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聖女の章

64.これから

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 王都に到着したアルト達は、一先ず馬車を停車場に預け、噴水のある広場の前でこれからの事を話し合っていた。


「さて、これからの事を各自確認しておこうか」


 レックが全員の顔を見回すと、皆は首肯したり相づちを打ったりする。


「俺とサリーとノエル、そしてアルトはこの王都で冒険者として生活する訳だが、ビリーは”鍛冶師”として、エリーゼは”会計士”としてこの王都で働く………で間違ってないか?」
「あ、はい。間違って無いっす!」
「うん。わたしも間違い無いよ」


 ビリーとエリーゼがそれぞれ頷いた。それを確認したレックは話を続ける。


「エリーゼの方は問題無いだろう。会計士は何処でも欲しがるだろうし、大きな街には必ず『職業斡旋所』があるから仕事はすぐにでも見つかる筈だ」


 この一ヶ月半の旅の最中、エリーゼもただ遊んでいた訳ではない。両親に渡された金で、グレノールの古本屋で算術の本を購入し、移動の間はいつも勉強していた。なので、既に即戦力として働けるくらいの会計士になっている。


「エリーゼ勉強頑張ってたもんな!」
「うん、まあ………」
「そうだな。それでビリー、お前さんは鍛冶師だが、残念ながら鍛冶師はすぐに仕事がある訳じゃない。誰かに師事して一人前の鍛冶師にならないと働き口も無いし、自分の店を持つなんて夢のまた夢だ」


 ビリーの目標は、自分の店を持つ事だ。自分の店を持ち、エリーゼに会計士として働いて貰う。ウルスス村でエリーゼにそう持ちかけ、エリーゼも了承して一緒に王都まで来る事になった。
 だが、エリーゼにとってそれはあくまで建前だ。ビリーの店を助ける約束はしたが、そもそもビリーが自分の店を持つのがいつになるのか分からない。五年後かもしれないし、十年後かもしれない。
 だからビリーの店を手伝う為にと言うのは建前で、村を出て王都まで来た本当の理由はアルトと一緒に居たかったからだ。

 何度も諦めたアルトへの想い。しかし未だに諦めきれずに、結局はみっともなく着いて来た。
 この恋が成就しない事は、自分でも良く分かっている。しかし、幼い頃から何年も想い続けてきたのだ。
 だから曖昧なままアルトと別れるのでは無く、せめて最後は自分の目で確認したい。自分の目で、アルトとセリナが幸せになる瞬間を目撃したい。
 そうしないと、きっとこの恋は永遠に終わらないから。死ぬまでアルトを想い続けてしまうから。
 

「そうっすね、もちろん分かってます。一応師事する人の当てもあります!」
「ほう?王都に知り合いでも?」
「はい。実家が昔から農具の仕入れで取引してる鍛冶工房があるんで、そこに厄介になろうかと。親父から手紙も預って来てるんで!」
「なるほど。それなら大丈夫そうだな。そこは住み込み出来るのか?」


 レックの質問にうーんと唸るビリー。当然、修行の間は給料など貰えない。だから宿に泊まるとなると、身銭を切らなければならないので、普通は住み込みで修行をさせて貰う。
 しかしビリーにその考えは無かった。住み込みなどしてしまえば、今までの様にエリーゼやサリーと夜の行為が出来なくなってしまう。彼女達とこれからも繋がるには、同じ宿に泊まらなくてはならないのだ。


「どうですかね………多分無理だと思うんで、俺もみんなと同じ宿に泊まりますよ」


 ビリーの発言に目を細めるレック。簡単に泊まると言うが、その金はどうするつもりなのか。


「金はどうするんだ?見習いじゃあ給料は出ないぞ?」
「金は……親からそれなりに貰って来てるんで。足りなくなったら馬車を売りますよ」
「お前………いや………お前がそれでいいなら別にいいか」


 思わず何か言いかけたレックだが、結局は何も言わずに言葉を飲み込む。
 ビリーがどれくらい金を持っているのかは分からないが、一人前の鍛冶師になるには早くても数年は掛かる。その間、収入の無い者が宿代を払い続けられるとは到底思えない。
 そう助言しようとした所で、レックは思いとどまる。嬉しい思いも苦い思いも、何事も経験だ。自分で選んだ選択で成功し、そして失敗しながら人は成長して行く。最初から正解を教える事が、必ずしもビリーの為になるとは限らない。そうレックなりに判断しての事だった。

 しかしこの時のビリーの決断とレックの判断が、アルトとエリーゼ、そしてノエルの運命を大きく変える事になるのだが、流石のレックもこの時は想像すらしていなかった。




■■■



 ビリーとエリーゼを残し、冒険者ギルドを目指すのはアルト、レック、サリー、ノエルの冒険者四人。今日からこの王都がアルト達の冒険者としての活動の拠点になる。先ずは冒険者ギルドに行ってみようと言う事になった。


「グレノールでは多少名前が知れてた俺とサリーも、王都では無名だ。アルトもノエルも新人だし、先ずは簡単な依頼を数多くこなす。そして少しずつ難易度を上げて行こう」


 レックの提案に反対する者は一人も居ない。いくらレックやサリーがCランクの冒険者でも、王都では実績が無い。そんな状況で最初から難易度の高い依頼を受けようとしても、受付で蹴られてしまう。
 先ずは簡単な依頼を数多く達成する事で、王都の冒険者ギルドに顔と名前を売り込み、そして徐々に信頼されて行く。そうすれば受けられる依頼も増え、それが自分達の実力の底上げにもなるし、報酬も高くなる。


「そうねぇ。これだけ大きな街だもの、依頼なんていっぱいあるわよね」


 一般人では解決困難な事案を冒険者ギルドに依頼するのは、当然その一般人だ。人が多ければ依頼の数も増えるのは当たり前の事だった。


「王都だけじゃなく、近隣の街や村からの依頼もあるだろうしな」


 時には王都以外の場所への遠征も当然有り得る。そういう意味では、グレノールからこの王都までの旅路はアルト達にとっては良い経験となった。野宿のノウハウなども既にそれなりのスキルになっているのだから。


「うわぁ……あの大きくて頑丈そうな建物………もしかしてあれって………」


 ノエルが前方に見える建物を見て思わず声を上げる。その建物は周りの木造の建物と違い、頑丈そうな石造りだった。大きさもかなり大きく、見ていると何やら圧迫感を感じる。
 この石造りの建物には見覚えがあった。ここまで大きくなかったが、グレノールの街にもあって、ほぼ毎日通っていた建物。


「間違いないな。あれが王都の冒険者ギルドだ」


 レックの言葉を聞き、改めて冒険者ギルドを見るアルト。


「………凄い迫力だ。グレノールの冒険者ギルドよりも圧迫感を感じる」
「本当ねぇ。慣れるかしらあたし」
「サリーなら大丈夫だろ。行くぞ」


 冒険者ギルドへと歩を進めるアルト達。程なくして到着するが、目の前まで来ると更に圧迫感や威圧感が増していた。
 大きな扉は開け放たれており、数多くの冒険者らしき者達が入れ替わり立ち替わりギルドを出たり中に入ったりしている。
 

「この人達………みんな冒険者?」
「そうみたいだね。かなりの数だし、中には俺達みたいな新人も居るのかな?」


 およそひと月前に冒険者になったノエルと、ほんの数週間前に冒険者になったアルト。新人の二人にとっては、文字通り敷居の高そうな王都の冒険者ギルド。


「良し、中に入るぞ」


 レックを先頭にギルド内へと足を踏み入れるアルト達。いよいよ、アルトの王都での冒険者生活が始まる。





 


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