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剣士の章

153.闘気

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 王国最北の街ベルノットを数日前に通過した勇者一行。ここまで来れば人族領と魔族領どちらにも属さない中立地域の『アルファーム平原』や『原始の森』まではもうすぐだ。

 勇者一行が通るのは当然アルファーム平原。わざわざ危険な原始の森を抜ける必要など微塵も無く、このまま平原を突っ切って魔族領を目指す。
 

「ふむ、文献によると歴代の勇者と魔王は、この先のアルファーム平原で戦うパターンが多かったみたいだね」


 一日の行進が終わり、勇者アリオンを中心に軍略会議が開かれていた。参加者は勇者と”救世の三職”の三人、兵士を統率する軍務卿と兵士長、作戦参謀。そして冒険者ギルドからギルドマスターである”剣王”レグレス。


「そのようです。まあ魔族とて人族を自分達の領土には入れたくないのでしょう」


 体格の良い強面の軍務卿が、勇者アリオンの言葉を聞き返事をする。その返事を聞いたアリオンが何となく憂いたような表情を浮かべながら再度口を開いた。


「そうか……どうやら我々人族は魔族に野蛮だと思われているみたいだね……悲しい事だ」


 全く心にも思っていない事を憂いた表情で口にするアリオン。アリオンの本性を知らない軍務卿や兵士長、作戦参謀などはアリオンのその優しさとも受け取れる発言に感動していたが、彼の本性を知る者、または何となく気付いている者は苦笑いを浮かべる。


(相変わらず人心を掴むのがお上手ですこと)


 心の中でアリオンをそう皮肉るのは聖女フィリア。ここに集まっている者達の中では、おそらく一番アリオンの本性を知っている。

 嫉妬深くずる賢い、自分絶対主義で他人が傷つく事など何とも思っていない。そのくせして表面上は上手く立ち回り、周りの人々の心をあっという間に捕らえてしまう腹黒い男。それがフィリアがアリオンに抱いている人物像だが、まさに的確な分析だった。


「となると、今回もアルファーム平原で魔王が待ち構えているかもしれないのだね?」
「そうですな。一応冒険者ギルドに依頼を出して斥候を放っております。レグレス殿、斥候はいつ頃戻りますかな?」


 作戦参謀の老人が、レグレスに首尾を確認する。レグレスは作戦参謀ではなく、まっすぐにアリオンを見つめながらその答えを発した。


「今夜にでも戻るでしょう。斥候には私の信頼のおけるAランク冒険者を二名遣わせてます。万が一にも下手は打ちません」


 レグレスの鋭い眼光を真っ向から受けても涼しい顔をする勇者アリオン。剣王レグレスはアリオンの剣の師でもあるのだが、もはやその実力は推し量る必要すら無い程にアリオンは完成された強さに至っている。
 だが、アリオンの二面性に何となく気が付いているレグレスは、機会がある度にこうしてアリオンを威圧し、戒めようとしている。もっとも、当のアリオンはどこ吹く風でーーーー


「あっはははは!貴方が信頼している冒険者なら大丈夫だね!ではゆっくりと報告を待つ事にしようか!」


 と、いつもの調子で話を終わらせてしまう。レグレスもそれ以上は何も言えずただ一言「御意」と言って口をつぐんだ。
 いつも飄々としていて掴み所が無い勇者アリオン。しかしそれは彼のポーズで、本心では周りの者全てを見下している、そんな瞬間を垣間見る時がある。


(今さらか……アリオンが魔王を討伐すれば、彼から勇者の力は消えると聞いている。その時になってアリオンの性格も改善されればいいのだが………)


 勇者とは言え、国から依頼されたとは言え、アリオンは紛れも無く自分の元で剣を学んだ弟子。願わくば幸せな余生を送って貰いたいと思うレグレスの願いは、アリオンには届いていない。



■■■



 その夜、レグレスのテントに二人の冒険者が現れた。軍事会議の時に述べた、斥候に放っていたAランク冒険者が帰還したのである。


「ご苦労だった。首尾を聞こう」


 レグレスが二人の顔を交互に見ると、三十代半ばぐらいのヤセ型の男が口を開いた。


「アルファーム平原に黒髪の集団を確認した。間違いなく魔族の本隊……と言っていいのかどうか」
「どういう事だ?」
「いや……何て言うか……とても戦闘集団には見えなくてな……普通の領民って感じの集団だった」


 ヤセ型の男がそう答えると、隣の女性も首肯する。こちらも三十代前半くらいで、同じく細身の女性だ。


「ええ、女性も結構居たわ。でも……どの魔族からも高い魔力を感じたわ。中には信じられないぐらいの魔力を放っているのも居たし」
「ふむ………」


 顎に手を当て考え込むレグレス。魔族は総じて人族よりも魔力が高いと聞いているので、その集団が魔族である以上、魔力が高い事には驚かない。
 だが、領民のような集団とは一体どういう事なのか?魔族領の情報はほとんど無いので、その集団が本当に魔王が率いる集団なのかーーーー


「そうだ、魔王らしき者の姿は見かけなかったのか?」


 ふと、魔王の存在に思い至る。それがどんな集団であるにせよ、魔王が居るのならそれは間違いなく魔族側の本隊だ。そう思って訊ねたのだが…………


「いや……特にそれらしいのは………」
「そうね……何か白い服を着ている集団から特に高い魔力を感じたけど………でもそれとは別に実は、信じられない事に桁違いの闘気を感じたわ」
「闘気……だと?」
「ああ、俺も感じた。しかも二つ。姿は見えなかったが、確かにとんでもなくデカい闘気だった。かなり距離を取っていたのに肌にビンビン突き刺さって来やがった」


 闘気と聞いて再び思考を巡らせるレグレス。魔族とはその高い魔力に裏打ちされた、魔法に秀でた種族だと聞いている。その魔族から巨大な闘気とは、魔族の中にも武芸に秀でた者が居るという事だろうか。仮にそうだとしたら、それはどれぐらいのレベルなのだろうか。


「その闘気、俺よりも上か?」


 人族の中で、勇者一行を除けば間違いなく最強の男”剣王”レグレス。もしもその二つとも自分よりも巨大な闘気を持っているとしたら、勇者一行でもそれなりに苦戦を強いられるかもしれない、そう結論を出しつつ二人に訊ねた。


「申し訳無いが……あんたより上だ剣王」
「ほう………ならば”剣聖”サージャの域か?」
「強い闘気の反応は二つあったわ……って言ったっけ。そのうちの一つはそうね……剣聖に匹敵するかしら」


 まさか剣聖レベルとはと驚きを隠せないレグレスだが、それなら勇者側に敗北は無いだろう。いくら一人だけ剣聖と互角の者が居ても、勇者一行にはまだ勇者アリオンと、”聖女”フィリア、そして”賢者”セリナがいるのだ。
 仮にその剣聖レベルの闘気の持ち主と、白い服を着ている高い魔力を持つ者の一人が魔族側の”三魔闘”だったとしても、とてもあの勇者アリオンには及ばないだろう。やはり勇者と魔王の戦いとは人族側が、つまり勇者が勝つように出来ているのだ。


(分かりきっていた事だがな………)


 だが何故か、レグレスの心の中には常に何かに対する警戒心があった。自分では無い別の自分が、いつも何かに警鐘を鳴らしている。
 それは一体いつからだっただろうか。一ヶ月前?それとも二ヶ月前?


「二つの大きな闘気のうちの一つが剣聖レベルか。ならばもう一つはそれよりも下。俺か、俺よりも少し上ぐらいという事だな」


 確信しながらそう口にするレグレス。だがAランク冒険者の二人は顔を見合わせ、何やら困った様な表情を浮かべる。それを見たレグレスが訝しげな顔をして、二人に再度声を掛けた。


「何だその顔は?まだ何かあるのか?」
「いや……剣王、あんた何か勘違いしてないか?」
「勘違い……?」
「確かにあんたの言う通り、二つのデカい闘気には差があった。だがな……剣聖と同じレベルって言うのは小さい方の闘気だ」
「………何だと?」


 元々あまり目つきの良くないレグレスだが、あまりに有り得ないその情報を聞いて思わず男性冒険者を睨み付けてしまう。だが男性冒険者は目を逸らさずに、真っ直ぐレグレスの目を見つめる。レグレスにも、彼が決して嘘や勘違いで物を言っているのでは無い事が伝わる。


「………間違いないんだな」
「ああ。もう一つの闘気はもっとデカかった。距離があったから俺の感知能力でも正確な分析は出来ないがあれは………」


 僅かに言い淀み、一度言葉を止める男性冒険者。だが、覚悟が出来たのかレグレスの目を見ながらはっきりとこう告げる。


「………勇者に匹敵する」


 ーーーと。









 そしてこの日より数日後ーーーー


「ぜんたぁぁーーいっ、止まれ!!」


 勇者一行、従軍する兵士、そして冒険者を乗せた多数の馬車が、アルファーム平原へと到着した。

 彼らの前方には黒髪の集団。遂にこの日、アルト率いる魔王一行とアリオン率いる勇者一行が一つ所に集結したのだ。
 様々な者の人生を、そして希望をかけた運命の戦いへの瞬間は、刻一刻と迫っていた。






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