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1.平和とは
2.幻覚のような現実のような
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電話を待つため、リビングに向かう。姉ちゃんは所長席に座り、俺は…座る場所が無い。なんで!?宮沢さんあそこまで気が利いたのに、なんで俺の席ないの?
「茜ー、座る場所無いし、私の隣来なよ。なんかこの机、無駄に広いしさー」
「おー、じゃあお言葉に甘えて」
俺は自分の部屋から椅子を持ってきて、姉ちゃんの隣に座る。なんだろう、姉ちゃんだと分かっているのに、謎の威圧感と緊張感が溢れ出てくる。
「茜ー」
「ん?」
「電話、来ないね」
「そうだね」
「依頼来ないかなー」
その時だった。姉ちゃんが高校時代の友達と話して以来、1度も使用していない電話の音が鳴り響いた。俺と姉ちゃんは顔を見合わせ、「依頼だ!」と叫んだ。
「はい。ペリメレイア探偵事務所です。ご依頼でしょうか?」
〈ええ。あなた達、国の役所の人よね?〉
「はい、そうですが。」
〈刑事さんたちが5人ほど束になって解決しようとしたのだけれど、どうしても解けない謎があるんです。国のお方に頼めば、解決してくれるんじゃないかと思いまして。〉
「成程。うちはそういう難事件が専門なので、お役に立てるかと思います。」
〈そう、それは良かった。では、そちらのメールアドレスに、うちの住所送るから、そこに来てちょうだい。“As soon as possible kitty.”〉
「え、ええわかりました。」
そう言うと電話は切れてしまった。
「姉ちゃん」
「わかってる、今の人なにかおかしかった。事件が起きているというのに、動揺しているそぶりも見せないどころか、呑気に英語で話しかけてくるなんて。」
「その人を中心的に調べた方が良さそうだな。…あ、住所届いた。どうぞ、所長」
「なんか恥ずかしいような…。まあいいわ。」
ここへのメールは、全て俺のパソコンに来るようになっている。恐らく俺のパソコンが重いのは、自分のと国のとここの事務所のと、計3つもメールを管轄してるからなんだろうな。
「えーと住所は『春雨町 蜜梨村 3-14』だって」
「春雨町って、隣の隣町?ここからだと遠いわね」
「うん、そういうだろうと思って宮沢さん呼んどいたよ。あ、車に乗る前は酔い止め飲むこと。ただ薬の使用量は気をつけてくれよ?姉ちゃん子供の時間違えて風邪薬飲みすぎて悪化したじゃん」
「うぅ…痛いところ疲れたわ。でも大丈夫、茜の言う通りにするからー」
本当に大丈夫だろうか。きちんと見張っておかないとな。
出かける準備を済ませたところで、玄関のベルが響いた。前から思っていたけど、あのベルはうるさすぎる。姉ちゃんと思わず飛び上がるほどだった。
「乙宮様、お迎えに上がりました。宮沢です。」
「あら、いいタイミングじゃない。はーい、今行きます」
「乙宮様、酔い止めは飲まれましたか?今日は10分程のドライブですので、茜様の肩にもたれかかってお休みになられた方が良いかと」
「うん、そうね。茜は余計だけどね」
「それはそれは御無礼を。」
おお、ますます気に入ったよ宮沢さん。皮肉まで言えるなんて、最高じゃないか。
「それでは、出発致します。シートベルトのご着用、お願いしますね。」
「はい、お願いします。」
まだ新しい車のエンジンをふかせ、隣町まで向かう。酔い止めを飲んだはずの姉ちゃんは、相変わらず俺の肩を枕にして寝ていたけど、この前ほどは気持ち悪くなさそうだった。
「姉ちゃん、大丈夫?酔い止めの効果あった?」
「ええ、まあ。ちょっと吐き気がするくらいよ」
「それ大丈夫っていう?」
「まあ平気よ。安心して。それに、こんなんで疲れてちゃ、本来の探偵の仕事が出来ないでしょ」
「そうだな。まあ、もう疲れてるのが現状だけど。」
今回は姉ちゃんのことは大丈夫そうだ。でも、依頼が来る度に酔い止めを飲んでいては、体に耐性が出来てしまう。だから、今度からは宮沢さんと話し合って移動手段を考える必要がありそうだ。
「到着しました。お忘れ物のございませんよう、お気をつけください。」
「ありがとうございます。」
車に揺られること10分ほど、隣町の依頼主の住む家に着いた。依頼主の家を見てからわかったことなのだが、この人、物凄い金持ちだ。正門があり、その奥に見える入口の扉が物凄く小さく見える。うちの事務所に初めてきた時も「でかいなー」とは思ったけど、それ以上の衝撃だ。
「茜、早く!」
「あ、ごめんごめん」
思わず正門の大きさと美しさに見とれてしまった。何やら光っていると思えばキラキラと宝石が散りばめられているし、正門の中心には【one hundred carat】と書かれた金属板の上に巨大なダイヤモンドがはめ込んである。恐ろしい金の使い方だ。
「茜、これ、どうやって入るんだろうね。インターホンも無いみたいだし…」
「うーん、どうするんだこれ。あ、姉ちゃんここにセンサーみたいなのあるんだけど」
「え、どこどこ?」
「こっち」
正門の左側の端っこにある木と木の間にセンサーを発見した。でも、これはなんなんだろう。
「姉ちゃん、危ないから触らないように…って、ええ!?姉ちゃん何してんの!」
俺が注意したのが遅かった。姉ちゃんはもう既にセンサーのありとあらゆる部分を弄り回していた。指で続いてみたり、カメラで写真を撮ってみたりとやりたい放題だ。(写真撮るのって犯罪では?とか思いつつも、いつもの事なのでスルーした。)
「茜、これ反応しないよ。なんでだろ」
「え?そんな馬鹿な。あれ、でも本当だ…」
「んー?なんかおかしいな」
「え?」
「ここのフェンスだけ、赤く汚れてるのよ。」
「「…赤い汚れ?」」
俺と姉ちゃんは互いに見つめ合い、急いでルミノールを取りだした。お互い、目を合わせただけで何を言いたいのか直ぐにわかった。俺らはこれが血液であると推理したのだった。赤い部分にルミノールと過酸化水素水の混ざった液体噴射して、お互いの手で周りを隠す。
「…ルミノール反応が」
「ええ、これは間違いなく血液よ。でも、なぜこんな所に?」
「俺の推理を披露しても?」
「所長よりも先に推理を披露するのはどうかと思うけど…まあいいわ。初めては譲ってあげましょう。」
多少の罪悪感はありながらも、俺の推理を披露する。
「まず、さっきルミノール反応が出たことから、この赤い模様的なものが血痕であることはわかった。んで、なぜこんな所に血痕があるのか。それは、この家の周りを一周することで分かる。」
俺がそう言うと、姉ちゃんは「ちょっと待ってて」とだけ言い、走り出した。2分ほどした時だろうか、姉ちゃんが息を切らせながら帰ってきた。
「姉ちゃんわかった?」
「ええ。」
「流石だね。一周したら分かったとおり、この家の周りには木が植えてある。その中で木と木の間に空間があるのはここだけだ。ちなみに俺は姉ちゃんがセンサー弄り回してる間にちょこっと見てきた。では、この隙間はなんだろう。そう考えた時に考えられるのは1つ。本来ここにも木が植えてあったということ。ほら、地面を見ると、地味に切株のようなものがある。だいぶ地面スレスレに木が切られてるからわかりづらいけど。」
地面の切株のようなものを眺めながら、冷静に推理していく。
「この木は、誰かによって切られたと仮定する。では、何故切られたのか?それは簡単、侵入するためだ。侵入して中の宝石を盗むためだろう。最初は何人か成功していたようだね。ほら、正門の宝石、いくつかなくなってるし。でも、この家の持ち主がそれに気づいて、なにか対策を取った。それがこのセンサーだ。このセンサーは、恐らくフェンスを登ろうとすると作動するのだろう。」
「じゃあ、私昇ってみようか?」
「いや、俺が登る。姉ちゃんに何かあっては困るしね な。」
俺は少し怖気付いたものの、フェンスに手をかけ、登り始めた。その瞬間、「ピッ」という電子音とともに、レーザーが放たれた。
「っ!!ぐあっ…」
痛みに耐えきれず、その場に倒れ込んでしまった。腕が熱い、そして痛い。だんだんと体も熱くなる。
「茜っ!ねえ、大丈夫?あ、あ…」
何をそんな焦って…え?
「は?」
腕を抑えた手のひらを広げてみると、真っ赤に染っていた。流れ出た俺の血液で、姉ちゃんのスカートの裾が赤く染っているのもわかった。
「あ、茜…大丈夫なの?って、大丈夫じゃないわよね。あー、もうどうしよう!」
腕を見ると、血で真っ赤に染っていた。そうか、なるほど。フェンスにある血痕は、登ろうとしてセンサーにレーザーを打たれ、腕をやられた者の返り血だったんだ。
「茜、茜!」
必死に叫ぶ姉ちゃんの声が聞こえる。だんだんと意識が遠のいていく。
「あ、茜の血がフェンスに…取り敢えず拭かないと。ここならセンサーも反応しないはず。…!!」
姉ちゃんが返り血をふこうとした瞬間、さっきまでいくら弄り回しても反応しなかったはずのセンサーが首を180度回転させ、姉ちゃんの方にレーザーを打った。まずい、このままだと姉ちゃんに当たる。残された力を振り絞り、姉ちゃんを突き飛ばす。姉ちゃんは直撃を免れたものの、俺は最悪だった。胸に直撃したのだ。息が苦しい、意識が遠のいていく。あぁ、何故第1章でこんなことに…なんてメタいことを言っている場合じゃないな。何とか姉ちゃんの方に腕を伸ばしたが、そのまま力尽きた。
「茜、茜ぇっ!!まだ最初の事件始まってもいないのに、死んじゃダメだよ!今すぐ救急車呼ぶから…お願いだから…」
俺の意識は完全に途絶えた。
「茜、いま宮沢さん呼んでくるから待っててね!」
…
「茜様、茜様!目を開けてください、茜様!」
…
「茜…」
「優様、今すぐ救急車を呼んでください。私は国に連絡致しますので!」
…
「茜、救急車来たよ、もう大丈夫だから!」
「あら、何事ですの?まあ、探偵さん達?」
(はぁ!?何なのこいつ。依頼者!?)
「あら、血だらけね。でも、フェンスを飛び越えようとする探偵さんが悪いのでしょう?」
(こいつの目、今までに何人も殺してきたような冷酷さを帯びてる。それに、茜のせいにするなんて…。)
「あら怖ぁい!探偵さん、そんな睨みつけないでくださいよ?」
(っ…!今すぐこいつ、殴りたい!だけど、今そんなことしたら、捜査どころじゃなくなる。私たちが捜査されることになってしまう。)
「搬送準備完了しました。お姉様ですか、乗ってください!」
「は、はい!」
(茜…死んじゃダメ!私を…私を…)
「優様!」
「はっ!な、何?ごめんなさい、私気が動転していて…。茜がこんなことになるなんて、思ってもみなくて。」
「優様、国に状況を説明したところ、今回の捜査とは別に、この町の捜査を国がするとの事です。」
「え?それはどういう…」
「家の持ち主の方に連絡したところ、そんな設備は無い、とのことで。それと正門は昨日清掃が終わったばかりで、今はハワイに居る、との事です。」
「え!?それはどういうことですか?我々が依頼された事件は、存在しなかったってことですか!?」
「いえ、それは存在しています。ですが、本来の依頼者が送った本来の住所が、ある中継点を通して書き換えられており、優様を誘導するために書き換えたのではないかと。世の中には探偵を恨む連中も居ますので。」
「…すみません、理解出来ません。」
「後で落ち着いたらまた説明致します。」
「病院、着きました!あ、先生!」
「患者の容態は」
「CPAです。また、心臓と腕をレーザーのようなもので貫通されており、心タンポナーデを起こしています!…はっきり言って、最悪です」
「厳しいな…。患者を直ぐに手術室へ!お姉様は別室をご用意しますので、そこで待っていてください。」
「あ、茜は…」
「最善を尽くします。」
茜が打たれてから、3日が経った。未だに茜の意識は戻らない。もう、何度目だろう。茜の顔を見ては泣き、涙が枯れるほど泣いた。まだ、何も解決していない。依頼が来ただけ、現場すら見ていない。
「なんで?なんで茜がこんな目に…。どうせなら私が打たれていればよかった。茜が死ぬくらいなら、私が死んだ方が良かった。弟すら守れない姉なんて要らない!私が死ねばよかったのよ!」
「優様、どうか落ち着いてください。事務所に戻ったのです、お茶でも飲んで落ち着いてください。私、入れて来ます」
「…そんな気分だと思う?あまりにも早すぎるのよ 。まだ、何も始まってない!探偵の仕事が茜の搬送から始まるなんて、こんなの私が思い描いてた探偵じゃない。」
私は自暴自棄になっていた。茜1人守れない人間が、国で働いていることすら嫌になってきた。茜なら今頃、「まだ第1話で主人公殺しかけるなんて、本当に作者はまともな人間なのかよ」とかメタいことを言っているはず。やっとわかった。《私は探偵に向いていない》
「ねえ、宮沢さん」
…
「あれ、宮沢さん?もう、なんでこんな肝心な時に居なくなるのよ…」
ん…どこだここ。あれ、確か俺出血多量で意識不明になってCPAで倒れたはずだよな?なのになんで生きて…。
「お目覚めのようだね?茜君。」
「誰だ?」
目の前に現れたのは、見たことがあるが、誰なのか分からない男だった。
「お前は…誰だ?思い出せない、見たことがあるはずなのに!…いや、そこは重要じゃないな。兎に角ここはどこなんだ!」
「お前とは失敬な。私はこれでも神なのです。まあ、ここで名前を教えては面白くないですし?とりあえず、『アマルガム』とでもお呼びください?ここは簡単に言うと、魂の一時的な留置所です。あなたは出血多量、CPA等によって、生死を彷徨っているのです。」
は?魂?留置所?何言ってるんだこいつは
「は?お前何言ってんだ?魂だなんてそんな非科学的な事、信じられるわけないだろ。」
「ふむ、理解できないなら強制的に教えるまでです。」
は?
「魂よ、[肉体から離れよ]」
「!!」
その瞬間、身体がふわっと浮いたのを感じて下を見ると、チューブに繋がれた俺の体が見えた。
「お前、何をする気だ!」
「ククク…あなたは理解できない。良いか人間。この世界には神が存在する。私はその神の1人だ。」
「お前の目的はなんだ。」
「決まっているだろう。神代を取り戻すことさ。そうして神が復活すれば、あらゆる出来事が元通りになる!北欧神話におけるラグナロクも、再び戦いの幕を上げるのだ!」
「ふざけるな!そんなことをして、許されるとでも?直ぐに姉ちゃんに正体は見破られる!」
「おっと、優と言ったか?あの女には、私のことは言わないでおくれよ。」
「ふざけるな。貴様の言うことなど誰が聞くものか」
しかし、俺はこの忠告を無視するわけには行かなかった。
「お前の愛する『姉ちゃん』とやらに私のことを告げ口してみろ?すぐに神の権能を使い、貴様の姉を殺害する。わかったな?」
「殺害?」
「ああ。まだ未熟な優の体に酒を盛り、毒を盛り、薬を盛り。いやまて、ナイフで刺し続けるのも良いな?」
「…!」
「とにかく、姉を殺されたくなければ何も言わず、普通の探偵として暮らすことだ。」
「…そうすれば姉ちゃんは殺されないんだな?」
「ああ。」
「…わかった。」
「よし、交渉成立だな。」
そう言うと、アマルガムは普段の落ち着いた表情に戻り、
「では、茜様を生き返らせましょう。」
と言い放ち、魂を身体に戻した。
「無力な人間が何をするのか?とても気になりますね。近くで見守っていますよ。」
「茜ー、座る場所無いし、私の隣来なよ。なんかこの机、無駄に広いしさー」
「おー、じゃあお言葉に甘えて」
俺は自分の部屋から椅子を持ってきて、姉ちゃんの隣に座る。なんだろう、姉ちゃんだと分かっているのに、謎の威圧感と緊張感が溢れ出てくる。
「茜ー」
「ん?」
「電話、来ないね」
「そうだね」
「依頼来ないかなー」
その時だった。姉ちゃんが高校時代の友達と話して以来、1度も使用していない電話の音が鳴り響いた。俺と姉ちゃんは顔を見合わせ、「依頼だ!」と叫んだ。
「はい。ペリメレイア探偵事務所です。ご依頼でしょうか?」
〈ええ。あなた達、国の役所の人よね?〉
「はい、そうですが。」
〈刑事さんたちが5人ほど束になって解決しようとしたのだけれど、どうしても解けない謎があるんです。国のお方に頼めば、解決してくれるんじゃないかと思いまして。〉
「成程。うちはそういう難事件が専門なので、お役に立てるかと思います。」
〈そう、それは良かった。では、そちらのメールアドレスに、うちの住所送るから、そこに来てちょうだい。“As soon as possible kitty.”〉
「え、ええわかりました。」
そう言うと電話は切れてしまった。
「姉ちゃん」
「わかってる、今の人なにかおかしかった。事件が起きているというのに、動揺しているそぶりも見せないどころか、呑気に英語で話しかけてくるなんて。」
「その人を中心的に調べた方が良さそうだな。…あ、住所届いた。どうぞ、所長」
「なんか恥ずかしいような…。まあいいわ。」
ここへのメールは、全て俺のパソコンに来るようになっている。恐らく俺のパソコンが重いのは、自分のと国のとここの事務所のと、計3つもメールを管轄してるからなんだろうな。
「えーと住所は『春雨町 蜜梨村 3-14』だって」
「春雨町って、隣の隣町?ここからだと遠いわね」
「うん、そういうだろうと思って宮沢さん呼んどいたよ。あ、車に乗る前は酔い止め飲むこと。ただ薬の使用量は気をつけてくれよ?姉ちゃん子供の時間違えて風邪薬飲みすぎて悪化したじゃん」
「うぅ…痛いところ疲れたわ。でも大丈夫、茜の言う通りにするからー」
本当に大丈夫だろうか。きちんと見張っておかないとな。
出かける準備を済ませたところで、玄関のベルが響いた。前から思っていたけど、あのベルはうるさすぎる。姉ちゃんと思わず飛び上がるほどだった。
「乙宮様、お迎えに上がりました。宮沢です。」
「あら、いいタイミングじゃない。はーい、今行きます」
「乙宮様、酔い止めは飲まれましたか?今日は10分程のドライブですので、茜様の肩にもたれかかってお休みになられた方が良いかと」
「うん、そうね。茜は余計だけどね」
「それはそれは御無礼を。」
おお、ますます気に入ったよ宮沢さん。皮肉まで言えるなんて、最高じゃないか。
「それでは、出発致します。シートベルトのご着用、お願いしますね。」
「はい、お願いします。」
まだ新しい車のエンジンをふかせ、隣町まで向かう。酔い止めを飲んだはずの姉ちゃんは、相変わらず俺の肩を枕にして寝ていたけど、この前ほどは気持ち悪くなさそうだった。
「姉ちゃん、大丈夫?酔い止めの効果あった?」
「ええ、まあ。ちょっと吐き気がするくらいよ」
「それ大丈夫っていう?」
「まあ平気よ。安心して。それに、こんなんで疲れてちゃ、本来の探偵の仕事が出来ないでしょ」
「そうだな。まあ、もう疲れてるのが現状だけど。」
今回は姉ちゃんのことは大丈夫そうだ。でも、依頼が来る度に酔い止めを飲んでいては、体に耐性が出来てしまう。だから、今度からは宮沢さんと話し合って移動手段を考える必要がありそうだ。
「到着しました。お忘れ物のございませんよう、お気をつけください。」
「ありがとうございます。」
車に揺られること10分ほど、隣町の依頼主の住む家に着いた。依頼主の家を見てからわかったことなのだが、この人、物凄い金持ちだ。正門があり、その奥に見える入口の扉が物凄く小さく見える。うちの事務所に初めてきた時も「でかいなー」とは思ったけど、それ以上の衝撃だ。
「茜、早く!」
「あ、ごめんごめん」
思わず正門の大きさと美しさに見とれてしまった。何やら光っていると思えばキラキラと宝石が散りばめられているし、正門の中心には【one hundred carat】と書かれた金属板の上に巨大なダイヤモンドがはめ込んである。恐ろしい金の使い方だ。
「茜、これ、どうやって入るんだろうね。インターホンも無いみたいだし…」
「うーん、どうするんだこれ。あ、姉ちゃんここにセンサーみたいなのあるんだけど」
「え、どこどこ?」
「こっち」
正門の左側の端っこにある木と木の間にセンサーを発見した。でも、これはなんなんだろう。
「姉ちゃん、危ないから触らないように…って、ええ!?姉ちゃん何してんの!」
俺が注意したのが遅かった。姉ちゃんはもう既にセンサーのありとあらゆる部分を弄り回していた。指で続いてみたり、カメラで写真を撮ってみたりとやりたい放題だ。(写真撮るのって犯罪では?とか思いつつも、いつもの事なのでスルーした。)
「茜、これ反応しないよ。なんでだろ」
「え?そんな馬鹿な。あれ、でも本当だ…」
「んー?なんかおかしいな」
「え?」
「ここのフェンスだけ、赤く汚れてるのよ。」
「「…赤い汚れ?」」
俺と姉ちゃんは互いに見つめ合い、急いでルミノールを取りだした。お互い、目を合わせただけで何を言いたいのか直ぐにわかった。俺らはこれが血液であると推理したのだった。赤い部分にルミノールと過酸化水素水の混ざった液体噴射して、お互いの手で周りを隠す。
「…ルミノール反応が」
「ええ、これは間違いなく血液よ。でも、なぜこんな所に?」
「俺の推理を披露しても?」
「所長よりも先に推理を披露するのはどうかと思うけど…まあいいわ。初めては譲ってあげましょう。」
多少の罪悪感はありながらも、俺の推理を披露する。
「まず、さっきルミノール反応が出たことから、この赤い模様的なものが血痕であることはわかった。んで、なぜこんな所に血痕があるのか。それは、この家の周りを一周することで分かる。」
俺がそう言うと、姉ちゃんは「ちょっと待ってて」とだけ言い、走り出した。2分ほどした時だろうか、姉ちゃんが息を切らせながら帰ってきた。
「姉ちゃんわかった?」
「ええ。」
「流石だね。一周したら分かったとおり、この家の周りには木が植えてある。その中で木と木の間に空間があるのはここだけだ。ちなみに俺は姉ちゃんがセンサー弄り回してる間にちょこっと見てきた。では、この隙間はなんだろう。そう考えた時に考えられるのは1つ。本来ここにも木が植えてあったということ。ほら、地面を見ると、地味に切株のようなものがある。だいぶ地面スレスレに木が切られてるからわかりづらいけど。」
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…
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…
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「は?お前何言ってんだ?魂だなんてそんな非科学的な事、信じられるわけないだろ。」
「ふむ、理解できないなら強制的に教えるまでです。」
は?
「魂よ、[肉体から離れよ]」
「!!」
その瞬間、身体がふわっと浮いたのを感じて下を見ると、チューブに繋がれた俺の体が見えた。
「お前、何をする気だ!」
「ククク…あなたは理解できない。良いか人間。この世界には神が存在する。私はその神の1人だ。」
「お前の目的はなんだ。」
「決まっているだろう。神代を取り戻すことさ。そうして神が復活すれば、あらゆる出来事が元通りになる!北欧神話におけるラグナロクも、再び戦いの幕を上げるのだ!」
「ふざけるな!そんなことをして、許されるとでも?直ぐに姉ちゃんに正体は見破られる!」
「おっと、優と言ったか?あの女には、私のことは言わないでおくれよ。」
「ふざけるな。貴様の言うことなど誰が聞くものか」
しかし、俺はこの忠告を無視するわけには行かなかった。
「お前の愛する『姉ちゃん』とやらに私のことを告げ口してみろ?すぐに神の権能を使い、貴様の姉を殺害する。わかったな?」
「殺害?」
「ああ。まだ未熟な優の体に酒を盛り、毒を盛り、薬を盛り。いやまて、ナイフで刺し続けるのも良いな?」
「…!」
「とにかく、姉を殺されたくなければ何も言わず、普通の探偵として暮らすことだ。」
「…そうすれば姉ちゃんは殺されないんだな?」
「ああ。」
「…わかった。」
「よし、交渉成立だな。」
そう言うと、アマルガムは普段の落ち着いた表情に戻り、
「では、茜様を生き返らせましょう。」
と言い放ち、魂を身体に戻した。
「無力な人間が何をするのか?とても気になりますね。近くで見守っていますよ。」
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