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剣士の章

124.絶交

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 お兄ちゃんと一緒に戦うね


 リティアの発した言葉の真意を誰もが理解出来ず、呆然と固まっていた。そんな中でいち早くリティアに声を掛けたのはエルマーだった。


「リティア?それは一体どういう………」
「わたし、お兄ちゃんと一緒に戦うから。だから、みんなはもうわたしの傍に居なくていいよ」


 リティアの言葉が三人の耳に届き、鼓膜を揺らす。それはリティアから発せられてるとは思えない程、声に何の感情も乗っていなかった。


「あ、あはは……何言ってるのリティアちゃん………?ミ、ミミリ達も一緒にーーー」
「もういいの。危ないからもう一緒に居ない方がいいよ」
「あ、危ないからこそ一緒に居るんでしょう!?リティア一人行かせるなんて出来る訳ーーーー」
「わたしの従者である二人に命令します。もうわたしに構わないで」


 驚愕の表情を浮かべるエルマーとミミリ。エルマーはワナワナと震え、ミミリは目尻に涙を溜めている。


「ふ、ふざけないで下さい!そんな命令なんて聞ける筈無いでしょう!!?」
「わたしは魔姫だよ。命令には従って」


 淡々と言い放つリティア。その瞳には先ほどよりも光が宿ってはいたが、それはエルマーやミミリが知るリティアの瞳とは違ってとても冷たい瞳だった。


「リティアちゃん………どうしてそんな悲しい事言うの……?わ、わたしもエルマーちゃんも頑張ってリティアちゃんに会いに来たのにぃぃ~~ッ」


 ポロポロと泣き出すミミリ。リティアはくるりと踵を返すと、最後に二人に言い放った。


「命令聞けないなら……もう絶交だから」


 そう言って声を絞り出したリティアはーーーーー、今にでも泣き出してしまいそうに顔を歪めていた。そしてそのまま、振り返る事無く歩き去って行く。
 

「リティア………何で………何でよぉぉーーーーっ!!」
「リティアちゃあぁぁぁーーーん!!うわぁぁぁぁぁーーーん!!」


 リティアの遠ざかる後ろ姿を見ながら泣き叫ぶエルマーとミミリ。そんな二人の声を背中で聞き、リティアはグスッと鼻を鳴らした。


「泣くぐらいならあんな事言わなければいいのに」


 その声は、すぐ隣で聞こえて来た。ハッと隣を見ると、いつの間にかアルトが一緒に歩いて着いて来ていたのだ。


「アルト………何してるの………」
「え?一緒に行くから着いて来てるんだけど」
「わたしの話………聞いてたよね。もうわたしに構わないでって」
「聞こえたよ。でも俺はリティアの従者じゃないし」


 何事も無かったかの様にそう言うアルトを前に、リティアは立ち止まる。そしてアルトの顔を真剣な顔で見つめた。


「じゃあアルトとも絶交するから。だからもう着いて来ないで」
「じゃあ俺もリティアと絶交するよ。だから俺のする事に口を挟まないでね」
「なに……それ………そんなの………」


 何故だろう。こんなにも理不尽な事を言われているのに何故か苛々しない。それどころか、優しいアルトの声音が心に染み込んで来る。


「リティア言ったよね、俺達は似てるって。俺も今ならそう思うよ」
「…………え?」
「俺もさ、セリナと勇者の関係を知った時はショックでさ、かなり危うい精神状態だった。でもその後に色々あって、一度持ち直したんだけど更に酷く傷ついて………今のリティアみたいな虚ろな目をしてたと思う」


 何となくアルトの話を黙って聞くリティア。しかし彼女に言わせれば、自分の負っている悲しみはアルトの比ではない。もちろんアルトも辛い思いをしたのは知っているが、自分は父を失ったのだ。しかもその父の命を奪ったのはーーーーー


 アルトとリティアが立ち止まって話をしている姿を見て、エルマーとミミリは顔を見合わせる。そしてコクリと頷くと、二人の元に向かって駆け出した。


「リティアに比べれば俺の負った心の傷なんて大した事無いって思うかもしれない。でも、セリナは俺の全てだった。失った幼馴染や仲間は、本当に掛け替えの無い存在だった。そんな人達を自分から手放してしまった俺は、今のリティアを絶対に放っておけない」
「何で………わたしとアルトじゃ事情が………」
「同じだよ。リティアは今、大事な人達を自分から手放そうとしてる。俺が以前そうしてしまったみたいに」


 リティアの瞳から涙が零れ落ちる。そんな事、アルトに言われるまでも無く分かっているのだ。
 
 何年も魔王城の中で独りぼっちだったリティアの前に、数年ぶりに現れたエルマーとミミリ。二人は血の滲むような努力の末、リティアの従者としての地位を勝ち取って会いに来てくれた。あの時、どれほど心が救われたのか言葉では語り尽くせない。
 でもだからこそ、これ以上一緒には居られない。父が魔王だった時なら死ぬ前に二人を逃がす事も出来ただろうが、あの兄が魔王になった今はきっとそれは出来ない。死ぬまで戦えと、捨て石にされてしまう。


「大事だから………これ以上巻き込みたくないの………エルマーもミミリも…………もちろんアルトだって」
「巻き込まれたなんて思ってないよ。俺達は自分の意思でリティアを助けたいんだ。ね、二人とも」


 いつの間にかリティアのすぐ後ろに立っていたエルマーとミミリ。荒い息を吐き出しながら、リティアをじっと見つめる。


「エルマー………ミミリ………」
「まったく………どうしようもないお馬鹿さんですよリティアは。わたしはいつだって貴女とミミリの為に命懸けで行動してます。馬鹿にしないでください」
「エルマー…………」
「そうだよ!ミミリだって二人を守る為に命懸けなんだから!自分の事なんかよりも二人の方がいっぱい大事なんだから!」
「ミミリ………」


 二人の言葉が直接リティアの心を叩く。だがそれでも、やはり一緒には連れて行けない。エルマー、ミミリ、アルトの三人を、兄の元でなんて戦わせたくない。


「お父さんの命を奪ったのはね………お兄ちゃんなの」


 リティアの言葉に目を細めるアルトと、驚愕の表情を浮かべるミミリ。エルマーだけはその事を予想していたので驚かないが、何故リティアがその事実に至ったのかを訊ねる。


「お父さんが死んだ時………お父さんの意識が流れ込んで来たの。最後にさようならって言いに来てくれた………その時にクレイには近づくなって…………」



 ーーリティア。クレイはもはや、お前の知る優しい兄では無い


「お父さん………?」


 ーー私の命を奪い、魔王の力を手にしたあいつは喜びに打ちひしがれていた


「お兄ちゃんが………お父さんを………」


 ーーあれは悪鬼だ。あれに関わればお前も不幸になる


「そんな………お兄ちゃん………」


 ーー逃げろリティア。クレイには近づくな。分かったな


「お父さん!お父さん!」


 ーーさようならリティア。お父さんの為に色々ありがとう。幸せになってくれよ


「嫌だお父さん!行っちゃ嫌だよぉぉ!!」


 ーーお前が居てくれて………私は幸せに………


「お父さぁぁぁーーーーん!!」







 リティアの話を聞き終えたエルマーとミミリは、涙を流していた。最後に父が、最愛の娘を心配して会いに来てくれた。その父の娘を愛する想いが、エルマーとミミリの胸に突き刺さったのだ。


「そんな……グスッ……事が………」
「うぅ………リティアちゃんのお父さん………ひっく………リティアを守ろうとしてくれたんだね………」
「うん………でも………」


 リティアの表情が沈んで行く。それは、父がリティアの中から消えてしまった直後に起こった。


「お兄ちゃんが魔王になって………わたしは”三魔闘”に選ばれちゃった………三魔闘は魔王の所に行かなくちゃならないの………」


 それは魔族の主神ガルサ・タンネリアスの造った『黒の核』の揺るがせない決まり。三魔闘に選ばれた者は魔王の元に馳せ参じ、魔王に力を貸さなければならない。だからこそリティアは、一人で兄の元へ行こうと決心したのだ。大事な、とても大事な三人だからこそ、不幸になると分かっていて連れて行く事など出来なかった。


「分かってくれたよね………命を掛けるとかそういう事じゃないの。行けばみんな不幸になるから、だから連れて行けない。わたしはみんなが不幸になるなんて耐えられないもん。わたしはわたしの為にみんなを置いてーーーー」
「リティアは、お父さんの言葉を聞いてどう思ったの?」


 突然、今まで口を閉していたアルトがリティアにそう訊ねた。


「え…………」
「お父さんの言葉を聞いて、お兄さんに協力したいと思った?」


 ふるふると首を横に振るリティア。


「前は………どんなに酷い性格になっても大事なお兄ちゃんだって思ってた。大切な家族なんだって。でも………お父さんを…………うぅ………」
「今はもう大事じゃないって事だよね。お兄さんの所に行くのは三魔闘としての決まりだから仕方なくで、協力する気は無い」


 こくんと頷くリティア。出来る事なら、昔の優しい兄戻って欲しい。そして父を殺した罪を償って欲しいが、それは叶わぬ夢物語だろう。そんな心が僅かにでも残っているのなら、父の命を奪ったりなどしない。奪った後で喜びに打ちひしがれたりしない。


「そっか。それなら勇者と戦う前にやる事が一つ増えただけだ」
「………………え?」


 アルトの発した言葉の意味が分からずに、顔を上げてアルトを見るリティア。その横で、今度はエルマーが声を上げた。


「そうですね。まあ相手は手強いですが、勇者一行と戦うにはちょうど良い肩慣らしでしょう」
「え……?え……?」


 エルマーの言ってる事を何となく理解するも、まだ確信は持っていないリティア。だがミミリの言葉を聞き、それは確信へと至る。


「ビシバシギューッって倒しちゃお!リティアちゃんには悪いけど手加減しないから!」
「ちょ、ちょっと待って!わたし達魔族は魔王に攻撃なんてーーーー」


 そこまで言って、ハッと視線を正面に戻す。目の前に居るのは、その魔王に唯一攻撃する事が出来る人族の青年。


「倒そう魔王を。そしてみんなで勇者を迎え撃とう」


 ボロボロと涙を流すリティア。自分から大事な者を手放す前に、自分の進む道は一つでは無いと教えてくれたアルト。
 そんな、共に歩んでくれると言ってくれた人族の青年に抱きつき、その胸の中で泣き続けるのだったーーーーー






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