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駆け出し冒険者の章

27.魔法鞄

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 四人の前に並べられたのは、大きなスライムの魔石三十個と、街で銅貨四枚で買った布製のショルダー型の鞄。


「揃ったね!」
「揃ったけど……本当にスライムの魔石から魔法鞄マジックバッグなんて作れるの?スライムの魔石って売っても安い、誰も見向きもしないような素材よ?」
「そうねぇ。でもアイリが言うのだから間違い無いんじゃないかしら?」
「うん。成功するかどうかはわたし次第だと思う」


 成功して欲しい。それは四人全員が思う共通の願い。ワイルドウルフ十匹分の容量ともなれば、一日で稼げる額は大きく変わる。そうすれば毎日みんなで大衆浴場へも行けるし、美味しい物も食べられる。服もいっぱい買えるし、生活はますます充実するだろう。
 別に贅沢がしたい訳では無い。そういう訳では無いが、安定した暮らしというのは心に余裕をもたらす。心に余裕が出来れば、冒険も楽しくなるだろうし、未来と愛莉の場合は生活が安定すれば元の世界に帰る方法を探せる。

 リーシャとサフィーだって、今までは生活に余裕が無いから毎日冒険者稼業を一日も休まずに薬草採取へ赴いていた。まだ十六歳の年頃の少女達が、毎日同じ冒険者用の服に身を包み、往復二時間かけて大した稼ぎにならない薬草採取を続けて来たのだ。
 本当はたまには仕事を休んで、お洒落な服を来て二人で遊びに行きたい。しかしそんな余裕などある筈も無く、二人は休み無しでこの二ヶ月間頑張って来た。
 そんな暮らしが一変するかもしれないのだ。魔法鞄とは、そんな可能性を秘めたマジックアイテムだ。


「えっと、とりあえず並べ方はこれでいいかな」


 スライムの魔石をピッタリとくっつくように三十個並べ、その上に布製のショルダーバックを置く。


「いよいよ始めるのね!」
「うん。でも……どういうイメージを膨らませばいいんだろう。容量がいっぱい入る鞄って言われても……」


 そんな物は元の世界には無かった。魔法道具の店でも、鞄自体は見たが中がどうなっているのかまでは確認していない。つまり、構造が分からないのでイメージを膨らませづらいのだ。
 そんな愛莉に、未来が値千金の助言をする。それは特に何も考えずに口から出た言葉。


「四次○ポケットは?」
「あ、そっか!」


 未来や愛莉にとって、何でも入るいくらでも入る物の代名詞と言えば、未来から来たネコ型ロボットの持つポケットに他ならない。もちろんポケットと鞄という違いはあるが、要は中の構造をイメージ出来れば良いのだ。


(あれって、ポケットの中と外は別の空間なんだよね。つまり、この鞄の中に別の広い空間が広がってるイメージを持てば………)


 イメージ次第では、ワイルドウルフ十匹以上収納出来る鞄が出来上がるかもしれない。スライムの魔石の個数で空間の広さが決まってしまう場合は残念ながらそれも期待出来ないが、イメージがある程度反映されるのだとしたら、可能性は充分にある。


(あとは……わたしの錬金術と合成のレベル次第だけど……使う素材は普通の鞄とスライムの魔石。どっちも簡単に手に入る素材だから、そんなに高いレベルは要求されない気がする)


 例えば使う素材が伝説級の道具だったり、物凄く強いモンスターの魔石だとしたら錬金レベルが圧倒的に足りない気がする。だが今回使う素材は駆け出しの冒険者でも手に入れる事が出来るような物ばかり。確かに出来上がる物は凄いが、使用する素材が簡単に手に入れられる以上、錬金自体は簡単なのではないかというのが愛莉の持論だ。


(大丈夫。成功するイメージしか湧かないもん)


 愛莉の手が輝き始める。それを見て、皆は自分の手を握りながらギュッと目を閉じて祈る。どうか成功しますようにと、心の中で何度も何度も。そしてーーーーー



ーー錬金術のレベルが上がりました。
ーー合成のレベルが上がりました。
ーー合成のレベルが上がりました。
ーー想像力上昇のレベルが上がりました。
ーー想像力上昇のレベルが上がりました。
ーー想像力上昇のレベルが上がりました。
ーー具現化上昇のレベルが上がりました。
ーー具現化上昇のレベルが上がりました。
ーー具現化上昇のレベルが上がりました。



 次々に頭の中に響き渡る、レベルアップを知らせる謎の声。つまりそれは、錬金に成功したという事。成功してしまったという事。
 ゆっくりと目を開ける愛莉。そこには、何の変哲も無い先ほどまでと同じ布製のショルダーバッグ。ただ、下に敷き詰めていたスライムの魔石は一つ残らず消えていた。
 バッグを手に取り立ち上がる愛莉。後ろを振り向くと、未来、リーシャ、サフィーの三人が手を合わせて固く目を閉じていた。愛莉はそんな三人に声を掛ける。


「みんな、出来たよ」


 愛莉の声を聞き、恐る恐る目を開ける三人。視界には、ショルダーバッグを持っている愛莉。何処か安心したような、そんな表情を浮かべていた。しかし見た所、布製のショルダーバッグに変わりは無い。


「これが魔法鞄マジックバッグなの?」
「その筈だよ。色々レベル上がったから、多分成功したんだと思う」


 愛莉にそう告げられ、ショルダーバッグを凝視する一行。未来がバッグの両端のボタンを外し、緊張気味な表情を浮かべながら皆に「開けるよ」と伝えると、皆は無言でこくりと頷いた。
 もしも失敗だった場合、きっと何の変化も起きていないだろう。普通にバッグの底が見えるだけだが、成功だった場合は何かしらの変化が見て取れる筈だ。


「せーのっ!」


 未来が勢い良くバッグを開く。すると、バッグの中は真っ黒い空間が広がっていた。まるで、そこから先は別の空間が広がっているような、そんな奇妙な感覚。何処までも続く井戸の底のような、そんな印象を覚える。


「うわっ!真っ黒だ!」
「こ、こういう感じなのね!」
「わぁ、不思議ねぇ。中はどうなってるのかしら?」
「多分だけど別の空間になってると思う。結構広めのイメージで作ってみたんだけど」


 愛莉の説明を聞いた未来が、当然の質問を投げかける。


「どれくらいの広さ?」
「んっと、学校の体育館くらい……」
「体育館!?」
「「???」」


 体育館と聞いて思わず驚きの声を上げる未来。もしそれが本当だとしたら、ワイルドウルフ十匹どころの収納力ではない。それこそ、何十、何百匹と収納出来るとんでもない魔法鞄だ。
 もちろん、学校も体育館も聞いた事の無いリーシャとサフィーは首を傾げている。未来も体育館を一から説明するのが大変なので、とりあえず二人には「ワイルドウルフ何百匹も収納出来るかもしれないんだって!」と説明。それを聞いたリーシャとサフィーは驚きを通り越して、目を白黒させていた。


「い……いやいや……だってあんた、ワイルドウルフ十匹分の魔法鞄でも金貨八枚って……」


 何百匹入る魔法鞄など、一体どれほどの価値になると言うのか、予想すらつかない。


「とりあえず使ってみよっか。みんな籠を下ろして」


 もしも愛莉が錬金術に失敗して魔法鞄が手に入らなかった時の為に、全員今日も籠を背負って来ていた。魔法鞄が無い場合にモンスターの素材を入れて帰る為である。しかし魔法鞄の錬金に成功した以上、もう籠は必要無い。魔法鞄の使い方の確認がてら、籠を収納してみる事にした。


「でもどうやって使うの?明らかにマジックバッグより籠の方が大きいし、どう考えても入るとは思えなーーーー」


 未来がそう呟きながら魔法鞄に籠を近づけると、まるで掃除機が埃でも吸い込むように籠は魔法鞄の中にスポッと吸い込まれた。


「………へ?」
「うわわっ!す、吸い込まれたわよ!?」
「へぇ~不思議ねぇ」


 完全に物理法則を無視したような収納のされ方。何故魔法鞄よりも体積の大きい木製の籠が、何事も無かったかのように収納されてしまうのか。
 その後、リーシャとサフィーも恐る恐る自分の籠を近付けると、未来の籠同様に籠は魔法鞄の黒い空間に消えて行った。もちろん愛莉の籠もである。


「これで籠が四つ分。まだまだ入りそうだね」
「うん。流石に体育館ぐらいとは思ってないけどね」


 あくまでそういうイメージで作ったに過ぎない。使った素材で考えれば、順当にワイルドウルフ十匹分なのだろうが、こればかりは実際に検証してみなければ確かな事は言えない。


「でもこれ、中の物はどうやって取り出すのかしらぁ?」


 リーシャがふと口にした言葉で、皆は顔を見合わせる。そう、収納は出来たが取り出す方法が分からない。取り出せなければ何の意味も無いのだ。


「普通に手を入れればいいんじゃないの?」


 そう言って魔法鞄に手を入れようとした未来を、サフィーが慌てて止める。


「待ってミク!あんたまで吸い込まれちゃうかもしれないわよ!」


 籠は魔法鞄に近付けただけで吸い込まれるように収納されてしまった。それならば、もしかすると人が手を近づけただけで吸い込まれてしまうかもしれない。


「んー……でもそれじゃあどうやって……あ、そうだ!愛莉の鑑定眼で使い方分からないの?」
「あ、そっか」


 未来に言われて、慌てて魔法鞄を凝視する愛莉。するとーーーー


『布製の魔法鞄マジックバッグ(製作者:望月愛莉)
 性能:様々な物を収納出来るマジックアイテム。ただし生物は収納出来ない。収納中は劣化しない
 使用方法:収納したい物を近づけると自動的に収納される。取り出す場合は手を入れ、取り出したい物を思い浮かべる』


「だって。説明文出て良かった」
「ふーん、生物は収納出来ないんだ?」
「そ、それって……モンスターの素材は駄目って事!?」
「あ、ううん。多分生きてる状態だと収納出来ないって事だよ」
「そ、そういう事ね!良かった……」


 愛莉の説明を聞いて胸を撫で下ろすサフィー。もしモンスターの素材が収納出来ないとなれば、正直この魔法鞄の必要性は半減どころではない。そんな事にならなくて安心したのだ。


 何はともあれ、無事に魔法鞄を手に入れた四人。次はリーシャの召喚獣を探すべく、グリーグの森を目指すのだった。
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