17 / 21
17.
しおりを挟む
「長い話になると思いますが、聞いてくれますか」
五十嵐青年が頷くのを確認した山本は、 微笑を浮かべ、川を見つめる。
「実際に人間になったのは、あの火事の夜」
五十嵐青年は火事という単語にピクリと身体を震わせる。山本は五十嵐青年の様子を確認し、再び口を開いた。
「あの日、五十嵐さんが小屋に火をつけた日。僕は小屋の裏にいたんです。なんか寝付けなくて、外に出てたら、ウトウトしてて」
「いたんだ、あそこに」
山羊がもう一頭いることに全く気づかなかった。
暗い上、土地勘のない五十嵐青年が気づかなかったのも仕方ないかもしれない。
「知らない人がいて、誰だろって思った。洋介君はたまに知り合いを連れて来てたから、それかなってウトウトしながら思ってた」
「洋介君って」と五十嵐青年が訊ねると、山本は自身を指差す。
「この身体で専門学校まで生きてきた、男の子の名前」
「五十嵐さんがサンじいちゃんを抱えて倒れた時、僕はどうにかして助けを呼ばなきゃって思ってた。でも山羊の僕には鳴くことしか出来なくて。他に何かないかなって考えてると、洋介君が走ってきたんだ」
ここからは、五十嵐青年も記憶がない。関係者からの話を聞いたが、概要しか知らない部分だ。
「サンじいちゃん、死にそうだったんだよね。洋介君、心配で泊まるつもりだったみたいで、でっかい荷物背負って来てた。すると小屋が燃えてるから、驚いたよね。かなり慌てながら通報とかしてた」
あの日の事を思い出すと、やはり息ができなくなる。
それでも俺は、ちゃんと山本さんの話を聞かないといけない。
五十嵐青年は、そう自分に言い聞かせた。
目を見開き、身体の不調に負けないように話を聞き続ける。
山本は続きを話すことに躊躇いを見せたが、五十嵐青年の目を見つめ、何事もなかったかのように話を続けた。
「洋介君と警察や消防士が動いているのを見てたら、サンじいちゃんが、力を振り絞ってお話してくれた。あの火を付けた男、ちゃんと反省してたぞって。前言った言葉、覚えてますか?」
五十嵐青年は小さく顔を縦に振った。
一言一句覚えていた訳ではないが、人間の発言にしては例えが独特だったので、五十嵐青年の頭に残っていた。
山本は視線を上に向け、祖父が残した言葉を思い出そうと頭を働かせる。
「俺を殺そうと火を付けた男な。火が広がった後に反省してたんだ。そして、殺そうとした相手をここまで抱えてきた。途中で倒れちまったけど、すげえぞあの男は。じいちゃん真似できない」
自分の気持ちが山羊に筒抜けだったことを少し恥ずかしがりながら、耳を傾ける。
「メイ。生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞ」
祖父の口調を真似たのだろうか、山本の言葉には落ち着きがあった。
その落ち着きに、優しさに、涙が溢れ出る。
なんで、自身の命が尽きようとしているのに。
なんで自分を殺そうとしていた男を許せたんだろう。
なんであの山羊は、そんな事を言えたんだろう。
あなたの優しさ、心の広さの方が真似出来ないよ。
溢れ出た涙は止まることがない。
五十嵐青年が頷くのを確認した山本は、 微笑を浮かべ、川を見つめる。
「実際に人間になったのは、あの火事の夜」
五十嵐青年は火事という単語にピクリと身体を震わせる。山本は五十嵐青年の様子を確認し、再び口を開いた。
「あの日、五十嵐さんが小屋に火をつけた日。僕は小屋の裏にいたんです。なんか寝付けなくて、外に出てたら、ウトウトしてて」
「いたんだ、あそこに」
山羊がもう一頭いることに全く気づかなかった。
暗い上、土地勘のない五十嵐青年が気づかなかったのも仕方ないかもしれない。
「知らない人がいて、誰だろって思った。洋介君はたまに知り合いを連れて来てたから、それかなってウトウトしながら思ってた」
「洋介君って」と五十嵐青年が訊ねると、山本は自身を指差す。
「この身体で専門学校まで生きてきた、男の子の名前」
「五十嵐さんがサンじいちゃんを抱えて倒れた時、僕はどうにかして助けを呼ばなきゃって思ってた。でも山羊の僕には鳴くことしか出来なくて。他に何かないかなって考えてると、洋介君が走ってきたんだ」
ここからは、五十嵐青年も記憶がない。関係者からの話を聞いたが、概要しか知らない部分だ。
「サンじいちゃん、死にそうだったんだよね。洋介君、心配で泊まるつもりだったみたいで、でっかい荷物背負って来てた。すると小屋が燃えてるから、驚いたよね。かなり慌てながら通報とかしてた」
あの日の事を思い出すと、やはり息ができなくなる。
それでも俺は、ちゃんと山本さんの話を聞かないといけない。
五十嵐青年は、そう自分に言い聞かせた。
目を見開き、身体の不調に負けないように話を聞き続ける。
山本は続きを話すことに躊躇いを見せたが、五十嵐青年の目を見つめ、何事もなかったかのように話を続けた。
「洋介君と警察や消防士が動いているのを見てたら、サンじいちゃんが、力を振り絞ってお話してくれた。あの火を付けた男、ちゃんと反省してたぞって。前言った言葉、覚えてますか?」
五十嵐青年は小さく顔を縦に振った。
一言一句覚えていた訳ではないが、人間の発言にしては例えが独特だったので、五十嵐青年の頭に残っていた。
山本は視線を上に向け、祖父が残した言葉を思い出そうと頭を働かせる。
「俺を殺そうと火を付けた男な。火が広がった後に反省してたんだ。そして、殺そうとした相手をここまで抱えてきた。途中で倒れちまったけど、すげえぞあの男は。じいちゃん真似できない」
自分の気持ちが山羊に筒抜けだったことを少し恥ずかしがりながら、耳を傾ける。
「メイ。生き物はいつも正しく生きれない。食べちゃいけない草を食べてしまうし、血の繋がった家族と、頭ぶつけて大喧嘩することもある。でも、その行為が良くないということに気づいて、もうやらない、気をつけるって決めたなら、また一緒に過ごせるぞ」
祖父の口調を真似たのだろうか、山本の言葉には落ち着きがあった。
その落ち着きに、優しさに、涙が溢れ出る。
なんで、自身の命が尽きようとしているのに。
なんで自分を殺そうとしていた男を許せたんだろう。
なんであの山羊は、そんな事を言えたんだろう。
あなたの優しさ、心の広さの方が真似出来ないよ。
溢れ出た涙は止まることがない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる