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賢者の章

24.王都

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 アルトがグレノールの街に着いて二日目のその日、勇者一行として王都を目指していたセリナが、遂にその目的地である王都に到着した。

 王都の巨大な門を潜り、セリナ達を乗せた豪華な馬車は大通りを堂々と進む。
 道行く人々は突然現れた豪華な馬車を見て、そしてその馬車に刻まれた『勇者の紋章』を見て大歓声を上げる。


「勇者様だっ!勇者様が遠征から戻られたぞ!!」
「きゃぁぁーーーッッ!!アリオン様ぁぁーーーー!!」
「聖女様ーーーッッ!!剣聖様ーーーッッ!!」


 突然馬車の外から上がる大歓声を受け、セリナはビクッと肩が跳ねる。聞いた事も無い数の人々の声に、田舎育ちのセリナはすぐに順応出来ない。


「あはは!やはり王都は賑やかだねっ!」
「そうね。今回は遠征も長かったし、いつもよりも凄いわね」
「セリナ、大丈夫ですか?驚きましたでしょう?」
「う、うん………凄い声の数………」


 声の数と聞いて、思わず吹き出すアリオン達。


「はっはっはっ!声の数とは、言い得て妙だね!確かに、この大歓声の大きさは声の数があってこその物だからね!」
「ふふ、セリナって意外と詩人の才能があるのかもしれないわね。発想が豊かだわ」
「わたくしもそう思いました。勉強になりますわセリナ」


 最初は笑われていたのに、いつの間にか褒められているセリナ。その理由がよく分からず、首を傾げた。
 そんな中、外からの歓声は更に大きさを増して行く。


「勇者様!聖女様!剣聖様!どうかお顔を!お顔を見せてくださいませーーーッッ!!」
「賢者様ぁぁぁーーーーッ!!どうかお顔を見せてくださいませーーーー!!」


 賢者様と聞こえて来て、再び肩がビクンと跳ねるセリナ。


「ぇ………わ、わたし………?」
「ふふ、セリナの事はもう王都中に知れ渡ってますわ。皆さん、一目見たくて堪らないのでしょう」
「当然よね、誰もが待ちに待った賢者なんですもの」


 アリオンが勇者の称号を授かった年とその翌年は、救世の三職は誰も現れなかった。
 現れたのは、それから更に一年後。サージャが剣聖の称号を授かった。更にその翌年、フィリアが聖女の称号を授かり、救世の三職は賢者の訪れを待つだけとなった。

 二年連続で剣聖、聖女と現れた事により、その翌年には賢者が現れるだろうと誰もが信じて疑わなかった。
 しかし、フィリアが聖女の称号を授かった翌年、つまり去年は賢者は現れず、人々は激しく落胆した。


「誰もが、賢者は去年現れると思っていたからね。それが現れず、遂に今年現れたのだから、人々の喜びは計り知れない。この大歓声はまさにそれを象徴している」


 ウルスス村で初めてアリオンに会った時に、彼はセリナに対して「長らく君に会える事を待ち望んでいた」と、そう言った。その本当の理由がようやく理解出来たセリナ。


「そうなんですか………それは何と言ったら良いのか………」


 セリナが思ったのは、それ程までに待ち望んだ賢者が、こんな女ですみませんという思いと、どうして主神は去年、他の者に賢者の称号を授けなかったのかという思い。
 そうすれば、自分は今こんな場所には居なかった。ずっとアルトの傍に居られたのだ。


「セリナ、顔をお見せしてはどうでしょうか?きっと皆さん喜びますわよ」


 フィリアの言葉に、俯いていた顔を上げるセリナ。


「え……………」
「そうね、王都の人達も早くセリナの顔が見たいだろうし、いいと思う」


 サージャもフィリアの意見に賛成だ。顔を見せると言っても、別に馬車を降りる必要など無い。閉じている窓を開けて顔を見せるだけで良いのだ。


「うんうん!それはいいね、是非見せてあげようかセリナ!」
「あ、あの…………」


 一気に顔を真っ赤に染めるセリナ。突然の事だが、この大歓声の真っ只中に自分の顔を見せるなど、物凄く恥ずかしい。しかし、アリオンもフィリアもサージャも既に乗り気で、アリオンは勢い良く立ち上がると窓に手を掛けた。


「では、久しぶりに王都民の顔を見ようか!」


 そして勢い良く窓を開け放つアリオン。そのまま少し身を乗り出し、外に向かって手を振った。その瞬間、地鳴りの様な大歓声が巻き起こる。


「勇者様だぁぁぁぁーーーーーッ!!」
「うおぉぉぉぉぉ!!本物の勇者様だぞぉぉぉぉぉぉ!!」
「キャァァァーーーッ勇者様ーーーーッッ!!」


 大歓声が王都中を掛け巡る様に広がって行く中、アリオンは悠々と手を振る。勇者アリオンの姿をその瞳に映した者は、誰も彼もが瞳を輝かせる。その目は、老若男女問わず希望に満ちた目をしていた。

 アリオンと反対側の窓をサージャが開け放ち、サージャもまた手を振る。すると、今度はサージャの名前を呼ぶ者が後を断たず、更に歓声が大きくなる。


「す……凄い………」


 そのあまりの歓声に呆然とするセリナ。そんなセリナの手を、フィリアが優しく握った。


「フィリア………?」
「さあセリナ、わたくし達も」


 セリナの手を取って立ち上がるフィリア。セリナも釣られて一緒に立ち上がる。


「あの…………」
「セリナこっちに来なさい。揺れるから気をつけるのよ」


 サージャがセリナに手を伸ばす。その手を掴む前にフィリアを見ると、優しく微笑みながらコクリと頷いた。


「ふふ、ではわたくしは勇者様のお傍に」
「はっはっはっ!王国一の美少女、聖女フィリアのお出ましだね!」
「ふふ、その肩書きは今日で終わりですわ。だってーーーー」


 そう、自分以上の美少女が、後ろに居るのだ。
 薄紫色の透き通った髪を靡かせた、まるで物語の中から飛び出して来たかの様な、奇跡の美少女。

 
 サージャの手を握ったセリナが、サージャの隣に立つ。そして、その姿を見た瞬間、今までサージャに歓声を上げていた者達の声がピタリと止んだ。


「なっ………誰だ………?」
「すげぇ……………何だあの美少女………」
「まさか………あの子が…………賢者様………?」


 突然現れた謎の美少女の正体が分からずに、戸惑う人々。そんな皆に向かって、サージャが大声を張り上げた。


「王都のみんなぁぁーーーッ!!彼女はみんなが待ち焦がれた救世の三職最後の一人、賢者セリナよ!!宜しくねっ!!」


 サージャの声が響き渡り、シーンと静まり返る人々。そんな人々を前にセリナがペコリとお辞儀をし、少しして頭を上げる。そして僅かに首を傾けながら優しく微笑んだ。

 その瞬間、勇者アリオンが顔を出した時に匹敵する程の地鳴りの様な大歓声が再び沸き起こる。


「うぉぉぉぉーーーッ!!マジかぁぁぁ!!あれが賢者様かぁぁぁぁーーーッ!!」
「なんつー美少女だよっ!!信じられねぇ!!」
「賢者様ぁぁぁぁーーっ!!賢者セリナ様ァァァァーーー!!!」
「きゃぁぁーーーーッ!!セリナ様可愛いーーーーーッッ!!!!」


 辺り一面に巻き起こるセリナコール。セリナは内心で激しく戸惑いながらも、微笑みを浮かべて皆に手を振った。
 その可憐な姿を見て、男女問わず頬を染め上げる。まるで、女神が降臨したかの様な錯覚すらセリナを見て覚える人々。


 結局、王の住む王城に到着するまで大歓声は続いた。そしてこの日、王都の人々の話題は絶世の美少女賢者、セリナの話題一色だった。








 
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