世界で一番美少女な許嫁が勇者に寝取られた新米剣士の受難な日々

綾瀬 猫

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剣士の章

155.共鳴

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 アルトが自身の闘気を開放した瞬間、辺りにはアルトから放たれた威圧感、圧迫感が高波のように押し寄せ、人族の兵士、冒険者達全てを飲み込んでゆく。


「ぐっ!」
「う………あ………」
「ぐぐ………ぐ…………」


 その闘気に耐え切れない者が、一人また一人と地面に膝を付いて重圧に押しつぶされる。動悸は激しくなり、呼吸は上手く出来ない。
 何とか膝を付かずに両足で立っている者も、膝がガクガクと震え、正直立っているのも辛い状態だ。


「ア………アルト………君………」


 ガクッと崩れ落ちるノエルの腕を、横に立つサリーがギュッと掴む。


「ノエルちゃんしっかりして!ずっとアルト君に会いたかったんでしょ!?」
「あ……う………サリーさん………」
「最後までしっかり自分の足で立ちなさい!そうじゃなきゃ………またアルト君と………」


 懸命にノエルの腕を掴み、叱咤激励しているサリーだが、自分も膝がガクガクと震えていて立っているのがやっとの状態だ。


(何て闘気なの………これが本当にアルト君………?)


 額からは大量の汗が流れ、背中はびっしょりと濡れている。辛い。立っているのが辛い。だけどノエルにああ言った手前、崩れ落ちる事など出来ない。
 懸命にアルトから放たれる闘気に耐えていると、反対側の腕をギュッと握られた。その途端に、少しだけ身体が楽になる。


「レック………」
「ちゃんと見ていてやろうぜ。俺達はあいつの………アルトのパーティ仲間なんだからな」


 レックも尋常ではない量の汗をポタポタと流している。しかし足はしっかりと地面を踏みしめ、崩れる事なく堂々と立って正面を見ていた。


(そう………いつの間にか、こんなに差が出来てたのね)


 三年前に初めてパーティを組んだ時には互角だった実力も、いつの間にか追い越されていたらしい。しかしそれが不思議と嫌でも悔しくもなく、むしろ誇らしい気持ちになった。

 そんなレックに支えて貰いながら、サリーは再度アルトと勇者を見る。そこでは、勇者が驚愕の表情を浮かべてアルトを見ていた。


「馬鹿……な………ただの剣士風情がこんな闘気を………」
「言っただろ、俺は魔王だって。信じて貰えたならあんたに話がある勇者アリオン」


 アルトがアリオンにそう言うと、アリオンは目を細めてアルトを見た。


「いいだろう。聞くだけ聞いてあげようじゃないか」
「俺は………この世界を今のままじゃなく、人族と魔族が共存する世界にしたい」


 アルトの言葉を聞き、自分の両足で立てている者達がざわめき出す。


「魔族と………共存………?」
「なんだそれ………どういう事だ……?」


 誰も彼もアルトの言葉にピンと来ない。それもその筈だ。人族と魔族がこの世界に誕生して以来、両種族の間に交流など一切無かった。
 互いに相手の種族は未知であり、唯一の接点と言えば勇者と魔王が雌雄を決する『聖戦』のみ。それ以外の交流は一切無かったのだ。
 それがいきなり交流と言われても、正直意味が分からない。相手の事など何も分からないのに、どうやって交流しろと言うのか。


「ほう、それは大した志しだね。すっかり魔族の虜かい?」
「人族も魔族もみんなが共に手を取り合って暮らしていける世界になれば、勇者と魔王の聖戦だってきっといつか無くなる」


 チラリとセリナを見ると、ちょうど隣のフィリアの手を借りて立ち上がっている最中だった。しかし視線だけはずっとアルトに送っていて、何処かすがるような目でアルトを見つめている。
 何の疑いもなく幸せな未来がそこにあると思っていたアルトとセリナ。しかしその幸せはある日突然、急に目の前から消えてしまった。

 それもこれも、勇者と魔王の聖戦などというものがこの世界にあるせい。セリナはそれに巻き込まれ、アルトもまた運命の歯車を歪に歪められてしまった。
 もう二度とそんな者達を出さない為にも、人族と魔族が共に暮らす世界を創り上げる。
 たとえ自分の生きている時代には無理でも、その道さえ照らしてあげれば、きっといつかそんな世界になる。勇者と魔王が同じ時代で仲良く暮らす世界が来る。
 剣士と賢者が引き裂かれる事なく、手を繋いで幸せな未来へと向かう事が出来る。そんな世界がきっといつか来ると、そう信じている。だからーーーーー


「だから?」
「俺に協力してくれる気は?」
「愚問だね」


 吐き捨てるように言うアリオンの言葉を受け、ふうっと息を吐くアルト。説得出来るとは思っていなかったが、案の定アリオンは一考する事すらせずに拒否してきた。
 ならば、もはや戦うしかない。戦って勇者を倒し、勇者の居なくなった世界で人族と魔族の共存の道を照らす。


「分かった。それなら……俺はあんたを倒す」
「剣士風情が………誰に物を言ってーーー」
「待て」


 勇者が自分の闘気を開放しようとしたその瞬間、後ろから剣を握って近付いて来る男が居た。男が握っているその剣身は、血のように真っ赤な輝きを放っている。


「何かな?分かっていると思うけど、僕は今から忙しくなるんだ」
「俺が先にろう。そいつは魔王であると同時に冒険者だ。冒険者が勇者に剣を突きつけるのを、ギルドマスターとして黙って見ている訳にはいかない」


 そう言って、剣王レグレスは愛剣『赤餓狼』の剣先をアルトに向かって突きつけた。


「ふん、好きにするといい。何ならそのまま殺しても構わないよ」


 つまらなさそうにレグレスの後ろへと下がるアリオン。


(どうやら魔王というのは本当らしいね。僕は人族を傷つける事が出来ないのだが、この感じだと君は例外らしい)


 人族のアルトだが、魔王として覚醒したアルト。アリオンは感覚的に自分がアルトを傷つける事が出来る事を悟る。つまりそれは、アルトが魔王という異質な存在である事の証左。

 そんなアルトは、剣王レグレスに小さく会釈をする。レグレスがまだ自分の事を冒険者扱いしてくれている事が嬉しかった。


「久しぶりだなアルト。急に王都から居なくなって驚いたぞ」
「ご無沙汰してますレグレスさん。手の掛かる冒険者ですみません」
「なに、構わんさ。冒険者なんてのは自由な奴の集まりだ。お前が何処で何をしてようが、それはお前の自由だ」


 レグレスの言葉に苦笑してしまうアルト。正直自由とは程遠い道のりだったが、それも含めてまたこうして会えた。それはきっと、お互い冒険者だったから。


「悪いが相手をしてくれ。久しぶりに相見えた強敵に、が興奮しっぱなしでな」


 見ると、レグレスの持つ魔剣『赤餓狼』がまるで唸り声でも上げるように音を発している。そしてそれはアルトの持つ『黒鳳凰』も。更にはーーーー


「およ?ミミリの『青二才』が唸ってる」
「何ですか青二才って。『青孔雀』でしょ」

 
 そして自身の剣の柄に手を掛けるサージャ。


「『白聖竜』が……これは、魔剣同士が共鳴しているの?」


 この世界に存在する四振りの魔剣が全て同じ場所に集まった。それぞれが持つ魔剣が唸り声のような共鳴音を発している。
 それは魔剣が、好敵手を見つけて喜んでいるから。自分が選んだ者が一番なのだと、相手を威圧しているから。つまり、魔剣を持つ四人は魔剣を持つに恥じない強さだという事。剣王レグレスもまた、聖戦に参加するに値するという事。


「分かりました。その胸お借りします」
「謙遜するな。悪いが全力でいく」


 ゆっくりと、自身の闘気を開放する剣王レグレス。それはまるで究極に研ぎ澄まされた一本の剣のような闘気。
 神から力を与えられた勇者一行や、神の作りし核の力を手に入れたアルト達。しかし目の前の男はそんな力を与えられる事もなく、己の鍛錬のみでこの境地まで達した。
 誰であっても、努力次第でここまで強くなれるのだという事を証明してみせた、まさに全ての冒険者達の手本となる男。


(凄い……人は努力次第でここまで強くなれるのか……)


 剣王レグレスの闘気をその身に受け、アルトはゆっくりと黒鳳凰を鞘から引き抜く。そして自分もレグレスのように、闘気を一本の剣のように引き絞った。


「いい闘気だ。垂れ流すんじゃなく常にそうしてろ。周りの奴らが楽になる」
「はい」


 レグレスの言う通り、アルトの凄まじい闘気で負担を感じていた者達の身体が、急に楽になっていく。


「あ……れ…?何か楽になった……」


 サリーに支えて貰っていたノエルも、一人で立っていられる程に楽になった。


「アルトの闘気の質が変化した。そのせいだろう」


 冷静に分析するレックだが、内心で胸を撫で下ろす。正直あのまま、アルトの剥き出しの闘気に晒されているのは身体的にも辛かったからだ。

 
「では………行くぞ」
「はい。いざーーーー勝負!!」


 そして始まるアルト対レグレスの戦い。皆が見守る中、聖女フィリアは何かを決心したようにじっとアルトだけを見つめていた。




    
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