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迷宮挑戦の章
69.領主の屋敷へ
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昼時前、冒険者ギルドを出たクローバーの四人は、領主の館に向けて歩いていた。
いつものように軽快な足取りで歩くのは未来。その隣では、愛莉もいつもの歩調で歩いている。
そんな二人とは裏腹に、いかにも足取りが重そうなリーシャとサフィー。前を歩く未来と愛莉の背中が少しずつ遠のいて行くのだが、追いかけようとする気持ちは二人とも全く浮かんで来なかった。
「おーい、何でそんなにゆっくり歩いてるのぉ~~?」
未来が足を止めて、後ろを振り返って二人に声をかける。だが、二人から返事が返って来ない。相変わらずトボトボと、ゆっくりゆっくりと歩いている。
そんな二人を見て顔を見合わせる未来と愛莉。どうにも、今日は二人の様子がおかしい。いや、正確には冒険者ギルドでギルドマスターのオルガノフに会ってからおかしい。いつもの二人らしさが全く無い。
「ねぇ、そんな速度だと日が暮れちゃうよ?あ、もしかしてお腹空いたとか!?」
もうすぐ昼時だ。当然だが、大食いの未来などはとっくに腹を空かせている。それでもお昼ご飯を食べようと言い出さないのは、領主に呼ばれているのにあまり遅れるのも失礼かなという、未来にしては殊勝な思いからなのだが、リーシャとサフィーの歩みの遅さは、そんな未来の頑張りすら台無しにしかねないものだった。
「えーと……お腹は空いていないのだけど……」
「ってかあんた達……特にミク!何でそんなに元気な訳!?」
「何でって……何が?」
「領主様よ!?わたし達みたいな小娘が、領主様から依頼を受けたのよ!?」
首を傾げる未来と愛莉。それが何だというのか、むしろ光栄な事ではないだろうか、そんな考えしか浮かんで来ない。
そんな二人の態度を見て、サフィーは「はぁぁ……」っと溜め息をつきながら、肩を落とした。
分かっていない、この二人は何も分かっていないのだ。領主直々に依頼を受けたという事は、失敗は許されないという事。もちろん依頼を達成すればギルドからの評価も上がるし、もっと有名にもなれるだろう。しかしその一方で、もしも失敗してしまえばギルドからの信頼は地に落ち、他の冒険者達からは嘲笑される。
領主からの信頼も地に落ち、この街で暮らすにも支障が出るかもしれない。つまり領主からの依頼とは、ハイリスクハイリターンなのだ。
しかもだ、その依頼の内容もギルドマスターであるオルガノフにある程度聞いた。それを聞き、思わず顔が引き攣ってしまった程である。
依頼の内容は、あの皇女絡みの依頼。皇女の成人祝いの贈り物を探すという、天地がひっくり返っても失敗など許されない依頼だ。
「んー、でもとりあえず話だけ聞いて、無理そうなら断ればいいんじゃない?」
愛莉がもっともらしい意見を述べるが、それに対してリーシャが首を横に振る。
「多分……断れないと思うわ……ギルドマスターの話だと、わたし達以上の適任がこの街には居ないみたいだし」
断るにしても、かなり正当な理由が必要だろう。「失敗するのが怖いから依頼は受けられません」などと言える筈もない。
「じゃあやろうよ!失敗を恐れてたら何も出来ないじゃん!」
いつもの調子で未来が明るく声を上げる。そんな未来を見ながら、サフィーは再び溜め息をついた。
「はぁ……ほんと、今日ほど未来のポジティブさを羨ましいと思った事って無いわ」
「いししし!とりあえず依頼の詳細聞いてみないと何も始まらないからね!」
「うん。それにいざとなったら………」
愛莉の言葉を聞き、首を傾げるリーシャとサフィー。そんな二人を見ながら、愛莉は続きを口にする。
「この腕時計を渡せばいいよ。この世界……じゃなくて、この国ではこんな小さな時計って珍しいんだよね?」
思わず顔を見合わせるリーシャとサフィー。確かに、こんなに珍しい品など滅多にあるものじゃない。愛莉の言う通り、最悪その時計を渡せば依頼は達成出来るかもしれない。
「そ、そうね」
「その手があったのね!」
だが愛莉の発言を受けて、いつも元気な未来の表情があからさまに曇った。不安そうな表情を浮かべ、愛莉に声をかける。
「あ、愛莉……それって……」
その腕時計は、高校合格の際にお揃いで買った腕時計だ。この世界において、自分達の居た世界とを結ぶ唯一のお揃いの物。二人にとってはかけがえのない、何物にも替えられない大切な時計なのだ。
「うん。これは本当に最後の手段。だから絶対依頼を達成しなくちゃ」
未来の気持ちが一番良く分かるのは愛莉だ。もちろん愛莉とて、本気でこの腕時計を手放すつもりなど毛頭無い。
だが最初に、こうして逃げ道を用意すれば、リーシャもサフィーもとりあえずはやる気になってくれる、そんな打算が愛莉にはあった。
「アイリの大切な時計だものね。それを手放さない為にも頑張らなくちゃ」
「そ、そうね!わたしも頑張るから!」
何とかやる気になってくれたリーシャとサフィー。先ほどまで失敗ばかり恐れて前に進もうとしなかったのに、仲間の大切な物を失う事になるかもしれないと知ると、いきなりやる気になってくれた。
これは愛莉にとっても意外で、真剣に腕時計の事を心配してくれているリーシャとサフィーの優しさが、何だかとても嬉しかった。
「よぉぉーーしっ!絶対依頼成功させよぉぉーーーッ!!」
未来が元気に声を張り上げると、三人も声を上げた。そんな四人を、道行く者達が何事かと視線を送る。そんな視線を受けて我にかえった皆は、頬を染めながらコソコソと歩き始めた。未来以外の三人はーーーだが。
相変わらず元気な未来を先頭にそんな調子で歩いていると、ようやく領主の屋敷が見えて来た。
「おおーーっ!あれかぁぁーーー!!」
喜び勇んで走り出す未来。愛莉達も慌てて後を追い、遂に四人は領主の屋敷の前へと辿り着く。
「んー、思ったほど大きくないかな?」
「うん、わたしもそう思った」
未来と愛莉のイメージでは、領主の屋敷というからには学校ぐらいの大きさを思い描いていたのだが、実際はもっと小さかった。
もちろん普通の民家とは比べるべくも無い程に大きいのだが、実際はこんなものかという感想だ。あえて自分達の世界の建物に当てはめるなら、ホームセンターぐらいの大きさだろうか。
「およ?門の前に誰か居るね」
領主の屋敷なので、門の前には門番が立っている。とは言え、この治安の良いファルディナの街においては、警備というよりは来客の対応という意味合いが強い。これが治安の悪い街や、もっと大きな街の領主館だと、本当の意味での警備兵を門番として立たせていたりする。
「あの、わたし達冒険者ギルドから来たクローバーというパーティなんですけど」
四人は門番へと近づき、愛莉が代表して門番に声をかける。もちろん全員、冒険者プレートを提示する事も忘れない。
門番は二十代後半くらいの、優しそうな顔をした男性だった。どう見ても強そうではないので、戦えば確実に未来達が勝つだろう。
「クローバーの皆様ですね?領主様より伺っております。どうぞこちらへ」
慣れた手つきで門を開き、皆を中へと案内する門番の男性。屋敷に入る前に扉のノッカーをカツンカツンと鳴らす。すると、扉が内側から開き、黒い執事服に身を包んだ壮年の男性が現れた。
「クローバーの皆様、ようこそおいでくださいました。私はこの屋敷で執事を務めておりますゼクスと申します。ここからは、私が皆様を旦那様の元へとご案内致します」
見た事も無い、優雅で綺麗なお辞儀をする執事のゼクスに、四人は面食らってしまう。まるで、自分達が偉くなったと錯覚してしまうほど、ゼクスの態度は完璧に下手だったのだが、それが決して嫌味ではなく、ごくごく自然な事のように思ってしまう。
「は、はい!宜しくお願いします!」
あの常にブレない未来ですら、思わず敬語で話してしまう程だ。そんな未来を見ながら、(執事恐るべし)と、愛莉は内心で独りごちたのだった。
いつものように軽快な足取りで歩くのは未来。その隣では、愛莉もいつもの歩調で歩いている。
そんな二人とは裏腹に、いかにも足取りが重そうなリーシャとサフィー。前を歩く未来と愛莉の背中が少しずつ遠のいて行くのだが、追いかけようとする気持ちは二人とも全く浮かんで来なかった。
「おーい、何でそんなにゆっくり歩いてるのぉ~~?」
未来が足を止めて、後ろを振り返って二人に声をかける。だが、二人から返事が返って来ない。相変わらずトボトボと、ゆっくりゆっくりと歩いている。
そんな二人を見て顔を見合わせる未来と愛莉。どうにも、今日は二人の様子がおかしい。いや、正確には冒険者ギルドでギルドマスターのオルガノフに会ってからおかしい。いつもの二人らしさが全く無い。
「ねぇ、そんな速度だと日が暮れちゃうよ?あ、もしかしてお腹空いたとか!?」
もうすぐ昼時だ。当然だが、大食いの未来などはとっくに腹を空かせている。それでもお昼ご飯を食べようと言い出さないのは、領主に呼ばれているのにあまり遅れるのも失礼かなという、未来にしては殊勝な思いからなのだが、リーシャとサフィーの歩みの遅さは、そんな未来の頑張りすら台無しにしかねないものだった。
「えーと……お腹は空いていないのだけど……」
「ってかあんた達……特にミク!何でそんなに元気な訳!?」
「何でって……何が?」
「領主様よ!?わたし達みたいな小娘が、領主様から依頼を受けたのよ!?」
首を傾げる未来と愛莉。それが何だというのか、むしろ光栄な事ではないだろうか、そんな考えしか浮かんで来ない。
そんな二人の態度を見て、サフィーは「はぁぁ……」っと溜め息をつきながら、肩を落とした。
分かっていない、この二人は何も分かっていないのだ。領主直々に依頼を受けたという事は、失敗は許されないという事。もちろん依頼を達成すればギルドからの評価も上がるし、もっと有名にもなれるだろう。しかしその一方で、もしも失敗してしまえばギルドからの信頼は地に落ち、他の冒険者達からは嘲笑される。
領主からの信頼も地に落ち、この街で暮らすにも支障が出るかもしれない。つまり領主からの依頼とは、ハイリスクハイリターンなのだ。
しかもだ、その依頼の内容もギルドマスターであるオルガノフにある程度聞いた。それを聞き、思わず顔が引き攣ってしまった程である。
依頼の内容は、あの皇女絡みの依頼。皇女の成人祝いの贈り物を探すという、天地がひっくり返っても失敗など許されない依頼だ。
「んー、でもとりあえず話だけ聞いて、無理そうなら断ればいいんじゃない?」
愛莉がもっともらしい意見を述べるが、それに対してリーシャが首を横に振る。
「多分……断れないと思うわ……ギルドマスターの話だと、わたし達以上の適任がこの街には居ないみたいだし」
断るにしても、かなり正当な理由が必要だろう。「失敗するのが怖いから依頼は受けられません」などと言える筈もない。
「じゃあやろうよ!失敗を恐れてたら何も出来ないじゃん!」
いつもの調子で未来が明るく声を上げる。そんな未来を見ながら、サフィーは再び溜め息をついた。
「はぁ……ほんと、今日ほど未来のポジティブさを羨ましいと思った事って無いわ」
「いししし!とりあえず依頼の詳細聞いてみないと何も始まらないからね!」
「うん。それにいざとなったら………」
愛莉の言葉を聞き、首を傾げるリーシャとサフィー。そんな二人を見ながら、愛莉は続きを口にする。
「この腕時計を渡せばいいよ。この世界……じゃなくて、この国ではこんな小さな時計って珍しいんだよね?」
思わず顔を見合わせるリーシャとサフィー。確かに、こんなに珍しい品など滅多にあるものじゃない。愛莉の言う通り、最悪その時計を渡せば依頼は達成出来るかもしれない。
「そ、そうね」
「その手があったのね!」
だが愛莉の発言を受けて、いつも元気な未来の表情があからさまに曇った。不安そうな表情を浮かべ、愛莉に声をかける。
「あ、愛莉……それって……」
その腕時計は、高校合格の際にお揃いで買った腕時計だ。この世界において、自分達の居た世界とを結ぶ唯一のお揃いの物。二人にとってはかけがえのない、何物にも替えられない大切な時計なのだ。
「うん。これは本当に最後の手段。だから絶対依頼を達成しなくちゃ」
未来の気持ちが一番良く分かるのは愛莉だ。もちろん愛莉とて、本気でこの腕時計を手放すつもりなど毛頭無い。
だが最初に、こうして逃げ道を用意すれば、リーシャもサフィーもとりあえずはやる気になってくれる、そんな打算が愛莉にはあった。
「アイリの大切な時計だものね。それを手放さない為にも頑張らなくちゃ」
「そ、そうね!わたしも頑張るから!」
何とかやる気になってくれたリーシャとサフィー。先ほどまで失敗ばかり恐れて前に進もうとしなかったのに、仲間の大切な物を失う事になるかもしれないと知ると、いきなりやる気になってくれた。
これは愛莉にとっても意外で、真剣に腕時計の事を心配してくれているリーシャとサフィーの優しさが、何だかとても嬉しかった。
「よぉぉーーしっ!絶対依頼成功させよぉぉーーーッ!!」
未来が元気に声を張り上げると、三人も声を上げた。そんな四人を、道行く者達が何事かと視線を送る。そんな視線を受けて我にかえった皆は、頬を染めながらコソコソと歩き始めた。未来以外の三人はーーーだが。
相変わらず元気な未来を先頭にそんな調子で歩いていると、ようやく領主の屋敷が見えて来た。
「おおーーっ!あれかぁぁーーー!!」
喜び勇んで走り出す未来。愛莉達も慌てて後を追い、遂に四人は領主の屋敷の前へと辿り着く。
「んー、思ったほど大きくないかな?」
「うん、わたしもそう思った」
未来と愛莉のイメージでは、領主の屋敷というからには学校ぐらいの大きさを思い描いていたのだが、実際はもっと小さかった。
もちろん普通の民家とは比べるべくも無い程に大きいのだが、実際はこんなものかという感想だ。あえて自分達の世界の建物に当てはめるなら、ホームセンターぐらいの大きさだろうか。
「およ?門の前に誰か居るね」
領主の屋敷なので、門の前には門番が立っている。とは言え、この治安の良いファルディナの街においては、警備というよりは来客の対応という意味合いが強い。これが治安の悪い街や、もっと大きな街の領主館だと、本当の意味での警備兵を門番として立たせていたりする。
「あの、わたし達冒険者ギルドから来たクローバーというパーティなんですけど」
四人は門番へと近づき、愛莉が代表して門番に声をかける。もちろん全員、冒険者プレートを提示する事も忘れない。
門番は二十代後半くらいの、優しそうな顔をした男性だった。どう見ても強そうではないので、戦えば確実に未来達が勝つだろう。
「クローバーの皆様ですね?領主様より伺っております。どうぞこちらへ」
慣れた手つきで門を開き、皆を中へと案内する門番の男性。屋敷に入る前に扉のノッカーをカツンカツンと鳴らす。すると、扉が内側から開き、黒い執事服に身を包んだ壮年の男性が現れた。
「クローバーの皆様、ようこそおいでくださいました。私はこの屋敷で執事を務めておりますゼクスと申します。ここからは、私が皆様を旦那様の元へとご案内致します」
見た事も無い、優雅で綺麗なお辞儀をする執事のゼクスに、四人は面食らってしまう。まるで、自分達が偉くなったと錯覚してしまうほど、ゼクスの態度は完璧に下手だったのだが、それが決して嫌味ではなく、ごくごく自然な事のように思ってしまう。
「は、はい!宜しくお願いします!」
あの常にブレない未来ですら、思わず敬語で話してしまう程だ。そんな未来を見ながら、(執事恐るべし)と、愛莉は内心で独りごちたのだった。
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