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絶対守護するみかん売り
しおりを挟む 私は駅から出ると、小さくため息をついた。ステッカーをこれでもかと言わんばかりに貼った銀色のキャリーケースを少し離れた場所に置き、駅名とキャリーケースを写真に収め、SNSに投稿する。
いわゆる傷心旅行というやつだ。
つい1ヶ月前、彼から別れを切り出された。他に女が出来たらしい。
私と同棲を始めた時のように、ふらりと姿を消した。
あいつ本体と荷物、一緒に私のギターと、最近買ったアンプも消えてた。
新たな相棒を見つけるために、傷心旅行も兼ねて結婚資金を使ってこの都会に来た。
去り際には腹が立ったけど、あいつと過ごした1年は楽しかった。
共通のバンド仲間経由で知り合って、一緒にライブして、作曲もして。
告白されて付き合って、私の部屋に転がり込んで。
あいつのピアスを開けたり、逆に私が開けてもらったり。
なんだかんだ、傍にいた人がいなくなるってのは寂しい。気を紛らわせたかった。
バスに乗り、駅から少し離れる。
この場所を選んだのは、目的の店があったから。
ネットで確認した、ライブハウスみたいな店の外観も良かった。笑顔が素敵なモヒカンの店長もなかなかインパクトがあった。
何よりも、その店のネット店舗にはお目当てのギターが並んでいた。
ネットで確認したんだから、ネットで買えばいいのだけど、傷心旅行を兼ねて、実物を確認して買いたい。
ギターに思いを馳せながら車窓を眺めて、時間を潰した。
そのせいか、数分後に猛烈な吐き気に襲われた。
つまり、バス酔いってやつ。
本来降りるバス停より前に力なく降車する。ビルのガラスに反射した私の顔は、今にも死にそうな顔で情けない。
足早に近くのドラッグストアに入り、トイレへ駆け込んだ。
込み上げるものを吐き出し、店内で水と酔い止めを購入して、外に出る。
酔い止めを飲むと、多少気持ち悪さも収まった。
バス停で次のバスを確認すると、目的のバスは15分後だった。目的の店がある団地を経由するバスは本数が少ない。
ドラッグストアに戻る気もない私は、キャリーケースを引きながら辺りを散策することにした。
ドラッグストアが入っているビルの裏には、グラウンドのような土地に、キッチンカーが8台ほど停まっていた。
店員さんが中におり、クレープやハンバーガーなどを提供している。
色とりどりに塗られた車から、カレーのいい匂いがする。
カレーは好きだが、まだ本調子ではない今、食べたくない。
とぼとぼと、来た道を戻っていると、敷地内の隅に白いバンが停まっているのに気がついた。入口にある看板で死角になっていたようで、行きは気づかなかった。
それはキッチンカーではなく、どこから見てもただの商用車。
その前には、キャンプとかでよく見る折りたたみ机。その上に何箱か、みかんの絵が描かれたダンボールが積んである。
さらにその横には、白地の板に黒い文字で『みかん』と書かれた看板。手書きのようだが、字は綺麗でも汚くもない。
まぁ、11月だし。売っててもおかしくはないけど。
オシャレなキッチンカーの群れの中に佇むみかんはあまりにもミスマッチだった。
どんな人がやってるんだろう。
バンに近づいた時、悲鳴が上がった。敷地の奥、カレーを販売していたキッチンカーの方からだ。
悲鳴のした方を見る。何人もの人が慌ててこっちに来ているけれど、何があったのか分からない。
「刺された!」
「包丁持ってる!」
「逃げろ!」
単語を発するのが精一杯なのだろう。こっちに来る人の群れの単語を拾って、危険を察した。
逃げる先を探し、辺りを見渡す。人の群れは散り散りになっていて、土地勘の無い私は逃げる場所を見つけられない。
困り果てていると、男性がこちらに向かって必死に走ってくるのが見えた。
慌てているからか、その男性はこけてしまった。
助けようと、私は走り出した。
逃げろ、と誰かの声がした。
刺されるわ、と悲鳴に近い声も聞こえた。
それもそうだ。その人の近くに銀色に光るものが落ちてるじゃん。
この人が殺人犯だ。私のバカ。
踵を返して逃げる。予想以上に、殺人犯は起き上がるのが早かったらしい。足音が後ろから近づいてくる。
足がもつれ、体制を崩した。倒れたりはしないが、当然スピードはガクッと落ちる。
視界に映る地面に、殺人犯の影が見えた。
その時、背後で大きな音がした。何かが崩れるような音だ。
その後もドサッと、何かが倒れる音がする。
後ろを振り向くと、殺人犯が地面に倒れていた。その殺人犯を、大柄なおじさんが押さえ込んでいる。
その周りには包丁と、大量のみかんが転がっている。
少し離れたところで、みかんの描かれたダンボールが風に飛ばされていた。
「あの人、よく片手でみかん箱投げたな」
「なかなか離れてたのに」
「と、とりあえず警察呼びます!」
周りの人のざわめきが聞こえる。
腰が抜けたというやつだろう。私はそれを確認すると、その場に座り込んでしまった。
「なにしとんじゃ」
おじさんが発する低い声には、怒りがこもっていた。
「商品がダメになっちまったじゃねえか。このボケナス。なんでおみゃあみたいな奴の為に、大事な大事なみかんがダメにならんにゃいけんのんじゃ」
ブツブツとダメになったみかんについて話しだすおじさん。
方言が強くてよく分からないが、どうやら、あのみかん屋の店主らしい。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
今お礼を言わないと、この後言えないかもしれない。
私は立ち上がり、恐る恐る、おじさんに近づく。
「あの、ありがとうございました」
おじさんは顔を上げて私を見る。恩人とはいっても、その険しい顔に、顔が強ばってしまう。
「無事ならええんじゃけど。あんたも、このアホタレのせいで怖い思いしたのお」
そう言いながら、おじさんは殺人犯の頭を叩く。
「みかん屋さんですか?」
「ほうなんよ。友達に誘われたけえ、田舎から高速乗って、車飛ばして、ぶち美味いみかん持ってきたんじゃけど、こがなことになってしもうた」
「そ、それはそれは……」
言葉を濁して誤魔化した。
方言が強くてよく分からないけど、単語から判断すると、あのバンで遠くから来たらしい。
私は、地面に落ちたみかんを拾い、土を払う。
「このみかん、お金払うから食べていいですか?」
落ち込んでいたおじさんの目が輝く。
「お金なんていらんいらん! 落ちたやつじゃけ食べさすのも申し訳ないけど……でも食べてくれるなら嬉しいわい!」
皮を剥いて、口に運ぶ。
「あんたを守ったわしのみかん、うまいじゃろ」
私は涙を流しながら頷いた。
いわゆる傷心旅行というやつだ。
つい1ヶ月前、彼から別れを切り出された。他に女が出来たらしい。
私と同棲を始めた時のように、ふらりと姿を消した。
あいつ本体と荷物、一緒に私のギターと、最近買ったアンプも消えてた。
新たな相棒を見つけるために、傷心旅行も兼ねて結婚資金を使ってこの都会に来た。
去り際には腹が立ったけど、あいつと過ごした1年は楽しかった。
共通のバンド仲間経由で知り合って、一緒にライブして、作曲もして。
告白されて付き合って、私の部屋に転がり込んで。
あいつのピアスを開けたり、逆に私が開けてもらったり。
なんだかんだ、傍にいた人がいなくなるってのは寂しい。気を紛らわせたかった。
バスに乗り、駅から少し離れる。
この場所を選んだのは、目的の店があったから。
ネットで確認した、ライブハウスみたいな店の外観も良かった。笑顔が素敵なモヒカンの店長もなかなかインパクトがあった。
何よりも、その店のネット店舗にはお目当てのギターが並んでいた。
ネットで確認したんだから、ネットで買えばいいのだけど、傷心旅行を兼ねて、実物を確認して買いたい。
ギターに思いを馳せながら車窓を眺めて、時間を潰した。
そのせいか、数分後に猛烈な吐き気に襲われた。
つまり、バス酔いってやつ。
本来降りるバス停より前に力なく降車する。ビルのガラスに反射した私の顔は、今にも死にそうな顔で情けない。
足早に近くのドラッグストアに入り、トイレへ駆け込んだ。
込み上げるものを吐き出し、店内で水と酔い止めを購入して、外に出る。
酔い止めを飲むと、多少気持ち悪さも収まった。
バス停で次のバスを確認すると、目的のバスは15分後だった。目的の店がある団地を経由するバスは本数が少ない。
ドラッグストアに戻る気もない私は、キャリーケースを引きながら辺りを散策することにした。
ドラッグストアが入っているビルの裏には、グラウンドのような土地に、キッチンカーが8台ほど停まっていた。
店員さんが中におり、クレープやハンバーガーなどを提供している。
色とりどりに塗られた車から、カレーのいい匂いがする。
カレーは好きだが、まだ本調子ではない今、食べたくない。
とぼとぼと、来た道を戻っていると、敷地内の隅に白いバンが停まっているのに気がついた。入口にある看板で死角になっていたようで、行きは気づかなかった。
それはキッチンカーではなく、どこから見てもただの商用車。
その前には、キャンプとかでよく見る折りたたみ机。その上に何箱か、みかんの絵が描かれたダンボールが積んである。
さらにその横には、白地の板に黒い文字で『みかん』と書かれた看板。手書きのようだが、字は綺麗でも汚くもない。
まぁ、11月だし。売っててもおかしくはないけど。
オシャレなキッチンカーの群れの中に佇むみかんはあまりにもミスマッチだった。
どんな人がやってるんだろう。
バンに近づいた時、悲鳴が上がった。敷地の奥、カレーを販売していたキッチンカーの方からだ。
悲鳴のした方を見る。何人もの人が慌ててこっちに来ているけれど、何があったのか分からない。
「刺された!」
「包丁持ってる!」
「逃げろ!」
単語を発するのが精一杯なのだろう。こっちに来る人の群れの単語を拾って、危険を察した。
逃げる先を探し、辺りを見渡す。人の群れは散り散りになっていて、土地勘の無い私は逃げる場所を見つけられない。
困り果てていると、男性がこちらに向かって必死に走ってくるのが見えた。
慌てているからか、その男性はこけてしまった。
助けようと、私は走り出した。
逃げろ、と誰かの声がした。
刺されるわ、と悲鳴に近い声も聞こえた。
それもそうだ。その人の近くに銀色に光るものが落ちてるじゃん。
この人が殺人犯だ。私のバカ。
踵を返して逃げる。予想以上に、殺人犯は起き上がるのが早かったらしい。足音が後ろから近づいてくる。
足がもつれ、体制を崩した。倒れたりはしないが、当然スピードはガクッと落ちる。
視界に映る地面に、殺人犯の影が見えた。
その時、背後で大きな音がした。何かが崩れるような音だ。
その後もドサッと、何かが倒れる音がする。
後ろを振り向くと、殺人犯が地面に倒れていた。その殺人犯を、大柄なおじさんが押さえ込んでいる。
その周りには包丁と、大量のみかんが転がっている。
少し離れたところで、みかんの描かれたダンボールが風に飛ばされていた。
「あの人、よく片手でみかん箱投げたな」
「なかなか離れてたのに」
「と、とりあえず警察呼びます!」
周りの人のざわめきが聞こえる。
腰が抜けたというやつだろう。私はそれを確認すると、その場に座り込んでしまった。
「なにしとんじゃ」
おじさんが発する低い声には、怒りがこもっていた。
「商品がダメになっちまったじゃねえか。このボケナス。なんでおみゃあみたいな奴の為に、大事な大事なみかんがダメにならんにゃいけんのんじゃ」
ブツブツとダメになったみかんについて話しだすおじさん。
方言が強くてよく分からないが、どうやら、あのみかん屋の店主らしい。
遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。
今お礼を言わないと、この後言えないかもしれない。
私は立ち上がり、恐る恐る、おじさんに近づく。
「あの、ありがとうございました」
おじさんは顔を上げて私を見る。恩人とはいっても、その険しい顔に、顔が強ばってしまう。
「無事ならええんじゃけど。あんたも、このアホタレのせいで怖い思いしたのお」
そう言いながら、おじさんは殺人犯の頭を叩く。
「みかん屋さんですか?」
「ほうなんよ。友達に誘われたけえ、田舎から高速乗って、車飛ばして、ぶち美味いみかん持ってきたんじゃけど、こがなことになってしもうた」
「そ、それはそれは……」
言葉を濁して誤魔化した。
方言が強くてよく分からないけど、単語から判断すると、あのバンで遠くから来たらしい。
私は、地面に落ちたみかんを拾い、土を払う。
「このみかん、お金払うから食べていいですか?」
落ち込んでいたおじさんの目が輝く。
「お金なんていらんいらん! 落ちたやつじゃけ食べさすのも申し訳ないけど……でも食べてくれるなら嬉しいわい!」
皮を剥いて、口に運ぶ。
「あんたを守ったわしのみかん、うまいじゃろ」
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