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聖女の章

63.到着

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 王都。それは人族社会の中心であり、全ての物資が揃うとまで言われた、世界最大規模の街。

 人口は数十万人と言う規模である事から、当然面積も世界最大。軒を連ねる商業施設の数は数百とも数千とも言われている。
 そしてその歴史は古く、千年前には既に存在していた古都という顔も持ち合わせていた。
 
 そんな王都に、遂に到着したアルト。当然だが初めて王都の門を潜った。
 そして驚いたのは、その人の多さと賑やかさ。建物の数や、街の隅々まで整備された街並みである。


「ふわぁ………凄いね………」


 思わず感嘆の声を漏らしたのはエリーゼ。その横では、ノエルもこくこくと頷いている。彼女達も王都に来たのは初めてだった。


「だろ?俺も何度か家の行商で家族と来た事あるけど、何度来てもやっはり凄え!」


 ビリーが街並みを眺めながら興奮気味に声を上げる。ビリーの実家はウルスス村で仕入れと販売の商売を営んでいるので、仕入れの為に何度か王都に訪れた事があるらしい。


「俺も以前、一度だけ来た事がある。まあ、その時は一泊だけして帰ったが」
「あら初耳ね。レックも来た事があったなんて」


 レックの話を聞いたサリーが、言葉の通り意外そうな表情を浮かべた。冒険者になってこの三年、レックとはほとんど毎日一緒に行動していたので、おそらくサリーと出会う前の話なのだろう。サリーも詳しくは訊ねなかった。


「まあな。さて、ようやく目的地に到着した感想は?」


 レックがアルトにそう声を掛ける。アルトは眼前に広がる王都の景色を見ながら、ポツリと呟いた。


「ここが王都………ここにセリナが………」
「………聞こえて無いみたいだな」


 やれやれと肩をすぼめるレック。どうやらレックの声は耳に届いてないらしい。
 実はレックだが、アルトが何故王都を目指していたのかをエリーゼから聞いて知っている。



(まさか”賢者”がアルトの恋人で、その子に会うために王都を目指してたなんてな)


 街でエリーゼを抱いた日は、いつもエリーゼと同じベッドで朝を迎えていた。つまり、エリーゼから色々と事情を聞いているのだ。
 アルトの恋人であるセリナという少女が、賢者の称号を授けられた事。セリナは先にウルスス村まで迎えに来た勇者一行と共に、この王都へと来ている事。
 アルトは村で三週間ほど訓練をして、セリナを追いかける為に村を出た事。自分とビリーもそれに便乗して、アルトに着いて来た事。


(ふぅ……ノエルには聞かせられない話だな)


 サリー曰く、妹のノエルはアルトに惚れている。それも一目惚れだ。そんなノエルに、実はアルトには決まった相手が居る、しかもその子を追いかけてこの王都に来たなど、とても言える事では無い。
 

(エリーゼも……まあ辛いんだろうがな)


 アルトとセリナの話をしている時のエリーゼは、レックが見ても分かるほど悲しそうな顔をしていた。あの顔は、アルトとセリナが離れ離れになった事を悲しんでいるのではなく、アルトにそういう相手が居る事に対しての悲しみだと、他人の恋愛には疎いレックでも見ていて分かるほどだった。
 しかしだからと言ってレックにはどうする事も出来ない。自分に心底惚れてくれたら何とでもするだろうが、エリーゼの心は未だにアルトを想っている。そんなエリーゼを、無理やり自分に振り向かせようとも思わない。

 
(願わくばエリーゼの恋が叶って欲しいが………)


 アルトがたった三週間しか訓練を受けてないと聞いた時、レックは素直に驚いた。あれ程の剣の腕前、あれ程の闘気を纏った男が僅か三週間の訓練の結果なのだ。つまりアルトは、信じられない程の強い意志と決意で、たった三週間で自分自身をあれほどまでに鍛え上げた。その覚悟の程が分かれば分かるほど、エリーゼやノエルの恋は望み薄だと思わざるを得ない。


(とは言え、アルトの恋人には魔王討伐って使命がある。せっかく王都に到着したのに、また恋人は遠くへ行ってしまうとはな)


 何とも数奇な運命だ。アルトが恋人を一途に想うその傍らで、アルトを一途に想う少女が二人も居るのだ。いっそ、早くアルトが恋人と一緒になってくれればエリーゼとノエルの恋も終わりを迎えるのに、残念だがそれは魔王討伐後の話。その間、何も事情を知らないノエルはまだ良いが、事情を知っているエリーゼは決して報われないと知っている片想いに翻弄されながら、その時が来るまで苦しみ続けるのだ。


(エリーゼがビリーや俺と肉体関係にあるのは………アルトを想うあまりに……か)


 つまりは自慰行為と同じだ。叶わぬ恋をしてしまった者は、その相手を思いながら自慰行為で無理やり欲求を抑え込む。
 エリーゼの場合、ビリーや自分との性行為そのものが、アルトを思って欲求を発散する自慰行為に他ならない。つまり、自分もビリーもエリーゼの自慰行為の道具でしかないのだと、レックはそう結論付けた。

 実際は、そこまで酷くは無い。ビリーの事も最初は好きになる努力をしたし、現在ではレックに少しだけ惹かれていたりもする。しかしやはりアルトを想う気持ちが強すぎて、それが本気の恋にまで発展しないのだ。


(それでいいさ。それでエリーゼの欲求が少しでも満たされるなら、俺は道具でいい)


 アルトが無事にセリナと結ばれれば、流石にエリーゼも諦めて新しい恋を探し出すかもしれない。今の宙ぶらりんのエリーゼの心にも、必ず変化は起こるだろう。
 その時が来るまで、エリーゼの道具として彼女の欲求を晴らそう。彼女の心を満たしてあげられる事は無いが、身体の欲求は満たしてあげられる。

 ちらりとエリーゼを見るレック。エリーゼはアルトを見ていた。
 その表情はーーーー、何だか少し悲しそうな表情だった。


(アルト………ようやく王都に………セリナの居る場所に到着したね)


 アルトの顔を見ながら、エリーゼは口端を緩めた。
 長年アルトを見て来たエリーゼだから、今のアルトがセリナの事を考えているのがよく分かる。アルトがセリナの事を考える時は、いつも同じ顔をするのだ。
 そしてそんなアルトの顔を見ると、いつも悲しそうな表情になる事をエリーゼ本人は気付いていない。今も口端を緩めて微笑んでいるが、それは悲しそうな微笑みだった。

 そんなエリーゼの視線には気付かずに、王都の街並みを見つめるアルト。まだ魔王討伐に出発していなければ、この街の何処かにセリナが居る筈だ。


(セリナ……やっと王都に着いたよ)
 

 ウルスス村で別れてから約一ヶ月半。遠い存在となったセリナだが、ようやく手を伸ばせば届く場所まで来た。
 正直、この広い王都でどうすればセリナを見つけられるのか見当も付かないが、何故かセリナに会える気がした。
 
 ドクンドクンと、鼓動が少し早くなる。珍しく気持ちが高揚している事に、自分でも気が付くアルトだった。







 


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