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1.コトリとジークエンド
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魔界でも悪魔の坩堝と呼ばれるここ、快楽者の街。
快楽主義者をターゲットに肥大化したこの都市では、日夜犯罪が絶えない。
「コトリ、追い立てたぞ。一気に行け」
魔動銃を構えたガンナーのシャハクに合図され、コトリは側頭部から光の羽を翼のように広げて地を蹴った。コトリがコトリと呼ばれる所以である。
狭い裏路地を走るこそ泥の前に降り立ち、足元に羽を撃ち込んだ。
「ルロビア傭兵カンパニーである。これ以上抵抗するなら容赦をしない」
「ル、ルロビア……!」
こそ泥が聞いて震え上がったのは、ルロビアでもコトリにでもない。ルロビアに所属するある人物のせいだ。
「おい、ラズウェル。ジークエンドはどうしたか?」
こそ泥を踏みつけながら通信装置でサポーターに連絡を入れる。ジークエンドの名を聞くなり、こそ泥が「ひぃ」と叫んだ。
「あのオーバントだけは許し」
「うるさい。で、どーしたか? いないぞ」
『ジークエンドならバディ解消しよって、ストッパーがいないから出動不可じゃ』
「バディ解消ー? またか!」
オーバントのジークエンドはストッパーたるバディがいない場合、仕事に出られない。暴れすぎて被害が尋常でなくなるからだ。
「シャハク、こいつ適当にしとけ。社に戻る」
「人を顎で使うな」
「うるさい、社長令息めーれーだ! それよりジークエンドをどうにかしないと」
ルロビア傭兵カンパニーではあれの実力が頭ひとつ抜けている。不動のエース様だ。快楽者の街ではジークエンドとルロビアの名を聞けばマフィアの首領でも震え上がる。そのエース様の不在は非常に痛い。
「サツキ、バディ解消ってどういうことか」
「どうもこうもないんだよね。俺じゃ無理ってことがわかっただけ?」
コトリと同じ年頃の、カラス魔族の少年が肩を竦める。
ケース1.魔動具オンチ
なんでか知らないが必要もないのにジークエンドはよく魔動具をオフにする。ものによっては起動させてから暫くしないと動かない装置もあり、任務中はつけっぱなし推奨なのだが、なぜかまめにオフにする。
それだけならまだしも、通信機を起動させて動かなかった際、そのへんで井戸端会議をしていた主婦たちに、
「間違っていないと思うんだがどうか」
と尋ねた。唐突にブラックコートの美貌の男に「どうか」と言われた主婦たちの戸惑いは計り知れない。
更に、母親のピンチと勘違いしたやんちゃな子供が「かーちゃんをいじめるな!」と蹴りを入れたところ、
「ぐっぐぁあああ! やられたぁああ」
迫真の演技で蹲り、子供まで震撼させた。このあたりでサツキが止めに入ったという。
「ごめん、やられた演技はコトリが子供の頃よろこんでたからだ……」
「お前のせいか。それだけじゃないよ」
ケース2.方向音痴
ジークエンドはとにかく方向音痴である。一緒に走り出したのに別方向へ向かう。けっきょく現場とは全く別の場所で発見されることも多々。ただし最終的に事件は解決させることが多い。
「事件解決してるんならいいんじゃないか?」
「手遅れになってることも多いし! それにな!」
ケース3.過保護
とにかくサツキに危ないと言って何もさせない。
ケース4.破壊魔
余計なものまで損壊しまくる。
「あいつは痴呆老人一歩手前か!?」
「ジークエンドはそこがカワイイもん!」
「とてもじゃないけど俺には止めらんないよ、あの人は。おまけに連帯責任にされるんだから溜まったもんじゃないさ。コトリがバディにつけば?」
「そうしたいのはやまやまだが」
実のところ、コトリは社内三位の成績にあった。不動のエースがジークエンドで、二位はシャハク。バディを組んでしまうとコトリという戦力が消える。
「まあいい。パ……社長に直談判してみる」
「それがいいよお。相性的にも一番いいと思うし」
「……そ、そう思うか?」
「うんうん、お前らお似合いだよ。頭の具合が」
お似合い。お似合い。お似合い。
その言葉が頭の中でリフレインする。
コトリはジークエンドの「ファン」だった。あの、獲物を追い詰めるときの恍惚とした表情……おなかがきゅんきゅんする。発情する。あの残虐さも好きだ。大好きだ。大ファンなのだ。
「だからこんなことでジークエンドが出動できないのは認めない!」
「そぉは言ってもね、コトリちゃん」
「コトリちゃん言うな、就業中である!」
父であるサントネースはブラックモニカのカップをシナモンの棒でかき混ぜて溜息ついている。
「ジークエンドのことは頭を悩ませてるんだよお。オーバントなんてうちじゃ扱いきれないのかも……」
「いまさら!? もうジークエンド十年ここで働いてるだろ! ジークエンドを手放す気か!?」
「そぉは言ってないけどぉ、でもぉ」
でもでもだってだって煩い。
「もういい、コトリがジークエンドのバディになる。パパなんかもう知らない」
「あーっ、待ってよぉコトリちゃん……!」
呼び止める社長を無視し、社長室を飛び出る。廊下の途中にあった黒板の「サツキ&ジークエンド」を消して「コトリ&ジークエンド」に書き直してやった。
「ジークエンド、いるか……!?」
扉を叩き、ノブを回す。エースの部屋だが、他の部屋と同じように狭い。ベッドと棚があるだけのタコ部屋だ。会社の大きさからして致し方ないことではあるが。
「ああ、コトリ……今度も駄目だった。抑えきれなくて」
すっかり消沈している。そんな表情を見ると胸が痛くて、腹がきゅんきゅんした。
ジークエンドはオーバントという種族だ。抜けるような白い肌と黒い髪、艷やかな黒い唇に黒い爪が特徴で、体表から殺傷力の高いゲルを生み出すことが出来、非常に好戦的である……戦闘時は。
平時は見ての通り温和な性格をしている。加えてジークエンドは全体的に色っぽいオーバントの中でもとびきり美形だった。
「ジークエンド、大丈夫だ。コトリがついてる」
「コトリ、しかし……」
「コトリがバディになるからな! 気を落とさないで」
つい子供の頃の癖で自分を「コトリ」と呼んでしまうほど必死に言い募った。ジークエンドが僅かに微笑む。
「そうか。コトリが俺のバディか。嬉しいなあ。守り甲斐もある」
ジークエンドがバディを嫌がられる理由のひとつはこれ。
彼にとってバディは「守るべきもの」で、それ以上の意味を持たない。彼一人で何でも片付けてしまう上にそれだから、それこそバディからしてみれば、これほど「守り甲斐」のない相手はいない。
それでもコトリは決意した。
ジークエンドの側にいると。
***
かつてこの星にはヒューミという種族がいた。コトリたちの先祖だ。
だが、彼らが魔力素を乱用した結果、土地が荒れ魔界と呼ばれる異常地帯が広がり、人間や獣が突然変異を起こした。コトリたちの現在の姿である。
今はもう、魔界でない土地のほうが少ない。大地というのは本当は茶色や爽やかな緑をしているそうで、それを見たことのないコトリにとってはそちらのほうが不気味にすら思える。
コトリにとって木々や大地は魔界苔で青や赤や紫色をしているものだった。
コトリたちはそんな魔界のルロビア傭兵カンパニー。傭兵業だけでは稼げないため、バウンティハンターのような仕事も請け負っている。専ら国の公安がライバル会社だ。
「コトリ、そっちへ行ったぞ」
面白がるように獲物を弄ぶジークエンドの声は艶っぽく興奮している。強盗犯はジークエンドのゲルにあちこちを溶かされて酷い有様だが、それでも恐怖のために足を止めなかった。いっそ足を仕留めれば早いのだろうが、それだと今後の人生に差し支えるので一応は控えているらしい。
あそこまで溶かされては、今後の人生も何もないだろうが。
コトリは側頭部に生えた羽の先から、光の羽を伸ばして翼を作り、跳び上がり、人が避難した街の一角、犯人の前に降り立った。
「ルロビア傭兵カンパニーである。これ以上抵抗するなら容赦をしない」
いつもの口上を言って羽の一部を犯人の足元に撃ち込んだ。犯人は尻もちをつき、盗んだ荷物を投げ出す。銀行から持ち出した宝石類やミスリルの欠片などだ。
「ゆ、ゆるして……許してくれえ!」
「もう抵抗しないのか? 残念だ」
追いついてきたジークが犯人を見下ろし、ちろりと赤い舌を出す。色っぽい。
はあ、発情する。
誰にも打ち明けていない、秘密の話だが、コトリには発情期があった。コトリの種族、バーレルセルは卵を産む。これが固化すると純度の高い魔晶石になるのだ。
それが原因で一時期乱獲され、バーレルセルは御伽話の中の種族になってしまった。
コトリは幼い頃、ある研究所に囚われていたのを、ジークエンドに救って貰った。行き場がなく、狙われやすいバーレルセルを守るように育ててくれた会社や社長には返しても返しきれない恩がある。
話を戻すが、バーレルセルは卵を産む。男性器もあるものの、発情期に卵を産む。これが孵化した試しがないため、メスなのか両性なのか、卵を産むだけの雄なのかは意見が分かれる。どのみち自分以外のバーレルセルなど見たこともなく、誰も研究などしていない。
昔からそうだった。発情期になると、ジークエンドのことが頭から離れなくなる。あの色っぽい、艷やかな黒い唇。一見すると女性にも見えるようなほっそりした顔立ち。戦闘に興奮する表情。
ほんのチビのころからなので、始末に負えない。自分はどうしてジークエンドに発情するんだろうか……
「コトリ、よくやったな。お前と組むようになってから成績は上がり検挙率もアップだ。コトリを守ろうと思うぶん、破壊衝動も抑えられる。絶好調だぞ」
返り血を浴びた無邪気な笑顔、プライスレス。
コトリが居なくとも彼だけで片がついたような事件ばかりだったが、とにかくジークエンドにはストッパーが必要らしい。ストッパーの存在がジークを鼓舞し、また過度な破壊衝動の抑えになる。
バディのいないオーバントはとにかく滅茶苦茶に暴れてしまう。だからバディがいない状態では仕事に出られない。
かといって仕事に出かけると、殆ど一人で片付けてしまうのだから「自分の存在意義とは(哲学)」した挙げ句に「バディを解消してください」という事例が出てしまう。
「コトリ、どうした? 具合が悪いのか?」
「ああ、いや。いつものこと……」
「いつものことなのか? 医者には相談しているのか。バディだろう、何でも話してくれ」
あんたに発情して卵産みたくて腹が疼くとか言えるかクソバカ。
しかしこの状態、誰かには相談したほうがいいかもしれない。
「なぜ俺を選んだ」
社に戻ってから勝手にシャハクの部屋に押しかけ、勝手にベッドに座り、勝手に語ったコトリにシャハクが呆然としている。
シャハクはコトリと同年代で同じ新人だ。といっても腕はいい。幼い頃から親と魔獣を狩りながら暮らしていたそうな。その親が死んだのでここに勤め始めたらしい。
そのせいか人と馴れ合おうとしないが、コトリはそこがかえって話しやすいと(勝手に)思う。
「どう思うか、シャハク」
「帰ってくれ、心の底から。そんな重大すぎる秘密を俺に打ち明けてどうする気だ」
どうもしないだろうから打ち明けた、というか。
「それこそジークエンドにでも話せばいいことだ」
「あんたに発情するって? シャハクが言われたらどうするか?」
「ものすごく面食らう」
「だろう?」
「だがどのみち俺は面食らっている」
そう。誰が聞いても面食らう話だ。パ……社長が聞いたらひっくり返ってしまうかもしれない。
「おい、俺のベッドで横になるな。おい……寝るな、おい!」
シャハクのベッドは、ちょっと汗臭かった。
***
目が醒めるとなぜか社長室のソファで寝ていた。
「駄目だぞコトリちゃん。シャハクに迷惑かけちゃあ」
「パ……おとうさん」
かけられた毛布の中でもぞもぞしながら社長……サントネースを見上げる。
業務中は徹底して公私を分けている。一応。逆に仕事中以外は「お父さんと呼びなさい!」と叱られる。仕事中に「おとうさ……」と呼び間違えるとニヤニヤされる。そこは怒るところだろう。
「年が近くて懐くのも分かるがなあ。コトリには友達がいないから」
「誤解を生む言い方するな。友達を作れる環境になかっただけだ」
バーレルセルであることが外部にばれると誘拐沙汰になるといって、とにかく社内から出ないよう育てられた。初めて外に出たのは、ほんの三年前。
あの日の「はじめてコトリがお外に出たパーティー」は思い返しても恥ずかしい。
「ジークエンドに聞いたが、具合が悪いんだって? それも、いつもだと。どうしてパパに相談しないんだ」
(言える訳ないだろ、発情してるだなんて)
かあと赤くなって毛布の中でもぞもぞしていると、サントネースは何かを察したらしい。
「赤飯かあ」
当たらずとも遠からずのようで掠ってない。
「そうだなあ、コトリももうそんな年なんだなあ」
「どんな年だ……」
「産むんだろう、卵?」
「う」
ま、まあ年頃になれば産むと分かってる種族ではある。その内容までは明らかになってないため、父はただ生理現象として「産む」と思っているのだろうが。
「どんな卵なんだろうなあ。パパ、見たいなあ。ちょっと産んだの見せてく、」
「ばかおやじ!! へんたい!」
毛布を投げつけて逃げた。
「おーい、何も産むとこ見せてくれとは言ってないぞお」
どちらにしろ嫌だ。はいこれがアソコから産んだ卵だよと? 冗談ではない。
部屋に逃げ込み、鍵をかけ、自分の毛布にくるまった。
ジークエンドがトレーニングルームに忘れていった手ぬぐいをとって嗅ぐ。ジークエンドの匂いがする。
(あ、卵が出る)
慌ててオイルを手にとった。マッサージせずに出すと痛い、たまに詰まる。いわゆる卵詰まりというやつだ。
ぬめらした指を排出口(コトリの此処はアナルではなく排出口という他の種族とは違う器官らしい)にあてがい、ゆっくり沈める。何度も濡らしては沈め、出口をほぐす。
そうしてゆっくりイキんで――――
「コトリ。いるか?」
ジークエンド!
その声に腹の奥がキュンと疼いた。なぜこんな時に。鍵がかかってるから中にいるのは分かるだろうし、寝たふりをするべきか? いやしかし。
「じ、ジーク?」
悩んだ末に応答してやり過ごすことに決めた。
「さきほど具合が悪かったようだから、見舞いだ。なにか食べられるものはあるか」
「い、いや……本当に具合が悪いからちょっと」
「具合が悪いのか!」
ジークエンドは、コトリが体調不良で動けなくなっているとでも思ったらしい。
鍵をドアノブごと「溶かして」開けた。開けられてしまった。
そこにはベッドに横たわり、卵を産んだ直後でひぃひぃ言っている下半身丸出しのコトリの姿。
「……すまない」
真顔のままフェードアウトしていくジークエンド。
誰か殺してくれ。
快楽主義者をターゲットに肥大化したこの都市では、日夜犯罪が絶えない。
「コトリ、追い立てたぞ。一気に行け」
魔動銃を構えたガンナーのシャハクに合図され、コトリは側頭部から光の羽を翼のように広げて地を蹴った。コトリがコトリと呼ばれる所以である。
狭い裏路地を走るこそ泥の前に降り立ち、足元に羽を撃ち込んだ。
「ルロビア傭兵カンパニーである。これ以上抵抗するなら容赦をしない」
「ル、ルロビア……!」
こそ泥が聞いて震え上がったのは、ルロビアでもコトリにでもない。ルロビアに所属するある人物のせいだ。
「おい、ラズウェル。ジークエンドはどうしたか?」
こそ泥を踏みつけながら通信装置でサポーターに連絡を入れる。ジークエンドの名を聞くなり、こそ泥が「ひぃ」と叫んだ。
「あのオーバントだけは許し」
「うるさい。で、どーしたか? いないぞ」
『ジークエンドならバディ解消しよって、ストッパーがいないから出動不可じゃ』
「バディ解消ー? またか!」
オーバントのジークエンドはストッパーたるバディがいない場合、仕事に出られない。暴れすぎて被害が尋常でなくなるからだ。
「シャハク、こいつ適当にしとけ。社に戻る」
「人を顎で使うな」
「うるさい、社長令息めーれーだ! それよりジークエンドをどうにかしないと」
ルロビア傭兵カンパニーではあれの実力が頭ひとつ抜けている。不動のエース様だ。快楽者の街ではジークエンドとルロビアの名を聞けばマフィアの首領でも震え上がる。そのエース様の不在は非常に痛い。
「サツキ、バディ解消ってどういうことか」
「どうもこうもないんだよね。俺じゃ無理ってことがわかっただけ?」
コトリと同じ年頃の、カラス魔族の少年が肩を竦める。
ケース1.魔動具オンチ
なんでか知らないが必要もないのにジークエンドはよく魔動具をオフにする。ものによっては起動させてから暫くしないと動かない装置もあり、任務中はつけっぱなし推奨なのだが、なぜかまめにオフにする。
それだけならまだしも、通信機を起動させて動かなかった際、そのへんで井戸端会議をしていた主婦たちに、
「間違っていないと思うんだがどうか」
と尋ねた。唐突にブラックコートの美貌の男に「どうか」と言われた主婦たちの戸惑いは計り知れない。
更に、母親のピンチと勘違いしたやんちゃな子供が「かーちゃんをいじめるな!」と蹴りを入れたところ、
「ぐっぐぁあああ! やられたぁああ」
迫真の演技で蹲り、子供まで震撼させた。このあたりでサツキが止めに入ったという。
「ごめん、やられた演技はコトリが子供の頃よろこんでたからだ……」
「お前のせいか。それだけじゃないよ」
ケース2.方向音痴
ジークエンドはとにかく方向音痴である。一緒に走り出したのに別方向へ向かう。けっきょく現場とは全く別の場所で発見されることも多々。ただし最終的に事件は解決させることが多い。
「事件解決してるんならいいんじゃないか?」
「手遅れになってることも多いし! それにな!」
ケース3.過保護
とにかくサツキに危ないと言って何もさせない。
ケース4.破壊魔
余計なものまで損壊しまくる。
「あいつは痴呆老人一歩手前か!?」
「ジークエンドはそこがカワイイもん!」
「とてもじゃないけど俺には止めらんないよ、あの人は。おまけに連帯責任にされるんだから溜まったもんじゃないさ。コトリがバディにつけば?」
「そうしたいのはやまやまだが」
実のところ、コトリは社内三位の成績にあった。不動のエースがジークエンドで、二位はシャハク。バディを組んでしまうとコトリという戦力が消える。
「まあいい。パ……社長に直談判してみる」
「それがいいよお。相性的にも一番いいと思うし」
「……そ、そう思うか?」
「うんうん、お前らお似合いだよ。頭の具合が」
お似合い。お似合い。お似合い。
その言葉が頭の中でリフレインする。
コトリはジークエンドの「ファン」だった。あの、獲物を追い詰めるときの恍惚とした表情……おなかがきゅんきゅんする。発情する。あの残虐さも好きだ。大好きだ。大ファンなのだ。
「だからこんなことでジークエンドが出動できないのは認めない!」
「そぉは言ってもね、コトリちゃん」
「コトリちゃん言うな、就業中である!」
父であるサントネースはブラックモニカのカップをシナモンの棒でかき混ぜて溜息ついている。
「ジークエンドのことは頭を悩ませてるんだよお。オーバントなんてうちじゃ扱いきれないのかも……」
「いまさら!? もうジークエンド十年ここで働いてるだろ! ジークエンドを手放す気か!?」
「そぉは言ってないけどぉ、でもぉ」
でもでもだってだって煩い。
「もういい、コトリがジークエンドのバディになる。パパなんかもう知らない」
「あーっ、待ってよぉコトリちゃん……!」
呼び止める社長を無視し、社長室を飛び出る。廊下の途中にあった黒板の「サツキ&ジークエンド」を消して「コトリ&ジークエンド」に書き直してやった。
「ジークエンド、いるか……!?」
扉を叩き、ノブを回す。エースの部屋だが、他の部屋と同じように狭い。ベッドと棚があるだけのタコ部屋だ。会社の大きさからして致し方ないことではあるが。
「ああ、コトリ……今度も駄目だった。抑えきれなくて」
すっかり消沈している。そんな表情を見ると胸が痛くて、腹がきゅんきゅんした。
ジークエンドはオーバントという種族だ。抜けるような白い肌と黒い髪、艷やかな黒い唇に黒い爪が特徴で、体表から殺傷力の高いゲルを生み出すことが出来、非常に好戦的である……戦闘時は。
平時は見ての通り温和な性格をしている。加えてジークエンドは全体的に色っぽいオーバントの中でもとびきり美形だった。
「ジークエンド、大丈夫だ。コトリがついてる」
「コトリ、しかし……」
「コトリがバディになるからな! 気を落とさないで」
つい子供の頃の癖で自分を「コトリ」と呼んでしまうほど必死に言い募った。ジークエンドが僅かに微笑む。
「そうか。コトリが俺のバディか。嬉しいなあ。守り甲斐もある」
ジークエンドがバディを嫌がられる理由のひとつはこれ。
彼にとってバディは「守るべきもの」で、それ以上の意味を持たない。彼一人で何でも片付けてしまう上にそれだから、それこそバディからしてみれば、これほど「守り甲斐」のない相手はいない。
それでもコトリは決意した。
ジークエンドの側にいると。
***
かつてこの星にはヒューミという種族がいた。コトリたちの先祖だ。
だが、彼らが魔力素を乱用した結果、土地が荒れ魔界と呼ばれる異常地帯が広がり、人間や獣が突然変異を起こした。コトリたちの現在の姿である。
今はもう、魔界でない土地のほうが少ない。大地というのは本当は茶色や爽やかな緑をしているそうで、それを見たことのないコトリにとってはそちらのほうが不気味にすら思える。
コトリにとって木々や大地は魔界苔で青や赤や紫色をしているものだった。
コトリたちはそんな魔界のルロビア傭兵カンパニー。傭兵業だけでは稼げないため、バウンティハンターのような仕事も請け負っている。専ら国の公安がライバル会社だ。
「コトリ、そっちへ行ったぞ」
面白がるように獲物を弄ぶジークエンドの声は艶っぽく興奮している。強盗犯はジークエンドのゲルにあちこちを溶かされて酷い有様だが、それでも恐怖のために足を止めなかった。いっそ足を仕留めれば早いのだろうが、それだと今後の人生に差し支えるので一応は控えているらしい。
あそこまで溶かされては、今後の人生も何もないだろうが。
コトリは側頭部に生えた羽の先から、光の羽を伸ばして翼を作り、跳び上がり、人が避難した街の一角、犯人の前に降り立った。
「ルロビア傭兵カンパニーである。これ以上抵抗するなら容赦をしない」
いつもの口上を言って羽の一部を犯人の足元に撃ち込んだ。犯人は尻もちをつき、盗んだ荷物を投げ出す。銀行から持ち出した宝石類やミスリルの欠片などだ。
「ゆ、ゆるして……許してくれえ!」
「もう抵抗しないのか? 残念だ」
追いついてきたジークが犯人を見下ろし、ちろりと赤い舌を出す。色っぽい。
はあ、発情する。
誰にも打ち明けていない、秘密の話だが、コトリには発情期があった。コトリの種族、バーレルセルは卵を産む。これが固化すると純度の高い魔晶石になるのだ。
それが原因で一時期乱獲され、バーレルセルは御伽話の中の種族になってしまった。
コトリは幼い頃、ある研究所に囚われていたのを、ジークエンドに救って貰った。行き場がなく、狙われやすいバーレルセルを守るように育ててくれた会社や社長には返しても返しきれない恩がある。
話を戻すが、バーレルセルは卵を産む。男性器もあるものの、発情期に卵を産む。これが孵化した試しがないため、メスなのか両性なのか、卵を産むだけの雄なのかは意見が分かれる。どのみち自分以外のバーレルセルなど見たこともなく、誰も研究などしていない。
昔からそうだった。発情期になると、ジークエンドのことが頭から離れなくなる。あの色っぽい、艷やかな黒い唇。一見すると女性にも見えるようなほっそりした顔立ち。戦闘に興奮する表情。
ほんのチビのころからなので、始末に負えない。自分はどうしてジークエンドに発情するんだろうか……
「コトリ、よくやったな。お前と組むようになってから成績は上がり検挙率もアップだ。コトリを守ろうと思うぶん、破壊衝動も抑えられる。絶好調だぞ」
返り血を浴びた無邪気な笑顔、プライスレス。
コトリが居なくとも彼だけで片がついたような事件ばかりだったが、とにかくジークエンドにはストッパーが必要らしい。ストッパーの存在がジークを鼓舞し、また過度な破壊衝動の抑えになる。
バディのいないオーバントはとにかく滅茶苦茶に暴れてしまう。だからバディがいない状態では仕事に出られない。
かといって仕事に出かけると、殆ど一人で片付けてしまうのだから「自分の存在意義とは(哲学)」した挙げ句に「バディを解消してください」という事例が出てしまう。
「コトリ、どうした? 具合が悪いのか?」
「ああ、いや。いつものこと……」
「いつものことなのか? 医者には相談しているのか。バディだろう、何でも話してくれ」
あんたに発情して卵産みたくて腹が疼くとか言えるかクソバカ。
しかしこの状態、誰かには相談したほうがいいかもしれない。
「なぜ俺を選んだ」
社に戻ってから勝手にシャハクの部屋に押しかけ、勝手にベッドに座り、勝手に語ったコトリにシャハクが呆然としている。
シャハクはコトリと同年代で同じ新人だ。といっても腕はいい。幼い頃から親と魔獣を狩りながら暮らしていたそうな。その親が死んだのでここに勤め始めたらしい。
そのせいか人と馴れ合おうとしないが、コトリはそこがかえって話しやすいと(勝手に)思う。
「どう思うか、シャハク」
「帰ってくれ、心の底から。そんな重大すぎる秘密を俺に打ち明けてどうする気だ」
どうもしないだろうから打ち明けた、というか。
「それこそジークエンドにでも話せばいいことだ」
「あんたに発情するって? シャハクが言われたらどうするか?」
「ものすごく面食らう」
「だろう?」
「だがどのみち俺は面食らっている」
そう。誰が聞いても面食らう話だ。パ……社長が聞いたらひっくり返ってしまうかもしれない。
「おい、俺のベッドで横になるな。おい……寝るな、おい!」
シャハクのベッドは、ちょっと汗臭かった。
***
目が醒めるとなぜか社長室のソファで寝ていた。
「駄目だぞコトリちゃん。シャハクに迷惑かけちゃあ」
「パ……おとうさん」
かけられた毛布の中でもぞもぞしながら社長……サントネースを見上げる。
業務中は徹底して公私を分けている。一応。逆に仕事中以外は「お父さんと呼びなさい!」と叱られる。仕事中に「おとうさ……」と呼び間違えるとニヤニヤされる。そこは怒るところだろう。
「年が近くて懐くのも分かるがなあ。コトリには友達がいないから」
「誤解を生む言い方するな。友達を作れる環境になかっただけだ」
バーレルセルであることが外部にばれると誘拐沙汰になるといって、とにかく社内から出ないよう育てられた。初めて外に出たのは、ほんの三年前。
あの日の「はじめてコトリがお外に出たパーティー」は思い返しても恥ずかしい。
「ジークエンドに聞いたが、具合が悪いんだって? それも、いつもだと。どうしてパパに相談しないんだ」
(言える訳ないだろ、発情してるだなんて)
かあと赤くなって毛布の中でもぞもぞしていると、サントネースは何かを察したらしい。
「赤飯かあ」
当たらずとも遠からずのようで掠ってない。
「そうだなあ、コトリももうそんな年なんだなあ」
「どんな年だ……」
「産むんだろう、卵?」
「う」
ま、まあ年頃になれば産むと分かってる種族ではある。その内容までは明らかになってないため、父はただ生理現象として「産む」と思っているのだろうが。
「どんな卵なんだろうなあ。パパ、見たいなあ。ちょっと産んだの見せてく、」
「ばかおやじ!! へんたい!」
毛布を投げつけて逃げた。
「おーい、何も産むとこ見せてくれとは言ってないぞお」
どちらにしろ嫌だ。はいこれがアソコから産んだ卵だよと? 冗談ではない。
部屋に逃げ込み、鍵をかけ、自分の毛布にくるまった。
ジークエンドがトレーニングルームに忘れていった手ぬぐいをとって嗅ぐ。ジークエンドの匂いがする。
(あ、卵が出る)
慌ててオイルを手にとった。マッサージせずに出すと痛い、たまに詰まる。いわゆる卵詰まりというやつだ。
ぬめらした指を排出口(コトリの此処はアナルではなく排出口という他の種族とは違う器官らしい)にあてがい、ゆっくり沈める。何度も濡らしては沈め、出口をほぐす。
そうしてゆっくりイキんで――――
「コトリ。いるか?」
ジークエンド!
その声に腹の奥がキュンと疼いた。なぜこんな時に。鍵がかかってるから中にいるのは分かるだろうし、寝たふりをするべきか? いやしかし。
「じ、ジーク?」
悩んだ末に応答してやり過ごすことに決めた。
「さきほど具合が悪かったようだから、見舞いだ。なにか食べられるものはあるか」
「い、いや……本当に具合が悪いからちょっと」
「具合が悪いのか!」
ジークエンドは、コトリが体調不良で動けなくなっているとでも思ったらしい。
鍵をドアノブごと「溶かして」開けた。開けられてしまった。
そこにはベッドに横たわり、卵を産んだ直後でひぃひぃ言っている下半身丸出しのコトリの姿。
「……すまない」
真顔のままフェードアウトしていくジークエンド。
誰か殺してくれ。
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そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
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