世界で一番美少女な許嫁が勇者に寝取られた新米剣士の受難な日々

綾瀬 猫

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賢者の章

17.役割

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 ウルスス村を出発して二日後の夕刻。

 昨日は朝早くウルスス村を出発した事もあって、その日のうちに隣の村に到着出来た。

 村で一軒だけある宿屋(と言っても自宅の部屋を貸すだけの民宿)に三人で泊まり、今日は朝から村の商店などで必要な物を調達。そうこうしているうちに、出発は昼前になってしまった。


 村を出発してすぐに、三人は空腹を覚える。仕方なくビリーが一度馬車を停め、昼食の準備に取り掛かった。


「クッソー、こんな事なら村で昼飯食ってから出発すれば良かったぜー」
「でもそれだと、少し出発が遅くなり過ぎだったから仕方ないよ」


 皿を並べながらそんな会話をするアルトとビリー。二人の会話を聞きながら、エリーゼが鼻歌を歌いながら料理をしている。


「お?飯作るの上手いじゃんエリーゼ!」
「まあね。こう見えても家ではお母さんの手伝いしてたし」


 思わず顔を見合わせるアルトとビリー。あの勝気なエリーゼが料理とは、二人にとっては全くイメージに無かった事で、驚きを隠せない。

 昨日の昼飯は、三人共に弁当持参だったので、特に料理はしていない。
 そして夕食時には既に村に到着していたので、もちろん村で夕食を食べた。
 つまり、こうして外で作って食べるのも、エリーゼの料理を食べるのも、これが初めてという事だ。


「おお!美味そうだな!」


 皿に盛り付けられた料理を見て、ビリーが感嘆の声を上げる。
 焼いた鹿の肉と、添えられた数々の野菜。色鮮やかな野菜を、色とりどりに盛られたその皿は、見ているだけでも食欲がわいてくる。
 更にパンと野菜のスープも付いて、量も申し分無い。


『主よ、豊かな恵みに感謝致します』


 全員手を合わせ主神に祈る。そして、全員料理を口に運んだ。


「う、美味ぇぇーーーッ!!めちゃくちゃ美味ぇぇぇぇーーーーッッ!!」
「ちょっ、ちょっとビリー大袈裟!!」


 そう言いつつも、頬を染めて何処か嬉しそうに照れているエリーゼ。家族以外の者に自分の手料理を食べさせたのは、これが初めてだった。


「ホントに美味ぇって!天才かよエリーゼ!?」
「もう……調子いいんだから………」


 そこでチラリとアルトを見るエリーゼ。やはり気になるのはアルトの評価だ。これでもしアルトの口に合わなければ、自分の評価を下げてしまう可能性もあるのだから、気が気では無い。


「あの……どうかなアルト……?」
「いや、驚いた。本当に美味いよこれ」


 アルトの言葉を聞き、ビシッと固まるエリーゼ。え?今………美味いって言ってくれた……?と、心の中でアルトの言葉を反芻する。


「ほ、本当……に?」
「うん!凄いねエリーゼ、凄い才能だよ!」


 固まっていた表情が、次第に破顔していくエリーゼ。そして最後には満面の笑みを浮かべ、喜びを爆発させた。


「や、やったぁぁぁーーーッ!!褒められたぁぁぁーーーーッッ!!」


 それは幼い頃から見て、そして知っている元気なエリーゼ。何やら元気が無さそうに見えていたが、こうして見るとやはりエリーゼは元気な姿が良く似合う。
 それに、満面の笑顔を浮かべるエリーゼはアルトの目から見ても可愛かった。


「何だよエリーゼ、俺に褒められた時と全然態度違うじゃん!」
「え?そ、そんな事無いって!ビリーも褒めてくれてありがとう!!」


 そう言ってビリーの肩をバンバンと叩くエリーゼ。少しむくれていたビリーも、まんざらでも無い表情を浮かべる。


「とにかくこれで、旅の間の飯は心配無くなったな!頼むぜエリーゼ!」
「はあ!?調子乗り過ぎ!何でわたしだけーーー」
「アルトも毎日エリーゼの料理食いたいよな?」
「そうだね、こんなに美味しいなら毎日食べたいかな。あ、でもそれだとエリーゼにばかり負担がーーーー」
「毎日頑張って作るからね!楽しみにしててねッ!!」


 そんな事があり、料理担当になったエリーゼ。三人はしばらくその場で休み、程なくして再び先へと進んだ。



 ーーそして現在は夕刻。


「う、ううううう嘘だろ!?な、何であんなのが………」


 ビリーが前方に黒い影を発見したのと、馬が自分の意思で脚を止めたのはほとんど同時だった。
 突然馬車が停まったので、何事かと荷台から降りてくるアルトとエリーゼ。
 そして、前方にいるを見て、アルトは目を細めた。


「ブラックタイガー………」


 ブラックタイガー。大型の肉食の獣である。
 子育てをしている時期は群れで行動するが、親元を離れた個体は、一頭だけで行動する。

 とにかく獰猛で素早く、肉であれば何でも喰らう。
 小動物、中型、大型の草食動物。そして人族をも。


「ブ、ブラックタイガーって………」


 ガタガタと震えるエリーゼ。その大きさは、割と遠くに居るのにかなりの巨体である事が分かる。あんなのに襲われたら、自分の様に何の力も無い女など、一瞬で食い殺されてしまう。
 しかも悪い事に、相手は既にこちらを補足している。ゆっくりと、こちらに近づいて来ているのだ。


「ど、どどどどどどうする!?に、逃げるか!?逃げるよな!?」


 激しく動揺するビリー。しかしアルトは首を横に振る。


「無理だよ、もう見つかってるし。向こうの方が早いからすぐに追いつかれる」


 アルトの言葉で、顔色が真っ青に染まるビリーとエリーゼ。つまり、既に万事休す。食われる運命しか無いと言われている気がした。
 しかしそんな二人とは裏腹に、アルトは剣の柄に手を掛けると、ゆっくりと剣を鞘から引き抜く。そして、剣を握ったままブラックタイガーの方へと歩き出した。


「ア……アルト……?」


 アルトの背中に声を掛けるエリーゼ。その声は震えていた。

 エリーゼの震える声を背中で聞きながら、アルトは別の事を考えていた。


(この剣……木剣とあまり重さが変わらない)


 鞘ごと持つと剣の方が重いが、こうして剣だけ引き抜いてみると、重さにあまり違いが無い。


(修行の時、やたら重い木剣を渡されたのはこういう事か………)


 通常であれば、木で作った剣より金属製の剣の方が重いのは当たり前だ。
 しかしルドルは、木の中でも繊維がびっしりと詰まった重い木材を、更に剣身の部分を太くして、真剣の重さに近付けた物をアルトに渡して修行させたのだ。


(しかも、剣身はこっちの方が薄い。これなら……いつもより早く剣が振れる!)


 徐々に近付くアルトとブラックタイガーとの距離。ブラックタイガーの間合いに入る前に、アルトは歩みを止める。そして、剣を構えた。

 ブラックタイガーの方も歩みを止め、アルトを僅かに警戒する。しかし、自分よりもずっと小さいアルトを脅威とは思わず、すぐに地を蹴ってアルトに襲い掛かって来た。


 いきなり目の前に迫るブラックタイガーの鋭い爪。しかしアルトはブラックタイガーの突進を、剣を振りながら横に流す。
 その瞬間、ブラックタイガーの前脚が一本地面に転がった。

 片方の前脚を失って、自分の体重を支えられないブラックタイガーは、そのまま地面を滑る様に転がる。
 グオォォォォーーーッ!!っと、苦しそうな咆哮を上げた。地面がブラックタイガーの血で染まっている。

 そんなブラックタイガーの横に、いつの間にかアルトが立っていた。そして、立ち上がろうと藻掻いているブラックタイガーの首目掛けて、漆黒の剣を振り下ろした。


 血飛沫を上げて、地面に落ちるブラックタイガーの巨大な頭部。アルトはブラックタイガーが絶命したのを見届けると、ブンッと剣を振って血飛沫を落とし、再び鞘に剣を収めた。

 その光景を、遠くからビリーとエリーゼが呆然と見つめていたーーーーー




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