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迷宮挑戦の章

80.出会いと別れ 前編

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 わたしの生家は、このファルディナの街ではなくもっと西の、ファルディナよりも大きな街。

 その街で何不自由なく暮らしていたわたしは、五年ほど前に【回復魔法契約】のスキルを覚えた。
 何故わたしに回復魔法のスキルが?そう思うと同時に、せっかく授かった能力なのだから、何かの役に立てたいと強く思った。

 幸い、家には書物が沢山あり、世の中には『冒険者』という職業がある事を書物を読んで初めて知った。
 己の肉体と能力だけで、時にはモンスターとも戦う冒険者。誰にも縛られる事の無い、この世界で最も過酷な職業であると同時に、最も自由な職業。


 ーー自由

 
 その言葉がとても心に染み込んだ。と同時に、冒険者という職業に自分でも不思議なくらい強い憧れを抱いた。


「あの、わたし……将来は冒険者になりたい……です………」


 ある日の夕食時、わたしは家族にそう切り出した。わたしがそう言うと家族は皆、目を丸くして驚いていた。
 お父様もお母様もお兄様もお姉様も、みんな驚いて食事の手を止めてわたしを見た。

 きっと猛反対される、許して貰える筈がない、そう思っていたのだけど家族はみんな笑顔で、わたしの進もうとしている道を祝福してくれた。
 幼い頃から自分の意見を何一つ言えなかったわたしが、初めて口にした自分の意思。それを聞いてお母様は涙を流して喜んでいた。

 それからのわたしは、幼い頃から続けている弓の稽古に加え、回復魔法の練習も本格的に始めた。家の書庫には回復魔法関連の本もあったので、それを何度も読んでいるうちに、回復魔法の別の可能性について思い至った。
 
 
「回復魔法は魔力を対象の身体の内側に流し込み、身体の傷や病気を治癒する魔法………」


 基本的には、傷や病気を癒やすのが回復魔法と呼ばれる魔法。では、この回復魔法の性質を変えた魔力を体内に送り込むと、一体どうなってしまうのだろう。
 そんな考えに至ったわたしは、数日後に【身壊術】という、書物にも記載されていない、聞いた事の無いスキルを習得する。
 攻撃の手段を持たない回復術士が、唯一攻撃出来る術を、何の取り柄も無かった内気なわたしが、独学で習得した瞬間だった。


 ーー数年後、わたしは冒険者を目指す為に、生まれ育った家を出た。


 わたしの生家があるのは大きな街。当然この街にも冒険者ギルドはあるのだけど、この街では、わたしはちょっとみたい。
 恥ずかしいという思いもあるけど、この街では、つい家族や周りの人に頼ってしまうかもしれないと思って、わたしは生まれ育った家だけではなく、生まれ育った街からも旅立つ事にした。

 とは言っても、何処に行こうか悩んだ。悩んだ挙句、あまり遠くに行くのもそれはそれで不安なので、結局は帝国内の同じ東地区の何処かの街にする事にした。
 わたし達の住むこの帝国は、皇帝陛下がお住いの帝都を中心に、東西南北の地区に分かれていて、それぞれの地区には辺境伯が居て自分の地区の管理を任されている。
 わたしの生家があるこの街は、東地区で一番大きな街。力のある貴族が何人も住んでいる、人口五万人を超える大規模都市。


「えっと……出来ればもっと東の方に……」


 西に行くと帝都の方に向かってしまうし、あまり南北に行くと他の地区に入ってしまうので、わたしは無難に東を目指した。

 そして到着したのがファルディナの街。人口五千人の中規模都市で、とても活気のある街だった。
 実は道中立ち寄った街で、このファルディナの街の評判を良く耳にしていた。昔から活気のある賑やかな街で、数年前に領主様が代替わりしてからは、更に住心地が良くなったと。
 その話を何度も聞くうちに、わたしの目的地はこのファルディナの街に決定していた。


「ここが……今日からわたしの住む街」


 宿を取り、冒険者ギルドへと赴いたわたしは、受付のイリアーナさんという綺麗な女性に、冒険者登録をして貰った。
 その際に、職業はどうしようかなと思い悩んだ。弓が扱えるので『弓術士』にしようかなと一瞬思ったけど、そもそも冒険者を目指すきっかけになったのは【回復魔法契約】のスキルを授かったからなので、登録は『回復術士』にした。

 登録は済ませたけど、ここからどうすれば良いのか分からない。もちろん知り合いが居る訳でもないし、そもそも昔から内気な性格なので、自分から見ず知らずの誰かに声を掛けるなんて出来る筈もない。
 仕方ないので、とりあえずどんな依頼があるのかと、掲示板を見に行く途中で声を掛けられた。


「やあ君、もしかして新人の冒険者かい?」


 声を掛けて来たのは、金色の髪の男性。手には槍を持っているので、一目で『槍術士』だと分かった。
 名前はカロンさんというらしく、わたしに一緒にパーティを組まないかと提案してくれた。

 本音を言うと、出来れば同じパーティを組むなら同性の方が安心出来るので良かった。なので、いきなり男性と二人だけのパーティというのは、少し不安だった。
 でも、別に一緒に寝泊まりする訳でもないし、昼間に一緒に依頼を受けるだけ。
 それに、せっかく声を掛けてくれたし、断ったからといって、同性の冒険者の方が声を掛けてくれるとも限らない。そう思って、わたしはカロンさんの誘いを受けてパーティを組む事にした。


「僕は見ての通り槍使いさ!君は回復術士だね!?戦闘は僕に任せて君は回復に専念してくれればいいさ!」
「え……あ、あの………」


 待って、わたしも戦える。わたしには【身壊術】がーーーーー


「さて、新人らしくレベル上げに行こうか!宜しく頼むよエスト」
「あ………はい……」


 結局、わたしはカロンさんに自分の能力の事を言えなかった。そしてその後は、実際にモンスターと戦ってみた。
 カロンさんが戦ってわたしが彼を回復する。それで上手くいったので、わたしは胸を撫で下ろした。でも、ますますわたしも戦えますとは言えなくなってしまった。

 数日後、冒険者ギルドでカロンさんと待ち合わせしていたわたしは、いつものように冒険者ギルドに到着した。
 すると、カロンさんが見た事の無い女性二人と話をしていた。


(うわぁ……二人とも凄く素敵………)


 一人は水色の髪の、わたしと同じような白い服装の女性。綺麗な顔立ちで、とても優しそうな目をしている。
 もう一人は紫色の髪の女性。黒いローブを纏っているので、きっと魔道士だと思う。眉は釣り上がっているけど目尻は下がっていて、どこから見ても美少女だと思った。

 そんな女性二人とカロンさんとの会話が、わたしの耳にも届いた。


「しつこいわよ!リーシャが断ってるんだから素直に諦めなさいよ!って言うか、ずっとリーシャの方ばかり見て、下心が丸見えなのよ!」
「なっ………そ、そんなつもりは……」
「ふんっ!行きましょリーシャ!」
「あ、待ってサフィー」


 女性二人はそのまま、受付カウンターの方へと歩いて行ってしまった。そして残されたカロンさんは、そんな二人を見ながら呆然としているように見えた。


(素敵な人達………リーシャさんと……サフィーさんっていうのかな……)


 どうやらカロンさんと口論になってしまったみたいだった。紫色の髪の……サフィーさん?が、凄い剣幕で怒っていた。

 少しすると、カロンさんが踵を返してこちらに向かって歩いて来た。わたしは事情を聞こうとカロンさんの顔を見上げる。


「ーーーーッ!?」


 思わず息を呑んだ。まだ数日しか一緒に居ないけど、いつも爽やかな笑顔を絶やさなかったカロンさんが、物凄く怖い顔をしていたのだ。


「ぁ…………」


 カロンさんはそのまま、わたしの顔を見ようともせずにギルドホールから出て行ってしまった。わたしは急いで、カロンさんの後を追うために振り返ようとした。でもその時、あの女性二人と目が合った。
 二人はわたしの方をじっと見ていた。わたしが頭を下げて挨拶すると、リーシャさんと呼ばれていた水色の髪の女性が、優しく微笑んでくれた。


 
(うわぁ………)


 思わず頬が紅く染まった。凄く綺麗で、凄く優しい微笑みだったから。
 その隣では、サフィーさんと呼ばれていた魔道士の女性が、相変わらず機嫌の悪そうな表情を浮かべていたのだけど、わたしが黙って見ていると、小さく一度だけ手を振ってくれた。
 そして恥ずかしそうに、すぐにプイッと後ろを向いてしまった。


(はわわ……わ、わたしに手を振ってくれた……)


 それが何故だが凄く嬉しくて、リーシャさんの微笑みが素敵で、わたしの鼓動は早鐘のように胸を打ち付けていた。


 きっとこの時既に、わたしはリーシャさんとサフィーさんに強い憧れを持っていたのだーーーーー







※間違えて未完成の81話を先に投稿してしまいました(汗)
81話は完成し次第、投稿致します。
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