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剣士の章

117.崩壊への序章

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 色欲の神の遺跡や、憎悪の神の遺跡のあった『原始の森』は、魔族領から馬車で十日程の距離らしい。人族領最北の街ベルノットから原始の森までは、馬車だと二週間は掛かると言われたので、距離的には少し魔族領の方が近い事になる。

 無事に二つの遺跡で核と呼ばれる力を手に入れ、それぞれが人族の”救世の三職”に匹敵する力を得たアルト、リティア、エルマー、ミミリの四人。
 あとは魔王城へと戻り、リティアの父でもある魔王レイゼルの元に馳せ参じ、来たる勇者との戦いに備えるだけ。アルトの進むべき未来は本来の歯車から外れて、思いもよらない未来へと進んでいた。しかし、それが今は当たり前の事の様に思える。


「アルト、お皿取ってください」
「あ、うん」
「アルト君!味見してみて味見!」
「うん。もぐもぐ………美味い」
「あ、アルト、こっち手伝ってくれる?」
「分かった、今行く」


 原始の森を出発する事十日、アルトはすっかりリティア達の中に溶け込み、随分と馴染んでいた。まるで、ビリーとエリーゼの幼馴染み三人で王都を目指していた時のようである。
 あの時の経験があり、野宿には慣れていたアルトはリティア達からの信頼も勝ち取っていた。リティア達三人も、今まで魔族領から出た事など無い。魔族領は人族領と違い、魔族領全てが一つの街の様な様相を呈している為、基本魔族領に居る限りは何処かしらに民家や宿屋が存在する。
 つまりリティア達の野宿経験は、魔族領を出てから原始の森に到着するまでの十日程度のもので、何となく慣れていない感じが見ていても分かった。


「ふふ、アルトのお陰で毎日食事の準備もスムーズで助かるね」
「そうですね、力仕事も頼めますし、割と要領もいいですし」
「割とね……って、俺も野宿の経験はひと月程度なんだけど」
「おお!つまりアルト君は野宿の達人って事!?」
「いや何で!?」


 賑やかな食事の時間。この数週間、アルトが切望していたのは、こうやって気を使わないですむ誰かと同じ時間を過ごす事だった。
 それは幼馴染みのセリナ、ビリー、エリーゼ達や、一時同じパーティを組んだレック、サリー、ノエル達など、最終的に自分から手放してしまった人達だ。あの時にもう少し自分の心が強かったのなら、まだ皆の所に居られたのかもしれない。
 だが、そうすると今この瞬間は訪れなかった。リティア、エルマー、ミミリの三人とは一生出会う事なく、天珠を全うしたのだろうなと思う。そう考えると、どうにも寂しい気持ちになるのが不思議だった。


(まだたった十日なのに……随分と感化されたなぁ)


 何故か、今こうしている事が不思議と当たり前の様な気がする。まるで自分の本来進むべき道が彼女達と出会う未来だったのだと、そう思えるのだ。
 しかしこれは、幾重にも重なった偶然の結果だ。剣士の称号を授かって居なかったらウルスス村から出ていなかったかもしれない。
 セリナが賢者の称号を授かっていなかったら、王都になんか行ってなかったかもしれない。
 セリナに王都で再会した時、セリナがこちらに気づかなかったら未だにセリナと勇者の関係は知らなかったかもしれない。
 勇者邸から帰った後、廊下で偶然ノエルに出会わなければ王都を出ていなかったかもしれない。
 そして、自分とリティア達の行動が一日でも違っていたら、色欲の遺跡で出会わなかったかもしれない。

 果たしてこれは偶然なのだろうか?偶然リティア達に出会ったにしては、あまりにも分岐点が多かったし、その全てをリティア達と出会う選択をしていなければ、一つでも違う選択をしていたら、今こうして彼女達と共に食事をしている事もなかった。
 そう考えると、これは自分が生まれた時には既に決まっていた未来だったのかもしれない。ウルスス村でセリナと同じ年に生まれたのも、自分が剣士の称号を授かったのも、セリナが賢者の称号を授かったのも、全て今に至る為に決められた運命なのだとしたらーーーーー


「アルト?どうかしたの?」


 考え事をしていて食事の手が止まっていたらしい。心配したリティアがアルトの顔を覗き込んで来る。


「いや、別に何でもないよ」
「そう?それならいいんだけど、とても真剣な顔をしてたから」
「………いや、本当に大丈夫。いつもながらミミリの料理は美味しいなぁって」
「え?え?アルト君が褒めてくれてる!」
「はは……普段とのギャップが凄いよね。どちらかと言うとエルマーの方が料理出来そうなのに」
「うぐっ!わ、わたしは魔法の勉強に忙しくて料理は覚えなかったんですよ!」
「えーーっ!?ミミリだって剣の稽古で忙しかったけど料理覚えたよ!?」


 いつものようにエルマーとミミリのやり取りが始まり、一気に賑やかになる。そんな二人をアルトは微笑ましそうに見ていたが、そんなアルトをリティアが真剣な表情で見つめていた。そして、少しだけアルトに身体を近づけ、小声でアルトに話し掛ける。


「何か考え事してたんだよね?」
「…………まあね。俺の進んで来た道って、リティア達に出会う為だったんだなと思って」
「んん?どういう意味?」
「うーん……それはいつか話す時が来たらね。それはそうと、本当に人族の俺が魔族領に行っても大丈夫なの?魔族って人族を恨んでたりしない?」
「え、何で?」


 アルトの質問に、キョトンとした表情を浮かべるリティア。本当に意味が分からないらしいので、アルトが説明がてら訊ねる。


「いや、だって魔王ってずっと昔から勇者と戦って、しかも今まで勝った事が無いんだよね?そしてその度に魔王は勇者に………命を奪われて来たんだ。だったら魔族が人族を恨むのは当然の事じゃない?」
「うーん………確かに言われてみれば………」
「でしょう?」
「うん。でも勇者が命を奪うのって、あくまで魔王とその側近の”三魔闘”の方々だけで魔族を虐殺したとかじゃないみたいだから、みんな気にしてないのかも」


 リティアの答えに今度はアルトがキョトンとしてしまう。リティアは気にしてないのかもと言ったが、そんな事は無いのではないだろうか?


「そ、そうかなぁ……?」
「もちろんわたしの場合はお父さんが魔王だし、お父さんが勇者に殺されたら一生許せないし、一生勇者を恨むと思う。でも、もしもお父さんじゃなくて知らない誰かが魔王だったとして、それで勇者に殺されたとしても………多分そんなに恨まないと思う。仮に恨んでもそれは勇者に対してだけで、人族全員を恨む気持ちにはならないと思うの」


 素直になるほどと思った。つまり言い方は悪いが、恨みは当事者なら当然湧く感情だとしても、赤の他人同士が殺し合いをして、それで殺されたとしても所詮は他人事だと言う事だ。


「アルトだって、勇者が魔王に倒されて命を失ったからって魔王や魔族全員を恨んだりしないでしょ?」
「うーん……俺の場合、勇者は倒すべき相手だからね。でも確かに、俺が普通の暮らしをしてて会った事も無い勇者が魔王に殺されても、別に魔族を恨む気持ちにはならないだろうね」


 自分で言ってて妙に納得する。人族も王都に住む者達は勇者に熱狂的だが、自分が暮らしていた様な田舎の村では、勇者など話でしか知らない人物だ。そんな人物が命を落とした所で、別に何とも思わない。それで魔族が人族領に侵攻して来るというのなら話は別だが、そういう事も無いのだろう。古より続く勇者と魔王の戦いとは、決して一般人を巻き込まない戦いなのだから。


「あれ?じゃあ何で勇者は英雄視されてるんだ?勝っても負けても自分たちの生活が変わる訳でもないのに」
「勇者って英雄視されているの?」
「うん。って、魔王は違うの?」
「英雄視はされてないかなー?尊敬はされているみたいだけど、魔王って勇者に負けっぱなしだから」


 あははと笑いながらリティアはそう言ったが、見ていて分かるぐらい寂しそうな表情だった。リティアにしてみれば、魔王の敗北イコール父の死なのだ。リティアにとっては笑い話でも何でもない死活問題なのだが、アルトに気を使ったのがアルト自身にも分かる。そして分かるだけに、アルトも申し訳無い気持ちになる。今回ばかりは絶対に魔王が敗北する事は許されない、絶対に敗北させないと気合を入れ直した。




 ーーそれから更に数日後。


「帰って来たね」
「ですね。長い様な短い様な旅でした」
「ミミリは楽しかったよ!アルト君にも出会えたしね!」


 アルト、リティア、エルマー、ミミリの四人は魔族領に立っていた。遂に魔族領に帰って来たのである。


「ここが魔族領か………とりあえず何も無いね」
「ふふ、此処は中立地帯との境界線ですから、民家とかは無いかもしれーーーーー」


 
 突然、リティアが言葉を止めた。


「リティア?」


 アルトがリティアを呼ぶが、リティアは驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしていた。
 何事かと思ったアルトは、エルマーとミミリに話し掛けようとするがーーーーー、二人もリティア同様驚愕の表情を浮かべて立ち尽くしている。


 魔族には、『魔族意識共有』という能力が生まれつき備わっている。それは有事の際に全ての魔族が同じ意識を共有する事なのだが、その有事とは主に二つ。

 一つは新たな魔王が誕生した時。魔族であれば魔王が誕生した瞬間、その事実が魂に刻まれ無意識に魔王誕生を認識する。
 魔王の名前、年齢、姿などが魂に刻まれ、全ての魔族が魔王が誰なのかを瞬時に知る事になるのだ。
 

 そしてもう一つはーーーーー


「う、嘘でしょう………?ま、魔王様が………」
「リティアちゃんのお父さんが……………」


 立ち尽くすエルマーとミミリの横で、リティアがガクッと崩れ落ちる。その表情は茫然としており、突然の事実を受け入れられていない。


「リティア!!」


 慌ててリティアに近づくアルト。そんなアルトにも聞こえる声で、リティアが呟いた。


「お父さんが……………………死んだ…………」


 ーーーと。




 
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