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駆け出し冒険者の章

59.仲間

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 未来、サフィー、そしてリーシャがそれぞれルフを撃破した。その光景を目の当たりにしたスナイプ、カロン、メリッサ、そしてエストは言葉が出て来ない。
 スナイプやメリッサにしてみれば、あれほど毎日馬鹿にし、下に見ていたリーシャとサフィーが揃いも揃って単独でルフを倒したのだ。


(くそっ……認めたくねぇ……)


 だが認めなくてはならないだろう。強いのは未来(おそらく愛莉も)だけだと思っていたのだが、リーシャとサフィーも既に自分達よりもずっと前を歩いている。その事実を突きつけられて、このまま腐るのは簡単だが、絶対にそうはならない。必ず追いつき、そしていつか追い越す。今やスナイプとメリッサの目標は、リーシャとサフィーを見下ろす事ではなく二人に追いつく事へと変わっていた。


「おおっ!リーシャも倒したからこれで三匹目だね!」
「うん。あ、次のが飛んで来たよ」


 愛莉の視線の先には、石柱の頂上からこちらに向かって飛び立つ二羽のルフ。これで、近くの石柱のルフは全てこちらに向かって来た事になる。


「ちょうど五匹ね。とりあえずあれ倒せば目的は完遂よね」


 いつの間にか未来達の横に近づいて来ていたサフィーが、ルフを見上げながら呟く。ルフ五匹、言わずもがな自分達がCランクにランクアップする為の四匹のルフと、一匹。
 そう、未来達はエストにルフの魔石を渡して、自分達のパーティに勧誘するつもりなのだ。無謀な挑戦で回復術士に必要以上の負担をかけるようなパーティに、これ以上エストは置いておけない。それならば、ランクアップの為の魔石を渡して無理にでも自分達のパーティに引き入れようというのが四人の考えだった。


「みんなお疲れ様。最後にもう少し頑張りましょうね」


 後ろから、風鼬を引き連れたリーシャも合流した。その少し後方では、カロンがスナイプに近づいている所だった。


「やあスナイプ、お互い命拾いしたね」
「カロン……お前……」


 一切悪びた様子もなく、カロンは普通に話し掛けて来た。あの時、メリッサが転んでエストが駆け寄ったあの時、二人の所へと戻ろうとしたスナイプをただ見つめているだけだったカロン。この男には、パーティの仲間を助けるという考えが一切無かった。その事実を目の当たりにして、スナイプはカロンという男が仲間の事などどうでもいいのだと、そう割り切っている人物である事を理解した。


「ん?どうかしたかい?」
「………いや、何でもねぇ」


 だが、今ここでカロンを責めるのはお門違いな気もした。冒険者でありパーティを組んでいる以上、仲間を守るの当然と言えば当然なのだが、それが自分の命を失ってまでする事かと問われると、はっきり肯定は出来ない。
 事実、先ほどの状況は例えメリッサとエストの所へと駆け付けていても、二人を救えたかと言われれば答えは否だ。どんなに綺麗事を言っても、先ほど二人の所へと戻ったのは自分の自己満足、端から見れば犬死だっただろう。
 なのであの状況でカロンが一人で逃げようとした事を、咎める事など出来ない。それを咎めるのはあの状況で「何で仲間と一緒に死ぬ為に戻らなかった」と言っているようなものだ。そんな乱暴な言葉も無いだろう。

 そんな事を考えていると、未来、サフィー、リーシャが連携攻撃であっさりと二匹のルフを倒してしまった。単独でも倒せる実力があるのにわざわざ連携したのは、それぞれが経験値を得る為だと理解するスナイプ。だが先ほどから、もう一人の黒髪少女だけが攻撃に参加していない。


(あの女はさっきから何もしないな……どういう事だ?)


 スナイプは知らない。未来の持つ剣が愛莉の錬金術で作られた剣だという事を。未来がその剣で戦う以上、常に愛莉にも経験値が入って来るというその事実を。


「んー、もうこっちに飛んで来ないね」


 五匹目のルフを倒した所で、ルフは全く襲って来なくなった。
 それは六匹目以降のルフとの距離が少しあるというのも理由の一つなのだが、ルフは頭の良いモンスターである。自分の仲間があっさりと倒されるのを見て、自分達では敵わないと悟っていた。そして一度攻撃対象から外した相手の事は、この先もずっと忘れない記憶力も持っている。
 ルフは持ち帰ればかなりの買い取り価格になるのだが、かなり背の高い石柱の頂上に鎮座していて、もう未来達には襲い掛かって来ないので討伐も難しいだろう。こちらから近づいた所で、先に逃げられてしまう。いくら未来達でも、空高くに逃げられてしまえば手も足も出ないのだから。


「でも目的の五匹は倒したし、とりあえずもういいんじゃないかな?」
「アイリの言う通りよ。二人はとりあえず倒したルフの回収お願い。わたしとリーシャで一匹だけ解体しておくわ」
「ほいほーい!」


 サフィーの指示で、ルフの回収に向かう未来と愛莉。そして近くのルフの解体作業に入るリーシャとサフィー。エストは皆に礼を言おうとずっと待っていたのだが、そのタイミングも掴めないまま四人は忙しく動き出してしまった。なので、とりあえずメリッサの回復をしながら未来達が作業を終えるのを待つ事にした。


「回復はもういいわ」


 メリッサの傷を回復していると、他ならぬメリッサ自身からもういいと止められてしまった。因みに、まだ回復していない傷も何ヶ所か残っている。


「え、でも……」
「あんただって残りのMP少ないんでしょ。わたしはいいから自分の回復をして」


 そう言って恥ずかしそうにプイッと横を向くメリッサ。彼女は彼女なりに、エストに感謝しているのだ。
 ルフに追われて転倒したあの瞬間、メリッサはこのまま一人で死ぬのか、という途轍もない恐怖心を抱いた。そして誰でもいいから助けて、傍に来てと強く願った。そんな時に、まるでメリッサの心の声を聞いたかのようなタイミングでエストが来てくれた。
 普段あんなに素っ気ない態度を取ったり、時には心無い事を言っていたのにも拘わらず、エストは助けに来てくれたのだ。


(あんたの事は嫌いだったのに……)


 小さな頃からこの目つきのせいで、誰とも仲良く出来なかったメリッサ。いつも孤独で、このまま一生友達なんか出来ない、誰かに寄り添う事なんて無いと思っていたのに、エストは自分から寄り添って来てくれたのだ。それがあの時、どんなにメリッサの心を救ったのかエストは気付いてはいない。
 あの時、どんなに心強かったかをメリッサ自身は知っている。だから、もうエストには酷い態度なんて取れない。嫌いから一転して、メリッサはエストの事がーーーーー

 そんなメリッサの心など知る由もないエストは、言われた通り自分の身体に回復魔法を掛ける。だがそれも程々に、いつの間にか傍に来ていたスナイプとカロンへの回復を始めた。それを見たメリッサが思わず苦笑する。


(まったく……何処までもお人好しなんだから)


 口端を緩めるメリッサ。その表情は目つきが鋭いながらも、とても優しい表情だった。


「エストーーッ、エストエスト!」


 スナイプとカロンに回復魔法を掛けていると、突然エストを呼ぶ元気な声が聞こえて来た。何かなと思ってそちらを見ると、未来が右手を手を振りながら、左手で手招きをしていた。それを見たエストは首を傾げるが、スナイプとメリッサに「呼んでるぜ」「行って来なさいよ」と言われて、フラフラと未来達に近づく。


「ッ!!あの娘……もうMPが……」
「くそっ……無理しやがって」


 あんな状態になるまで回復魔法を掛けさせていたのだと気付き、やるせない気持ちになるスナイプとメリッサ。そんな二人の横では、カロンだけが無表情でエストを見つめていた。


「まあ、あれがエストだからね」


 特に何の感情も無く吐き出したその言葉に、若干の怒りを覚えるスナイプとメリッサ。あんなにも献身的に回復魔法を掛けてくれたのに、言うべき言葉がそれか?そんな怒りが込み上げるが、結局は何も言わずに黙り込む。


「あ、来た来た!って……何かフラフラしてない?」


 こちらに向かって歩いて来るエストだが、何やら足元がフラついている。心なしか、呼吸も少し荒いように見える。


「魔力が切れかかってるんだわ!アイリ、マジックポーション出して!」
「うん!」


 魔法鞄マジックバッグからマジックポーションを取り出す愛莉。それを持ってエストの元へと駆け寄る。同じように、未来とリーシャ、サフィーもエストに駆け寄った。


「エスト、これ飲んで」
「あ……わ、わたしは大丈ーー」
「大丈夫じゃないでしょ!変な遠慮なんかしてないで早く飲みなさい!」


 遠慮しようとするエストに対して、サフィーが強い口調で無理矢理ポーションを受け取らせる。サフィーの剣幕に圧倒され、エストは「じ、じゃあ頂きます……」と言いながらポーションを喉に流し込んだ。エストのMPがそれなりに回復し、顔色が良くなる。正直かなり辛かった身体が途端に楽になり、エストは皆に頭を下げた。


「あ、ありがとうございます。おかげで凄く身体が楽にーーー」
「ぶっぶーっ!エスト敬語禁止だからね!」
「あ……う、うん」


 未来に指摘されて、慌てて敬語をやめるエスト。そんなやり取りが何だか可笑しくて、あの大衆浴場での事を思い出して、気がつくと五人でクスクスと笑い合っていたのだった。



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