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魔王の章

S4.一歩前進

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「なるほどな……魔物をどうするか……か」


 翌日、アルトは城の小広間の一室で、冒険者のレックとサリー、そしてノエルと魔物について詳しいミミリと共に話し合いをしていた。
 議題はもちろんこの魔族領に頻繁に出没する魔物に対してどうするか。魔族は魔力が強いのでまだ良いが、この先この魔族領に人族が頻繁に来るようになった際に、魔物に襲われる被害が出るかもしれない。
 せっかく人族と魔族が共存出来る世界へと動き出したのに、あまりそういった被害が多いようだと人族は魔族領に近寄らなくなってしまうかもしれない。そうなれば、アルトの生涯を掛けた目的は志半ばで頓挫してしまう。


「でも、この辺で魔物なんて見た事無いわよぉ?」


 レックの隣に座る褐色肌の美人、サリーがそう口にする。確かにアルト自身、魔族領に帰って来て二ヶ月経った今でも、この辺りで魔物など見た事が無い。


「この辺は魔族領の中心部だからね。エルマーやミミリの話だと、やっぱり中心部から外れた田舎でよく出没するみたいだよ」
「そうそう、魔族領の端っこの方とかね!」
「それは人族領でも同じだけどな。つっても、数は断然こっちの方が多そうだ」


 人族領に存在するモンスターは基本的に、自分達のナワバリからあまり出て来ない。それは深い森だったり古い遺跡や天然のダンジョンだったり、中には街道から少し外れた平原をナワバリにしているモンスターもいるが、数も少なくそれほど強いモンスターも居ない。どちらかと言えば人族領の場合、モンスターの被害よりは盗賊の被害の方が多いくらいだ。


「人族領でモンスターが出た時はどうするの?」
「まあ、基本的には俺達冒険者が討伐に向かうな。俺もサリーも、何度か依頼で退治に行った事があるぞ」
「そっか!レッ君もサリーちゃんも強いもんね!」
「あっははは!あたし達なんてミミリの足元にも及ばないわよぉ」


 サリーが面白そうに声を出して笑う。あの勇者一行の”剣聖”と互角に戦ったミミリに比べれば、自分達の強さなどお粗末なものだと笑い飛ばす。


「そんな事無いと思うけどね!でも冒険者って魔物退治もやるんだね。アルト君も魔物退治の依頼受けたりしてたの?」
「いや、俺の場合は冒険者になってすぐ………ミミリ達と出会ったから」


 アルトが冒険者らしい事をしたのは、ここに居るレック、サリー、ノエルと共に盗賊を討伐した事くらいだ。あれにしても、グレノールの街から王都に向かう途中に盗賊に襲われ、降りかかる火の粉を払ったに過ぎない。決してギルドからの依頼を受けた訳では無いのだ。
 そして王都に到着後は、色々な不幸が重なって王都を飛び出してしまった。後で誤解だと分かった部分もあったのだが、あの時の精神状態は自分で振り返ってもかなり危険だったと、今更ながらに思う。


「そっか!ってか初めて出会った時のアルト君、魔狼の群れと戦ってたもんね!」
「ま、まあね……殺される寸前でミミリ達に助けられたけど……」


 あの時の出会いがあったからこそ、今の自分があるのだと強く思う。本当にあの時の事は、リティア、エルマー、ミミリにどんなに感謝しても足りない。


「魔狼か。何度か話には聞いているが、魔族領で一番出没する魔物だったか」
「うん。普段は一匹で行動してるんだけど、繁殖期ってのになると群れで行動するんだって」


 だってというのは、全てエルマーから教えて貰ったからだ。とは言え、ミミリ自身何度か魔族領で魔狼に遭遇して倒した事がある。一匹だとそれほどの脅威では無いのだが、群れると流石に一般人では相手にならない。毎年一番魔物の被害が多いのは、魔狼の繁殖期の時だ。


「ふむ……とりあえず田舎の方にしか出没しないって話だが、これから魔族領を訪れる人族が中心部にしか集まらないとも限らんしな」
「そうよねぇ。商人とかなら絶対に地方の方まで足を伸ばすわよね。そこで魔物に襲われて……なんて想像するのは簡単だわ」


 うーんと頭を悩ませるアルトとレック達。いつ何処で出没するか分からない魔物の対処など、一体どうすればいいのか。アルト達が魔族領を隅から隅まで探索して、全ての魔物を倒すなんて事も当然不可能だ。


「あのさ、その冒険者ギルドってやつを魔族領にも作れないの?」


 それはミミリが放ったひと言。人族で冒険者のアルト達は全員、一瞬呆けてしまう。しかし、それは考えてみれば相当有効な案ではないだろうかと、互いに顔を見合わせた。


「冒険者ギルド……そうか、その手があったか!」
「ふふ、考えてみれば魔物退治はあたし達の専売特許みたいなものだものね」
「ミ、ミミリちゃん凄い!よくそんなアイデアを思い付いたね!?」
「へ?あんまし考えないで適当に言ってみただけなんだけど……」


 適当でも何でも、結果的にこれ以上無いという案を出して来たのは、意外性なら一番のミミリらしい所だ。皆に褒められて、割とまんざらでも無い表情を浮かべている。


「とは言え、問題は山積みだ。ギルドを建てる資金、当面の運営資金を何処から捻出するか」
「魔物討伐だけだと冒険者を呼ぶのはちょっと難しいわよね。古いダンジョンなんかがあると、冒険者は喜んで魔族領まで来ると思うけど」
「あ、魔族領って昔の遺跡とか結構多いんだよ?学園アカデミーの授業で習ったもん!」


 こう見えてもミミリは、数年前に魔法学園を全体で二位の成績で卒業している。つまり、座学に関しても優秀だったという事だ。普段の言動を見るに、とても信じられないのだが紛れも無い事実だ。


「あら、いいわねそれ。人族領の遺跡なんて大体踏破されちゃってるから、きっと冒険者が押し寄せるわよぉ?」
「あとはその魔狼を含めて、魔族領に出没するモンスターの素材価値だな。高値で取り引き出来るようなら、冒険者だけじゃなく商人もなだれ込んで来る」
「じゃあまずは素材価値が有るかの検証から?」


 それぞれが思い思いの事を口にする。それをアルトは一つ残らずメモに取り、自分もまた意見を出す。


「冒険者ギルドの協力は絶対に必要だから、とりあえずレグレスさんに手紙を書くよ。あと、国王にも書状を出さないと」
「そうだな。まずは素材価値の鑑定の為に鑑定士と商人、腕のいい冒険者を何人か送ってもらえるように頼むべきだ」


 ようやく一歩前進し、アルトは口端を緩める。これは忙しくなるぞという手応えを感じたのだ。


「今から書状を出して、実際に鑑定士達が来るまで二ヶ月は掛かるな。当然俺達はその間ーーーー」
「ふふ、魔物退治ね。実際に魔物の素材を集められるだけ集めておかないとね」


 とにかくたくさんの種類の魔物を倒し、魔物の素材を数多く集める。その中で何が使える素材か、何が高価で何が価値の無い物なのかを、鑑定士や商人達に見定めて貰わなければならない。


「魔物退治!いいなー、ミミリも行きたいなー」
「あら、ミミリが来てくれればとても頼もしいわ。一緒に行きましょうよ」
「ほんと!?アルト君、ミミリも行って来ていい!?」
「はは、もちろんいいよ。久しぶりに目一杯身体を動かしておいで」


 アルトが優しく微笑みながらミミリにそう告げるのだが、そんなアルトを見てレックはふぅっと短く息を吐いた。そして、アルトにひと言言い放つ。


「何を他人事みたいに言ってるんだ。お前も行くんだよアルト」
「…………へ?」
「言い出しっぺだろ?自分のケツは自分で拭け」


 レックにそう言われて、呆然としてしまうアルトだった。



■■■



 夕食時、アルトは五人の妻全員に、明後日から魔物の調査と討伐、ギルドを建てる為の現地調査や遺跡調査など、諸々の事情でレック、サリー、ノエル、そしてミミリと共にしばらく留守にする事を告げる。


「えっと……わ、わたしも一緒に行ってもいい……?」


 控えめにそう声を上げたのはリティアだ。戦闘なら自分も役に立てるし、何よりもアルトとしばらく離れ離れになるのが寂しくて耐えられないからというのが一番の理由だ。


「うん。戦力は多い方がいいからお願い出来る?」
「う、うん!私頑張るからね!」


 グッと拳を握りしめるリティア。真剣な表情の中にも、隠しきれない嬉しさが浮かんでいる。


「わたしは城に残ります。文献の続きもありますし、アルトの代わりに各所に書状を送らないといけませんから」
「ごめん……結局こういうのはエルマーにばかり頼って……」


 アルトのその言葉を聞いて、エルマーは口元を緩める。内政の苦手なアルトの代わりに自分が内政を引き受ける。つまり適材適所なのだが、自分もアルトを支えてあげられているという実感が湧くので、エルマーにとっては何よりも嬉しかったのだ。


「元老院とも掛け合ってみます。魔族領に建てる以上、冒険者ギルドの資金は魔族領で出すべきです」


 これもエルマーにしか出来ない事だろう。頭の固い元老院とやり合えるのは、エルマーを置いて他に居ない。


「エルマーちゃん頑張ってね!」
「エ、エルマーちゃんの代わりに回復役頑張るからね!」
「ああ、じゃあわたしの杖を持っていってくださいノエル。あの銀杖があれば遠距離回復が出来ますから」


 皆が思い思いの言葉を発するその中で、一番心を揺らしていたのはエリーゼだった。
  

(また……アルトと離れ離れになっちゃうんだね……)


 物心付く前から毎日を共に過ごした幼馴染。それはアルトが村を出ても変わらず、王都までも一緒行ったエリーゼは、王都で初めてアルトを失った。
 あの時の寂しさ、悲しさはきっと一生忘れられない。心にポッカリと穴が空いたあの時と同じ経験が、また訪れようとしている。
 もちろん今回は必ず帰って来ると分かっている。アルト、リティア、ミミリ、そしてレック、サリー、ノエルが居て、まさか魔物に遅れを取る事も無いだろう。その心配は全くしていない。


「あの……アルト………」


 思わず言葉を発するエリーゼだが、絞り出すように出したその声は、誰の耳にも届かない。
 自分も一緒に行きたい。そう言おうとして、その発言が如何に皆を困らせるのかをエリーゼ自身、一番理解している。
 冒険者でもない、何の力も無いこんな普通の女が同行すれば、それだけで皆の足手まといになってしまう。きっと口に出せば優しい皆の事だ、断る事など絶対に無いだろう。だからこそ、その優しさに甘えてはいけないと思いつつも、再びアルトと離れ離れになる事に対して強い恐怖心が首をもたげる。

 誰が一番アルトを愛しているか、そんなのは言うまでもない。全員同じぐらいアルトの事を愛している。だが、その年月に関してだけを言えば、エリーゼを上回る者など居ない。
 もう十年以上、エリーゼはアルトを想って生きてきた。もう十年以上、アルトと同じ時を過ごしてきた。そんなエリーゼだからこそ、他の誰よりもアルトと離れるのが怖い。
 お別れも言えないまま突然消えてしまった、あの王都での事を思い出して全身が震える。帰って来ると分かっているのに、こんなにも毎日愛されているのに、それでも居なくなると分かった途端、心が寂しさ一色に塗りつぶされてしまう。



チャリーン!


「ぁ…………」


 握っていたフォークを床に落としてしまい、高い金属音が響き渡る。皆は一斉にエリーゼを見るが、エリーゼは誰とも視線を合わせずに落ちたフォークを拾おうと、椅子を引いて身を屈める。


「エリーゼ様!わたくし共が拾いますから!」


 すぐさま近くに立っていたメイドがエリーゼを制し、落ちたフォークを拾う。そして間髪入れずに別のメイドが、新しいフォークを持って現れた。それをそっとエリーゼの皿の横に置き、お辞儀をして戻って行った。


「あ、ありがとう………」


 そう呟いた感謝の言葉は、何とかメイド達の耳に届いた。
 他の皆が尚もエリーゼを心配そうに見ていると、エリーゼは作り笑いを浮かべて、皆に謝罪の言葉を投げかける。


「は、話の最中にごめんね!手が滑っちゃった」


 いつもの元気そうなエリーゼに戻って一安心したのか、皆は話に戻る。そんな中、アルトだけは、いつもとは明らかに様子の違う幼馴染の顔を、じっと見つめていたのだった。




    
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