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白秋
はくしゅう3
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頭痛が起きるバイトも、気乗りしない講義もない日がやってきた。
今までの枯れた俺なら、モニターと睨めっこをし、コントローラーを握りしめている日だ。
しかし、今日は違う。
俺は今までより早く体を起こし、朝食代わりにブロック状の栄養食を口に入れる。
何も無い日は持ち歩かない、講義がある日に使っているリュックを背負い、外に出た。
もちろん、行き先は大学ではない。中身は入れ替えている。
最寄りのバス停でバスに乗る。
多少歩いた先にある駅から電車に乗りたいのだが、出来れば体力を温存したい。
祝日ということもあり、子どもを連れた家族の姿も数組目に入る。
今日は座席に座れず、入り口から少し離れた場所に立った。
立ったまま、リュックの中から荷物を出すのがも面倒に感じ、イヤホンを出すのは諦めた。
別に音楽がないと死んでしまうわけではないし、バスに揺られている時間も長くない。
行き場所への期待に胸を膨らませ、バスの中や車窓を見回す子どもの隣で、父親と思われる人物はスマホを眺めながら生返事を返している。
俺の場所からだと父親の後ろ姿しか見えないが、疲れが積もっているのが分かる。
俺の家には車があった。家族で出かける時は父か母の運転する車で移動していた。
父と一緒にバスに乗ったことはないが、運転中でも生返事が返ってくることはあまりなかったように思う。
幼い頃を思い出していると、バスのアナウンスが降りるバス停を告げた。
「父ちゃん。おれが降りる駅、ここでしょ? 今ならボタン押していい?」
落ち着かない様子で車内を見ていた子どもが降車ボタンを指差しながら父親に訊ねる。
俺は降車ボタンへ伸ばしていた腕を引っ込めた。
「あー、いいぞ」
ピンポーン、と降車ボタンが鳴り、ランプが点灯する。
先ほどまでスマホを見ていた顔を上げた父親は、ポケットの中にスマホを戻すと、子どもの頭を撫でた。
父親に撫でられた子どもは嬉しそうに輝く。
そんな眩しさから目を逸らし、俺は足早に降車した。
その子どもの明るさは、今、俺が体験したいものなのだろうか。
駅の構内を歩きながら考える。
未知を体験すること。他者から反応をもらうこと。
きっと、後者は欲しいのだろう。
しかし、前者はどうなんだろうか。
未知を体験したいのか?
悶々としたまま、ホームに到着した電車に乗り込み、座席に座る。
この電車の終点が目的の駅なので、乗り過ごす心配がない。
乗り過ごしていないか気にせず過ごすことができる。
座席に座るとリュックからイヤホンを取り出したが、同時にモバイルバッテリーを入れたポーチがないことに気付く。
これからスマホを使うのに、充電がなくなってしまうと困る。
充電を残すため、イヤホンをリュックに戻す。
普段は音楽で聞こえない周りの声が耳に入る。
「ねえ、今日やってるこの謎解き、景品もらえるんだって。スマホを使った次世代アドベンチャーとか面白そう」
「へぇ、割引券もらえるんだ。参加するだけでカフェの割引券もらえるの最高じゃん」
向かい側の席に座った2人の女性が一つのスマホを覗き込む。
「でもダメだ、私頭悪いし。っていうかこれ予約必要だって」
「あー、予約してないから出来ないね。そこに気づけるってことはサキちゃん名探偵じゃない?」
「かもしんない」
目の前の二人はそう言うと笑っている。
その言葉に笑えないのは俺だ。
俺、そのイベントの予約してないんだけど。
今までの枯れた俺なら、モニターと睨めっこをし、コントローラーを握りしめている日だ。
しかし、今日は違う。
俺は今までより早く体を起こし、朝食代わりにブロック状の栄養食を口に入れる。
何も無い日は持ち歩かない、講義がある日に使っているリュックを背負い、外に出た。
もちろん、行き先は大学ではない。中身は入れ替えている。
最寄りのバス停でバスに乗る。
多少歩いた先にある駅から電車に乗りたいのだが、出来れば体力を温存したい。
祝日ということもあり、子どもを連れた家族の姿も数組目に入る。
今日は座席に座れず、入り口から少し離れた場所に立った。
立ったまま、リュックの中から荷物を出すのがも面倒に感じ、イヤホンを出すのは諦めた。
別に音楽がないと死んでしまうわけではないし、バスに揺られている時間も長くない。
行き場所への期待に胸を膨らませ、バスの中や車窓を見回す子どもの隣で、父親と思われる人物はスマホを眺めながら生返事を返している。
俺の場所からだと父親の後ろ姿しか見えないが、疲れが積もっているのが分かる。
俺の家には車があった。家族で出かける時は父か母の運転する車で移動していた。
父と一緒にバスに乗ったことはないが、運転中でも生返事が返ってくることはあまりなかったように思う。
幼い頃を思い出していると、バスのアナウンスが降りるバス停を告げた。
「父ちゃん。おれが降りる駅、ここでしょ? 今ならボタン押していい?」
落ち着かない様子で車内を見ていた子どもが降車ボタンを指差しながら父親に訊ねる。
俺は降車ボタンへ伸ばしていた腕を引っ込めた。
「あー、いいぞ」
ピンポーン、と降車ボタンが鳴り、ランプが点灯する。
先ほどまでスマホを見ていた顔を上げた父親は、ポケットの中にスマホを戻すと、子どもの頭を撫でた。
父親に撫でられた子どもは嬉しそうに輝く。
そんな眩しさから目を逸らし、俺は足早に降車した。
その子どもの明るさは、今、俺が体験したいものなのだろうか。
駅の構内を歩きながら考える。
未知を体験すること。他者から反応をもらうこと。
きっと、後者は欲しいのだろう。
しかし、前者はどうなんだろうか。
未知を体験したいのか?
悶々としたまま、ホームに到着した電車に乗り込み、座席に座る。
この電車の終点が目的の駅なので、乗り過ごす心配がない。
乗り過ごしていないか気にせず過ごすことができる。
座席に座るとリュックからイヤホンを取り出したが、同時にモバイルバッテリーを入れたポーチがないことに気付く。
これからスマホを使うのに、充電がなくなってしまうと困る。
充電を残すため、イヤホンをリュックに戻す。
普段は音楽で聞こえない周りの声が耳に入る。
「ねえ、今日やってるこの謎解き、景品もらえるんだって。スマホを使った次世代アドベンチャーとか面白そう」
「へぇ、割引券もらえるんだ。参加するだけでカフェの割引券もらえるの最高じゃん」
向かい側の席に座った2人の女性が一つのスマホを覗き込む。
「でもダメだ、私頭悪いし。っていうかこれ予約必要だって」
「あー、予約してないから出来ないね。そこに気づけるってことはサキちゃん名探偵じゃない?」
「かもしんない」
目の前の二人はそう言うと笑っている。
その言葉に笑えないのは俺だ。
俺、そのイベントの予約してないんだけど。
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