上 下
53 / 316
駆け出し冒険者の章

52.油断大敵

しおりを挟む
ーー日下未来のレベルが上がりました。

ーー望月愛莉のレベルが上がりました。

ーーリーシャのレベルが上がりました。

ーーサフィーのレベルが上がりました。



 四人の頭の中に響くのは、いつものレベルアップを伝える声。風鳴き山の山道を順調に登っているクローバーの四人は、この日何匹目かのビッグフットを討伐した所だった。


「ふぅ……これで何匹目だっけ?」
「ちょうど十匹目だよ。そろそろレベルも上がりづらくなって来たね」


 四人の視界には、既に山の中腹である岩肌のゴツゴツした光景が映り込んでいる。ビッグフットの生息する森は山の麓から中腹に掛けてまでで、そこから先は森は無い。所どころに木は生えているが、それもまばらで土と岩ばかりの光景へと移り変わっていた。
 つまり、ここから先はビッグフットの居ないエリア。それを目前としながら、この日十匹目となるビッグフットを討伐した未来達のレベルは19にまで上がっていた。


「レベル19……あと一つ上がれば……」


 真剣な顔でそう呟くサフィー。その呟きが耳に入った愛莉は首を傾げてサフィーに訊ねる。


「あと一つってレベル20?何かあるの?」
「レベル20になると中級魔法を契約出来るのよ。初級と中級じゃ威力も段違いなのよね」


 なるほど、それは確かに重要だなと愛莉は思った。【魔力上昇】のパッシブスキルのおかげで、サフィーの魔法の威力はレベルが上がる事に目に見えて強力になっている。とは言え、元々の威力がそれほど強くない初級魔法。おそらく何処かで限界は来るし、今以上の強敵と相見えた時にも通用する保証も無い。


「魔法の契約ってその魔法を深く知ってないと出来ないだっけ?サフィーは中級魔法を完全に理解してるって事?」
「中級の攻撃魔法の魔導書までは読み漁ったからね。一応一通り理解してるつもりよ」


 何とも頼もしい発言だ。サフィーがそう言うなら、きっと契約に関しては問題無いのだろう。ならばあとはレベルを20まで上げるのみだ。


「まあ、威力が上がる分、消費するMPも当然増えるけどね。でもわたし、MPの総量には自信あるのよ」


 愛莉の鑑定眼で見ても、サフィーのMPの最大値は既に800を超えている。同じレベルで召喚士のリーシャが240程度である事を鑑みれば、いかにサフィーのMP総量が多いのかが分かる。そしてこれは、サフィーの持つもう一つのパッシブスキル【魔力量上昇】によるものだ。
 このスキル、スキル自体にレベルは無いが、効果は『自身のMP最大値を倍にする』というもの。つまり本来のサフィーのMP総量は400程度なのだが(それでも通常の魔道士よりも多い)、このスキルの効果で倍になっているのである。

 そんな会話をしながら、四人はゴツゴツとした中腹へと足を踏み入れる。ここまでは先人達の努力の甲斐もあってかなり歩きやすい山道になっていたが、ここからはむき出しの岩肌の上を歩いて頂上を目指す。
 歩いていると、四方から奇妙な声が聞こえて来る。それはまるで何かの鳴き声のようで、辺りに反響して声の正体が分からない。


「うわわっ、何この声みたいなの!?」
「これが風鳴き山と呼ぼれてる理由みたいね。話には聞いていたのだけど……実際に聞くと不気味な声よね……」
「本当に風が鳴いてるって言うの?そんなの有り得ないわ!」


 未来、リーシャ、サフィーが声の正体が分からずに気味悪がっている間、愛莉は周りを観察しながら歩いていた。
 見ると、崖のあちらこちらに大小様々な穴が空いている。大きい物だと、数人が横に並びながら余裕で中に入れそうな大きな洞窟だ。どうやら、この奇妙な鳴き声のような声はその穴から聞こえて来るらしい。


「崖にいっぱい穴が空いてるから、多分風が中に入り込んで反響してるんじゃないかな。だから色んな方向から聞こえて来るんだと思う」


 未来の説明を聞き、なるほどと手を打つ三人。カラクリが分かってしまえば、気持ち悪いと思っていた音もどうという事は無くなるから不思議だ。


「さっすが愛莉!頭いい!」
「本当ね~、いつもアイリの冷静さには助けられるわぁ」
「って言うか、どこでそんなに知識を手に入れたの?色んな事知ってるわよねアイリは」


 まさか日本の学校とは言えないので、適当に誤魔化しておく。その時、未来が何かに反応して鞘から剣を抜いた。そのまま辺りを警戒している。


「みんな気をつけて!岩陰に何か居るよ」


 咄嗟に身構える愛莉達。大小様々な大きさの岩が点在しているので、どうやらその陰に隠れているらしい。未来の【気配察知】でいち早く感知したのだが、どうやら一匹ではなく何匹も居るとの事だった。
 

「何匹くらい?」
「多分……四匹か五匹。全部正面に居る」


 その時、岩陰から一匹の獣が飛び出した。その姿は、女子なら思わず飛びつきたくなる動物ランキングで、常に上位に位置するウサギの姿。しかし、ウサギにしては身体が大きく、鋭い牙と爪が生えている。目は怪しく真っ赤に輝き、明らかにこちらに敵意を持っているらしい唸り声を発していた。
 すかさず愛莉が鑑定眼を発動させる。ウサギの頭上にステータスが浮かび上がった。


『サーベルラット(兎種モンスターLv14)
 固有スキル:突牙、円爪』


「サーベルラット、レベルは14でスキル持ちみたい」
「ウサギなのに可愛くなぁぁーーいっ!!」
「そうよね~、見るからに獰猛そうよね」
「レベル14なら楽勝でしょ。さっさと倒して先に進みましょうよ」


 愛莉の情報から相手の力量を分析し、自分達の脅威ではないと判断した未来達。そのせいか、どこか緊張感が無かった。サフィーが手のひらに魔力を込め、サーベルラットに向かって魔法を撃ち出す。


水刃ローラム!」


 もしかしたら素材はそれなりの値段で買い取って貰えるかもしれないと思い、炎ではなく水の魔法を撃ち放つサフィー。魔法はサーベルラットの元へと飛んでゆき、サーベルラットに命中ーーーー


 ーーする直前で、サーベルラットは素早い動きで魔法を躱した。そのまま地を蹴ると、信じられない跳躍力で一気にサフィーへと間を詰める。


「えーーーー」


 完全に油断していたサフィー。すぐ目の前にサーベルラットの鋭い爪が迫り、サフィーを切り裂こうと怪しく光る。
 

「たぁぁぁーーーッ!!」


 しかしギリギリの所で、未来がサーベルラットの爪を剣で防ぐ。そのまま剣戟を叩き込むと、一撃食らったサーベルラットは血を流しながら後方へと跳躍した。この間、僅か数秒の出来事である。


「速っ!あのウサギ速っ!」
「サフィー大丈夫!?」


 リーシャが慌ててサフィーに駆け寄る。サフィーは真っ青な顔でリーシャにこくりと頷いた。


「び……びっくりした……何あいつ……」


 一瞬で自分の目の前まで跳躍して来たサーベルラット、危機一髪の状況だったサフィーの背中に嫌な汗が流れる。未来が防いでくれなければ、良くて大怪我、運が悪ければ死んでいたかもしれない。
 そして再びサーベルラットに視線を戻すと、最初に未来が言った通り、その数は五匹に増えていた。隠れていた他の個体が姿を現したのだ。


「スピード特化型のモンスターかな……レベルが低いから多分防御力は低いと思うけど……」
「それを補って余りある速度って事よね……数も多いし」


 愛莉とリーシャが改めて敵を分析しているその横で、サフィーが自分の頬をペシペシと手のひらで叩く。そして前方で唸り声を上げて威嚇しているサーベルラットを睨みつけた。


「もう油断しないわ!一気に倒してやるんだからっ!!」
「いっししし!サフィー気合い充分だね!あたしも気合い入って来た!」


 気合い入って来たと言いつつ、何故か剣を鞘に収める未来。そして愛莉に向かって手を伸ばす。すかさず錬金術で作った石刀を未来に渡しながら、一声掛ける。


「はい。サーベルラットだけど、動きが速いから今までみたいに経験値気にしてたら隙を突かれると思う」
「ん?つまり?」
「そういうの気にしないで、みんなが個別に倒した方がいいかも。誰かが苦戦してたらみんなで手伝ったり」


 今までは、全員が経験値を得る為に必ず同じ敵を攻撃していた。だが、それだと動きの速いサーベルラットに余計な隙を与えかねないので、各々が各個撃破が望ましいとの愛莉の言葉に、全員静かに頷く。


「よーっし!じゃあいっぱい倒した人が勝ちね!」
「あら、いいわね~。みんなライちゃんに勝てるかしら?」
「望む所よ。わたしの実力を見せてあげるわ!」
「えっとみんな……油断だけはしないでね?」


 いつの間にか勝負みたいな流れになっていたので、一応愛莉が釘を刺しておく。三人は不敵に笑うと、「もちろん!」と返事をして、戦闘を開始するのだった。





しおりを挟む
感想 121

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...