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魔王の章

S8.人知れず

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 終わってみれば、アルトの抱いていた不安は杞憂だった事が分かった。

 数匹の魔狼を前にしたCランク冒険者のレックとサリー、そしてEランクのノエルだったが、戦闘開始前にノエルがレックとサリーに身体能力の上がる補助魔法を付与。そして二人は一気に魔狼へと突進していった。

 レックとサリーの接近に気付いた魔狼が二人に襲いかかるが、先ずはレックが魔狼に斬り込む。その後にサリーが続いたが、サリーには一度に二匹の魔狼が襲いかかって来た。
 しかしサリーは冷静に一匹を鋭い蹴りで倒す。そんなサリーの隙を突いてもう一匹の魔狼がサリーに襲いかかるが、既に魔狼を斬り伏せていたレックがサリーに襲いかかっていた魔狼を撃破。
 今度はそんなレックに残りの魔狼が襲いかかるが、レックはすぐに剣を返して横からの魔狼を撃破。レックの後ろから襲いかかる魔狼は、サリーが物凄い速度でカウンターの一撃を食らわせると、後ろに吹っ飛んで動かなくなった。これで五匹全て倒し、戦闘終了である。


「強っ!レッ君とサリーちゃん強っ!!」
「うん。抜群のコンビネーションだったよね」


 レックとサリーの実力を初めて目の当たりにしたミミリとリティアは、その見事な戦いぶりに称賛を送る。もちろん”三魔闘”と呼ばれる彼女達とは比べるべくも無い程の実力なのだが、戦闘経験という一点だけで見れば、レックとサリーの二人はこの中でも群を抜いて豊富であり、故にその経験から来る無駄の少ない動きや、相手を信頼しきっている戦い方などは、リティアやミミリ、そしてアルトにとっても非常に参考になる戦い方だった。


「こんな所か。お疲れサリー」
「ふふ、久しぶりの戦闘だったけど腕は落ちてないみたいね」


 身体を動かし、手応えを感じるサリー。その正面ではレックも、久しぶりの戦闘で得た心地の良い高揚感を感じていた。そんな二人に、アルト達が近づく。魔狼が全滅した事により、エリーゼも安心したような表情を浮かべていた。


「お疲れ様ですレックさん、サリーさん」
「おつおつ!二人共すっごい強いね!!」
「ほんと、息もピッタリで勉強になっちゃった」


 と、アルト達がレックとサリーを労いながら称賛を送る。それが照れ臭いのか、レックは珍しくポリポリと頬を掻いて、皆から視線を逸した。


「うふふ、レックったら照れてるのよ」
「おいサリー……って、否定は出来んな。まあ、お前らにとっちゃ俺達の実力なんて、たかが知れてるだろうけどな。だがそれはそれとしても、得られるものはあった」


 自分が倒した魔狼を見下ろしながら、レックは剣を鞘に収める。そしてアルトの方を向くと、徐ろに口を開いた。


「魔狼だが、おそらくDランクの冒険者だと一対一で何とか倒せるレベルだ。俺達Cランクだと、三匹ぐらいまでは一人でも相手に出来そうだ。それ以上になると職業にもよるが……少し厳しいかもしれん」


 すかさずレックの分析をメモしてゆくアルト。その隣では、ミミリが意外そうな表情を浮かべて声を上げた。


「えー?二人共、かなり余裕で倒してたみたいなのに三匹以上になるとキツいの?」
「今回はあたしとレックのコンビだったし、ノエルちゃんの補助魔法もあったもの。何も助力の無い一人の状態だと、三匹ぐらいが妥当かしらねぇ」


 一見余裕そうに五匹もの魔狼を危なげ無く倒したレックとサリーだが、二人はパーティを結成して既に三年。お互い、自分がどう動けば良いのかを熟知し合っている。同じCランクの冒険者でも、即席のパーティで臨めば同じ結果にはならないだろう。
 更に言うと、レックもサリーも魔狼が三匹以上でも倒せる自信はある。しかし冒険者ギルドで定めるモンスターに対する『討伐可能ランク』とは、あくまで事が前提である。
 無理をすれば倒せる、おそらくダメージは負うが、倒せない事はないなどは、討伐可能ランクとは見なされないのだ。


「なるほど……魔狼の討伐ランクはDランクからっと………」
「ああ。魔狼自体が群れで動く習性があるなら、冒険者もパーティで挑むのがベターだな」


 レックからもたらされた情報を真剣にメモするアルト。それが終わると、今度はレックが魔狼の解体作業に入る。それを傍で見ていた皆(特にリティアとエリーゼ)は、かなり顔色を青くしながら眺めていた。


「うへぇ……冒険者ってそんな事までするんだ?」
「まあな。これぐらいのサイズのモンスターなら一匹丸ごと持ち帰ってもいいんだが、今回は長旅だからな。途中で腐っても嫌だろ?」


 ブンブンと首を大きく振るリティアとエリーゼ。生き物である限り、数日もすれば絶対に腐ってしまう。そうすれば異臭は酷いし、虫だって湧いてしまう。なのでレックは魔狼を解体し、素材になりそうな皮や爪、そして牙なども綺麗に取り出し、それを皆の前に並べてゆく。


「リティアは氷魔法を使えるんだよな?魔法で水とか出せないか?」
「あ、うん、出せるよ。えっと、水で洗えばいいの?」
「察しが良くて助かる」


 レックに言われて、リティアが魔法で水を出す。その水を直接魔狼の素材に掛け、付着した血を洗い流す。すると、何とか見ていられる程度には綺麗になった。もちろん獣臭だけは完全には取れないが。


「まあ、こんなもんだろう。とりあえず魔狼の素材採取はこれで終わりだな」


 旅の目的の一つでもあるモンスターの素材採取、その一種類目である魔狼の素材採取がこれで無事に終了し、アルトだけではなく皆が胸を撫で下ろした。
 

「ありがとうございますレックさん、サリーさん。とりあえず仕事が一つ片付きました」
「ふふ、魔王様にお礼を言われるのも悪い気はしないわね。それで、冒険者ギルドを建てる場所はどうするの?」
「とりあえず、この辺りを候補に入れておこうと思います。住人達に相談もしないといけないと思うし」


 周りを見ると、何件かの建物が見える地域。このカルズ地区では今の所、集落らしい場所はここ以外には見つかっていない。


「そうだな、田舎である事に変わりはないが、いずれ発展させるにしても何も無い場所よりは、集落を発展させる方が遥かに楽だからな。住人達に説明するのは必要な事だ」


 その後は全員で集落を見て回る。アルトの存在に気付いた住人達が、初めて見る魔王を前にして両膝をつき、恭しく頭を下げるが、アルトはそんな住人達を急いで立ち上がらせる。
 普段あまり慌てたりしないアルトが大慌てだったのが面白かったのが、リティア達はクスクスと笑い合った。少し恥ずかしかったアルトは顔を若干赤く染めながらも、住人達に冒険者ギルドの事を説明する。
 住人達はその話を真剣に聞き、魔狼の被害が減るならと、この地に冒険者ギルドを建てる事に賛成してくれた。


「とりあえず目処は立ったねアルト」
「うん。まだどうなるかは分からないけど、冒険者ギルドを建てる事でこの辺りが今以上に賑やかになれば、もっと人も集まるかもしれない」


 一から街を作るなど、並大抵の事ではない。しかし冒険者ギルドが建ち、人族の冒険者や商人などが集まれば、そこから徐々に発展してゆくかもしれない。発展すれば、この辺りに住む魔族達もこの地に居を移して来るかもしれない。そうやって少しずつ人が集まれば、きっといつか立派な街になると、アルトだけではなく、他の皆もそんな未来を想像していた。

 
 そしてこの日を皮切りにアルト一行は、魔族領の中でも比較的モンスター被害の多い田舎の地区を訪れ、他に冒険者ギルドを建てられそうな集落の探索、魔狼以外のモンスターを討伐し、その素材集めなどを順調に進めた。
 現地の者達から話を聞き、リティアやミミリも知らないような古代の遺跡や、いつ誰が作ったのか定かではない迷宮などを発見し、実際に中に入って調査をするなど、魔族と人族が交流する世界に向けての足がかり的な活動を勢力的に行った。


「ふう……この迷宮はかなり奥が深そうだな。冒険者達の人気スポットになるのは間違いない」
「ですよね。地下三階でもそれなりに強いモンスターが居たし、下に行けば更に強いモンスターが居るかもしれない」
「こないだの古代遺跡もお宝のニオイがプンプンしたけど、この迷宮も素敵な宝物が眠ってそうよねぇ」


 迷宮探索を早めに切り上げ、外へと出たアルト、レック、サリーが開口一番にそんな話を始める。
 いつもとは違い、何処か楽しそうな表情を浮かべるアルト。そんなアルトを少し離れた所から眺めていた四人の妻達は、何やら嬉しそうに話し始めた。


「ふふ、アルトったら何だか凄く楽しそう」
「うんうん!やっぱり冒険はいいよね!ミミリも楽しかったよ!」
「アルト君のあんな顔、あんまり見る機会無いもんね。お兄ちゃんとサリーさんも楽しそうだし」
「やっぱりアルトも男の子なんだよね。村で暮らしてた時も、男の子達と遊んでる時はあんな顔をしてなぁ……」


 普段のアルトと言えば、物静かで冷静、そのくせ他人には気を使ってばかりで、それは五人の嫁に対しても例外ではない。
 だからこうして、自分の楽しいと思える事を目一杯楽しんでいるアルトを見ると、皆は内心でほっとしてしまう。魔王城で毎日過ごしていたアルトは、一度としてあんなにも年相応な青年らしい笑顔を浮かべた事など無かったのだから。


「魔王城を出発して一ヶ月半。わたし達の旅も残り半月を切ったね」
「うん。残りの旅も、アルト君には楽しんで欲しいなぁ」
「ノエル、それって旅の目的変わってない?今回の旅は冒険者ギルドのーーーー」
「まあまあエリーゼちゃん!アルト君が楽しむ事が大前提なんだから、それはそれ!」


 ミミリの言葉に一瞬だけ目を白黒させるエリーゼだか、次の瞬間には四人でクスクスと笑い始めた。
 もちろん、魔王城に残って孤軍奮闘しているエルマーの為にも、半端な収穫では帰れない。しかし既に、冒険者ギルドの設置場所の目処や、複数のモンスターの素材、古代遺跡や謎の迷宮の位置把握など、このひと月での成果はかなりのものだ。ならば残りの旅は、いつも大変な思いをしているアルトの為に時間を使っても、きっと誰も文句など言わないだろう。エルマーがこの場に居れば、同じ提案をしてくれたと確信している。


「そうだね、もうかなりの成果は上げてるから、残りは純粋にみんなで楽しんじゃおっか?」
「さんせーーいっ!!ミミリもいっぱい楽しむ事を誓いまーーす!!」
「え……ミミリちゃんは毎日限界まで楽しんでるように見えるけど……」
「だよね。これ以上限界を超えて楽しむ気なの?」


 今度はクスクスとではなく、大きく笑い合う四人の妻達。魔王城を出発した時には誰もが、何とかアルトの手助けがしたい、アルトの望むような成果を持ち帰りたいと思っていたが、それは既にほぼ解決した。だからこそ、四人の中にも心の余裕が生まれた。


「最後まで楽しんで、今度はエルマーも一緒にまたみんなで来たいね」
「うんうん!絶対またみんなで来ようね!」


 元々仲の良かった四人だが、今回の旅を通じて更に心の繋がりが深くなったように思える。それはもちろんエルマーも同じで、誰一人として、一日足りともエルマーの事を考えなかった者は居ないし、エルマー自身も皆の事を考え無かった日など無い。

 アルトの望む人族と魔族が仲良く暮らしてゆける世界へと進む為に、エルマーを含めた五人の若き少女達は人知れず頑張ったのだ。
 その結果が何をもたらすのかはまだ形にはなっていないが、きっと誰もが望む方へと順調に進んでいる、その事だけは誰に言われるまでもなく実感する魔王の妻達。


 そして、アルト達は順調に旅を終え、二ヶ月ぶりに魔王城への帰還を果たしたのだったーーーーー




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