世界で一番美少女な許嫁が勇者に寝取られた新米剣士の受難な日々

綾瀬 猫

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魔姫の章

92.狩る者

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 王国最北の街ベルノットを出発して十日、アルトは原始の森の入口に到着していた。
 この原始の森は人族領でも魔族領でもない中立地域。森の横には『アルファーム平原』という広大な平原が広がっていて、ここも中立地域だ。


 移動に関しては、ほとんど全財産を投げ売って馬を一頭購入。通常は運送馬車を雇って送って貰うのだが、今は受付嬢が言っていた様に魔狼の繁殖期。わざわざ危険を冒してまで原始の森に狩りに来る冒険者は居ない。そして自分達も魔狼に襲われたら嫌だからと、どの運送屋も首を縦には振らなかった。
 とは言え、歩くとどれぐらい掛かるかも分からない。なので仕方無く全財産を投げ売って馬を購入したのだが、お陰で馬車で二週間以上掛かる距離を十日で来る事が出来た。この原始の森で上手く狩りが出来れば、冒険者生活も何とかなりそうだった。と言うのもーーーー


「魔狼の革は高く売れますよ。後は体内にある魔石もかなりの高額です。他のモンスターの素材もこの辺りでは手に入らないので、今の時期に入手出来れば貴重です」


 移動で往復二十日掛かっても採算が取れる。アルトはそう確信していた。と言うか、全財産投げ売ったので採算が取れなければ終わりだ。その場合は野垂れ死にか、他の街へ行くしか無い。


「もう……後戻りは出来ない」


 本来であれば、今頃はレック達と一緒に王都で冒険者をやっていた筈のアルト。
 セリナの帰りを待ちながら、毎日我武者羅に冒険者としての活動に勤しみ、充実した日々を送っていた事だろう。毎日自分の寝床に帰り、仲間達に囲まれて楽しく暮らしていた筈だった。
 それが今では、一人でこんな遠くまで来て、何もかも失った状態で再スタートをしようとしている。それも真っ当な再スタートではなく、ほとんど博打の様な挑戦だ。ウルスス村でルドルの修行を受けていた時、こんな未来を誰が想像しただろうか?


「師匠に怒られるかな。こんな変な道を選らんじゃって」


 今頃ルドルは何をしているだろうか。弟子の活躍を願っているだろうか。


「父さんと母さんも………知ったら悲しむかもしれないな」


 いつでも帰って来いと言ってくれた母。帰って来たら猟師の仕事を教えてやると言ってくれた父。そんな二人の優しさが、アルトの心の中を申し訳無い気持ちでいっぱいにさせる。
 
 帰りたい。大切なものを数多く失い、心が悲しみに明け暮れている。帰って両親に甘えたい。大変だったなと、優しい言葉を掛けられたい。
 でもそれは出来ない。色々なものを失ったが、まだ残っているものもある。


「俺に残ったのはこの黒鳳凰とーーー」


 ルドルから餞別にと貰った魔剣『黒鳳凰』に手を掛ける。別れ際にルドルに頼まれたのだ、こいつをもっと活躍させてくれと。そして活躍させると約束した。その約束はまだまだ果たせていない。


「あとはお前だけだ」


 全財産を投げ売って買った馬。誰も信じられなくなったアルトにとって、唯一の癒やしと安らぎだった。この十日でかなり愛着も湧いた。
 アルトが首を撫でてやると、「ぶるるっ!」と首を震わせる。喜んでいるのがアルトにも伝わり、思わず微笑んだ。


「じゃあ行って来る。良い子で待ってろよ」


 木にロープで馬を繋ぎ、右手を上げて森へと入るアルト。日は天頂に差し掛かっていた。



■■■



 不思議と、きちんとした広い林道らしき道が形成されていた。一体誰がいつ使ったのか、それも謎だとの話を受付嬢に聞いていたアルト。


「昔の人が作った?でもわざわざこんな人里から離れた森に?」


 そんな事をするだろうか?そもそもこれだけの林道となると、木を切る木こりだけでもかなりの人数が必要になる。わざわざそんな事をするメリットがあるだろうか?
 しかもこの林道は例の『謎の遺跡』まで続いているらしい。全てが謎に包まれているその遺跡の為だけに、これ程の林道を作る必要性が人族にあるだろうかと考えて、首を横に振る。どう考えてもそんな必要性があるとは思えない。


「考えても分からないものは仕方無いか」


 とりあえず林道の事を考えるのはやめにするアルト。今はそれよりも、モンスターの素材の方が大事だ。何しろ生活がかかっているのだから。


「さて………いきなり囲まれない様に用心しなきゃ」


 神経を研ぎ澄ませる。風は左から右へと吹いている。つまり、仮に鼻の良く効くモンスターが居たとした場合、自分の匂いは右の方に居るモンスターの嗅覚を刺激する事になる。


(言葉を発するのもやめよう。耳のいいモンスターに気付かれる)


 口も閉じて、更に神経を研ぎ澄ませながら奥へと向かう。警戒するのは右側、嗅覚を働かせるのは左側。風に流れてモンスターの臭いがしてくるかもしれないからだ。
 
 それから暫く歩いていると、右側から気配を感じた。向こうは気配を消して動いているみたいだが、落ち葉を踏むような音がカサカサと聞こえて来る。


(何か居る………多分二匹か三匹)


 剣を抜くアルト。そのままゆっくりと後ろへ下がり、木を背にする。そして待つこと数十秒ーーーーー


「ガルルルッ」


 現れたのは、黒い毛に包まれた狼。しかも普通の狼よりもかなり大きい。以前倒したブラックタイガーと同じか、それ以上の巨体が二頭現れた。


「お前が魔狼か。恨みは無いけど、俺も生きる為に必死なのはお前と同じなんだ」


 剣に闘気を込める。王都までの移動中に、レックと訓練していて彼に教えて貰った技能。実戦で披露するのは今回が初めてだった。
 そんなアルトのただならぬ気配を察したのか、二頭の魔狼は一気にアルトに襲いかかる。巨体から繰り出される爪がアルトを襲うが、アルトはそれを躱しながら魔狼にカウンターの一撃を振るう。その瞬間、魔狼の首が落ちた。


「まず一匹!」


 アルトに攻撃を躱された二頭目の魔狼はすぐに向きを変え、素早い跳躍でアルトに迫る。今度は躱す余裕が無く、魔狼の爪を剣で受けるアルトだが、その威力に身体が後ろに飛ばされる。


「くっ………流石に体格差が………」


 一頭目を倒した時にアルトの身体の向きが変わってしまった為、背にしていた木はアルトの前方。つまり今のアルトの後ろには何も無く、魔狼の攻撃の勢いでかなり後方へと飛ばされた。そして尚もアルトに攻撃を仕掛ける魔狼。今度はその鋭い牙でアルトに襲いかかるが、アルトは自ら後ろに跳躍してこれを躱す。
 アルトと魔狼の間に距離が空き、アルトは剣を構え直す。そのタイミングで魔狼がアルトに襲いかかるが、アルトが剣を振るう方が早かった。


「終わりだ」


 黒鳳凰を一閃するアルト。その瞬間、二頭目の魔狼の首も落ちて血飛沫が飛び散った。


「はぁはぁ………やった………」


 魔狼二頭を見事に仕留めたアルト。辺りを警戒しながら魔狼の革を剥ぎ、体内の魔石を回収する。これだけでもかなりの収入になるので、狩りは大成功だった。


「やっぱりこの剣のお陰だよね。俺の腕で、魔狼の首を一撃で跳ねるなんて無理だし」


 恐ろしい切れ味を持つ魔剣『黒鳳凰』。この剣のお陰で、実力以上の成果を上げられている。
 そしてその後も、”一角獣”や”鉄鱗大蛇”などのモンスターに遭遇したが、難なく撃破。素材も手に入れ、これ以上無い成果を上げた。


「よし、もう充分だ。今回はここまでにしておこう」


 まだまだ日も高いが、欲ばってはいけない。既に充分過ぎる程のモンスターの素材を手に入れたので、撤収する事にした。
 これだけあれば、暫くは生活に困らない。今後も定期的にこの場に狩りに訪れれば、冒険者としての生活にも困らないだろう。もっと腕を上げれば街の近隣の森のモンスターもソロで撃破出来る様になるかもしれない。そうなれば生活は更に安定する。


「今回は運が良かっただけだ。次も気を引き締めないと」


 もちろん帰りも油断しない。有頂天になっているこういう時が一番油断するものだ。油断していいのは、街に帰った時だと気を引き締める。
 
 そして森の出口に到着する。すぐに相棒の馬を繋いでいる木に駆け出した所でーーーーー








 ーーアルトは呆然と立ち尽くした。


「あ…………ぁ………………」


 繋いでいたアルトの馬が、無残な姿に変わっていた。
 殆ど骨だけの状態、辺りに飛び散ったおびただしい血の量。

 完全に何者かに食い散らかされていたのだ。その無残な姿を見た瞬間ーーーー、アルトは膝から崩れ落ちた。




    
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