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剣士の章

140.三魔闘

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 そこは何も無い世界だった。見渡す限り白一色の世界。

 前後、左右、上下、とにかく何も無い。自分が現在立っているべき床すら無いので、きっと宙に浮かんでいる状態なのだろうと何となく思った。


「何だ此処………」


 つい今の今まで、魔王城の玉座の間に居た筈だ。それがあの『黒の核』に触れた瞬間、視界は白一色の世界へと変容していたのだ。


「人族の青年よ」


 突然、美しい声がアルトの耳に流れ込む。と同時に、瞬きほどの間に目の前には黒髪で黒い服を身に纏った、とても美しい女性が存在していた。
 それはどことなくリティアに似ていたが、リティアよりも大人で、どうにも現実感が無い程に美し過ぎる容姿だった。


「貴女は……?此処は何処なんですか?」


 何となく目の前の女性はとても高貴な存在ではないかと思い、思わず敬語になってしまうアルト。そんなアルトをじっと見据え、女性は形の良い美しい口を開く。


「此処は先ほど貴方が触れた黒の核の中。今の貴方は精神だけの存在となってこの場に至るのです」


 黒の核の中の世界が白一色とは、随分と皮肉だなと思うアルト。そして、それなら目の前のこの女性はさしずめ黒の核のだろうかとも思ったが、口には出さなかった。


「青年よ、人族の身でありながら何故に黒の核の力を欲するのですか?」


 黒の核とは言わずもがな、魔族の中から次の魔王になる者に与えられる力だ。そもそも、人族のアルトが安易に触れて良い物ではなかったのかもしれない。
 それでも、アルトは女性の目を真っ直ぐに見て答えた。自分の思い、自分の気持ちを淀み無く。


「リティアを守る為です。貴女はリティアを次の魔王にしたいみたいだけど、リティアじゃ勇者には勝てない。殺されてしまう」
「それだけですか?愛する女性を守りたいが為に黒の核の力を欲するのですか?」


 一番の理由はきっとそれだ。だがアルトには、どうしても叶えたい思いもあった。それは僅か数日前、この魔族領に来てから芽生えた思い。


「俺は、人族と魔族が共存し交流する世界にしたい。リティア達に出会って、魔族領に来て、みんなに優しくされて強くそう思った。人族とか魔族なんて垣根は、本当は何処にも無いんだって」


 アルトの言葉を真剣に聞く女性。その瞳はとても深く、アルトの心の奥の奥まで見透かそうとしている様だったが、アルトの気持ちには一切の嘘偽りは無い。


「いつまでも人族だ魔族だって境界線を引いてるから、勇者と魔王の戦いなんてくだらないものが永遠と続くんだ!望まない称号を授かって、幸せな未来を奪われる者が出るんだ!」


 それは自分とセリナの事。そして自分達の様に称号に翻弄されて、幸せになる筈だった未来を諦めた者達は過去にも大勢居た筈なのだ。そんな事が、この先も永遠と続いて良い筈などない。


「それが……貴方が力を欲する理由ですか?」
「はい。俺はリティアを守る為に勇者を倒したい。そして人族と魔族が共存する世界にしたい」


 そうすればいつかは、勇者と魔王の戦いが終わる日が来るかもしれない。勇者と魔王が同じ街に住むような世界がいつか来れば、もう称号一つに幸せな未来を奪われる者など居なくなるかもしれないのだ。

 じっと、アルトを見つめる黒髪の女性。しかしいつしか口元は緩み、柔らかい微笑みを浮かべてアルトを見つめた。


「黒鳳凰に選ばれし人族の青年アルト。私は長い長い年月、貴方の様な者が世界に生まれ落ちる日を待っていました」
「え…………」


 黒髪の女性がアルトの前でゆらゆらと揺らぐ。そしてそのまま、白い世界の中に溶ける様に消えてしまった。


「黒の核の力………貴方と共に。貴方が次の魔王ですアルト」
「待って!貴女はーーーー」
「私はガルサ・タンネリアス。魔族の主神、女神ガルサ・タンネリアスです」


 その声を耳の奥に残して、アルトの精神は再びリティア達の元へと戻った。



■■■



「アルトッ!?」


 意識が玉座の間に戻り横を見ると、リティアが心配そうな顔でアルトの顔を覗き込んでいた。その美しい顔は、先ほどまで目の前に居た魔族の主神ガルサ・タンネリアスにやはり良く似ていたが、リティアの方がやはり幼い。そして可愛い。


「リティア………」
「アルト大丈夫!?黒の核、アルトの身体の中にーーーー」


 ああ、そう言えば黒の核の力を手に入れたのだと思い出す。そして身体の中には、自分でも震えてしまう程の力が溢れていた。まるで身体の内側から外側に向けて身体を圧迫されている感覚だった。


「うっ!」
「あっ!」


 その瞬間、リティア、エルマー、ミミリの三人に、いや、全ての魔族に『魔族意識共有』で次の魔王が魂に刻まれる。それはもちろんーーーーー


「アルト………」


 泣きそうな表情を浮かべてアルトを見つめるリティア。
 リティアには分かっているのだ、アルトが自分を守る為に代わりに魔王になってくれたのだと。人族のアルトが黒の核に触れればどうなるか分からなかったのに、躊躇せずにその手を伸ばしてくれた。
 それが嬉しくて、でも申し訳無くて、リティアはアルトに抱きついた。


「リティア?」
「ごめんねアルト……ごめんね」


 アルトの胸の中で震えるリティアを、アルトは優しく抱きしめる。
 いつからだろうか、こんなにも愛おしいと思うようになったのは。いつからだろうか、これからもずっと一緒に居たいと思うようになったのは。


「え………わたしが………?」
「あれ……?ミミリも……?」


 エルマーとミミリの魂に刻まれたのは、二人が”三魔闘”に選ばれた証だった。と同時に、魔王であるアルトの魂にも二人の名が刻まれた。


「ああ、エルマーとミミリも三魔闘になったみたい」
「え?え?本当に!?ミミリが三魔闘とか有りなの!?」


 いつもの調子で喜ぶミミリ。しかしその横ではエルマーが何故わたしが!?と信じられない表情を浮かべていた。


「多分だけど、戦闘力って何も攻撃力の事だけじゃないんじゃないかな?」


 何処か浮かない顔をしているエルマーに、アルトが持論を展開する。
 魔族で三魔闘に選ばれるのは戦闘力の高い者だと言われているが、必ずしも戦闘力イコール攻撃力という訳ではない。
 防御力、回復力、継戦能力、身体能力、様々な能力を含めた総合的な力が『戦闘力』であり、エルマーは回復力と継戦能力がずば抜けているので今回三魔闘に選ばれたのだ。


「はあ……何か信じられませんけど……」


 腑に落ちない感じのエルマーだが、そもそも今回のクレイ達の戦いにしたって、エルマーの防御魔法や回復魔法、そして魔法反射リフレクトの魔法がなければ勝てなかった。そういう意味では、今回の戦いで最も活躍したのはエルマーだし、今後もエルマー無しでの戦闘など考えられない。


「うんうん!一緒に頑張ろエルマーちゃん!」



 そう言えばと思い出すアルト。確かクレイは青い魔剣を使っていた筈だ。確か”剣王”レグレスから聞いた名は『青孔雀』だった筈。クレイ亡き今、同じ剣士のミミリがその剣を貰っても問題無いだろう。


「ミミリ、クレイの横に落ちてるその青い剣だけど、確か『青孔雀』って名前の魔剣だよ。俺はもう魔剣『黒鳳凰』持ってるし、良かったらミミリが貰っちゃえば?」
「え!?いいのアルト君!?」
「うん。勇者一行も勇者は聖剣っていうのを持ってるらしいし、”剣聖”も『白聖竜』っていう魔剣持ってるらしいから、こっちも魔剣二本で対抗しよう」


 魔剣と普通の剣では戦いにならない。魔剣の斬れ味耐久力は、どんな名工が打った剣でも対抗出来ないのだ。


「じゃあ有り難く貰うね!ところでアルト君、ずっと聞きたかったんだけど」
「奇遇ですねミミリ。わたしもアルトとリティアに聞きたい事がありました」
「え………?」


 アルトが首を傾げる。そんなアルトにミミリとエルマーが同時に同じ事を訊ねた。


「「二人とも、いつまで抱き合ってるの?(ですか?)」」


 いつまでも抱き合ってお互いを離さないアルトとリティアに、ミミリとエルマーが壮絶に突っ込みを入れたのだった。



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