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第4話
しおりを挟む湖での出来事から数ヶ月。
セレアが日課である教会での祈りを済ませ、教会を出ると・・・。
「あ」
ぽつ、ぽつ。と雨が降り始めてきた。
少し遠くの空を見ると、厚い雨雲が空を覆っている。
それはこれから本降りになるという予兆でもあった。
「本降りになる前に、急いで家に帰らないと」
《セレアの家》
セレアが家に着いて、すぐに本格的に雨が降ってきた。
ちなみにセレアの家も、他の家と同じ木造建ての平屋だが、ハイネの趣味なのか、内装は飾りや花で中々お洒落に作られている。
「おかえりセレア。あと少し遅かったら危なかったわね」
「ただいま。びしょ濡れになる前に帰って来れて良かったよ。・・・あれ? お父さんはまだ帰ってきてないの?」
家の中を見渡し、父親の姿がないことに気付き尋ねる。
「羊たちの世話で出掛けたまま、まだ帰ってきてないわ。この雨だし、もう帰ってくると思うけど」
「あ、じゃあお風呂沸かせてくるね。きっと雨に濡れて帰って来ると思うから」
それからほどなくして、びしょ濡れのディアンが慌てた様子で家に入ってきた。
「ふぃ~。家畜どもを小屋に戻すのに手間取っちまった。おかげでびしょ濡れだぜ」
台所へと向かい、雨を吸い込んで重たくなった上着を絞ると、滝のように勢いよく水が流れていく。
「おかえりなさいあなた」
「おう、ただいま。・・・うん? セレアはどうした? まだ帰ってきてないのか?」
先ほどのセレアと同じように、姿の見えないセレアを心配している。
「きっと雨に濡れて体が冷えてるだろうって、あなたの為にお風呂を沸かせてくれてるわ」
「くぅ~、泣かせるねぇ。どれ、久しぶりに親子で風呂に入るか!」
「もうあなたったら。あの子ももう子供じゃないのよ?」
「やっぱダメか。・・・それにしても」
窓から外を見ると、先ほどよりも強い大雨になっている。
「なんだか嫌な天気ね。まだ昼間なのに、もう夜みたいに暗いわ」
「・・・ああ」
2人は未だ止む気配を見せない空を見上げ、言いようのない不安に駆られていた。
その雨も夕方になってやっと止んだが、空には黒い暗雲が立ち込めたままだった。
その日の夜。
セレアは妙な喧騒で目が覚めた。
深夜のはずなのに、赤い光が入ってきているのを不思議に思い窓に近づくと、少し離れた場所で大きな火が上がっているのが見えた。
「大変! 火事!? ・・・え? あ、違う? あれは!?」
よく見ると、村は泣き叫ぶ声と逃げ回る村人で溢れ、そんな彼らを紐で縛り上げ、家からは食料や金品を強奪する、甲冑を身に着けた兵隊たちが暴れていた。
「食料と金目の物を奪え! 村人は捕獲しろ! 抵抗するものは殺して構わん!」
「な、なに・・・ど、どうなってるの・・・?」
窓の外の光景を、セレアは信じられないものを見るような目つきで見入っていると。
「セレア!!」
バン! と慌てた様子で部屋の扉を開けディアンが中に入って来た。
「お、お父さん!? 外でなにが―――!?」
「しっかりしろ!! バルドニア軍が襲ってきたんだ!! すぐに逃げるぞ!!」
未だ状況が飲み込めず、呆然としている寝巻きのままのセレアの手を繋ぐと、ディアンは急いで居間へと連れて来た。
「セレア! あなた!」
居間で外の様子を見ていたハイネが慌てて近づいてくる。
「入り口から出て行ったらすぐに見付かってしまうわ! 裏口から出ましょう!」
「向こうの様子を見てくる! お前たちはここにいろ!」
「お、お母さん・・・」
不安げに見つめるセレアを、ハイネは優しく抱きしめる。
「大丈夫よセレア。あなただけは、何があっても絶対に守って見せるから」
しかしやはり本心では相当怖いのか、セレアを抱きしめるハイネの体も震えている。
「くそっ!!」
裏口の様子を見に行っていたディアンが、悔しげにリビングへ戻って来た。
「ど、どうしたの!?」
「奴らこの村を包囲してやがる! これじゃ裏口から出てもすぐに捕まっちまう!」
「そ、それじゃどうするの!? 外に逃げられないからって家の中に居ても、いずれここにもあいつらが来るわ!」
ディアンはほんの僅かな時間思案すると。
「・・・お前達はすぐ地下室へ隠れろ」
「あなた!?」
「お父さんはどうするの!?」
「バルドニア軍は、街や村を侵略してはそこに住んでいた人達を捕らえ、何処かに強制連行して奴隷のように扱うと聞いたことがある。お前たちを奴らに捕まえさせはせん」
「じゃあお父さんも――!!」
「俺まで隠れるわけにはいかん。誰かが外側から地下室の入り口を隠さないとすぐに見つかっちまう」
「で、でも!! 隠れるならお父さんも一緒じゃなきゃヤダ!!」
「喋ってる時間はない! 急げ!」
居間の下には、普段は物置となっている地下室があり、ディアンはそこの扉を開けた。
「2人とも急げ! 早く地下室へ入るんだ!」
「イヤ! お父さんも一緒じゃなきゃイヤ!!」
「わかってくれセレア。これが最善の方法なんだ」
父親を残して隠れることなんて出来ないと言うセレアに、ディアンも何とか説得しようとしていると、
「・・・私はあなたと一緒にいるわ」
「ハイネ!? お前まで何を言い出すんだ!?」
「この家は一目見れば家族で住んでるってことがすぐにわかるわ。それなのにあなたしかいないのは不自然よ。勘の良い人だったら、何処かに隠れてると思われるかも知れないわ」
「だが――」
「私たちよりもセレアを守ることを考えなきゃ。そうでしょ?」
まだ何か言おうとしたディアンだったが、ハイネの諭すような言い方に、渋々ながら納得したようだ。
「・・・そう、だな。わかった。お前のことはちゃんと俺が守るからな」
「ええ。信じてるわ」
「それじゃセレア、地下室へ入るんだ」
「2人が隠れないなら私も隠れない!!」
駄々っ子のようなセレアの態度に、両親は大丈夫だと言わんばかりに笑顔を作ると、ハイネはセレアを抱きしめた。
「私たちがどうなっても、あなたさえ無事でいてくれたら、私たちはそれだけで幸せなの。どんなことになったとしても頑張れるの。だからどんなことになったとしても、あなただけは守りたい。守らせて?」
「そ、そんな・・・お、お母さん・・・」
セレアの両目から涙が溢れる。
「私たちなら大丈夫。あなたが地下室に入ったら入口を隠しておくから、どんなことがあっても絶対に地下室から出てきては駄目よ?」
「そんな念を押して言わなくても大丈夫だ。セレアは言いつけをきちんと守る良い子だし、今までも言いつけを守らなかった事はないもんな?」
「・・・お父さん・・・」
「・・・さ、早く入って。彼らが来てから隠れたのでは遅いんだから」
セレアは両親に一度ずつ抱きしめられた後、地下室に促され入ったが、それでも地下室の扉が閉まる瞬間まで、両親の顔を泣きながら心細く見ていた。
そして扉が閉まり、さして広くない地下室で、明かりといえば上の隙間から漏れてくる光だけ。
そんな地下室で所在無げに辺りを見渡すと、地下室の物置台に、以前瀕死の人から預かった小包があった。
「(あ、これ・・・バルドニアの人には渡さないでって言われた腕輪・・・)」
セレアは大事そうにその小包を抱えると、体を小さくしてしゃがみ込んだ。
「よし。これで大丈夫だろう」
居間に残ったディアンたちは、地下室への扉を隠すと、少しでも地下室の存在に気付かれないように、離れた場所に移動し、バルドニア兵が来ることに備えた。
「・・・どうして・・・」
「ん?」
ハイネは窓から赤く燃える村を悲しそうに見ている。
「・・・どうしてこの村が襲われなければいけないのかしら、何もない、ただ平凡な村なのに・・・」
「小さな村だろうがなんだろうがお構いなしに襲う。それがバルドニアのやり方なんだろうさ」
「・・・ヒドイものね・・・」
「・・・ああ。全くだ」
それから間もなく、バン! と乱暴な音を立てて開かれた扉から、3人のバルドニア兵が家に入って来た。
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