パンジャンゴーレム

いみじき

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「ルベルカ、今度の休養日に一緒に出かけないか」
 死ぬほど珍しいことをアオイが笑顔で言い出した。胡散臭いものを見る目でルベルカは顔を顰める。改良中の、例のツグミブーツが机の上で浮いている。
「どこに?」
「君の行きたい場所」
「遠慮します」
「そう言わずに。部屋に迎えに行くからな」
「強引な……」
 言いながらルベルカの心はそわついた。アオイと、これはデートになるのか? 十年目にして初めての……おでかけデート。
(俺の行きたい場所?)
「おわっ、ルベルカ、靴飛ばしすぎ」
(ど、どこだろう……ぜんぜんでかけたことない。いつも籠もりがちで……行くとしたらジムとかそんなんばっかりで)
「天井まで打ち上がってるよルベルカー」
 いやいや、自分が行きたいところを考えても仕方ないだろう。ああは言っていたが、アオイが退屈な場所に行ってつまらなかったと思われたら目もあてられない。
 そもそもアオイの趣味はなんだ? 仕事が趣味としか思えない。ルベルカもそうだが。ならゴーレム関係か? いやせっかくのおでかけ休養日にそんな。
 海にいく。山にいく。テーマパーク? 柄じゃない。靴が天井にぶつかってゴツゴツ言い始めた。ならどこだ。どこにすればいい。
(無難に食事……いやあの言い方だと朝から出かけるみたいだったよな。そもそも何着てけばいいんだ? 服なんて何年も買ってないぞ)
「ルベルカー! 靴が部屋中を走り始めたぞ!」
 服を見に行くか? そうか、服を見にいくのか。それならアオイも自分のものを見られる……なによりアオイが服を選んでいるところを見られる。これはどうかな、などと言って試着をしてくれたり、す……
「靴が、靴が窓突き破って脱走した!!」
 その日のことはよく覚えていない。

***

 休養日まで数日、ルベルカは浮ついてそわついて仕事が手につかなかった。
「所長があんなこと言うから!」
「はっはっは」
 ミスをして失敗して上手く行かなくてもぼんやりして過ごし、とうとう休養日前日を迎えた。
 今晩は眠れそうにない、と思ったが、アオイが来た。そういえば夢魔に眠らされるのがルベルカの日常だったのを思い出す。
 その日もいい夢を見せられ、いい気分で目覚め、そわそわしながら一番いい服を選んだが、
「来ない……」
 そういえばあの男、低血圧だった。
 こちらから行くか悩んだが、デートの前にナメクジミミズのようにのたうつ姿はあまり見たくない。おとなしく待つことにする。
 一時間過ぎた。二時間過ぎた。早く起きすぎたかもしれない。焦れる。アオイたんをベッド下から取り出して抱きしめた。
 三時間すぎ、四時間すぎ、五時間がすぎ……ようやく扉がノックされた。慌ててアオイたんをベッド下に寝かせる。
「おお、かわいい格好をしているな」
 別に普通のジャケットとジーンズ姿で、可愛いという感想は謎だった。アオイのほうはロングコートを着ている。似合う……かっこいい。
「ルベルカの私服姿は珍しいな」
「別に、ただのジャケットだろう」
「すまないな、待たせてしまって。休養日はどうも寝過ごしてしまう」
「待ってない! 行くなら行くぞ」
 いい加減、腹が減って仕方ない。
 ところが街に出てライスバーガーの店に入ると、食欲どころではなくなってしまった。
「こういう店に入るのも久々だなあ」
 アオイが。ライスバーガーの包を握って、もきゅもきゅ咀嚼している。目の前で。目の前で。
 基本的にばらばらに食事休憩をとるので、彼の食事する姿を見るのは滅多になかったことを思い出す。この威力。破壊力。唇が動いて、ものを食べる。唇についた米粒をなめとる。なんだこれ卑猥すぎないか……
「食べないのか?」
「あ、ああ。いや食欲が」
「さっきまで腹の虫が鳴いてたろう? それとも食べさせてやろうか」
「結構だ!」
 ライスバーガーにかぶりつく。食べ終わったアオイが頬杖をついてルベルカを眺めている。向かい合って食事をするというのは……よろしくない、心臓に。味がなんだか分からなかった。
「で、どこにいく?」
「……服を買いに」
「そうか、服か。ならアウトレットモールにいくか」
 アオイと、アウトレットモールを歩く。
 一人では絶対に行かない場所だが、アオイと一緒に……それはまるでカップルみたいな、感じが。
 アウトレットモールはラボから歩いて十分ほどの位置にある。様々な種族のカップルや親子連れが歩いており、その中の一組になるのかと思うと頭が煮えた。
 おかしく思われないだろうか、アオイと歩いていて。アオイは見栄えのいい男だ。その隣にいるのが自分で本当にいいのだろうか。
 人のごったがえすモールを歩いて男性服売り場へ。
 もう緊張して緊張してアオイの似合う服を探すどころではない。もちろん自分の似合うものなど。とにかくかちゃかちゃハンガーをいじるのみだ。
「ルベルカ、これ似合うと思うぞ。着てみたらどうだ?」
「え……」
 言われて試着室に入り、タイトジーンズとドレープシャツを着て出る。アオイが満足そうに微笑んだ。
「うん、やはり似合うな。じゃあ次はこれな」
 渡された服を着るために再びカーテンを閉じる。わけもわからないままロングシャツを着て出ると、先程のドレープシャツとジーンズを受け取ったアオイが、
「うん、可愛いな。次はこれな」
 どんどん服を渡してくる。しかもそれを元の場所に戻さない。最終的にはそれを全てレジに持っていった。
「あの」
「自分で服は選ばないのか?」
「ええと、その買った服はどうするので」
「もちろん君にプレゼントする。だがこれは俺が君に着て欲しい服で、君の趣味の服とは違うから」
 アオイがルベルカに着てほしい服、だと。
 そんなものを渡されて他の服……いやこれらを着るたびにアオイのために着ていると主張するようなものではないか。そんな、そんなこと……
「あ、あんたは選ばないのか。服」
「俺は出かけないしなあ。それともルベルカが選んでくれるか?」
 そう言われても服飾センスなどルベルカにはない。店内をふらついていると、先程のドレープシャツが見つかった。アオイのサイズのシャツもある……アオイサイズの服を買って部屋でこっそり着てみるのも悪くな、
「ペアルックがしたいのか?」
 違うそうじゃない。
 男同士のカップルは珍しくないが、だからといってペアルックは痛すぎる。異性カップルでも白い目で見られるのに、男同士でペアルック。ない、ないだろう。
 しかし、アオイは機嫌よくドレープシャツを購入してしまった。
 紙袋をがさがさ持って、今度は食料品売場などを歩いてみる。
「こういうところで市場調査をするのも悪くないな」
「あんた、楽しいか?」
「うん? 楽しいぞ」
「俺、喋らないのに」
「ルベルカが隣にいるだけで楽しいよ」
 またそんな思わせぶりなことを言ってこのコマシ夢魔がぁあ!
 頭の中でアオイをパンジャンボールで轢き飛ばした。少しすっきりした。
(俺なんか楽しいどころじゃない)
 心臓はばくばく言うし頭の中は大混乱、そわそわしっぱなしで落ち着かない。隣を歩いていて手など触れようものなら心停止しかねないので少し間を開けている。それでも近い気がする……アオイとこんなに近かったことは、いや沢山あったかもしれないが、今日はなんだか違う。
(いつもはアオイが勝手に触ってきたり、近づいてくるんだ。でも今日は俺の意志で側にいる)
「何も買わないのか、ルベルカ?」
 商品どころではないから! とりあえずお洒落な木苺のジャムを適当に購入した。香茶にでも入れて飲もう。
「ルベルカじゃないか」
 急に声をかけられて振り返る。ブランドものの服を着た小太りの男が立っている。
「なんだ、色男を連れて。客か? 金なら倍出すから久々に―――」
「デート中なんだ」
 笑顔で遮り、アオイはルベルカの肩を抱く。死ぬ。
 男は深入りはせず、へーえ、と意味ありげに茹だったルベルカを眺めて踵を返し、雑踏にまぎれていった。
「あの、離してくれ」
「いいじゃないか。こうしてるカップルは他にもいる」
「カップルじゃない……」
 そうこうしているうちに夕方になった。肩を抱かれて歩いていたので何にも覚えていない。何を喋ったかも、何を買ったのかも。なぜかひまわりが頭についた傘を買っていた。解せぬ。
 また味のわからない食事をして、帰り、別れて、シャワーを浴びて部屋に戻る。ベッドの上で寝そべりながら、今日あったことがぐるぐると頭を巡る。
 そのうちアオイが来たが、それをぼーっと眺めていた。何もかも現実感がなくて。
「緊張して疲れたかな。今日はもうおやすみ」
 額に手をあてられ、睡眠の術をかけられた。こういう時は本当に有り難いと思う。
 あれは夢だったのではないかと未だに思うが、クローゼットの中のドレープシャツが「夢ではない」とルベルカに告げるのだった。
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