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 神殿建設予定地はいつだか俺がぶっ壊したゴースト地区にあり、簡易事務所みたいな小さな塔が建っていた。

 中に入ると受付みたいなものがあって……誰もいなかった。

「ちわぁす。アラスのリズアルですけど」

 声をかけながら塔を登って二階。卓についた二名の老人と、やけにスタイリッシュな黒い狩人みたいな人物がいた。

 老人たちは俺を見るなり、

「なんという出で立ち! それに気の抜けた声。もうちとしゃんとなされい!」

「このような若造が我々の神官になるなど……」

「だぁから爺さんたち、こんなのより俺にしときなって言ってんじゃん」

「黙れファイブリンカー! 貴様だけは絶対にミクラエヴァ様の神官にはさせぬ」

 なんで喧嘩してんの。エヴァを見やると、彼はヒヤリと微笑み、

「我が主を若造だの、こんなのだの、いい根性じゃ。貴様らの分霊が貴様らを守ってくれるか試してみようかの?」

 信徒たちは一斉に押し黙った。みんなはどういう契約したんだろうなー。なんで俺のエヴァはこうなっちゃったんだろうなー……

「ミクラエヴァ様の分霊は殆どが本の姿になられるゆえ……戦闘などは得意ではありませぬ。だからしてデルヘイアの分霊に狙われやすく」

「人間どもにくれてやるのはそれで良いと思うたのだがの。下手に似姿の器なぞくれてやってはあらぬことに使われそうでイヤだったのじゃ」

「彼にはなぜ、その御姿で……」

「主の願いをかなえるには本ではならなかったからじゃ。主の願いは「そばにいてほしい」だったからの」

「そばに!? 邪神と契約できるまたとない機会に、そばにいてほしいとは」

 子供だったんだってば!

 スタイリッシュ狩人が「へえ」と顎を上げる。

「側にいてって言えば、あるじーなんて言って慕って貰えたのか。惜しいことをしたな」

「ふざけるな下郎。誰が貴様のようなのに従うか。ミクラエヴァがこの姿の俺を与えたのは、あくまで小さくてかわゆい我が主の為じゃ!」

「かわゆい……」

 じっと見るな! 子供の頃の話だってば!! もう!

「それに、下らぬ願いと断じれば本霊は召喚者を殺すからの」

「んー、そうだよねぇ。残念だなあ。いいなあ、美人の召喚神に傅いてもらえて」

「別に傅いて貰ってるわけじゃねえよ。俺がエヴァを守ってんだ」

 むっとして言い返すと、エヴァが「あるじっ」と抱きついてきた。お前はエロゲのヒロイン並にチョロいな。

「けど、気に入られてるのはその分霊にだけで、ミクラエヴァ本霊からはそうでもないんだろ? じゃなかったらビラなんて撒かずにあんたを呼び出して命じればいいだけだもんな」

「俺のエヴァとミクラエヴァ本霊は違うもんだよ」

「だよな。それなら俺が神官になっても」

「いやじゃいやじゃ、こんな神官は本霊とて絶対イヤがる!」

「残念。でも、あの爺さんはどうかなあ。ミクラエヴァ本霊に美女の分霊もらった爺さんがいるんだよ。知ってた?」

「なんじゃと」

 エヴァが驚いて息をのむ。俺も驚いた、あのミクラエヴァがねえ。

「だって絶対そんなの、ヘンなことされそうじゃん。なんでわざわざ女の器作ったんだろ」

「考えられることは、それ自体が望みであったか、願いをかなえるためにその器が必要であったかのどちらかじゃな。とりあえず、その願いを叶えてやるくらいには気に入った、という事実は前提となる」

 そりゃ本当に珍しいなあ。ちょっとヤキモチやいたりして。

 まあ、俺のエヴァとミクラエヴァは別物だって認識だけど、分霊になる前はエヴァもミクラエヴァの一部だったわけで。ミクラエヴァが気に入るイコール、エヴァも気に入るってことなんだよなあ。

「で、その爺さんってのは?」

「ヤスカの賢者ローリンデルだ」

「名前知ってる。へえ、あの賢者、ミクラエヴァの契約者だったのか」

 ヤスカは魔法術式開発研究所の所長で有名な賢人。俺みたいな若造とはキャリアも知識も技術も人望も資産も雲泥の差だろうな。

「人格的にはどうなんだ?」

「絵に描いたようなマッド。厳格で規則にうるさい感じ。なんで知ってるかってぇと、俺がヤスカに所属してたことがあるから。あいつは目的の為なら何でもやるぜ」

「適任じゃないか? 俺はデルヘイアさえ封印できれば誰だって」

「イヤじゃイヤじゃ、神官は我が主なのじゃぁ」

 ぐりぐり頬ずりしながらダダこねられる。エヴァじゃなくて、ミクラエヴァの為の神殿だからな? 問題は本霊がどっちを選ぶかで。

「そか。じゃあヤスカの爺さん連れて、本霊とこ行こうぜ。本人に決めて貰えば早いじゃん」

「うむ、我々人間が決めたところで、問題はミクラエヴァ様の御心だからな。しかし、とりあえずそのパーカーを着替えんか!」

 叱られたので、家に帰って例の黒インナーの正装ローブを着てきた。これしてると連れてるエヴァと相まって物凄い目立つし、コスプレ行列感が……めっちゃ見られる。

「これでいいだろ」

「ならばよし!!」

 俺、この爺さん嫌いじゃないな。

 ミクラエヴァの契約者が連れ立ってゾロゾロ歩いてると、派手さ三割増。俺、魂呼せ鳥で先に行っていい? と何度か言いそうになった。

 魔法都市ってさ、確かに円形の塔が並ぶ妙な街ではあるけど、雰囲気があっちの世界の都市部のゴミゴミして汚れた感じによく似てるんだよ。格好もそれほどファンタジーじゃない。

 街でお坊さん歩いてるくらいの違和感はある。お坊さんはお仕事だけど、俺はなんだろう。自問自答してしまうわ。

 研究所は、円形の塔があちこちに乱立して渡り廊下で繋がってる妙な施設だった。たぶん必要に応じて建て増してったらこうなったんだろう。高さもばらばらなので異様な雰囲気を醸し出している。

「ミクラエヴァの使者でございます。ローリンデル所長にお会いしたく」

「約束のない方をお通しするわけには……」

「寝ぼけているのか下郎。貴様ら人間のみみっちい研究なんぞには興味もない。とっとと色ボケ爺をここに呼べ。主を待たせるな」

「エ、エヴァ……」

 守衛さんの襟首つかみ、片手で釣り上げて笑顔で凄むエヴァ。こいつ水戸黄門の印籠か何かなって思う時ある。

「なんだ何事だ、デルヘイアの襲撃か!」

 残念、ミクラエヴァです。魔法より手が先に出る知識の神です……どうも……

「やかましい、とっとと我が主に道を開けんか!」

 出てきた警備の人を蹴散らすエヴァ。なんか止めそこねてしまった。

 さすがに所員も出てきて、何が起きたのか把握すると、

「こちらへ……」

 と案内された。ロビーで座って待たされてると、ローリンデルと思しきイケ爺と腹ボテのエヴァが歩いてきた。ひえ……

 全員引いていたが、俺のエヴァは鼻を鳴らす。

「まあ下郎の考えそうなことよ。女の姿で所望したということは、どうせ人と邪神の遺伝子を研究したいとでも思うたのじゃろ。興味がないでもないからの」

「仰せの通り、敬愛するミクラエヴァ様との遺伝子を研究できますことの喜び、感謝しております」

「敬愛しとる割にゃあ自我の芽生えもないようじゃ」

 女エヴァの表情に生気はなく、本当に人形みたいだ。初めて会った頃のエヴァより暗い表情……というよりは辛いんじゃないかな。妊娠中毒とかになってたりして。

「いちいち本霊に聞くまでもないと思うがの」

「しかし、どのように信徒をお集めになられるおつもりですか? 神殿を守る兵も必要です。それが彼に務まりますかな?」

「……此処に来るまではあんたに任せようと思ってたんだけど」

 俺はティーカップを置き、爺さんを睨んだ。

「あんたがどんなやつか、その人形を見ればわかるよ。エヴァを大事にしない奴にエヴァを任せられない。あんたの愛とやらは奪うだけの愛だ。だからエヴァの心が育たない」

「御自分は愛情たっぷりに接したと?」

「愛なんて言葉も知らなかったよ。なにせ子供だったからな」

 ただ「大好き」だったんだ。大好きだから、大好きになってほしかった。俺のエヴァの有様は、そういう子供の純粋さが招いた奇跡の結果だったんだろう。

「相手は狡知の神だ。人間の小賢しさなんて一切通用しない」

「主が何を言いたいか教えてやろうか? 要するに小物、ということじゃ。その腹ぼてを連れて本霊の前に立つ勇気はあるんかの」

「ならば」

 ローリンデルが手を翳した。俺の体が吹き飛び……と思ったが、軽く着地する。コントロールがきかない。どうやらオディローが助けてくれたようだ。俺がいたソファは吹き飛んでいた。



「貴様らを殺してでも私がミクラエヴァの唯一の神官となろう」



 ほんとに歪んでやがる。

 殺すにしても社会的に殺すとかそういう方針はなかったんだろうか……俺に自我エヴァがついてる以上、難しいんだろうが。ディストピアだしなあ。

「あんたら戦えるのか」

「俺は戦えるけど」

「わしらは研究員で!」

「エヴァ、爺さんたち避難させてくれ。こっちはオディローがついてる」

「無事でおれよ、主!」

 爺さんを小脇に抱えて脱出するエヴァ。

 さて……実力も経験も遙か格上の相手にどうするかなあ。
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