別れの時。いつもは考えないようにしていたが、それはいずれ訪れる避けられない瞬間。
そしてこの旅を続けている限り、その日は確実に近づいている事を、他ならぬ愛莉の言葉を聞いて改めて理解するエストだったーーーーー
「お、思ってたより楽しいわねこれ……」
整備された街道から少し離れた草原で、魔車を運転しているのは、昨日あれほど魔車の速度に恐怖を抱いていたサフィーである。
とは言え、流石に高速で運転するのは怖いので、現在は中速での運転である。中速とは言え、馬車の全力疾走よりも僅かに速い速度が出ているので、この魔車が堂々と街道を走れない理由はこれだ。
「この速度で街道なんか走ったら、逆に危ないって事ね」
リズの指摘する通り、他の馬車よりも速いこの魔車だと、他の馬車にぶつかったり徒歩で移動している者を轢いてしまったりする危険がある。
もちろん愛莉が自信を持つブレーキがあるので、よそ見でもしない限りは何かと接触するなど有り得ない。
しかし全員、運転するのは昨日今日が初めての、言うなればペーパドライバー以下だ。そんな少女達が人の往来が多い街道を爆走するなど、どう考えてもやって良い事では無い。
「まあね。あとやっぱり目立つから」
こんな形の、ましてや馬車の数倍の速度で走る乗り物など、この世界には存在しない。あまり人の目につき過ぎると、あっという間に噂になってしまう。
「別に目立っても良くない?悪い事してる訳じゃないし」
「嫌だよ……絶対同じ物を作ってって話になっちゃうもん」
そう、まさに愛莉の懸念はそれだ。こんなとんでもない魔車など、帝国中探しても愛莉以外には作れない。となれば、愛莉に注文が殺到する事になる。
一台作るだけでも五日を要したこの魔車。もちろん設計図は完成しているし、錬金術関連のパッシブスキル、更には錬金術自体のレベルもかなり上がったので、次に作る時はもう少し短い日数で作れるだろう。
「あはは……流石にアイリちゃん一人で何台も作るなんて……かなり無理があるよね」
「うん。そういう事」
だがいくら短い日数で作れても、注文の数が多ければ結局大量の月日を要する。そんな事に忙殺されでもしたら、冒険者としての活動に支障をきたすどころでは無い。
「あら~、でも既に街道の人達に見られているわよ~?」
「それは……まあ仕方ないよ。あまり街道から離れると地図が分からなくし、道だって悪くなるし」
乗り合い馬車に乗れば、何もしなくとも勝手に目的地まで連れて行ってくれる。だが自分達だけで目的地まで行くという事は、地図を見ながら現在の位置を把握しつつ進まなければならない。
地図は街や街道を起点として描かれているので、街道を見失うという事は現在地を見失う事と同義だ。
「目的地の『濃霧の森』までは帝都から馬車で六日でしたよね?」
「うん。でもこの速度だと……もっと早くに到着出来そうだよね」
三列目のシートでは、エストとリズがそんな会話をしている。現在運転席にはサフィー、助手席には、もはやそこが指定席になりつつある愛莉、二列目には未来とリーシャが座っている。
「それにしても朝から暑いよね!窓からの直射日光がパないんだけど!」
窓が大きい分、車内に射し込む日差しもまた大きい。一応窓は左右に開くようにしてあるので、未来は迷う事なく窓を開ける。その瞬間、車内に風が入り込んで、皆の身体に清涼が訪れる。
「うひょ~、涼しいねこれ!」
「ふふ、本当ね~」
「あ、後ろにも風が来たよ」
「ふふ、車内に居るのにこんなに風を感じられるなんて、凄く不思議な体験ね」
既存の馬車では、よほど全力疾走でもしない限りはこれ程の速度は出ない。だが普段リズやエストが乗っていたキャリッジなどの高級馬車の場合、窓は観音開きになっているので、全速力で走っている時は危なくて窓を開けられない。
というより、そもそも馬車を全力疾走させる事自体、そうそうある事では無い。
「くっ!ズルいわよ後ろ!あたしは運転中だから窓開けられないのに!」
慣れていないので、かなりガチガチに身体を強張らせながらハンドルを握っているサフィー。
「窓開けるぐらいなら運転しながらでも大丈夫だよサフィー。ハンドルから手を離しても、ある程度は真っ直ぐ走ってくれるから」
「そ、そうなのね……!じゃあ早速ーーー」
「あ、でもハンドル離す前に前方確認してね。人が居たら轢いちゃうから」
「ひぃぃぃ!!やっぱり無理~~~ッ!!」
普段は勝ち気なサフィーも、慣れない速度と慣れない運転で、いつも以上に怖がりになってしまっている。
もちろんこんな何も無い場所で僅かに視線と手を離しても、誰かを轢く可能性など零に等しい。つまり愛莉がサフィーをからかっただけなのだが、まんまと真に受けるサフィーの姿に、後ろから笑い声が聞こえて来る。
「怖かったら一回停まってから窓開ければいいよ」
だが結局は、からかった愛莉本人が助け舟を出してあげるのだった。
■■■
「どうエスト?」
「う、うん。少しだけ慣れて来たかも……」
午前中はサフィーが運転し、午後からは運転をエストに交代して、街道から離れた道なき平野を疾走する魔車。
天気は上々、視界は良好、風は穏やかで、広大な平原を快速する現在の状況はまさに、クローバーの少女達だけが体験出来る快適な旅だ。
「でも凄いねアイリちゃんは。こんな乗り物を一人で作っちゃうんだもん。やっぱりこれも、アイリちゃんとミクちゃんが住んでた世界の知識なの?」
「うん。わたし達の世界にはこれよりも大きくて丈夫で速い乗り物が、そこら中を走ってるよ」
「そうなんだ………全然想像つかないよ……」
これ一台だけでも凄すぎるのに、これよりも速い乗り物がそこら中を走っている光景など、ある意味恐ろしくて想像出来ない。この世界に存在するモンスターは人間にとって脅威だが、こんな乗り物がそこら中を走っている二人の世界もまた、この世界とは違った脅威で溢れているのではないかと、エストは漠然と思った。
「便利は便利だけどね。でも時には危ない事も沢山あるよ」
「そうだよね……こんなに速い乗り物が行き交う街中とか……絶対危ないと思うもん」
そのまましばらく色々な話に花を咲かせる愛莉とエスト。しかしふと、車内がやけに静かな事に気付く。
「はは……みんな寝ちゃってる」
愛莉が助手席から後ろを振り返ると、未来達四人が気持ち良さそうに眠っていた。ちょうど昼食の後という事と、この魔車の乗り心地があまりにも良い為、あとは景色が常に同じような景色なので飽きたのかもしれない。
「乗り心地いいもんね。椅子は柔らかいし、振動も全然無いし。本当に不思議」
振動に関しては、そもそもゴム製のタイヤなのである程度は吸収してくれるのと、実は随所にスプリングを取り付けて、極力振動を抑える工夫を施してある。
実はシートの中にも複数のスプリングが内蔵されていて、それが振動吸収と座り心地の良さを実現しているのだが、もちろん愛莉以外は誰も知らない。
「わたしと未来が元の世界に帰った後も出来れば使って欲しいから、いつかこの魔車に使われてる技術を腕のいい技術者には公開するつもり。そうしておけば壊れた時に修理出来るかもしれないから」
「…………そうなんだ」
愛莉の言葉を聞き、寂しさがエストの胸に去来する。
今のこの、輝きに満ちた幸福な時間は永遠に続く訳ではない。この旅の目的でもある死霊王討伐、それは皇族の長年の悲願であると同時に、未来と愛莉が自分達の世界へと戻る為の目的でもある。
つまり死霊王を倒したその時こそ、未来と愛莉の二人との別れの時。いつもは考えないようにしていたが、それはいずれ訪れる避けられない瞬間。
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