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賢者の章

2.セリナの本音

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 賢者の称号。


 司祭のその言葉を聞いた村の皆は、誰も咄嗟に口を開けなかった。


「け、賢者……ですか?あの………わ、わたし………が?」


 司祭に聞き返すセリナだが、司祭も驚きのあまり固まっている。

 それもその筈。賢者とは、勇者をサポートする三職業の一つ。聖女、剣聖と並び称される至高の称号。

 その賢者の称号が、世界が待ち望んでいた賢者の称号を授かった者が現れたのだ。司祭の驚きも当然の事だった。


「た、大変だ………早く聖教会本部に連絡しなくては………ッ!!」


 司祭はそう言うと、足早に壇上を降りて村の奥へと消えて行く。後に一人残されたセリナは、困った様な顔で所在無さげにしていた。


「わたしが………賢者………」


 一言呟き、そこでハッと我にかえる。そうだ、主神に礼をしなくては。
 セリナは膝を折り、手を合わせて主神に礼を述べた。


「主よ、慎んで賜わります………」


 そんなセリナの元に、今まで呆然としていた村人達がわっと集まった。


「凄いじゃないセリナ!賢者だよ賢者!」
「まさかこの村から英雄が誕生するなんてな!!おい、今日は宴だ宴!!」
「セリナ姉ちゃんカッコいい!!ねえねえ、魔法使って使って!」


 老若男女問わず、皆がセリナを祝福する。そんな光景を見て、セリナは更に困惑してしまう。

 自分が賢者など、一体何の冗談なのか。自分はこの小さな村の、村人の一人に過ぎない。そして、同じくこの村で育った幼馴染のアルトと一緒にーーーーー

 そこまで考えて、そうだアルトは!と、アルトの姿を探す。すると、アルトは自分の元に集まる村人達の輪の外側で、呆然とこちらを見つめていた。


 目が合うセリナとアルト。アルトは自分と同じ様に、困った様な笑顔をセリナに向けたのだった。



■■■



 その日の夜は村全体で宴が催されていた。

 例年、成人の義を受けた者が居る場合は小規模な宴を開き、その者の新たな門出を皆で祝うのが習わしだったが、今年は規模が違った。

 村の広場には煌々と明かりが灯り、宴の席にはご馳走が所狭しに並べられている。
 これ程の宴は秋の『収穫祭』の時ぐらいで、村民は全員参加していた。


 そして、もちろん今宵の主役はセリナである。一応、建前上は成人の義を終えたアルト、セリナ、ビリー、エリーゼの四人の為の宴と称しているが、はっきり言ってセリナ以外の三人はほとんどオマケの様な扱いだ。


「セリナちゃんおめでとう!いやー、セリナちゃんには何かあると思ってたが………まさか賢者様の称号とはなぁ……」


 先ほどから、村人が次々にセリナに祝辞を述べに来る。セリナはその一人一人に、丁寧に対応していたが、若干疲れた表情を浮かべていた。


(セリナ大丈夫かな………あれ?そう言えばビリーとエリーゼは何処に行ったんだろう?)


 アルトがビリーとエリーゼの姿が無い事に気付く。
 二人の皿は既に空になっているので、食事を済ませて何処かに行ってしまったらしい。


(まあ……俺達はオマケみたいなものだし……そりゃ居心地悪いよな……)


 一応、村人達も何人かはアルトにも声を掛けて来る。しかしそれは、普段から付き合いのある近所の人や、自分よりも年下の弟分妹分の子達が主だった。


「アルト兄ちゃん剣士になるんだな!良かったじゃん!!」
「いいなぁ剣士……カッコいいなー」
「アルト兄、剣士になってどうするの?村から出て行かないよね?」


 など、普段から懐いてくれる子達がアルトに声を掛けに来ていたが、それも今はもう居ない。


 ふぅっと溜め息をつき、自分も席を外そうとした時、ギュッと手を握られた。その手の主を見る。


「アルト……何処か行くの?」


 セリナが、不安そうな表情でアルトを見つめていた。


「あ、うん。腹ごなしに少し散歩にね」
「………わたしも一緒に行っていい?」


 周りを見ると、先ほどまでセリナに祝辞を述べる為に出来ていた列が、いつの間にか無くなっていた。大人達は皆、酒を飲みながら楽しそうに騒いでいる。


「もちろん。少し歩こうか」


 あまり目立たない様に、こっそりと広場を後にするアルトとセリナ。背中に感じる広場の喧騒が遠退いて行く。


 完全に広場の声が聞こえなくなった所まで来て、セリナはようやく口を開いた。手は、未だにアルトの手をギュッと握っている。


「少し疲れちゃった。でも、ご馳走美味しかったね」
「お疲れ様。うん、あんなご馳走食べられるの収穫祭の時ぐらいだからね」
「収穫祭かぁ……今年の収穫祭は参加出来ないんだろうなぁ……」


 宴会の最中、近くに座っていた村長と、成人の義を進行してくれた司祭が話していたのを、アルトもセリナも聞いていた。

 
「勇者様の元に……行くんだよねセリナは」
「………うん」
「しかも、勇者様直々にこの村まで迎えに来るんだってね」
「………うん」


 司祭の話だと、本部にセリナの事を報告した際、勇者が直々にセリナを迎えに来るとの返信があったらしい。
 勇者の住む王都は、このウルスス村からひと月近く掛かるのだが、偶然にも現在勇者は、この近くの都市を拠点に遠征に来ているらしい。なので、一週間ほどで迎えに来るとの事だった。


「一週間かぁ……随分早いなぁ……」


 冒険者を目指すアルトも、遅かれ早かれ村は出る。しかし一週間で出られるかと言うと、それは無理だった。
 旅の支度もあるし、何より剣士の称号を授かったからと言って、いきなり強くなる訳では無い。せめてあとひと月、いや、数週間はみっちり訓練して、少しでも自信が付いた時が村を出る時だ。


「うん………早過ぎる……よね」


 セリナが俯きながら、今までよりも強くアルトの手を握る。


「セリナ……?」
「わたし………いつか魔王を倒したら………世界中から英雄扱いされるのかな………」


 声が震えている。幼い頃からずっと一緒に居たアルトには分かる。これは泣き出す前のセリナの声だ。


「セリナ………」
「わたし……賢者になんてなりたくない!勇者様の所になんて行きたくない!!」


 心の中で燻っていた思いが、堰を切ったように溢れ出す。


「ずっとアルトの傍に居たい!英雄なんて褒め称えられたく無い!わたしは………アルトにだけ褒めて貰えれば………わ、わたしは………うぅ……うぅぅぅーーッ!!」


 泣き出すセリナを優しく抱き締めるアルト。自分とて、思いはセリナと同じだ。

 ずっとセリナと一緒に居たいし、勇者の元になんて行かせたくない。

 ずっと一緒に同じ時間を過ごして来た二人。嬉しさも悲しさも、いつも二人で共有して来た。
 幼馴染の少女はいつからか、アルトの一番愛しい人へと変わって行った。


「セリナ………全てが終わったら、一緒に冒険者になろう。そしてその時はーーーー」


 結婚しよう。そう言おうとした時、アルトの視界に小さな灯りが映り込んで来た。


「あれ?あそこって………」


 アルトの視線の先にあるのは、小さな小屋。セリナも泣きながら振り返る。


「秘密基地………」


 そこは代々、村の子供達が秘密基地にしていた小屋。元々は用具入れか何かの小屋だったが、いつからか使われなくなったのを、歴代の村の子供達が手作業で綺麗にして秘密基地にした。
 
 アルトもセリナもここ数年は行ってないが、藁を敷き詰めた上に布を被せたベッドなどもあり、割と居心地の良い空間だったりする。


「何で灯りなんて………」


 気になった二人は、秘密基地へと歩き出す。今は村人全員、広場で宴会の真っ最中な筈。とすると、もしかしたら村の外から来た何者かがコッソリ使っているのかもしれない。その場合、村の大人達に知らせないといけない。


 なるべく物音を立てない様に秘密基地に近づくアルトとセリナ。そして、窓から中を覗いて見る。



 そこにはーーーー、ベッドの上に下着姿で横たわるエリーゼと、同じく下着姿でエリーゼに覆いかぶさるビリーの姿があった。





    
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