上 下
84 / 191
魔姫の章

79.溜め息

しおりを挟む
「はぁ………」


 昨日から何度目になるのか分からない溜め息が、小さな口から漏れる。
 時刻は既に昼時、今朝は元気が無く朝食の席にも顔を出さなかったが、今も空腹感は全く無い。

 昨夜、夕食の席でエリーゼから語られたアルトとセリナの話。
 アルト、ビリー、エリーゼの三人と賢者セリナは同郷であるウルスス村出身で、アルトとセリナは恋人であるという事。
 その事実を聞いたノエルは何も言葉が出てこず、ただただ悲しみだけが襲って来た。


「はぁ………」


 昨夜から、出てくるのは今の様な溜め息ばかり。無意識に出て来るので、本人に溜め息をついている自覚は無い。

 グレノールの宿屋で初めてアルトを見たノエルは、身体が痺れる程の衝撃を受けた。
 幼い頃から思い描いていた、まるで王子様の様な男の子が実際に目の前に現れたのだ。
 ノエルは一瞬にして目も心もアルトに奪われ、アルトに一目惚れしたと自分でも自覚した。


「アルト君………」


 実際に話してみても、嫌な所など一つも無い好青年。顔も綺麗、心も綺麗、さらに剣士としてまだ駆け出しなのに、兄レックも認める程の腕前。しかも伝説の魔剣まで持っている。
 こんな、お伽噺の中から出て来た様な存在が他にいるだろうか?いや、絶対に居ないだろう。
 

「はぁ………アルト君………」


 昨夜はいつものビリーの誘いを断り、アルトを思って一人自慰行為に耽った。
 童顔で身体も子供っぽい体型のノエルだが、何故か昔から性的な事に興味があった。
 初めて自慰行為をしたのは十歳の時。いつも想像上の王子様を考えながらしていた。

 しかし、未だに身体は正真正銘の処女。兄のレックやビリーの前で全裸をさらけ出し、胸やアソコを舐められたり、ビリーの陰茎ペニスを咥えたりしているが、挿入だけは許していない。
 それは、初めては本当に好きになった人に捧げるという、ノエルにとって自分の中で唯一譲れない矜持であり、その相手はアルトにと決めていた。
 しかしそのアルトには恋人が居た。それも、自分如きではどう頑張っても太刀打ち出来ない、絶世の美少女。さらには世界中の人々の希望である賢者。

 片やお伽噺の中から出て来た様な王子様みたいな美青年。
 片や同じお伽噺から飛び出して来た様な、女神様みたいな美少女。
 世界中探しても、この二人以上にお似合いの恋人同士など存在しない。昨夜その事実をいきなり突き付けられたノエルは、告白すらしていないのに失恋してしまった。


「はぁ………辛いよぉ………」


 生まれて初めて恋をし、生まれて初めて失恋をした。恋とはこんなにも素晴らしいものなのだと世界が輝いて見えた一方で、失恋とはこんなにも辛いのかと世界が真っ暗になってしまった。


「エリーゼちゃんは………ずっとこんな気持ちに………?」


 仲良くなった同い年の少女エリーゼ。本人から聞いた訳ではないが、エリーゼがアルトの事を好きな事ぐらい見ていれば分かる。
 最近アルトと知り合った自分とは違い、エリーゼは幼い頃からアルトと同じ時間を過ごして来た。エリーゼがいつからアルトに想いを寄せていたのかは分からないが、昨日今日の話ではあるまい。
 きっと何年も前から、もしかしたら物心が付く以前から好きだったのかもしれない。それほどまでに想っていても、エリーゼの恋はついに実らなかった。


「うぅ………あんな美少女………反則だよぉ……」


 賢者セリナ。人混みの後ろの方から遠巻きに見ただけだが、思わず女の自分ですら見惚れてしまう美しさだった。
 まさにアルトとお似合いのセリナだが、そんな二人を傍で見ていたエリーゼはどんな気持ちだったのだろうか。
 きっと何度も諦めて、でも諦めきれずに苦しんで来たのだろう。それが何年も続いて、今も続いているのだ。


「わたしだったら………堪えられたかなぁ……」


 いっそう、ダメ元で告白していたかもしれない。苦しい思いを何年も続けるくらいなら、自分から幕を下ろしたかもしれない。
 しかしエリーゼはそれをしなかった。未だに幕は開けられたまま、ずっとアルトに想いを寄せている。
 他の男に抱かれながらでも、心は常にアルトを想い続けている。それは誰でも簡単に出来る事では無い。 


「凄いなぁ………」


 エリーゼを凄いと思う一方で、エリーゼの気持ちも分かる。
 これがアルト以外の男なら、自分もエリーゼも、きっとすぐに諦められただろう。だが、アルトは簡単に諦められる様な存在では無いのだ。


「はぁ………そろそろ動かなくちゃ………」


 王都へは辿り着いた。泊まる部屋も見つかったし、現在はその部屋の中。なので旅をしていた時と違って、急いで何かをする必要は無い。別に一日中部屋に篭ってウジウジしていても誰の迷惑にもならない。
 とは言え、昨夜からずっとウジウジしっぱなしだ。このままだと、明日になっても明後日になっても立ち直れない気がした。


「何か………食べなくちゃ」


 腹は減っていないが、昨夜食べたきり何も食べていない。昨夜だって、少し食べただけでエリーゼの話を聞いた後は何も口を付けていない。このままでは倒れてしまうかもしれない。


「はぁ………」


 もはや呼吸をする程に自然に出て来る溜め息をつきながら、モソモソと服を着替える。
 部屋着を脱ぐと、あまり高くない双丘が顔を出した。何となくペタペタと触りながら、いつかアルトが言っていたアルトの好みの女性像を思い出す。
 胸の小さい女性の方がいいとか、内向的で静かな女性がいいとか言っていたが、あれも全てはーーーーー


「賢者様の事だったんだね………」


 あの時は、もしかして自分の事では?と内心で喜んでいたが、それは勘違いだったのだ。
 アルトの口から語られた好きな女性像とは、全ては賢者セリナの事。それ以外に好きな女性など居ないという事の裏返しだった。


「賢者様も………小さいのかぁ………」


 かなりどうでも良い感想を口にするノエル。ただ何となく、アルトの好きなセリナが自分との共通点が多い気がして少し嬉しかった。
 きっと、何度もアルトに抱かれたのだろう。小さな胸をアルトに優しく触られ、舐められ、アルトの舌は更に身体の下の方へーーーー

 そんな想像をしながら、ノエルは胸に伸びていた自分の手で自身の身体をなぞる。自分の指をアルトの舌に見立てて。
 それは腹部へと到達し、更に下へ。そしてノエルの指は彼女の履いている下着に到達する。


「ここから………どうするんだろう……」


 アルトならどうするのか。そのまま下着を脱がすのか、それとも最初は下着の上からその舌を這わすのか。
 結局分からずに、ノエルは下着の中に手を滑らせる。指先にはつるつるとした恥丘の感触。子供の様に未成熟なノエルの身体。恥丘には、まだ産毛すら生えていない。
 恥丘をなぞりながら、更に下へと指を進めるノエル。そして、あと僅かで指先が秘豆に触れそうになったその瞬間ーーーー


「な、何してるんだろわたし………」


 突然我にかえって、下着の中から手を引き抜く。これから着替えて昼食へと行く筈が、もう少しで自慰行為に変わってしまう所だった。
 自分の行動に羞恥心を覚えて、頬を桜色に染めながら手早く着替えるノエル。姿見の前に立つと、全く元気の無い自分の顔が出迎えた。


「はぁ………」


 最後にもう一度溜め息をつき、ドアノブに手をかける。ブンブンと顔を横に振り、気持ちを無理やり切り替えて、ノエルはドアを開けたーーーーー



しおりを挟む
感想 454

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

処理中です...