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第一章:銀髪執事は優游と主君を知る
お嬢ハン、学校で貴族狩と対面やてぇっ
しおりを挟むそして翌朝、ノークスが窓から注ぐ朝日の光で目覚め、目を擦りながら横を向くと、そこにはベッドの端に顎を置いているニコルの顔があった。ノークスはあまりの至近距離に目を見開いた。すると、ニコルはいつもの調子でこう言って来た。
「おはようさん、ノークスお嬢ハン」
「どこから、ツッコめばいい?」
とノークスは横になったまま頭を軽く抱えた。すると、ニコルは立ち上がりながら目覚ましを持ち、ノークスに突き付けた。
「僕にツッ込むのはぁ、別に構わへんけどぉえぇん?遅刻まで後一時間やでぇっ?」
と言うとノークスはバッと布団を蹴り上げ、ベッドから降りて、制服が用意されてあるドレッサーに向かった。すると、ニコルはクスッと笑い、グシャグシャになっていたベッドを直した。すると、ノークスは椅子に座ってニコルを呼んだ。
「ニコル、早くしなさい。って言うか、早くしろ」
「はいはい。そんな慌てんでもぉ学校は逃げへんよぉ、遅刻はあるんやけどなぁ」
と言うとニコルはノークスの所にやって来て、洋服掛けに掛けてあった服を取り腕に掛け、ノークスのパジャマのボタンを丁寧に外して脱がせ、後ろから下着を付けた。その上から、薄紫のワンピースを着せ、さらにその上に黒い長そでのボレロを着せ、前に回り、ズボンも脱がせ黒い靴下を膝まで上げ、茶色い靴を履かせ、最後にメテオ聖学院の紋章入りの短いネクタイを器用に結んだ。どうやら、これがメテオ聖学院の制服。
「あのさぁ、お嬢ハン?」
「ん?何だ、ネクタイならキツクないぞ?」
「そうやなくてぇ、何で昨日ウソ吐いたん?」
「ウソ?吐いたか?」
と会話している間にも、ニコルは着々と身支度を整えて行った。現在は椅子の後ろに回り、黒い綺麗な髪をブラシで優しく梳かしていた。
「吐いたや~ん、僕にはカンノさんとは仲えぇって言ったのにぃ、実際モノゴッツ仲悪かったやんっ。なんなん、あの人ホントッ」
ニコルは少しキレ気味の口調で言っていると、ノークスは感心している様な眼差しで後ろを少し向いていた。それに気付いたニコルはブラッシングを止め、困った顔をしてノークスを見下ろした。
「なに~?」
「ニコルでもキレる事あるんだなって思ってな、いつもニコニコしてるから怒る事なんてないと思ってた。それに、執事は感情を出さない者だってお父様も言ってたし」
「バンクスさんって、ただの旦那様ちゃうやろぉ?何かおうた時、そう感じたぁ」
「流石、私のっ」
とノークスの言葉を聞くと、ニコルはある人達とノークスが一瞬重なって見えた。その重なって見えた人達はニコルの以前の主君だった。九十八人の主君達は必ずニコルに頭の中でこう言う。
―流石、私のS1ね―
ニコルは少し目を開きかけた。その時、ノークスの続きの言葉が耳に入って来た。
「ニコルね。私の見込んだ執事の事はある!」
とノークスは人差し指を立てて、そう言い切った。すると、ニコルは違う意味で目を見開いて驚いた。
「S1やから、ちゃうのぉ?」
とニコルは驚きながら、一番嫌な言葉を自分で言ってしまった。何故かと言うと言われ続けていた言葉だったからだ、ニコルはノークスが以前に仕えて来た主君とは違うとは分かっていたが、どこかでその言葉を言われるのではないかと思っていた。
「はぁ?S1だから、ニコル、お前まだS1らしい事やっていないと思うが」
と言う悪気のないノークスのキョトンとした表情を見たニコルは、フフッと笑いながら肩を少し落とし、目を閉じた。そして、同時にブラッシングも終わった。すると、ノークスはスタスタと食堂に向かって歩いて行った。
「行ってるわよ、ニコル」
その場に残されたニコルは、片手で額を抑え、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「流石、ノークスお嬢ハン。今回は大当たりやったかもなぁ」
と独り言を言うと、ノークスの後を追った。食堂に行くと指定席でノークスが待っていた。すると、ニコルは用意しておいたフレンチトースト4切れを乗せた皿とコーンスープ、その隣に空のティーカップを置いた。そして、ティーポットを持ちオレンジ色の紅茶を注いだ。
「今日は何だ?!」
ノークスはそれを物珍しそうな顔で見ていた。そして、紅茶を注ぎ終るとキラキラした目をニコルの方に向けた。それに応える様に、ニコルは紅茶の説明をし始める。
「今日のモーニングティーはぁ、ストレートティーで代表的なダージリンやぁ。ダージリンはマスカットフレーバーって呼ばれる位にぃ、独自の香りが特徴的なんやでぇっ」
その説明が終わると、ニコルは意地の悪い笑みを浮かべ、ワザとらしく左胸に右手を当て、ノークスを見つめる。すると、聞いている時は嬉しそうな表情をしていたノークスはニコルの得意そうな顔を見た途端、斜め下を向いて少し頬を膨らませた。どうやらノークスは、紅茶の説明を聞く事が好きらしい。ニコルはそんなノークスを見ると、右手を軽く握り口の前に当て、クスリと静かに笑った。
「なっ、何を笑う!」
「い~んやっ、何でもあらへんでぇ~。でも、ノークスお嬢ハン、そないに紅茶好きなん~?」
「嫌いだ」
とノークスは切ない顔をして言った。すると、まるで誤魔化す様に作り笑いをし、朝食を食べ終え、食堂を後にした。ニコルはそんなノークスが出て行ったドアを見つめ、目を開いた。
「またぁ、…ウソ」
と独り言を言うと、再び目を閉じ食器をキッチンに持って行き、食器洗い機に入れスタートボタンを押し、食堂を後にして、ノークスの元へ行った。そこにいたのは、普段と変わらないノークスだった。
「行くわよ、ニコル」
「はいなっ」
***
メテオ中心街、ホーシック家の奥にそびえ立つ、世界一面積が広い6階建てのビル。そのビルの前には毎朝、沢山の高級車が列を作っている。そうここがメテオ聖学院正面玄関、毎日有名貴族の御子息がココで顔を会わせている。メテオ聖学院は小等部・中等部・高等部・大学部・専門部が一括になっていて、世界一の名門校と名を轟かせている。そんな学院に徒歩通学をして登校してくるのが、ノークスだ。
ノークスが登校して来た瞬間、挨拶で賑わっていた正面玄関が静まり返り、皆がノークスの後ろにいる執事に目を奪われていた。そして、珍しいモノを見る様に周囲はノークス達を見ながら、近くの人と内緒話をし始めた。
「まぁ、あのノークス様が執事を連れていますわ。やはり、あの噂は本当でしたのね」
「それでは、あの執事がS1!」
と言う会話があちらこちらから聞こえて来た。だが、ノークスはそんな会話は気にせず、校舎の中に入って行った。そして、上履きに履き替えようと、下駄箱に手を伸ばすと、ニコルの手が横から伸びて来た。
「お忘れですか、お嬢様?」
とニコルがニコッと笑いかけると、ノークスは思い出したように手を引いた。すると、ニコルは下駄箱を静かに開け、上履きを取り出しノークスに空いている手を差し出すと、首を傾げてその手を取るノークス。ニコルは下駄箱の隣に並んでいるソファの一つにノークスを座らせ靴を履き替えさせ、靴を下駄箱にしまい、再びノークスに手を差し伸べ立たせた。すると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「おっはよう、ノークス&ニコル」
「お嬢様、朝のご挨拶位、御親友であれど、ちゃんとしてください。何度言えば、お判りになられるんですか?」
それは、エリルとシュールだった。
「イイじゃない、友達なんだから」
「いいえっ、良くありません。お嬢様は気を付けなければ、社交場でも同じ言葉遣いになってしまうではありませんか?!やはり、常日頃からお言葉にはお気を付けていませんと、何時ボロが出るか分かりかねます」
「暑苦しいわね」
「お嬢様には暑苦しい位言わないと、御理解して頂けません」
と言う会話が行われていた。そして、シュールは溜息をつきながらやれやれっと言う表情で、眼鏡を中指で押し上げた。
「それじゃ、改めて。ノークスおはっ」
「長い!」
とエリルは挨拶しながら近寄る途中でノークスに注意を受け、挨拶を強制終了させられた。すると、エリルは潤んだ瞳でノークスを見つめた。それはまるで、捨てられた子犬の様な目だった。
「それ、スカードの時も使ったネタの使い回しでしょ!大体、私は登校時に関わらず何処でも見てるし」
ノークスは容赦せず、漆黒の瞳でエリルを見つめ完膚なきまでに言葉の刃で切った。
「さすが、ノークス。今日も鋭いツッコミするね」
「お早うございます、ノークス様、ニコルさん」
「お早う、シュール」
「お早うございます、エリル様、シュールさん。ノークスお嬢様もお友達には少し手加減されるんですね、安心いたしました。ノークスお嬢様がそこまで冷酷非道な方ではなくて」
とニコルが少し目から出た涙を人差し指で拭いながら言うと、エリルが胸の前で両手の指を組みニコルに近づき、その話に喰い付いた。
「えっ、何なに?ノークスになんかされたのニコル?」
「いえ、何でもありません。少しシャワー時を覗かれ、嘘を吐かれただけです」
「シャワー姿を…、それに嘘って!」
と言うとエリルは顔を真っ赤にして、ノークスに向かって少し興奮気味な口調でこう言って来た。
「なっ、何をやったのよ!ノークス!」
と聞くとノークスはエリルの頭にチョップを入れた。すると、エリルは叩かれた頭を押さえた。そして、ノークスは呆れた顔で大きくため息を吐いた。
「何を想像したっ、何を!」
「…。ノークスがニコルに嘘吐いて襲った…」
と小さい声で言った。すると、ノークスは右手で頭を押えた。
「どうしてくれる、ニコル?」
声のトーンを落としてニコルを片目で睨んだ。すると、ニコルはエリルの後ろで顔をニヤ付かせ、涙ぐんだ声をして言った。
「すべて事実しか言っておりませんが?」
「あぁ、事実しか言ってはいないが、二日間の出来事を一つにするから誤解を生んだんだ」
「S1らしい事をまだやってないと言われたので、S1らしい演技をお見せしました」
「変な所でS1らしさを発揮しないで宜しい!」
とノークスが人差し指でビシッとニコルを指した。
***
その時、学院の屋上では怪しい影が二つあった。二つの影は清掃員の服装で顔は帽子で見えなかったが、雰囲気からして怪しかった。
「まさか、私まで駆り出されるとは。それもこれも、どこかの誰かの所為です」
「そう、ガミガミ言うなよ~、スプリット。まさか、スカードなんかがアイツを雇ってるとは思わなかったろっ」
「良く調べない、貴方が悪い。あの男が運良く逃げて来たからいいモノを。まぁ、私もアイツがあんな所にいるとは驚きでしたけど」
「そう、そう」
「今、問題なのは我々を追っているお嬢様の方だ。執事嫌いだそうだから、執事が就く前にこちらに引き込めとのご要望」
「分かってますーよーっだ」
と背の低い清掃員がやる気なさそうに言う、その手には一枚の写真。写真に写っていたのは一人の女の子だった。
「今迎えに上がりますよ、お嬢様」
とスプリットと言う背の高い清掃員が執事っぽく言うと、二人は一瞬にして屋上から姿を消した。
***
時は流れ六時間目、ノークスとエリルは経済学について学んでいた。授業中は執事は控室で待っている事になっている、ニコルとシュールも例外ではない。控室の中はニコル達だけがS級だったが、ちらほらとSダッシュ執事の姿もあった。
Sダッシュとは、S級の十人には入れないがA級とするには能力が高い。そんな執事を五十人集めたのがSダッシュ。
そんな中、ニコルは出入り口に近い所でシュールと立っていた。
「シュールさん、一つ聞いても良いですか?」
「何でしょう?」
「どうして、エリル様の為に武器を抜いたんですか?」
「そうですねー、きっと迷うのが嫌だったんでしょうね。それで、初めて仕えたエリルお嬢様に忠誠を誓ったんだと思います。勿論、エリルお嬢様にはもっと学んで頂きたい事がありましたので。
それに、エリルお嬢様は私が専属になるかどうかを悩んでいた時、”シュールの好きな人の専属になった方が良い“と言ってくれました。普通S級執事は何が何でも自分の専属にしたいと言う方が殆どなのに、エリルお嬢様は執事である私の意見を尊重してくれました。その時思ったんです、私はエリルお嬢様を一生お守りしたいと。それに気付かされるのに六年掛かりましたが、その決断は間違っていないと思っています。
すいません、長くなりましたね」
「お強いんですねエリル様は、だから惹かれたんでしょうね、シュールさん」
とニコルはクスッと笑って、昨日の姉に反抗するノークスの手が少し震えていたのを思い出していた。ニコルは少し笑うのを止めた。すると、シュールがこう言った。
「ノークス様の方がお強いですよ、御一人で何でもおやりになれますし、会社を五社も持っておられる。交友関係も良いですし、社交場での評判も良い、何より、隙がありません。完璧なお嬢様じゃないですか」
と言われニコルは顔を俯くと、部屋の隅に置いてあった消火器が目に入った。すると、ニコルは静かに控室を後にした。そして、シュールも慌ててニコルの後を追って出て行った。その時、控室に置かれていた消火器が煙を出した。その場にいた執事は全員眠ってしまった。
控室を出て行ったニコルに追いついたシュールは、腕を掴みニコルを止めた。振り返ったニコルにこう言った。
「何をしているんですか、執事は控室で待っているのが校則ですよ。それとも、私がニコルさんの癇に障る事でも言いましたか?」
と必死に言ったシュールを見てニコルはキョトンとした顔になった。
「分らなかったのですか?まぁ、恥じる事はありませんよ、シュールさん」
「はぁ?一体何を?」
「あの部屋には、五時間目が終わった時と六時間目が始まった時とで違う所が二ヶ所ありました。一ヶ所は匂いです、あの匂いは幻覚剤と興奮剤。だから、シュールさんを含め大半の執事が五時間目までは立っていたのに、六時間目には座っていた。二ヶ所目は消火器です、あれはダミーでしょう表記が間違っていましたから」
それを聞いたシュールは額から、薄っすら汗が流れた。そして、ハンカチで汗をふき眼鏡を直すと、深呼吸をし普段の様子に戻った。
「これは貴族狩によるテロと言う事ですか?ですが、何故、ニコルさんは普段と変わらなかったんですか?」
「ニ十分位なら、吸っても精神維持できますよ。シュールさんに話しかけたのは部屋を出てもおかしくない状況を作る為です。隠しカメラがあっても、おかしくない状況でしたので」
と言うニコルを目を丸めながら見つめていたシュール。
「何ですか?」
「いえ、やはりS1の方は凄いなっと」
「凄くはありません、私はシュールさんみたくお嬢様を一生守ろうとは、まだ思えません」
と言うニコルは悲しそうな雰囲気だったが、直ぐに普通に戻った。すると、ニコルとシュールは互いを見合って、ノークス達が居る教室へと足早に向かった。
***
ノークス達はというと、経済学の授業を受けていた。ノークスの席は教室の一番奥の窓際、その横の席はエリルだった。クラスは男女半々のクラス、その中でもノークスは注目の的だった。
「次の問いをホーシックさん、解いてみてください」
と先生に差されると、ノークスは椅子から立ち上がりスラスラと解答を述べた。すると、先生に「結構です」と言われ椅子に座ると、周りから内緒話が聞こえて来た。
「さすが、ノークスさん。メテオ聖学院トップの実力者ですわ」
「まさに、生徒の鏡みたいな存在なのに、どうして執事はお一人だけなんでしょう?」
「S1と契約したからって、一人で良いと思っているのよ。地位は親ので充分だろうしね」
と言う女子三人組はワザとノークスに聞こえるような声で言った。それを注意しようと先生が声を出そうとした時、ガラッと教室の入り口が開き、清掃員の格好をした背の高い人と背がやや低い人が入って来た。
「なんだね、君達。今は授業中だぞ」
と先生が二人組を追い出そうと近づいた。その時、ノークスは怪しげな笑みを浮かべる清掃員達の表情を見逃さなかった。そして、声を張りこう言った。
「その二人に近づいたら駄目です!」
と叫んだ瞬間、清掃員の背の低い方が、一瞬で先生を黒板に鎖で縛りあげた。それを見たノークスとエリル以外の生徒は叫び声を上げながら、教室の外へと慌てて逃げて行った。ノークスとエリルもその波に乗ろうとした時、背が低い清掃員が右袖から突如、長い鎖を伸ばしノークスの足首を貫通させた。あまりの痛さのあまり転んでしまった。すると、逃げようとしている他の生徒の背中が見えた。その時、ノークスは右手を伸ばして待ってと言わんばかりの表情をしたが、チッと舌打ちをし手を引いた。それを見たエリルは出口付近に居たが、ノークスの元へ戻って、慌ててしゃがみながらこう言った。
「ノークス!大丈夫?!」
エリルは少し涙目だった。そんなエリルに痛みを堪えながらこう言った。
「大丈夫だから、エリル…早く外へ…」
と言うノークスの望みを絶つように、背の高い清掃員が二人以外の生徒が出たのを確認し、ドアを閉め開かない様にドアを壊した。すると、鎖の持ち主の清掃員がノークスに近づいて来た。そして、バサッと服を脱ぎ捨てると、その下には赤い燕尾服を着ていた。濃い赤毛でショートヘアの男性。その男性は、ノークスに向かって軽く会釈をした。
「どうも、お初にお目にかかります。俺”貴族狩“の幹部の一人、コロネリッド・スワーです」
コロネリッドと言う男性に続く様に、もう一人も清掃員の服をバサッと脱ぎ捨てると、同じ執事服を着ていた。だが、コロネリッドとは違い、紺の短髪にキリッとした目。如何にも大人の男と言う雰囲気を醸し出していた。すると、コロネリッドの方へスタスタと歩いて行き、無表情でコロネリッドの頭を打った。すると、コロネリッドは頬を膨らせて頭を両手で抑えながらこう怒鳴り付けた。
「んぁにすんだよ!スプリットッ!」
「何すんだよじゃない。コロネリッド、私の話し聞いてたのか。怪我させてどうします!」
「だってよー、こんなお嬢様が俺達について来ると思うのかよ!それに、逃げようとしてたから、足に怪我させれば逃げられないと思ってさ」
「バカ。貴方のせいで交渉が難しくなったではありませんか。あっ、申し遅れました、”貴族狩“の幹部、スプリッド・エーシーと申します。」
とスプリッドはコロネリッドを叱り終わると、深くお辞儀をして自己紹介をした。その間に、ノークスはエリルの手を借り、手近な所にあった椅子に腰かけた。その隣にエリルも椅子を持って来て座った。すると、ノークスはコロネリッドとスプリットに向かって、キリッとした目付きで少し声のトーンを落としてこう言った。
「交渉って何よ」
その場の空気が一瞬にして凍りついた様に感じる三人、それは恐怖以外の何物でもなかった。だが、一人その感覚に魅了された者が居た。
「うっわー!今のなんだよ!」
「えっ、コロネリッド?」
と言うスプリットは肩を落として、顔を引きつらせコロネリッドの肩を叩いた。すると、コロネリッドはノークスの前に行き、ノークスを見下ろし、右手で顎を掴み自分の方を向かせた。だが、ノークスの目付きは変わる事はなかった。寧ろ、余計に不機嫌になった。
「何よ、その手を離しなさい!」
「良いね、その強気な態度。お嬢様には珍しい目をしてる、そういう目の奴、俺好きだ」
「私、上から見られるの嫌いよ」
「粋がっちゃって、弱いのが丸分かりだ」
「私は弱くなどない!」
とノークスは珍しく本気で否定した。すると、コロネリッドはノークスの左手を掌に乗せて前に出して来た。ノークスの手は少しだったが震えていた。それは、エリルも始めて見る光景だった。コロネリッドはニヤリと笑い、声のトーンを落とし意地悪そうな口調でこう言った。
「ほーら、震えてる。俺達が怖いの?それとも、弱いって見透かされた事が怖いの?」
「五月蠅いわよ!」
と言ってノークスはコロネリッドの手を振り払った。すると、コロネリッドはノークスに顔を近づけこう言った。
「それとも、逃げる時、一人にされるのかと思って怖かった?」
と聞くとノークスは目を丸くして固まった。それを見たコロネリッドはクスッと笑った。そして、妖艶な笑みを浮かべこう言った。
「図星だった?弱くてそれを隠そうとする、だから、完璧なお嬢様のフリをする。そこが既に完璧じゃない事、自覚しているんだろう?」
「コロネリッド、遊びはそこまでです。そろそろ止血しないと危ない」
と言うスプリットはノークスの足に刺さっている鎖を抜こうとした時、コロネリッドが止めた。
「まだだ、まだ」
「コロネリッド、貴方がノークスお嬢様を気に入るのは分かる。だが、死なれたら意味がない」
「スプリット、お前泣かない奴なんて見た事あるか?」
と聞いたスプリットは、コロネリッドの後ろからノークスを見た。勿論エリルはもう静かに泣いていた。だが、ノークスは最初と変わらない目付きでコロネリッドを再び睨んでいた。スプリットはかなり驚いた。怪我を負わされ、心の中を見透かされたのに、その瞳は決して揺るがなかった。すると、コロネリッドはこう言った。
「まるで、悲しみが抜け落ちた様だな。ノークスお嬢様」
「悲しいと感じる時もある、それは一時の感情に過ぎない。そんなモノに流されては、冷静な判断を失う」
と言うとコロネリッドはハハハッと笑った。
「やっぱり、俺、ノークスお嬢様の事好きだな。何時になったらその完璧なお嬢様のフリが崩れて、弱いアンタが見られるか。なー、”貴族狩“に入れよ。そしたら、アンタが気にしているもんが気になんなくなるから。執事なら俺がやってやるから」
と言われるとノークスはニヤリと笑みを浮かべた。
「そうね…」
と言いかけた瞬間、あかない筈のドアが蹴り飛ばされコロネリッドに当りそうになった。すると、コロネリッドはノークスを放して、飛んで来たドアを避けた。そして、再びノークスの方を見ると、ノークスの隣にはニコルが居た。そして、エリルはシュールに泣き付いていた。ノークスは先程の話を続けた。
「どう思う?ニコル」
と言うとニコルは跪き、ノークスの足を膝に乗せ鎖を抜いた。その瞬間、ノークスの顔が歪んだ。ニコルは内ポケットから消毒液と包帯を出し素早く手当てをした。そして、ニコッと笑いながらこう言った。
「彼が言った事は間違ってはいません。お嬢様は完璧なフリをしているだけだと思いますし、弱いとも思います。ですが、強がる所がお嬢様らしいと私は思います」
「それ嫌味?」
「いえ、ただ弱いお嬢様なんて私には見せてくれないと思いまして。ですが、そんな堕ちた執事にお嬢様は本当の心を見透かされません」
「聞いてたの、意地が悪いわね」
「お嬢様も私達が聞いている事に気が付いて、あんな演技をしたのでしょう?お嬢様こそ意地が悪い」
と言うニコルとノークスは互いにクスッと笑いあった。その時、コロネリッドがニコルに向かって鎖で刺そうとして来た。しかし、ニコルは跪いたまま後ろから襲いかかって来る鎖を、踵で天井に蹴り上げた。鎖は天井に刺さってしまった。そして、ニコルは立ち上がりコロネリッドの方を向く。
「申し遅れました、私はノークス・ホーシックお嬢様の契約執事、ニコル・ファンジスタと申します」
「S1か!」
とコロネリッドが言うとスプリットは、前に出てノークスにこう言った。
「ノークスお嬢様、我々と一緒に来ませんか?」
と言うとノークスは妖艶な笑みを浮かべ上から目線でこう言った。
「いやよ。この世界で負けたくないの」
「それに、貴方々が私の代わりをやれるなんて思えませんしね。何より、ノークスお嬢様は私のお嬢様なので」
と言うニコルに二人が襲いかかろうとすると、ニコルの目が開き紅い瞳で睨まれた。その時、二人はノークスに感じた恐怖に劣らない恐怖を感じた。そして、スプリットはコロネリッドに合図を送り教室を出て行った。すると、ニコルは目を閉じノークスの元へ行き、こう言った。
「今日は早退しましょう。足もちゃんとお医者様に診てもらった方がよろしいかと」
「この位平気よ」
と言うとニコルは包帯が巻かれている足をチョンと触ると、ノークスは悶絶した。それを見たニコルはニコリと笑いこう言った。
「帰りますよ」
と言われたノークスはニコルの黒いオーラを感じ、両手を小さく上げて渋々こう言った。
「分かった」
***
そして夜、医者の診断も終わり、ノークスは寝室でパジャマに着替え、ベッドで寝ていた。診断の結果は二週間安静。
そして、ヒマを持て余していた時、ニコルが寝室に入って来た。
「ニコル~、ヒマだ~」
「しょうがあらへんやろぉ~、歩けへんやからぁ。それに、学院も少しの間、セキュリティー強化の為に休校やって言うてたしなぁ」
「そうか…」
と一瞬悲しそうな顔をするノークス、その頭の中ではコロネリッドに言われた言葉が残っていた。
―弱くてそれを隠そうとする、だから、完璧なお嬢様のフリをする。
そこが既に完璧じゃない事、自覚しているんだろう?―
「どなんしたん?」
とニコルがノークスの顔を心配そうな顔で覗いて来た。ノークスは何かを誤魔化す様に作り笑いをした。すると、ニコルはベッドの側に椅子を置き腰掛けた。その顔はいつもと変らなかったが、真面目な雰囲気をしていた。
「私はお嬢様の事が知りたいのに、お嬢様は歩み寄ってはくれません」
「何その言葉遣い、普通で良いと言った筈よ!」
とノークスは機嫌を悪くして頬を膨らませ、ニコルに指を差しながら怒ると、ニコルはその手を掴んだ。
「さっきの僕が、僕から見てるお嬢ハンやぁ。僕は命令と言えお嬢ハンに歩み寄ったぁ、けど、お嬢ハンはホンマのお嬢ハンを見してくれへん~。昨日やってぇ、何でカンノ様との関係は良好やってぇウソ吐くん?今日やって、ホンマは紅茶の話し聞くの好きなクセにぃ、何で嫌いって言うん?」
と言うニコルは少し目を開けていた。すると、ニコルの瞳に映ったノークスは今にも泣き出しそうなツライ顔をしていた。そんな、ノークスにニコルは畳み掛ける様にこう言った。
「ホンマはさっきも怖かったんやろ?痛かったんやろ?何で泣かへんのや!」
「五月蠅い!だって本当は天才とかそう言うんじゃないんだッ、私は!
ただ、甘えるのが得意な姉達と違って、苦手だから!
甘えたら弱い自分を認識してしまうから!弱音を履く相手が居なければもう誰も離れない。
だから、何時も強気に振舞って執事なんていらない様な完璧な人であれば、弱くはない。
私は強くありたいから!」
と言うノークスは声が震えていた。それを見たニコルはこう言った。
「泣くから弱いんじゃあらへん、甘えるから弱いんじゃあらへん。
弱い自分を隠すから弱いんやぁ、強い人は弱い自分を認めなアカンッ」
ニコルに言われたノークスの目からは、大粒の涙が静かに零れていた。すると、ノークスはニコルの胸に飛び込んで顔を見られなくした。
「ニコル…、私を泣かせるなんてやるじゃない」
とニコルの胸の中で泣いていた。ニコルはノークスの頭を片手で優しく撫で、目を閉じ優しい口調でこう言った。
「褒められるなんてなぁ、光栄やぁ」
「滅多に褒めないし、泣かない」
「お嬢ハンの泣き顔見られるのは、僕だけの特権やねぇ」
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※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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