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剣士の章

133.玉座の間

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 何処までも続くのではと錯覚する程の長い通路を歩くアルト達四人。リティアにとっては父に会うために何度も歩いた通路だが、今日初めて歩いたアルトはおろか、エルマーとミミリですら数える程しか歩いた事が無い。


「相変わらず長いよね!こんなに長くする必要ある!?」
「珍しくミミリに同感です。この長さは非効率だと思います」


 ミミリに同調するエルマー。そんな二人にリティアはーーーー


「あはは……実はわたしも長いなぁって歩くたびに思ってた」


 と、二人の意見に同調する。そして三人でクスクスと笑い合った。

 良い雰囲気だとアルトは思った。これから戦うであろう相手は、リティアの実の兄である。本当は心穏やかでは無い筈だが、そんな心配などリティアは一切見せていない。


(大丈夫だ。絶対に勝ってリティアをーーー)


 リティアをーーーー、どうするというのだろうか。リティアに対して一瞬だけ顔を見せた感情に、思わず戸惑うアルト。
 この感情はかつて、セリナに抱いた感情。人生でセリナにしか抱いた事の無い感情だ。


(まさか……だってまだ知り合って日も浅いのに……)


 色欲の遺跡で初めてリティアに出会った時、純粋に綺麗な娘だなという感想を抱いた。しかしそれは別に特別なものではなく、おそらく男性であれば皆が抱く様な普通の感想。


(そう言えば最近……気が付くといつもリティアの事ばかり考えてないか俺……?)


 リティアを助けたい。リティアを救いたい。リティアを不幸になどしたくない。リティアの笑顔を見ていたい。
 いつの間にか、一日の内にリティアの事を考える時間が長くなっている事に気付くアルト。そしてセリナの事を考える時間が減っている事にも気付いて、思わず愕然としてしまう。


(俺……セリナの事を吹っ切れつつあるのか……?)


 あんなに大好きだったのに。あんなにセリナの事ばかり考えていたのに。毎日毎日セリナの事ばかりの考えて、勇者に奪われた後も諦めきれなくて寂しくて、いつかまたセリナと手を繋げるのではないかと心の何処かで思っていた。いや、そう望んでいた。そんなセリナを吹っ切れつつある自分が、とても信じられなかったのだ。


「アルト?」


 リティアが隣で歩きながらアルトの顔を覗き込む。綺麗な黒髪、大きな瞳、白い肌、小さな顔。あのセリナにも負けないぐらいの美少女は、自分の運命に抗う為にいつも必死に前に進んでいる。


(ああ……眩しいな……)


 セリナを勇者に奪われ、いつまでも下を向いていた自分の前に現れた少女。本人にその気なんて無かったのだろうが、いつの間にか手を差し出され、その手を掴んで何とか立ち上がる事が出来た。
 立ち上がった後もこの少女は手を繋いだまま、前へ前へと進んでいる。その手に引かれる様に一緒に前へ進んでいたのだが、もうそれも終わりにしなければならない。


「リティア」


 いつまでも手を引かれてはいられない。この少女と共に前に進みたければ、隣に立って自分の足で歩き出さなければならないのだ。


「ん?」
「絶対に勝とう。魔王にも、そして勇者にも」


 真っ直ぐにリティアを見つめるアルト。そんなアルトを見てリティアは一瞬呆けたが、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。


「うん。頼りにしてるねアルト」
「任せてくれ」


 そして到着する。魔王の待つ玉座の間に。



■■■



 扉の前に居ても、玉座の間から威圧感が伝わって来る。リティアの父であるレイゼルが魔王だった時には何も感じなかった威圧感だが、今はビリビリと肌に突き刺さる様に感じる。


「開けるね」


 リティアが玉座の間の扉に手を掛けた。まさか不意打ちなど無いだろうが、エルマーがリティアの周りに七色障壁オーラドームを展開させる。これで並の攻撃ならば防げる筈だが、魔王の強大な攻撃を防げるかどうかは分からなかった。


「気を付けてください」


 一応後ろからリティアに声を掛けるエルマー。その声を聞きながらリティアが扉を開いた。そして玉座へと足を踏み入れるとーーーー


「よおリティア、ようやく帰って来やがったのか」


 耳に響くのは、昔から聞き馴染んだ声。昔は優しかった筈のその声音は、いつも何処か刺々しく挑発的な声音へと変わってしまった。


「お兄ちゃん………」


 リティアの兄クレイが、玉座に座って頬杖を付いている。その目はギラギラと怪しく輝いており、全身から禍々しいオーラを隠すことなく放っている。人族では『闘気』と呼ばれるそれは、アルトが今まで感じた事がある中では勇者アリオンに次ぐ大きさだった。グレノールのギルドマスターよりも、そして王都のギルドマスター”剣王”レグレスよりも大きな闘気。


「おいおいおい、一体どうなってやがるんだ?リティアお前、いつの間にそんな魔力を身に付けやがった!?」


 クレイが目を細め、玉座からリティアを見下ろす。確かに生まれつき強い魔力を持っていたが、最後に玉座の間へ続く通路で会った時はこれ程ではなかった。旅行に行くと言って魔王城を出て数週間、妹であるリティアは桁違いの魔力を身に付けて戻って来たのだ。


「それにエルマー、ミミリ!てめぇらもだ!とんでもなく強くなってやがるじゃねぇか!」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇよ馬鹿が!どんなカラクリだって訊いてんだよ!」


 苛立たしげに玉座から立ち上がるクレイ。そんなクレイの視界に、銀髪の青年の姿が映り込む。


「あ?何だてめえ?その髪の色は何だ?」
「俺はアルト。人族の剣士アルト」


 人族と聞いて呆けた様な表情を浮かべるクレイ。クレイの横ではバラクーダとリグリットが驚きの表情を浮かべているが、次の瞬間にはクレイが眉間にシワを寄せ、アルトを睨み付けた。


「人族だぁ?人族がこんな所に何の用だ。まさか勇者が放った刺客かよ?」
「俺は勇者と戦いに来たんだ。リティアを守る為に」
「は?何言ってんだてめぇ?」
「魔王クレイ、あんたに一つ聞きたい。あんたは勇者との戦いでリティアをどうするつもりだ?」
「おいおい……口の利き方には気をつけろ………よっ!」


 クレイが剣の柄に手を掛け、思い切り剣を引き抜く。そしてアルトに向かって横薙ぎに剣を振るうと、その青い剣身から放たれた斬撃がアルトを襲った。


「くっ!」


 横に跳躍して躱すアルト。床に膝を付きながら自身も愛剣である『黒鳳凰』の柄に手を掛ける。
 

「はっ、よく避けたな。んじゃあてめぇが死ぬ前に質問に答えてやる。どうするもこうするも、魔族は全て魔王の為に命を張るもんなんだよ。リティアが妹だろうが何だろうが、俺の為に命を張る事に変わりなんか無え」


 クレイの言葉に目を細めるアルト。今の発言で心は決まった。もしもクレイがリティアに危険が及ばない様に守ると言うのであれば、共闘して勇者と戦う事も選択肢の一つにあった。
 しかし今の発言が全てを物語った。クレイにリティアを守るつもりなど一切無く、それどころか自分を守る為の盾にするつもりだ。そんな男の元にリティアを行かせる訳にはいかない。


「エルマー、ミミリ、準備はいい?」
「もちろんだよアルト君!ビシバシギューッて倒しちゃおう!」
「はい。分かってはいましたけど同じ道は歩けないみたいです」


 その時、突如としてアルト達に雷魔法が襲い掛かる。放ったのは”大魔道士”バラクーダ。


瞬雷エクレール
七色障壁レインボードーム


 しかしアルト達に直撃する前にエルマーの作り出した障壁に阻まれて霧散する。


「あら、貴方の魔法を簡単に防ぐなんてやるじゃないあの娘」
「チッ……忌々しいガキめ……」


 何処か楽しそうな表情を浮かべるリグリットと、それとは対象的に苦々しい表情を浮かべるバラクーダ。


「作戦通り、エルマーとミミリはあの二人を頼む。その間に俺が何とか魔王を引きつけておく」
「なるべく早く助けに行くからねアルト君!」
「相手は強大です。どうかご無事で」


 そして一斉に散るアルト達。遂に魔王クレイとの戦いの火蓋が切って落とされたのだった。



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