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魔王の章
S6.キス
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前日に旅の準備を全て終わらせたアルト達は、城に残るエルマーとメイド達に見送られながら、馬車に乗り込む所だった。
今回の旅は馬車三台で行く事になった。レックとサリーを乗せた小型の馬車、アルト、リティア、ミミリ、エリーゼ、ノエルを乗せた大型の馬車、そして衣服、調理器具、食材、寝具などを積んだ中型の馬車。
一応全員御者の経験はあるので、荷物運搬用の中型馬車の御者は、皆で交代で行う事にした。
そしていよいよ馬車に乗り込むというその時になって、エルマーがアルトの腕をギュッと引っ張って小声で耳打ちをする。
「いいですかアルト、旅の間は極力アレは禁止ですよ。わたしだって……我慢するんですから……」
アレとは性行為、つまりエッチの事だ。エルマーとはしばらく会えなくなるので、昨日はエルマーをたっぷりと可愛がったアルト。いつも一回で終わるエルマーとの行為だが、昨日は三回もしてしまった。
「はは……極力ね……努力はしてみるよ」
むしろ自分よりは、嫁達の方が我慢出来なくなる可能性の方が高いかもしれない。あの純情で無垢だったリティアですら、今では行為の虜だ。どうすればアルトを気持ち良くしてあげられるか、どうすればもっと気持ち良くなれるかの努力を常に怠らない。
「むー……せめて宿に泊まっている時だけですよ?野宿の時などは言語道断ですからね!」
「そ、それは流石に……」
流石に嫁達もそこまでしては求めて来ないだろう。いや、来ないと信じたい。とは言え、外でも平気で始めてしまいそうなレック、サリーという爆弾も同行するので、皆があの二人に感化される危険性はある。そこはもう、なるようにしかならない。
「アルトーーッ?エルマーとのお話まだーーっ?」
一足先に馬車に乗り込んだリティアがアルトに向かって大きめの声を上げる。アルトは「今行くよ」と返事をして、最後にエルマーの肩に手をおいた。エルマーの頬がほんのりと紅く色付く。
「じゃあ、留守は頼んだよエルマー。色々と仕事を任せてごめんね」
「いいんです、わたしにしか出来ない事ですから。アルトはアルトにしか出来ない事を頑張ってください」
「うん。必ず成果を持ち帰るから」
見つめ合う二人。エルマーはそっと瞳を閉じた。それを見たアルトが、エルマーの唇に自分の唇を優しく重ねる。
周りではメイド達が、口に手を当ててその光景を見ていた。誰もが、その瞳をキラキラと輝かせたり、顔を真っ赤に染めたりしている。
そして名残惜しそうに唇を離すアルト。エルマーの瞳には、薄っすらと涙の膜が見て取れた。
「じゃあ……行ってくる」
「行ってらっしゃいアルト」
颯爽と御者席に乗り込むアルト。そして程なくして馬車が動き出した。アルトを先頭に、皆がエルマー達に手を振る。エルマーやメイド達も、アルト達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。そして遂に、完全にアルト達の姿が見えなくなる。
「みんな……どうかご無事で……」
あのメンバーで万が一も無いとは思うが、古い遺跡などの調査もするらしいので、もしかすると罠の類などもあるかもしれない。とは言え、ここで気を揉んでも仕方ないので、エルマーは城へ戻ろうと踵を返した。そんなエルマーを、瞳をキラキラさせたメイド達が取り囲む。
「エルマー様!先ほどのアルト様とのキス……素敵でした!」
「………へ?」
「エルマー様!キスってどんな感じなんですか!?わたし、まだした事なくて」
「な……な……」
見られていた。アルトに見つめられてつい二人だけの世界に入ってしまっていたが、考えてみれば、いや考えるまでもなくこんな場所で大っぴらにキスなどすれば、皆に見られるのは当然の事だ。何故そんな事にすら考えが及ばなかったのか。
「キスもいいですけどぉ、エルマー様はいつも魔王様と……その、エッチもしてるんですよね!?」
「ふぁ!?」
「最初は痛いって本当ですかぁ?あと、すっごく気持ちいいって聞いた事もありますぅ!」
若いのに耳年増らしいメイドの一人が、聞くも恥ずかしい質問を容赦なくぶつけて来る。基本的にそういう話を誰かとするのが恥ずかしいエルマーは、顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「な、何を……」
「きゃーーっエッチだってーーッ!!エルマー様も気持ち良いと声出ちゃったりするんですか!?」
「そ、そんな恥ずかしい事言える筈ないでしょう!」
「ねえねえエルマー様!魔王様と初めてした時の事教えてくださいよー!あ、みんな今からお茶の時間にしない?エルマー様に色々教えて貰おうよ!」
『さーーんせーーーい!!!!』
満場一致で可決するお茶と称したエルマーの桃色話。もはやエルマーも逃げ出す事が出来ずにメイド達に連行されてしまう。
後に聞こえて来たのは、正直に全てを語って聞かせたエルマーの話に、悲鳴にも似た歓声を上げたメイド達の声と、エルマーから聞かされた事で性に目覚めた数人のメイド達が、夜な夜なお互いの身体を求める事で発する甘い吐息だったとか。
■■■
エルマーがメイド達に洗いざらい喋ってしまっているなどとは夢にも思っていないアルトは、のんびりと馬車の旅を楽しんでいた。現在、レックの馬車はサリーが手綱を握り、御者席が広いアルト達の大型の馬車はアルトとリティアが、荷物を積んでいる中型の馬車はミミリとノエルが手綱を握っている。
最初に目指すのは最南のカルズ地区。『魔狼』と呼ばれる魔物が多く生息する『原始の森』が近いので、魔狼による被害が最も多い地区である。だが逆に人族領にも一番近い地区である為、まずはこの地区での被害を減らさない事には、将来的に人族は安心して魔族領に訪れる事が出来ない。魔族領と人族領を繋ぐ入口とも言える重要な地区なので、アルトの中ではカルズ地区に最初の冒険者ギルドを建てたいとの思いがあった。
「カルズ地区かぁ、あの宿屋の店主夫婦は元気かな?」
アルトの言う宿屋の店主夫婦とは、初めて人族のアルトが訪れた時に、嫌な顔もせず邪険にもしないで、優しく接してくれた老夫婦の事だ。それまでは人族の自分が魔族領に来て、どんな仕打ちを受けるのかと戦々恐々としていたのだが、あの老夫婦のお陰でその後も魔族領の人々と友好的に接する事が出来たと言っても過言ではない。アルトにとっては、人族と魔族が共に仲良く暮らしてゆける世界にしたいと願った、そのきっかけになった二人だとも言えた。
「あ、覚えてたんだねアルト」
「まあね。リティア達以外では、初めて接した魔族の方達だから」
「ふふ、あの時のアルトってば、物凄く緊張してたよね。なんか懐かしいなぁ……」
あれからまだ数ヶ月しか経っていないのに、まるで何年も過ぎたような気持ちになるリティア。最後にあの宿屋に泊まってから、兄であるクレイとの戦い、アルトと気持ちが通じ合って初体験、勇者一行との聖戦、人族領へ赴いて国王との会談、エリーゼ、ノエルを含めた五人でのアルトとの婚姻、そして魔族領へ帰って来てからの幸せな毎日と、自分を取り巻く環境が目まぐるしく変わった数ヶ月だった。
「そうだね。今回もあの宿屋に泊まりたいなぁ」
魔族であるあの二人は、当然現在の魔王があの時に自分達の宿に泊まった人族である事など分かっているだろう。今あの二人に会えば何て言われるのか。驚かれるのか、喜んでくれるのか。そんな事を考えると、自然に笑みが溢れる。
「アルト、何だか嬉しそう」
「ん……そうかな?」
「ふふ、そうだよ。そう言えば、出発の時にエルマーとは何のお話をしてたの?」
突然話題が変わって冷や汗が出るアルト。何の話とは、アレの話だ。
「えっと……留守は宜しくねって」
「それだけ?その割には長かったよね?」
「は……はは……重要な事だからね」
実際は、旅先であまりみんなとエッチしないでねと釘を刺されていたのだが、当然そんな内容など話せない。リティアの場合はエルマーに気を使って本当に一切しなくなるかもしれないので、それはそれでアルト的にも寂しい。逆にミミリなどは、「帰ってからエルマーちゃんといっぱいすれば大丈夫だよ!」とか言って、必要以上に求めてくるかもしれない。エリーゼとノエルに至っては、どんな行動に出るのか全く予測が出来ない。
「そっか……でも最後にキスしてたよね」
「うぐっ!み、見てたの!?」
「あんな場所だから……みんな見てたけど……」
なかなか出発しないアルトを心配して、皆がアルトの方を見ていた。すると突然、エルマーとのキスを始めたのである。
「二人とも……みんな見てるのに凄い大胆だなぁって思っちゃった」
思わず頭を抱えるアルト。あの時は完全にエルマーと二人だけの世界に入ってしまい、周りが全く見えていなかった。それはアルトもエルマーも、しばらく離れ離れになる事への寂しさ故のものだったのだが、いつの間にかこんなにもお互い好きになっていたのだと認識する事も出来た。
出会った時は、まさかこんな関係になるなどとは露ほども思っていなかったアルトとエルマー。五人の妻の中でも、正直言って一番アルトに対する愛の熱が低いと思っていたアルト自身だが、全然そんな事は無かった。
今やアルトも他の妻と比べる必要すら無い程にエルマーの事を愛しているし、ミミリひとすじだったエルマーも、いつの間にか他の妻に負けないくらいアルトを愛している。今回一人だけ城に残って、アルトの代わりに全てを引き受けたのはアルトを愛するが故の行動だ。
「はは……見られてたとは思わなかった」
「その割には、凄く嬉しそうだよアルト?」
「うん。リティアや他のみんなと同じくらい、エルマーの事も大好きだからね。恥ずかしいけど、あの場でキスした事に後悔なんてしてないよ」
それは率直で素直で、偽らざるアルトの本心。当然相手がエルマーではなくリティアでもミミリでもエリーゼでも、同じ事をしただろう。愛する人とのしばしの別れなのだ、相手を慈しみたいと願うのは当たり前の感情だ。
「そっか……ふふ、なんか焼けちゃうかも」
言葉とは裏腹に、優しく目を細めるリティア。嫉妬どころか、こんなにもエルマーの事を好きになってくれて嬉しい、そんな表情だった。
そっとリティアの手に自分の手を重ねるアルト。アルトの手の中に、リティアの小さな手の温もりが伝わって来る。
「…………」
「…………」
そのまま、無言で馬車を進めるアルトとリティア。しかしそんな沈黙もまた、今は心地良く感じた。
言葉にしなくても互いの気持ちなど常に伝わっている。もちろん言葉にしないと伝わらない事もあるが、お互いを想う気持ち、アルトが皆を想う気持ち、リティアが皆を思う気持ちなどは、今さら口に出さなくても伝わっている。
「アルト……」
「うん」
「エルマーが寂しがっちゃうから、なるべく早く帰ろうね」
本音を言えば、アルトと一緒の旅なら何年続いても構わないと思っている。でもそれは、五人の妻が全員揃っている時だ。今回の旅にエルマーが居ない以上、逆に一日でも早く帰ってあげたいと思うのはリティアだけではなく、アルトも同じ思いだ。
「そうだね、迅速且つ確実に成果を上げて、一日でも早く城へ帰ろうそしてーーー」
いくらエルマーの事を思って早く帰っても、中途半端な成果ではきっとエルマーは喜ばない。だからエルマーも納得するくらいの成果を上げて、そして皆で堂々と帰るのだ。そして今度はーーーー
「「全員で来よう(ね)!」」
二人の声がぴったりと重なる。お互い、考えている事は一緒だった。
前方を見れば、危険も無い平坦な道。二人は互いの顔を近づけると、手綱を握りながら唇を重ねた。
唇を重ねたまま、馬車は青空の下を力強く進んで行くのだったーーーーー
今回の旅は馬車三台で行く事になった。レックとサリーを乗せた小型の馬車、アルト、リティア、ミミリ、エリーゼ、ノエルを乗せた大型の馬車、そして衣服、調理器具、食材、寝具などを積んだ中型の馬車。
一応全員御者の経験はあるので、荷物運搬用の中型馬車の御者は、皆で交代で行う事にした。
そしていよいよ馬車に乗り込むというその時になって、エルマーがアルトの腕をギュッと引っ張って小声で耳打ちをする。
「いいですかアルト、旅の間は極力アレは禁止ですよ。わたしだって……我慢するんですから……」
アレとは性行為、つまりエッチの事だ。エルマーとはしばらく会えなくなるので、昨日はエルマーをたっぷりと可愛がったアルト。いつも一回で終わるエルマーとの行為だが、昨日は三回もしてしまった。
「はは……極力ね……努力はしてみるよ」
むしろ自分よりは、嫁達の方が我慢出来なくなる可能性の方が高いかもしれない。あの純情で無垢だったリティアですら、今では行為の虜だ。どうすればアルトを気持ち良くしてあげられるか、どうすればもっと気持ち良くなれるかの努力を常に怠らない。
「むー……せめて宿に泊まっている時だけですよ?野宿の時などは言語道断ですからね!」
「そ、それは流石に……」
流石に嫁達もそこまでしては求めて来ないだろう。いや、来ないと信じたい。とは言え、外でも平気で始めてしまいそうなレック、サリーという爆弾も同行するので、皆があの二人に感化される危険性はある。そこはもう、なるようにしかならない。
「アルトーーッ?エルマーとのお話まだーーっ?」
一足先に馬車に乗り込んだリティアがアルトに向かって大きめの声を上げる。アルトは「今行くよ」と返事をして、最後にエルマーの肩に手をおいた。エルマーの頬がほんのりと紅く色付く。
「じゃあ、留守は頼んだよエルマー。色々と仕事を任せてごめんね」
「いいんです、わたしにしか出来ない事ですから。アルトはアルトにしか出来ない事を頑張ってください」
「うん。必ず成果を持ち帰るから」
見つめ合う二人。エルマーはそっと瞳を閉じた。それを見たアルトが、エルマーの唇に自分の唇を優しく重ねる。
周りではメイド達が、口に手を当ててその光景を見ていた。誰もが、その瞳をキラキラと輝かせたり、顔を真っ赤に染めたりしている。
そして名残惜しそうに唇を離すアルト。エルマーの瞳には、薄っすらと涙の膜が見て取れた。
「じゃあ……行ってくる」
「行ってらっしゃいアルト」
颯爽と御者席に乗り込むアルト。そして程なくして馬車が動き出した。アルトを先頭に、皆がエルマー達に手を振る。エルマーやメイド達も、アルト達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。そして遂に、完全にアルト達の姿が見えなくなる。
「みんな……どうかご無事で……」
あのメンバーで万が一も無いとは思うが、古い遺跡などの調査もするらしいので、もしかすると罠の類などもあるかもしれない。とは言え、ここで気を揉んでも仕方ないので、エルマーは城へ戻ろうと踵を返した。そんなエルマーを、瞳をキラキラさせたメイド達が取り囲む。
「エルマー様!先ほどのアルト様とのキス……素敵でした!」
「………へ?」
「エルマー様!キスってどんな感じなんですか!?わたし、まだした事なくて」
「な……な……」
見られていた。アルトに見つめられてつい二人だけの世界に入ってしまっていたが、考えてみれば、いや考えるまでもなくこんな場所で大っぴらにキスなどすれば、皆に見られるのは当然の事だ。何故そんな事にすら考えが及ばなかったのか。
「キスもいいですけどぉ、エルマー様はいつも魔王様と……その、エッチもしてるんですよね!?」
「ふぁ!?」
「最初は痛いって本当ですかぁ?あと、すっごく気持ちいいって聞いた事もありますぅ!」
若いのに耳年増らしいメイドの一人が、聞くも恥ずかしい質問を容赦なくぶつけて来る。基本的にそういう話を誰かとするのが恥ずかしいエルマーは、顔が一瞬で真っ赤に染まった。
「な、何を……」
「きゃーーっエッチだってーーッ!!エルマー様も気持ち良いと声出ちゃったりするんですか!?」
「そ、そんな恥ずかしい事言える筈ないでしょう!」
「ねえねえエルマー様!魔王様と初めてした時の事教えてくださいよー!あ、みんな今からお茶の時間にしない?エルマー様に色々教えて貰おうよ!」
『さーーんせーーーい!!!!』
満場一致で可決するお茶と称したエルマーの桃色話。もはやエルマーも逃げ出す事が出来ずにメイド達に連行されてしまう。
後に聞こえて来たのは、正直に全てを語って聞かせたエルマーの話に、悲鳴にも似た歓声を上げたメイド達の声と、エルマーから聞かされた事で性に目覚めた数人のメイド達が、夜な夜なお互いの身体を求める事で発する甘い吐息だったとか。
■■■
エルマーがメイド達に洗いざらい喋ってしまっているなどとは夢にも思っていないアルトは、のんびりと馬車の旅を楽しんでいた。現在、レックの馬車はサリーが手綱を握り、御者席が広いアルト達の大型の馬車はアルトとリティアが、荷物を積んでいる中型の馬車はミミリとノエルが手綱を握っている。
最初に目指すのは最南のカルズ地区。『魔狼』と呼ばれる魔物が多く生息する『原始の森』が近いので、魔狼による被害が最も多い地区である。だが逆に人族領にも一番近い地区である為、まずはこの地区での被害を減らさない事には、将来的に人族は安心して魔族領に訪れる事が出来ない。魔族領と人族領を繋ぐ入口とも言える重要な地区なので、アルトの中ではカルズ地区に最初の冒険者ギルドを建てたいとの思いがあった。
「カルズ地区かぁ、あの宿屋の店主夫婦は元気かな?」
アルトの言う宿屋の店主夫婦とは、初めて人族のアルトが訪れた時に、嫌な顔もせず邪険にもしないで、優しく接してくれた老夫婦の事だ。それまでは人族の自分が魔族領に来て、どんな仕打ちを受けるのかと戦々恐々としていたのだが、あの老夫婦のお陰でその後も魔族領の人々と友好的に接する事が出来たと言っても過言ではない。アルトにとっては、人族と魔族が共に仲良く暮らしてゆける世界にしたいと願った、そのきっかけになった二人だとも言えた。
「あ、覚えてたんだねアルト」
「まあね。リティア達以外では、初めて接した魔族の方達だから」
「ふふ、あの時のアルトってば、物凄く緊張してたよね。なんか懐かしいなぁ……」
あれからまだ数ヶ月しか経っていないのに、まるで何年も過ぎたような気持ちになるリティア。最後にあの宿屋に泊まってから、兄であるクレイとの戦い、アルトと気持ちが通じ合って初体験、勇者一行との聖戦、人族領へ赴いて国王との会談、エリーゼ、ノエルを含めた五人でのアルトとの婚姻、そして魔族領へ帰って来てからの幸せな毎日と、自分を取り巻く環境が目まぐるしく変わった数ヶ月だった。
「そうだね。今回もあの宿屋に泊まりたいなぁ」
魔族であるあの二人は、当然現在の魔王があの時に自分達の宿に泊まった人族である事など分かっているだろう。今あの二人に会えば何て言われるのか。驚かれるのか、喜んでくれるのか。そんな事を考えると、自然に笑みが溢れる。
「アルト、何だか嬉しそう」
「ん……そうかな?」
「ふふ、そうだよ。そう言えば、出発の時にエルマーとは何のお話をしてたの?」
突然話題が変わって冷や汗が出るアルト。何の話とは、アレの話だ。
「えっと……留守は宜しくねって」
「それだけ?その割には長かったよね?」
「は……はは……重要な事だからね」
実際は、旅先であまりみんなとエッチしないでねと釘を刺されていたのだが、当然そんな内容など話せない。リティアの場合はエルマーに気を使って本当に一切しなくなるかもしれないので、それはそれでアルト的にも寂しい。逆にミミリなどは、「帰ってからエルマーちゃんといっぱいすれば大丈夫だよ!」とか言って、必要以上に求めてくるかもしれない。エリーゼとノエルに至っては、どんな行動に出るのか全く予測が出来ない。
「そっか……でも最後にキスしてたよね」
「うぐっ!み、見てたの!?」
「あんな場所だから……みんな見てたけど……」
なかなか出発しないアルトを心配して、皆がアルトの方を見ていた。すると突然、エルマーとのキスを始めたのである。
「二人とも……みんな見てるのに凄い大胆だなぁって思っちゃった」
思わず頭を抱えるアルト。あの時は完全にエルマーと二人だけの世界に入ってしまい、周りが全く見えていなかった。それはアルトもエルマーも、しばらく離れ離れになる事への寂しさ故のものだったのだが、いつの間にかこんなにもお互い好きになっていたのだと認識する事も出来た。
出会った時は、まさかこんな関係になるなどとは露ほども思っていなかったアルトとエルマー。五人の妻の中でも、正直言って一番アルトに対する愛の熱が低いと思っていたアルト自身だが、全然そんな事は無かった。
今やアルトも他の妻と比べる必要すら無い程にエルマーの事を愛しているし、ミミリひとすじだったエルマーも、いつの間にか他の妻に負けないくらいアルトを愛している。今回一人だけ城に残って、アルトの代わりに全てを引き受けたのはアルトを愛するが故の行動だ。
「はは……見られてたとは思わなかった」
「その割には、凄く嬉しそうだよアルト?」
「うん。リティアや他のみんなと同じくらい、エルマーの事も大好きだからね。恥ずかしいけど、あの場でキスした事に後悔なんてしてないよ」
それは率直で素直で、偽らざるアルトの本心。当然相手がエルマーではなくリティアでもミミリでもエリーゼでも、同じ事をしただろう。愛する人とのしばしの別れなのだ、相手を慈しみたいと願うのは当たり前の感情だ。
「そっか……ふふ、なんか焼けちゃうかも」
言葉とは裏腹に、優しく目を細めるリティア。嫉妬どころか、こんなにもエルマーの事を好きになってくれて嬉しい、そんな表情だった。
そっとリティアの手に自分の手を重ねるアルト。アルトの手の中に、リティアの小さな手の温もりが伝わって来る。
「…………」
「…………」
そのまま、無言で馬車を進めるアルトとリティア。しかしそんな沈黙もまた、今は心地良く感じた。
言葉にしなくても互いの気持ちなど常に伝わっている。もちろん言葉にしないと伝わらない事もあるが、お互いを想う気持ち、アルトが皆を想う気持ち、リティアが皆を思う気持ちなどは、今さら口に出さなくても伝わっている。
「アルト……」
「うん」
「エルマーが寂しがっちゃうから、なるべく早く帰ろうね」
本音を言えば、アルトと一緒の旅なら何年続いても構わないと思っている。でもそれは、五人の妻が全員揃っている時だ。今回の旅にエルマーが居ない以上、逆に一日でも早く帰ってあげたいと思うのはリティアだけではなく、アルトも同じ思いだ。
「そうだね、迅速且つ確実に成果を上げて、一日でも早く城へ帰ろうそしてーーー」
いくらエルマーの事を思って早く帰っても、中途半端な成果ではきっとエルマーは喜ばない。だからエルマーも納得するくらいの成果を上げて、そして皆で堂々と帰るのだ。そして今度はーーーー
「「全員で来よう(ね)!」」
二人の声がぴったりと重なる。お互い、考えている事は一緒だった。
前方を見れば、危険も無い平坦な道。二人は互いの顔を近づけると、手綱を握りながら唇を重ねた。
唇を重ねたまま、馬車は青空の下を力強く進んで行くのだったーーーーー
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