世界で一番美少女な許嫁が勇者に寝取られた新米剣士の受難な日々

綾瀬 猫

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聖女の章

49.討伐後

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 湯浴みの後に自室に戻ったフィリアは、鏡の前で髪を梳かしていた。
 鏡に映る自分の顔を見て、いかにセリナの顔が美しいのかが良く分かる。しかしそのセリナの表情は、以前とは比べ物にならない程に毎日沈み込み、せっかくの美少女が台無しになっている事がやるせなかった。


「セリナ………今頃どうしているのでしょうか」


 湯浴みの最中だろうか。それとももう部屋に戻って、一週間ぶりの自由な夜を送っているのだろうか。


「わたくしは………貴女の助けになってますか?」


 勘違いでなければ、礼を言われた二日前の夜あたりから、少しだけ表情に変化があった。
 具体的にどう変化したのかと問われると答えられないが、それでもその前日までの全ての感情が抜け落ちた様な表情ではなく、何かしらの感情は見て取れた。

 
「この一週間………本当に辛かったですよねセリナ」


 それは夜だけでは無く、昼間に訓練をしている時も変わらなかった。
 以前は教えるとすぐに魔法を覚えたセリナだが、この一週間はほとんど何の成果も出ていない。ようやく今日、新しい魔法を一つ覚えただけだった。


「今日はわたくしの話も少し集中して聞いてくれてましたね」


 慣れたーーーー訳では無いだろう。想いを寄せる許嫁が居るのに、その許嫁とは別の男に毎日抱かれているのだ。慣れるなど絶対に有り得ない。しかし慣れたのでなければ、一体どうしたのだろうか。まさか自分の様に「お務め」と割り切る事が出来たのだろうか?


「セリナに限って………それも無さそうですが………」


 それが出来れば、おそらくそれが一番良い。それは身を持って体感している。心を閉してしまえば嫌な事を深く考える事も無くなり、結果的にまた前に進める様になる。
 しかしそれは、決して簡単な事では無い。そういう風に割り切る事が出来る者と、出来ない者が居る。特にセリナの場合、許嫁がいる身でそんな割り切り方が出来るとも思えなかった。


「勇者様に少なからず好意を抱いているのは………サージャさんだけですか」


 数日前、この屋敷に帰って来て三日目の夜。つまりセリナにとってはアリオンに抱かれて三日目の夜、絶望の真っ只中に居た頃だ。

 その日も、少し早めに自分の部屋を出てセリナの部屋へと向かっていた。しかしその途中でサージャにバッタリと会った。


「サージャさん………」
「今日もセリナの帰りを待つの?」
「知って………いたのですね」
「これでも”剣聖”よ?何となく気配で察していたわ」


 さらりと言ってのけるサージャ。普通は自室に居ながらそんな事になど気付ける筈も無い。もちろん、剣聖だからと言うのは理由にもならない。
 つまり、サージャもセリナを心配していたのだろうとフィリアは理解する。だが、心配した所で自分ではセリナの助けになってあげられない。だからフィリアに全てを託したのだ。

 
「まだ時間あるでしょう?少しわたしの部屋で話さない?」


 少しだけ逡巡するフィリア。確かに、アリオンは一度の行為で少なくとも二度はする。セリナ相手だとおそらく三回。時間的に、まだ一回目か二回目の最中だろう。


「分かりました。あまり長居は出来ませんけど」
「それでいいわ。そんなに長居させる気は無いもの」


 そしてサージャの部屋を訪れるフィリア。部屋に入るとサージャが紅茶を淹れてくれたので、二人で静かに喉を潤す。その後、サージャが口を開いた。


「フィリア、貴女は魔王討伐後………此処を出て行くの?」


 それはあまりにも直球過ぎる質問。いや、おそらく質問ですら無い。フィリアの答えが分かっていて訊いているのだ。


「はい。いつかもお話しましたが、わたくしの両親はーーーー」
「ええ。元々は子爵だったのよね。でも、フィリアが聖女の称号を授かって侯爵に格上げされた」
「ご存知の通り、上級貴族の社会とは常に腹の探り合い、相手の粗探しばかりの世界です。下級貴族だったお父様が生きて行ける世界ではありません」


 今は聖女であるフィリアの手前、表立ってフィリアの父に攻撃を仕掛ける貴族など居ないだろう。それは下手をすれば自分の首を絞める行為になるからだ。しかし魔王討伐後はーーーーー


「魔王討伐後は、わたくし達”救世主の三職”はします。聖女は”僧女”並に、剣聖は”剣士”並に。そうなれば、きっとわたくしの父などあっという間に上級貴族から転落するでしょう。わたくしは、そんな両親の力になりたい。また一からやり直す事になるのなら、傍に居て支えてあげたいのです」


 サージャの目を真っ直ぐに見据えて、フィリアが自分の考えを述べる。サージャもフィリアから目を逸らさずに黙って聞いていた。


「そう。貴女の決心は固いのね」
「はい。わたくしは魔王討伐後、このお屋敷とも勇者様ともお別れ致します。そしてセリナも、きっと出て行くでしょう」


 この日の時点ではアルトが許嫁とは聞いていなかったフィリアだが、恋人だという確信は常にあった。しかしそれ以前に、あんなに心を擦り減らしているセリナがアリオンの元に残るかどうかなど、考えなくても分かる。


「そう………寂しくなるわね」
「サージャさんは………残るのですか……?」


 サージャはフィリアよりも一年も前にアリオンの元に剣聖として導かれ、そしてその分長く彼と身体を重ねている。
 今まで訊ねた事も無かったが、本人はどう思っているのだろうか。


「わたしは………別にアリオンが好きな訳では無いわ。でも嫌いな訳でも無い」


 フィリアから視線を逸し、言い難そうに言葉を発する。


「魔王を倒した後の勇者のは知っているでしょう?」


 勇者の末路。それは、完全に力を失うという運命られた未来。
 勇者の力は絶大で、一人で一国と争う事が出来るとまで言われている。
 そんな力を持った勇者が、魔王を倒した後の世界でその力を私利私欲の為に奮えばどうなるかは考えなくても分かる事だ。世界を意のままに支配し、勇者絶対主義の世界へと変貌してしまう。
 主神ヴォルテニクスはその予防として、魔王討伐後の勇者からは、与えた力を剥奪する事にした。そして魔王を倒す前に、魔王討伐以外の事に勇者の力を私利私欲の為に使えば、その瞬間勇者の力を失う。つまり勇者の称号とは、魔王を倒す事だけに与えられた称号なのだ。


「一般人以下の存在にまで成り下がる………ですね?」
「そう。わたし達はまだマシよ。力が落ちてもせいぜい一般人程度になるだけだもの。でも勇者は………アリオンは、名誉以外の全てを失う事になるわ」


 歴史を紐解くと、力を失ったとは言え勇者に敬意を評し、寿命が尽きるまで王国で手厚く保護されるらしい。しかし自由はほぼ奪われ、王国の用意した屋敷で若くしながら不自由に余生を過ごす日々のなのだという。


「そんな事ってある?散々持ち上げて期待して、全てが終わると全てを失うのよ!?」


 確かに可哀想だと思う。悲惨だとも思う。だからと言って、アリオンの元に残る気は一切浮かんで来ない。


「それが……勇者様の業なのでしょう。魔王を討伐するまでの間にした行いで、勇者様の余生の在り方が決まる」
「……………そう…………なのよね」


 残念だが、アリオンは欲望に忠実過ぎた。百歩譲って『勇者の加護』が肉体的に繋がる必要がある事が仕方がないのならば、せめてそこで終わらせるべきだったのだ。
 その後の行為は、毎日の夜伽は、全て彼の欲望を捌ける為だけの行為に他ならない。極度の重圧から、性行為をしなければ眠れないと言うのは同情に値するが、その性行為のせいでまともに眠れないセリナみたいな女性もまた存在するのだ。ならば、せめて自分とサージャだけを夜伽の相手にすれば良かった。そうすれば、セリナはこんなに苦しまなかった。

 全ては因果応報。魔王討伐後にアリオンがどんなに苦しい生活を送ろうが知った事では無い。アリオン自身もそんな同情など期待していないから、毎日行為に及ぶのだろう。

 見れば分かる筈なのだ。セリナがどれだけ苦しんでいるのかが。
 どれだけ毎晩の行為に恐怖しているのか。どれだけ嫌がっているのか、ちゃんとセリナという少女を見ていれば分かる筈なのだ。
 それなのに、アリオンはそんなセリナを見ようともしない。ただ、自分の欲求を満たすだけしか興味が無い。そんな男が魔王討伐後にどうなろうとも、どんな余生を送ろうとも全ては自業自得。

 歴代の勇者が全員、魔王討伐後に力を剥奪されたので知られていないが、実は主神ヴォルテニクスは勇者に救済の道を用意していた。
 それは、勇者の加護を付与した後に。勇者の加護を付与し、その後すぐに陰茎ペニスを抜き、魔王討伐までの間、救世の三職の女性達と一切の性行為を行わなければ、一般人程度の攻撃職の力は残されるのだ。
 しかし歴代の勇者にそんな者は居なかった。例外なく全員性行為に及び、そして力を剥奪された。



「それでも、サージャさんは残るのですか?」
「………………うん。多分残る」
「それは………サージャさんは勇者様の事が………」
「そういうのじゃないの。そういうのじゃないんだけど………」


 ならば情が移ったという所かと、フィリアは邪推する。サージャはアリオンと一番付き合いが長い。自分が加入した後はサージャと二人、交代でアリオンの夜伽をしていたが、その前まではサージャ一人でほぼ毎晩アリオンに抱かれていた筈だ。そんな状況ではアリオンに恋慕の情が湧いても不思議では無いし、そういった感情が湧かなくても情くらいは移るだろう。


 せっかくの機会なので、フィリアは以前からサージャに訊いてみたかった事を口にした。その質問に、サージャは珍しく顔を真っ赤にしたのだった。




 


 
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