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聖女の章

72.本質

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 何処を見ても絢爛豪華で、田舎育ちのアルトは見る物全てに驚いた。

 長く広い廊下、一定間隔で現れる大きな窓と、部屋の扉。所々の壁に飾られた絵画、随所に置かれている美術品。


「はあ………凄いね」
「でしょ?わたしも初めて見た時は驚いちゃった」


 アルト達の先頭を歩くのは、この屋敷の執事長。その後にアリオンが続き、サージャとフィリアが並んで歩く。そして一番後ろからアルトとセリナが小さな声で話をしながら後に続いた。

 時刻は既に夕刻を過ぎ、窓の外に見える景色は西陽も落ちて薄暗い。
 訓練で身体を動かして来たアリオン達は、程よい空腹感を覚えていたが、アルトはセリナに再会出来た喜びや緊張のせいで、まだそれほど空腹感は無いが、基本的に大食いなので食べようと思えば人並みに食べられる。


「いつもは着替えを終えてから夕食なのだが、今日はアルト君が居るからね。待たせるのも悪いのでこのまま夕食へと向かおう」


 屋敷に入るなりアリオンにそう言われて、特に誰も反対はしなかった。そして現在は執事長を先頭に、いつも食事をする広間へと向かっている最中だ。


「アルトお腹空いた?」
「うーん……正直あまり。でもほら、俺って………」
「ふふっ、いっぱい食べる人だもんね。何だか凄く懐かしい………」


 まだ離れて一ヶ月半程度。しかしお互い、もっとずっと長い間会えて居ない様な気がした。特にセリナは、この屋敷へ来てから最初の一週間は、アリオンとの夜伽の苦しみに心を擦り切らせていた。その間に感じていた体感的な時間は一週間どころでは無い。まるで何ヶ月も苦しみの、絶望の縁を彷徨っていた気にさせた。
 その絶望の縁からフィリアに手を引いて助けられてからは、セリナの世界は何もかもが変わっていった。


(アルト………わたしね、色々とアルトの知らないわたしになって…………)


 アルト一色だった心の中には、フィリアという少女が同居を始めた。
 初心だった身体はアリオンに快感の種を植え付けられ、その芽は日に日に伸びていった。そしてフィリアと身体を重ねる事で花開き、あんなに嫌だったアリオンに与えられる快感すら、最近はあまり抵抗なく受け入れる様になっていた。もちろん心の在りどころはアルトと、そしてフィリアの元に置いて来てある。なのでどんなに快感を与えられてもアリオンに心を許す事など無い。


(今のわたしを知っても、アルトは許してくれるよね………?)


 望んでこうなった訳では無い。仕方無くこうなったのだ。そうしなければ、心などとっくに失くしていた。いや、命すら投げ出していたかもしれない。
 そして変わってしまったからこそ、生きてまたこうしてアルトに会えた。そんな自分を、アルトならきっと分かってくれる筈。セリナはそう信じて疑わない。


(今夜は………いっぱい可愛がってねアルト。わたし頑張るから)


 もう何処にも、アルトの知る穢れ無きセリナは居ない。この僅か一ヶ月半の間にセリナは、アルトの知らないセリナへと変わってしまった。そしてアルトはまだ、その事を知らない。


「さあ到着だ。今夜は楽しもうか」


 執事長が広間の扉を開くと、中からは食欲をそそる匂いが漂って来た。テーブルの上には既に多数の料理が用意されており、椅子はいつもより一脚だけ多く用意されている。

 全員広間へと入り、各々席に着く。そしてアリオンの乾杯の挨拶と共に、楽しい夕食の時間が始まったのだった。



■■■



 一通りの事情を説明され、サリーは麦酒をゴクリと喉に流し込むと「ふぅ………」っと息を吐いた。


「だからアルト君は急にあんな行動に出たのね。そりゃあ、あんな美少女の賢者様なら必死にもなるわよねぇ」
  

 アルトとセリナが恋人だと、エリーゼの口から語られた。その説明を受けて、先ほどの大通りでのアルトの行動の意味を理解するサリー。恋人が乗った馬車が目の前を走っているのだから、ひと目でも会いたいと思うのは当然だろうとの結論に至る。

 
「そうっすね。アルトは昔からセリナ一筋っすから」


 ビリーがサリーの言葉を肯定する。チラリとノエルを見るとーーーー、見た事も無いほど悲しそうな表情を浮かべていた。
 ノエルにとっては、今この瞬間に失恋した様なものだ。初恋の、しかも一目惚れしたアルトに恋人が居た。その相手はあの賢者セリナで、しかも絶世の美少女。自分に太刀打ち出来る要素など何一つ無い。


「でも賢者様の様子を見る限り、彼女もアルト君一筋って感じだったわ。直前で剣聖様に止められていたけれど、あれはアルト君の胸に飛び込もうとしていたわよね」


 エリーゼはあの時の光景を思い出す。馬車から降りて来たセリナは、脇目も振らずにアルトの元へと一直線に駆けて行った。そしてサリーの言う様に、そのままの勢いでアルトに飛び込もうとしていた。
 そんなセリナを目の当たりにして、セリナに対する羨望が込み上げて来た。あれはセリナだから、アルトの恋人であるセリナだから出来る行動だ。どんなにアルトが好きでも、いきなりアルトの胸に飛び込むなんて事は、とても自分には出来ない。


「うん………セリナも昔から………アルトの事が大好きだったから」


 自分に負けず劣らず。いや、そう思っているのは自分だけで、もしかしたら自分の何倍もセリナはアルトの事が好きなのかもしれない。もちろんそんな事は比べようも無いのだが。


「まあ、これでアルトの事情は分かっただろう。今頃は勇者邸だろうから、おそらく今夜は帰って来ない」
「そうね。少し寂しいけど、今夜はアルト君抜きで楽しみましょう」


 もはや誰も楽しめる状況では無い事は、言葉を発したサリー自身にも分かっている。
 同じ女として、ノエルはもちろんエリーゼもアルトに想いを寄せている事など、とっくにお見通しだ。それでもそんな事を言ったのは、これ以上この場の雰囲気が暗くならない様にだった。


「ほら!エリーゼちゃんも暗い顔しないで」
「あはは………わたしは慣れてるから大丈夫………それよりも」


 チラリとノエルを見るエリーゼ。ノエルは俯いて、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。食事の手もすっかり止まってしまった。


「まあ………失恋なんて誰でも経験する事だ。なあビリー」
「へ?お、俺っすか?」
「うふふ、ビリー君って今までに本命の女の子が居た事ってあるのかしら?」
「いやいや!俺を何だと思ってるんですかサリーさん!本命の一人や二人………」
「一人や二人って言ってる時点で、もう本命じゃないのよねぇ」


 あははと乾いた笑い声を出すビリー。確かに言われてみれば、心の底から誰かを好きになった事など無いかもしれない。
 もちろんセリナに惹かれた事もあったが、アルトが居たのですんなり諦められた。その時点で、きっとセリナは本命では無かったのだ。

 いつからかエリーゼが可愛いと思い、思い切って『成人の儀』の夜に秘密基地に誘ってみたら、割とあっさり初体験が出来た。その後はエリーゼにずっと惹かれていたが、グレノールでサリーやノエルと出会い、グレノールでの夜に強烈な行為を味わってからは、以前ほどエリーゼに執着しなくなった。
 それよりもサリーの身体や、愛撫までしか出来ないノエルに興味が湧いた。


(俺って………ヤラせてくれる女なら誰でもいいのか………?)


 薄々は気が付いていた。誰か一人の女性を愛するより、色んな女の子を抱きたい。それも誰でも良い訳じゃない。美女や美少女を抱きたいのだ。


「…………………」


 レックがビリーを見つめる。サリーの言った通り、ビリーの本質は誰か一人を愛するのでは無く、とにかく複数の女性と交わりたいというもの。つまりは自分やサリーと同じ側だ。しかし、何となく危うさを感じる。何か一つの間違いがビリーを暴走させてしまうような、そんな危うさを感じるのだ。


 結局この夜、それ以上盛り上がる事も無く、皆は食事を終えて宿屋へと戻るのだった。






 
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