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魔姫の章

108.罵声

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 皆が想像していたのは、先に訪れた色欲の神の遺跡の様な、大きな建造物だった。


「えっと……これが遺跡……?」


 リティアが見下ろす眼下には、大きく口を開けて地面の下へと続く階段が見えている。


「そうみたいですね。林道はこの場所で終わってますし」


 色欲の神の遺跡から森の奥へと続く林道。何度かモンスターに遭遇しながらも、辿り着いた終着点には何も無かった。
 色欲の神の遺跡同様、深い森の中にぽっかりと空いた空間。しかしそこに建物は無く、広場の中心部分が石畳で綺麗に舗装されていた。その石畳の中心に、現在リティア達が見下ろしている地下への階段があるのだ。


「真っ暗だね。どうするのこれ?」
「光魔法で照らしながら進みましょう。リティア、お願いします」
「うん。閃光フラッシュ


 リティアの手のひらから眩い光が放出され、一寸先も見えなかった地下への階段を明るく照らす。


「わっ!リティアちゃんは色んな魔法使えてやっぱ凄いなぁ」
「ふふ、ありがとうミミリ。でも光魔法はそんなに得意じゃないから攻撃魔法は出来ないけどね」
「大丈夫大丈夫!攻撃はわたしがバシュバシュギャーンって斬るから!」


 相変わらず独特の効果音を口から発するミミリ。もう慣れているのでリティアもエルマーも何も言わない。


「さて、では進みましょうか」


 光魔法で前方を照らすリティアが先頭を歩こうとするが、すぐにアルトとミミリが前へと出る。


「ミミリ?アルトさん?」
「リティアちゃんはお姫様だから後ろ後ろ」
「流石に女の子一人だけ先頭を歩かせる訳にいかないよ」


 アルトとミミリの言葉を聞き、嬉しさが込み上げて来るリティア。そのまま二人に向かって微笑むと、「じゃあお願いします」と言って二人の後ろから光を照らした。そのリティアの隣に、エルマーが並んで歩く。


「まあまあいい雰囲気ですね。頑張りましょうリティア」


 エルマーがリティアに話し掛ける。馬車での移動の疲れも無く、四人とも良い状態で試練に望める。それに雰囲気も悪く無い。このままの状態で試練に望めば、きっと良い結果が得られる筈だと、エルマーはリティアに視線を送った。
 エルマーの視線を受けて、リティアは優しく微笑みながら頷く。


(このまま……どうかみんな無事に試練を合格出来ますように)


 リティアはそう祈りながら、遺跡の階段を降りて行った。



■■■



 遺跡の中はかなり入り組んでいた。通路は広く、リティアの光魔法もかなり明るいので歩きづらさは無いが、とにかく分岐点が多く、階段も多い。
 最初の階段を最後まで降りた時、誰もがここが最下層なのだと思ったのだが、少し進むとまた下りの階段が現れた。階段を下りしばらく進むと、今度は上りの階段が現れる。
 仕方なく今度は階段を登るのだが、登った先のフロアは分かれ道だらけ。

 一応、後ろでエルマーがマッピングしながら進んでいるのだが、とてもマッピングしきれる規模ではない。リティアの光魔法も前方の僅かな範囲しか照らせないので、仮に通路が揺らやかなカーブを描いていても、皆は気付く事など出来ないだろう。そうなるとマッピングの精度自体も怪しくなってくる。
 最初は元気良く歩いていたミミリも、段々と口数が減っていた。


「うへぇ……完全に迷路だねこれ」
「そうだね。似たような景色ばかりだし、迷ったら帰れなくなるかも」


 アルトの発言に目を細めるエルマー。そしてアルトの背中に向かって文句をぶつける。


「何ですかそれ、わたしのマッピングの精度が悪いって言いたいんですか?」


 立ち止まり、後ろを振り返るアルト。すると、エルマーがアルトを睨み付けていた。その横ではリティアが大きく目を見開いている。


「え………?」
「大体、先頭を歩いて道を選んでるのは貴方でしょう?ちゃんと選んでるんですか?」
「いや……ちゃんとって言われても………」
「ど、どうしたのエルマー?アルトさんは何も悪くないよ?」
「そ、そうだよエルマーちゃん。道を選んでるのはミミリもだし!」


 リティアとミミリにそう言われ、自分の発言を反省するエルマー。明らかにいつもの冷静なエルマーとは雰囲気が違っていた。


「………ごめんなさい。何だか苛々して」
「あ、あははは、エルマーちゃん少し疲れた?この辺で休憩にしちゃう?」
「いいえ、早く進みましょう。あまり長居はしたくありません」


 エルマーに促されて再び歩き始める一行。しかしアルトだけは憮然とした表情を浮かべていた。


(そりゃあ、付き合いの短い俺が責められるのは仕方ないのかもしれないけど………)


 だからと言って一方的に悪者にされるのは腑に落ちない。こっちだって必死に役に立とうと頑張っているのだ。
 
 それからしばらく無言で歩く四人。遺跡に入る時はそれなりに良い雰囲気だったのだが、今は空気が張り詰めている気がした。
 そんな雰囲気の中歩いていると、またもや分かれ道に差し掛かる。


「分かれ道だね!」
「そうだね。さて、どっちに行けばいいのか………」


 分かれ道を前に悩むアルトとミミリ。正直どちらに進めば良いのか見当も付かない。
 だが、エルマーは長居したくないと言った。ならば、どうせ考えても正解の道なんて分からないのだから早く進むべきだ、そう結論付けたアルトは左の道へ行こうと言って歩き始める。しかしーーーーー


「待ってください。何の根拠があって左に行くんですか?そっちが正解なんですか?」
「根拠って………そんなの無いよ。正解なんて分かる訳ないし」
「は?じゃあ何でそっちに進むんですか?良く考えもしないで」
「だって長居したくないんでしょ?じゃあ早く進まないと」
「馬鹿じゃないんですか?適当に進んで迷ったら、それこそ意味無いし。そんな事も考えられないとか本当有り得ない」


 馬鹿と罵られ、カチンと来るアルト。普段温厚なアルトが珍しく文句を言い返す。


「何だよそれ!?こっちの気も知らないで、文句ばっかり言って!」
「はぁ!?こっちの気って何ですか!?貴方が自分勝手に道を選んでいるだけでしょ!色欲の神の試練で少しぐらい強くなったからって一丁前にリーダー面ですか!?」
「な………ッ!?ふ、ふざけーーーー」
「ストップストーーーーップ!!」


 熱く口論になるアルトとエルマーの間に、ミミリが慌てて割って入る。リティアもエルマーの肩に手を掛け、何とか落ち着かせようとしている。


「ど、どうしちゃったのかなぁ二人とも?疲れてご機嫌斜めなのかなぁ?」


 ミミリが笑顔を引き攣らせながら何とか場を和ませようとするが、アルトとエルマーの険悪な雰囲気は治まらない。


「ど、どうしたのエルマー?あんな言い方するなんてエルマーらしくないよ?」
「…………ごめんなさい」
「ア、アルトさんも一度冷静にお願いします。エルマーの事はわたしも謝りますから」
「…………分かった」


 リティアが二人の間に入り、何とか二人をなだめる。アルトもエルマーもバツの悪そうな表情をしながら俯く。そんなエルマーに、ミミリが話し掛けた。


「エルマーちゃん、どうかした?エルマーちゃんが厳しい人なのは知ってるけど、人の事を悪く言うのは駄目だよぉ………」


 どことなく泣きそうな表情を浮かべるミミリ。付き合いが長いだけに、こんなエルマーを見ているのがとても辛い。理由は分からないが、今のエルマーはミミリの知っているエルマーでは無くなっていた。


「ごめんなさい………自分でも分かっているんです。こんなのわたしじゃない、わたしらしく無いって………」
「じゃ、じゃあーーー」
「でも何故か物凄く苛々するんです。心の底から怒りが込み上げて来て、気付いた時には口から罵声が出ていて…………」


 エルマーの話を聞き、顔を見合わせるリティアとミミリ。そんな二人の横で、アルトも俯きながら口を開いた。


「俺もごめん……あんな事で怒る事なんて今まで無かったのに………何故か怒りが込み上げて来て、心の奥がドロドロッとした感情で溢れて………」
「怒り………苛々………?」
「心の奥がドロドロ?」


 そう、誰も今まで気付く事が無かったが、これこそが憎悪の神の遺跡。この遺跡では、心の奥に僅かでも怒りや憎しみを持っていると、それが爆発的に自分の中に蔓延し、遂には怒りを鎮められなくなる。
 しかしこれはまだ序章でしか無かった。本当の『憎悪の神の試練』は、これから始まるのだからーーーーー
    
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