神の子のつくりかた

いみじき

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二章:ユナ・アニム

青年とカレと成れの果て

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 秘宝はどうあっても割らねばならない。

 そこがユナ・アニムの誕生する瞬間であり、また今回の試みでは、その地点でユナ・ルーと入れ替わる手はずだ。秘宝が割れないと話にならない。

 そもそもゼルバルトに恋が出来るなら、こんなややこしい話にもなっていないのだ。

 しかし、ユナ・アニムが存在するイコール秘宝が割れることの確定でもあるので、ここに存在出来ているということは、秘宝が割れる未来をも指す。

 放っておいてもそのうち割れるのだろうか。

 それにしても……

(ユナ・アニムの存在で溢れてる)

 この期間にユナ・アニムが存在することが異例のためか、可能性のユナ・アニムが何千何万ごちゃごちゃ遍在している。

 誕生を繰り返すたび、ユナ・アニムは増殖したので。

 宿の庭のベンチでぽーっと木漏れ日を浴びていたユナ・アニムの手元に、何か温かいものが落ちてきた。

「昼飯食うだろ?」

 ベンチの背に凭れ、ゼルバルトが尋ねてくる。

 膝にあるぬくもりは屋台のザマだった。肉を柔らかく煮込んだものを挟んだ饅頭で、ゼルバルトはこれが好物らしい。

 本当はものを食べる必要もないけれど、紙の包を解いてはむ、と齧る。

 口にしても胃に落ちるでもなく、アニムに変換されて吸収してしまう。それでも、味は感じた。

 隣に座ったゼルバルトが同じくザマを頬張りながら、苦笑する。

「お前って飯くう顔、ガキみてえ」

「そう?」

「なんか小動物みてぇだよなー」

 ガキなのか小動物なのか、どっちだろう。

 ゼルバルトは……

 マッドサイエンティストに造られたはいいが徴兵されて、軍から離れた今行く所がないと言うと、宿に連れてきてくれた。

 はじめは女を連れ込むこともあったが、女将に叱られたのか、ここ数日ではない。

 ゼルバルトとユウナルイは、どの時間軸でも結局は寄り添っているな、と感じる。

「もうちょっとして、兵団のごたごたが片付いたらさ、旅に出てえんだ。世界中回って色々見聞きする旅」

 ゼルバルトは直前世界でも、そんな理由で旅に出たがっていた。秘宝や神の子の問題が浮上する前は。

「お前、ジプシーだし……ジプシーだよな?」

「六年はジプシーだった」

「だよな? 行くとこねえんだろ。一緒に来るか」

「ゼルが行くなら、行く」

「変な言い方するな」

 ゼルバルトは苦笑いした。

「俺に惚れてるとか言い出さねえよな?」

「まさか」

「だよなー」

 うーんとベンチの上で大きく伸びをし、ゼルバルトは空を仰ぐ。

「俺のほうがおかしいのかもな。何かお前といると安心するっていうか」

「そう」

「お前のほうは?」

「俺は、他にすることがないから」

「ま、そんなもんだよな」

 子供扱いで頭をぽんぽん叩かれる。

「それに、お前ほっとくとすぐ誘拐されっから。一人で置いてくと心残りが出来ちまう」

 ユナ・アニムは例に漏れず、ゼルバルトに恨みのある裏町の人間に誘拐され、輪姦された。毎度お馴染みのイベントだ。

 ただし、ユナ・アニムは長筒や装備を好きに具現化できるので、今回は奪還で潜入することはなかった。

 けれども手酷く犯された痕を見て、ゼルバルトはひどく心を痛めた。

 ゼルバルトに発見される前に、何もかも治しておくべきだったろうか。

「せめて、安心して預けられる奴がいればなあ………」

 苦笑する顔も、困ってはいるが、嫌悪や拒否の色は見えない。

 ユナ・ルーは恋愛対象としてゼルバルトを愛していたが、ゼルバルトからすれば、弟妹のような存在だったのだろう。

 知れば知るほどユナ・ルーが不憫になり、思い入れも強くなって、やがてこんな悪循環を生んでしまった。

 ゼルバルトは、もう永遠に近い時を、ユナ・ルーとの出会いから別れまでの期間に費やしている。

「―――ゼル」

 ゼルバルトの反応パターンを目まぐるしく演算しながら、ユナ・アニムはひとつ、賭けに出た。

「少し長くなるが、相談に乗って貰っていいか?」

「? ああ、いいぜ」

「とある二人の話」

 これでゼルバルトの精神が脅かされることがあれば、記憶消去して日を置こう。

 ユナ・アニムは静かに語り始める。

「あるところに不幸な青年がた。彼は普通の人間だったが、度重なる不幸で感情が欠落していた」

「お前みたいな?」

「俺に感情がないのは、俺が人間ではないからだ。俺が話している青年は、ごく普通の人間の青年」

 いわゆる「友だちの話なんだけど」と自分を語る手段で、更に自分たちの話であることを伏せる。

「けれど、彼に感情がないのは、ある悪者の所為だった」

「わ、わるもの?」

 悪者としか表現できない、奴に関しては。

 たぶん、本人にも自覚はあったろう。

「具体的には、俺を創ったマッドサイエンティストの話。そいつは人形のような人間を創ることに固執していた。俺がこうなったのもその一環。

 悪者は青年をわざと不幸な目に遭わせて、彼から感情や気力を奪っていった。

 そんな青年が、ある時、恋をした。彼自身にも理由は分からないが、自分と同じ男性に恋をしてしまった」

「男に懸想されるねえ」

 そいつも災難だな、と言う。

 勝手に懸想したのはユナ・ルーであるから、ゼルバルトの言い分も尤もだ。

「恋をされた男性……何だか呼びにくい。どうしよう」

「あー、じゃあ青年とカレでいいんじゃねえ」

「では、カレで。カレはゼルと同じ異性しか愛せない人で、青年に愛を告げられ、思いには答えられないと言う。

 青年はただ思いを告げたがっただけで、見返りが欲しいとは思っていなかった。

 カレと青年は恋愛関係にはなかったけれど、なんとなく寄り添うようになり、カレも青年もお互いを大事だと思うようになった。

 それは恋愛さえ超えたところにある、不思議な関係だった」

「なんかほんと、誰の話してんのって感じだけど」

 ゼルバルトが頬を掻く。

「それって本当にお前の話じゃ、ないんだよな?」

「違う。ゼルが同じだと思うのはどうして?」

「今この状況と似通ってるからじゃねえか」

「俺はゼルに恋をしてはいない。

 これからも、恋をすることはない。なぜなら、俺はゼルに限らず誰にも恋ができないから。好きという感情さえ、俺には理解出来ない」

 だからこそ、今、途方に暮れてしまっているのだが。

「青年はカレのことが好きだったから、カレを守るのが当然だったけれど、カレのほうは、俺には分からない。愛していたわけでもないのに、青年を守ろうと命と精神を削った」

「あー、そいつと俺なんとなくダブるところあるから、分かるなあ」

 ザマの最後のひとかけを口に放り込むゼルバルト。

 ダブるもなにも当人だから身につまされるのだろうな、とユナ・アニムは遠い目をする。

「そいつさ、思い込み激しいんじゃねえか。

 守らなきゃって思うと、そのままのめり込んでくタイプ。ラハトの貴族階級の剣客に多いんだ。そういう教育受けるから。国のため、弱き者のためって叩き込まれるからよ」

「同情心が高じたということか」

「だからって、義務感だけでってのも辛いこった。

 だから……なんか好きだったんだろうな。恋愛と同じで、理由を説明をすんのが難しい。俺がお前を可愛い奴だなって思うのと同じ」

 笑顔でユナ・アニムの頭をぐりぐり。

 まだ年齢を教えていないので、年下だと思っているのかもしれない。

「特にさ。その青年のことは知らんけど、お前。

 誰にも大事にされたことなくて、楽しいこと何も知らないって顔してて、他人は暴力を与える存在だって思い込んでる奴見ると、そんなことねえよって教えたくなる。

 判官贔屓の悪い癖って部下には言われんだけどな。

 けどやっぱ、いくら不幸でも被害者面、悲劇の主人公面してる奴は勝手に不幸に浸ってろよって思うし。

 お前はある意味でホンモノだからな……笑えとは言わないけど、いっそ被害者面くらいしてくれればと思うよ」

「そう?」

 ユナ・アニムにはどちらかと言うと、ゼルバルトに対して加害者である認識が強い。

 ユナ・アニムに感情はないが、理性的な良心はあり、その良心に基いて行動している。

 だから良心の基準に抵触しない己への被害は、どうでもいい。

 ただし、自分が被害を受けて傷ついた姿を見せるとゼルバルトが悲しむので、回避すべきだが。

 たとえば今、企んでいることだとか。

 この目論見が知れたら、今度は彼が何を言い出すことか。

 何千何万のユナ・アニムは、もういい加減、このループに決着をつけたい。

 しかし、矛盾も感じる。

 ユナ・アニムはユナ・ルーの思いの残滓。ゼルバルトを守り、願いを叶える存在。そのユナ・アニムがゼルバルトの好まない行動を取るのは、良心が苛まれる。

 知られさえしなければ良いのだと開き直っても、それは「秘宝の真実に気づかないほうが幸せ」と言ったシエゼ=デの理屈と変わらない。

「………」

 ユナ・アニムは思考を頭の隅に追いやり、元の話題に戻った。

「青年は、病気だった。

 悪者に植え付けられたもので、恋の痛みを感じるごとに体が痛み、衰弱し、そして感情を失ってゆく呪いのような病だった」

「カレは、どうしたんだ?」

「守ろうとした。青年を救う方法を探した。たくさん悩んで苦しんだ。青年も、自分のために悲しむカレを思って苦しんだ。

 決して治らない病で、カレは青年を連れてイニア教の癒しの力を持つアニムノイズを訪ねた。

 そのアニムノイズの力で、青年は少し持ち直した。

 カレは安心を得て、癒し手の美しさから彼女に恋をした」

「うわー、泥沼」

 関わりたくねえ、と身を引くけれども、アンタのことだ。

「カレは、病の進行が恋の痛みだとは思わなかった。恋の病とは言うけれど、それが本当に体を蝕むなんて、無いことだから。

 青年は失恋したことが分かると、病によって心を失った。

 カレは青年を何としても守ると心に決めていたから、その悲しみは……悲しみというより、殆ど気が変になっていたんだと思う。言動がおかしかったから」

「お前、そのカレとは知り合いなんだ?」

「そう。そのカレとどう向き合っていくかを悩んでいて、貴方に相談をした」

「………きつい話だな」

 いつでもユウナルイはゼルバルトに負担をかけてしまう。

 いっそ、彼の記憶からユナ・ルーの存在を消去して、関わらず守っていく方針もあったが、それは、「ユナ・ルーを返せ」「ユナ・ルーに会いたい」という彼の最も強い願いに反してしまう。

「カレは病の真相に気づくと何で教えてくれなかったと、真相を隠していた者を詰った。それなら、青年を愛したのにと」

「それは……無理だろ。性癖が普通なのに男を愛せって、いくら大事でもさ」

「そう。理屈や義務で人は愛せない。

 カレは青年を失ってはじめて、青年を愛した。

 心を失った青年は、成れの果てとしてカレの元に現れた。なぜなら、青年はカレとずっと一緒だと約束を交わしていたから。

 けれどもカレは青年の成れの果てを愛することはできなかった。成れの果てには、感情がなかった。本物の、人形だったから」

 ゼルバルトはユナ・アニムを求めない。

 ユナ・アニムは約束を果たしたいけれど、それが出来ない。

 感情があれば、これを「歯がゆい」と言うのだろう。

「……気にいらねえな」

 カレに同情するばかりだったゼルバルト、そこで初めて嫌悪の表情を見せた。

「どうして?」

「あのさ、青年はあくまで青年だったんだろ? 成れの果てだかなんだかしらねえけど、なんでそいつのこと無視するんだ? 成れの果てが可哀想じゃねえか」

「か……かわいそう……?」

 可哀想ですかね、自分。とユナ・アニムは首を傾げる。

 そこで、ぐいと肩を抱かれた。

「なあ、正直に言え。その成れの果てって、お前だろ」

 鋭かった。

 心がない者と表現してしまったから、悟られるのも仕方ない。

 注意深くゼルバルトの精神状態を観察する―――まだカレが自分自身とは知らぬからか、異常はなさそうだ。

 ユナ・アニムは彼の問いに肯定した。

「やっぱり。だから、青年はお前じゃないって言ってるんだな。お前、カレに捨てられたのか」

 よしよしと慰められる。

 自他共に認める判官贔屓のゼルバルトの中で、成れの果てが庇護対象になったようだ。

「相談を受けたからには答えよう。そんな薄情なやつはほっとけ! これからは俺がカレの代わりに側にいてやるからさ」

「………」

 このひとは、口説いてるのだろうか?

 ユナ・ルー時代はただゼルバルトの行動に胸をときめかせていただけだが、客観的に見ると口説いているようにしか見えない。

 男は好きになれないと言いながら、ユナ・ルーを口説いて振り回していたわけだ。本人の自覚がないにせよ。

「ゼルは、性質が悪い男って女の人に言われたことがあるだろう」

「えっ、どっかで聞いた?」

 やっぱり。

 ゼルバルトの慌てようからして、指摘されたのも一度ではなさそうだ。

 しかし、話していて分かった。

 ゼルバルトはユナ・ルーしか愛せないというより、先に出会ったユウナルイを愛してしまうらしい。

 このままだと、出会ったユナ・ルー相手に「ユナ・アニムを返せ」という話になりかねない。自分はその時点で消滅しているのに。

 秘宝が砕ける時にゼルバルトの記憶をユナ・ルーとのものに改ざんすれば良いのか。どうか。

 問題の秘宝は、未だにヒビ一つ入ってはいないのだが。
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