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「到着!」
軽快に歩く足が止まった場所は、川のほとりだった。
公園の奥に流れる川ということもあり、五十嵐青年達以外に人の姿は見られない。
川が反射する光のせいか、他の場所より輝いて見える。
「さあさあ、お座りください」
山本に促されるまま、五十嵐青年はベンチに座った。
五十嵐青年が座るのを確認し、山本は右横に座る。
「ここに何かあるんです? 映えスポットだったり?」
五十嵐青年は辺りを見回してみるが、特に気になるものはない。
綺麗に整備された川がゆったりと流れ、樹木が生い茂る姿は美しいが、特に目を引く程ではない。
「そんなのはないけど、僕の好きな場所」
山本は足を前に投げ出し、川を見つめる。
「落ち込んだり、泣きたくなったりしたら来るみたいで。泣きながら川を見たり、むしゃくしゃして石を投げたりしてたみたい。記憶を頼りに来てみて、好きな場所って、胸を張って言えるようになりました」
山本の言葉の端々に違和感を覚える。
まるで他人の思い出を話しているような、奇妙な感覚だった。
「山本さんって、記憶喪失ですか?」
もしかして、と考えた説を口に出し、後悔する。
「え?」
「いや、なんかそんな感じして。そんなわけ無いですよね」
自嘲気味に笑う五十嵐青年をまっすぐ見つめ、山本は口を開く。
「記憶喪失じゃない」
「そりゃそう――」
「山羊から人間になっただけ」
おどけた様子のない言葉に、照れ隠しに笑っていた口が閉じない。
目の前にいるのは、明らかに人間だ。
五十嵐青年と同じ、人間が隣に座っているはずだ。
「いや。そんな」
口角が引きつり、五十嵐青年の額から汗が噴き出す。
「本当に、僕は少し前まで山羊でした。証拠とかは出せないけど、あの小屋でサンじいちゃんと暮らしてた」
「サンじいちゃんって、もしかして」
「あの時、五十嵐さんが抱えてた山羊が、サンじいちゃん。あの白山羊は、僕のじいちゃん」
汗が滝のように流れ、息が苦しくなる。
口から息を吐き、吸う行為を激しく繰り返す。
「恨んで、ますか」
短い間ではあるが、心を癒してくれた笑顔も会話も、何もかもが偽りに見える。
「内心は、よくも、祖父を、殺したなって、思ってんだ」
途切れ途切れになりながらも自分の憶測を吐く。
五十嵐青年の視界がぶれ、光は陰り、モノクロの世界が映った。
「俺が、苦しんで、気が、晴れましたか」
途切れ途切れに言葉を吐き出す五十嵐青年を、山本は静かに見つめるだけだ。
「お前も、仮面を、被ってんだ」
ベンチから立ち上がろうとするも、力が入らず動けない。
力なく座る五十嵐青年を、山本は助けることなく見つめ続ける。
「あの女と、同じだ」
五十嵐青年が睨みつける。睨みつけても睨みつけても、相手の顔色は変わらない。
誰かの声が、モノクロの心に響いた。
殺せ。
殺せ、殺せ。
「殺したきゃ、殺せ」
死ね。
死ね、死ね。
殺せ、死ね。死ね。殺せ。死ね、殺せ。
「殺してくれ!」
誰かの声と一緒に、五十嵐青年は叫んだ。
横に座る相手は、五十嵐青年に手を伸ばし、そっと抱きしめた。
「嫌です」
「殺したくないから、殺しません」
「嘘だ。そんなの嘘だろ」
今にも噛みつきそうな顔を見つめ、山本は柔らかな微笑みを返す。
「殺したくありません」
「笑顔の仮面被って、なにがしたい」
「五十嵐さんを元気にしたいです」
「おじいさんを殺したのに」
「サンじいちゃんはきっと怒ってません」
「なんで」
「五十嵐さんが火事を起こしたのは本当だけど、すぐ反省したのも本当だから」
五十嵐青年の目から零れたものは、光を反射する。
まるで2人の前を流れる川のように、ゆっくりと下へ流れていった。
「じいちゃんを助けずに、1人だけ逃げることもできたでしょ? じいちゃんと一緒に死ぬこともできた。でもそれをしなかった。五十嵐さんは生きたいし、間違ったことをしても正そうとできる人だ」
五十嵐青年の背中に、暖かい手が触れる。
「いっぱい泣いて、元気になって、いっぱい笑いましょう」
小さな川は、流れが早くなる。
軽快に歩く足が止まった場所は、川のほとりだった。
公園の奥に流れる川ということもあり、五十嵐青年達以外に人の姿は見られない。
川が反射する光のせいか、他の場所より輝いて見える。
「さあさあ、お座りください」
山本に促されるまま、五十嵐青年はベンチに座った。
五十嵐青年が座るのを確認し、山本は右横に座る。
「ここに何かあるんです? 映えスポットだったり?」
五十嵐青年は辺りを見回してみるが、特に気になるものはない。
綺麗に整備された川がゆったりと流れ、樹木が生い茂る姿は美しいが、特に目を引く程ではない。
「そんなのはないけど、僕の好きな場所」
山本は足を前に投げ出し、川を見つめる。
「落ち込んだり、泣きたくなったりしたら来るみたいで。泣きながら川を見たり、むしゃくしゃして石を投げたりしてたみたい。記憶を頼りに来てみて、好きな場所って、胸を張って言えるようになりました」
山本の言葉の端々に違和感を覚える。
まるで他人の思い出を話しているような、奇妙な感覚だった。
「山本さんって、記憶喪失ですか?」
もしかして、と考えた説を口に出し、後悔する。
「え?」
「いや、なんかそんな感じして。そんなわけ無いですよね」
自嘲気味に笑う五十嵐青年をまっすぐ見つめ、山本は口を開く。
「記憶喪失じゃない」
「そりゃそう――」
「山羊から人間になっただけ」
おどけた様子のない言葉に、照れ隠しに笑っていた口が閉じない。
目の前にいるのは、明らかに人間だ。
五十嵐青年と同じ、人間が隣に座っているはずだ。
「いや。そんな」
口角が引きつり、五十嵐青年の額から汗が噴き出す。
「本当に、僕は少し前まで山羊でした。証拠とかは出せないけど、あの小屋でサンじいちゃんと暮らしてた」
「サンじいちゃんって、もしかして」
「あの時、五十嵐さんが抱えてた山羊が、サンじいちゃん。あの白山羊は、僕のじいちゃん」
汗が滝のように流れ、息が苦しくなる。
口から息を吐き、吸う行為を激しく繰り返す。
「恨んで、ますか」
短い間ではあるが、心を癒してくれた笑顔も会話も、何もかもが偽りに見える。
「内心は、よくも、祖父を、殺したなって、思ってんだ」
途切れ途切れになりながらも自分の憶測を吐く。
五十嵐青年の視界がぶれ、光は陰り、モノクロの世界が映った。
「俺が、苦しんで、気が、晴れましたか」
途切れ途切れに言葉を吐き出す五十嵐青年を、山本は静かに見つめるだけだ。
「お前も、仮面を、被ってんだ」
ベンチから立ち上がろうとするも、力が入らず動けない。
力なく座る五十嵐青年を、山本は助けることなく見つめ続ける。
「あの女と、同じだ」
五十嵐青年が睨みつける。睨みつけても睨みつけても、相手の顔色は変わらない。
誰かの声が、モノクロの心に響いた。
殺せ。
殺せ、殺せ。
「殺したきゃ、殺せ」
死ね。
死ね、死ね。
殺せ、死ね。死ね。殺せ。死ね、殺せ。
「殺してくれ!」
誰かの声と一緒に、五十嵐青年は叫んだ。
横に座る相手は、五十嵐青年に手を伸ばし、そっと抱きしめた。
「嫌です」
「殺したくないから、殺しません」
「嘘だ。そんなの嘘だろ」
今にも噛みつきそうな顔を見つめ、山本は柔らかな微笑みを返す。
「殺したくありません」
「笑顔の仮面被って、なにがしたい」
「五十嵐さんを元気にしたいです」
「おじいさんを殺したのに」
「サンじいちゃんはきっと怒ってません」
「なんで」
「五十嵐さんが火事を起こしたのは本当だけど、すぐ反省したのも本当だから」
五十嵐青年の目から零れたものは、光を反射する。
まるで2人の前を流れる川のように、ゆっくりと下へ流れていった。
「じいちゃんを助けずに、1人だけ逃げることもできたでしょ? じいちゃんと一緒に死ぬこともできた。でもそれをしなかった。五十嵐さんは生きたいし、間違ったことをしても正そうとできる人だ」
五十嵐青年の背中に、暖かい手が触れる。
「いっぱい泣いて、元気になって、いっぱい笑いましょう」
小さな川は、流れが早くなる。
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