NEET×DEYS

夕凪 緋色

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第8話 大山晴夫

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第8話 大山 晴夫


──薄暗い部屋の中。

「フンフンフ~ン♪」

化粧台の前でパタパタとファンデーションを叩き込む人影。

「~~ンフ、今日も良い感じ♪」

真っ赤な血のような口紅を塗り、立ち上がったその人物は──



第8話 大山晴夫


①その、おん……


──ひまわり荘前

「ふぅ、燃えろ! “夕凪探検隊~孤独の隊長編~”ごっこしてたら、すっかり遅くなってもうたわ……6時には帰る言うたからのにな」

現在午後6時10分前。
大夢は外出先から、綾崎家に向かっていた。

──カツンカツンカツンカツン

「ん? 階段の方……ハイヒールの音かな? もしかして……女性!? このアパートまだ女性がいたのか! ハイヒールと言えば、スラリとした白衣の天使! 眼鏡にミニスカ、聴診器! 真っ赤な口紅、風になびく長い髪……出来れば紫がええなぁ。むふふふ」

近付いて来る足音に興奮を隠せない大夢。ヒクヒク動く鼻の穴は、まるで豚のようだ。 

──カツンカツンザリッ

「あ……き、来たっ!」

白衣の天使! 白衣の天使!! 白衣の──

「あんら、あなただぁれ??」
「ははっ! わたくしめは、103号室に引っ越してきた……ぇ……え? ぎょえええぇぇぇえええ!?」

白衣の天使の声は野太い……おと、おと……男だった。

「夢を返してぇ~ん……おえっ」

大夢は目の前が真っ白になった。

「ちょ……なんで人の顔見ていきなり倒れるのよおおぉぉ!! あ、美人すぎて惚れてしまったのね! ンマッ」


──綾崎家。

チーンポク
チーンポク

「ナンマイダーナンマイダー……」
「千枚ダー万枚ダー」

気絶した大夢は、悲鳴を聞き駆けつけた泉美、奏子、孝一によって綾崎家に運ばれた。
「ナンマイダーナンマイダー……」

本日のお経。
御鈴担当:孝一。
木魚担当:奏子でした。

「もう……この子ったら失礼しちゃうわ。人の顔見ていきなり気絶したのよ!?」
「まあ、失礼っちゃ失礼……やけど、なぁ?」
「誰だって、ヤマさんの顔見た後に声聞いたら悲鳴も上げたくなるっつうの」
「えぇ~! やだーん!」

ヤマさん、と呼ばれた男? は体をくねらせながら奏子をすがるような目で見つめた。

「せやせや! うちかて最初バケモンや思ってちびりそうなったわ!」
「ンマァ、本当に失礼しちゃうわ!! ね、綾崎ちゃん!」

何やら期待を込め鋭い眼光を放つ、ヤマさん。

「ふぇ!? そ、そうですね……でも確かに、私も大山さんと初対面の時はかなり驚き……ました……」

泉美は苦笑いで答える。
そのうしろで孝一と奏子も思いきり首を縦に振る。

「納得いかねぇー!!!」
「わー!! いきなり男に戻ったでぇ!!」



②素が出たり出なかったり

「ンモォ~、もう一人の自分が出そうになったじゃな~い!」

「出てたがな、出てたがな」
「ンンンゥ?」
「う、うち何も言ってへんで」
「……にしても、この月島ちゃん? なかなか起きないわね」

と、良いながらヤマさんは大夢の頬をツンツンする。

「本当に勿体ない。こんなに綺麗な紫髪……女だったら惚れてたかもしれねーわ」
「ンマッ!」
「え、声に出てた?」 
「モロに出てたがな」
「ご、誤解だ」

ヤマさんの大夢をつつく手に力がこもる。と、大夢は少し顔を顰めた。

「これは……もしかしたらお姫様のキスやないと目覚めへんのとちゃう?」
「え? えっと……なんで私を見……ふぇぇ」
「お姫様のキス、だぁ? おとぎ話じゃあるまいし」
「あんらそうかしら? 案外目覚めちゃうかもしれない……わよ?」 

一同が泉美に注目する。

「と、い・う・わ・け・で・! お嬢ちゃん、ブッチュウーとよろしく」
「ふ、ふぇぇぇぇっ! き……きしゅ!? わ、私が!? なんで~~!!」
「若いんやから! 減るもんじゃないやろ」
「そ、そうじゃなくて! つ、月島さんの好みもあるかと……」
「それは一理あるな。案外、奥沢みたいなのが好みだったり……」
「え? いややわ~。照れるて、人前でチューなんて」
「バーカ、本気にすんなや」
「し、してへんわ!」
「……どうしたものか。俺がするわけにもいかんしなー」

空気が重くなろうとした、その時──

「じゃあ、わたしがしようかしらん」

『えッ!!!』

「うっふ~ん、ウフフ。これで彼が目覚めたら素敵じゃな~い? わたし、王子にも姫にもなれるってことなんだもの」  

ヤマさんは大夢の顔を両手でガッチリ固定。

「いざ! ぅん~ぅ~」
「み……見てられへん」
「ば……馬鹿、お前がろくでもない事言うからこんなことに……」
「ろくでもないて何やねん! 女はみんな白馬の王子に一瞬は憧れるもんやで!」
「ふ……ふええぇぇ!!」

ヤマさんの顔は大夢にじりじりと近付き、ついに唇までの距離が……2cm、1cmと──

「ンフ~ぅ」
「あかん……そもそもアレ姫やないし、男同士のキスとか……あかんわ!! 腐の領域やん! 見たいようで見たくないようで、見たいようで見たない!」
「ン~ぅ」
「あああ! もうダメだぁ!! 月島、止めれなくて、すまなかったあああ!!」
「ふえぇぇ!!」

唇が触れ合おうとした瞬間──

「……ん?」

大夢覚醒!!!!

「…………」
「…………」

見つめ合う、大夢とヤマさん。
一瞬、祝福の天使が舞い降りた。

「あ……あ……あぎゃあああぁあ!!」
「んのわぁ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼!!」

ヤマさんは条件反射で大夢に抱き付き、大夢は条件反射で拒絶。

「ふえぇぇええぇぇぇぇぇええええ!!」
「ギョエエエェェェェエエエェェェェエ!! 抱き合ったやんけ! 想定外……やー!!」

重なる4人の悲鳴は、のちに夕凪中に響いたとかなんとか。

「……目が毒を浴びなくて済んで良かった」

一人、孝一は目頭が熱くなった。
──その頃、外では……

チリンチリン

「右よし! 左よし! 後方よし! 前方の向日葵荘も……いつも以上の楽しそうな悲鳴よし! 問題無く平和であります!」

ダメお巡り宗馬のパトロールは時に適当、時に見守りであった。




③反撃と謝罪


混乱の最中、大夢はヤマさんの股間を蹴り距離を取る。

「ンフぅ……ちょっとやり……すぎよ……」
「ふ……ふ……はあ……はあ……なんなのよ……一体……」

因みに大夢の顔には真っ赤なキスマークがたくさん付いている。

「あちゃー、誤解されかねへん状況やわ」
「口紅、濃すぎだろアレ」

と、呟きながら奏子と孝一は床についたキスマークを擦り落とす。

「お、おうおうおう! ま、まだやるか!?」
「つ、月島さん落ち着いて!」
「そ、そうよ……わたし美人だけど……その……つ、付いてるのよ……イヤンっ」
「見たまんまじゃねーかーい!」

大夢は我を忘れ、テーブルを持ち上げる。

「つ、月島さん!」

泉美が大夢を庇うように前に出る。
その体は小刻みに震えていた。

「え? 泉美ちゃん?」
「ふぇ……月島さ……良かったっ……ふぇぇ……」
「……ここ、泉美ちゃん家……?」
「やーっと、目ぇ覚めたんか。心配したんやで~」
「てかさ……なんで、あたしはこの人に襲われてたの……??」
「えっと……その……」

泉美が口ごもると、奏子が部屋から出ようと靴を履いていた。
一同が奏子を見る。

「ん?奥沢先輩??」
「お、おう! 姫のチューで目ぇ覚めて良かったな! じゃあな!!」
「……なんや、わからんけどアンタが一枚噛んでるのは間違いないみたいやなぁオォォォクサワアァアァァァア!!」
「ヒエエェェェ!!! 王子はおしとやかにぃぃぃ!!」


怒り狂った大夢は光の速さで奏子を捕らえた。

「つ、月島さーん、あの、一応女性ですから……手加減は……」
「一応ってなんやねん! 間違いなく女の子やもん! 超ピッチピチの!」
「中身おっさんだし、思いっきりやって大丈夫だろ」
「瀬田やんの裏切り者ーー!! イヤァァァァァァァァ!!」
「……カクゴシテクダサイネ……センパアアアアァァァァイ!!」
「つ、月島さん! あ、あの乱暴はダメですぅ~」

泉美の一言で大夢の動きは止まる。

「だよねぇ、泉美ちゃん! 奥沢先輩、後でお詫びのシナ……持っていきますから」
「……ヒィィィイイイイ」
「大体なぁ、白雪姫はキスで目ぇ覚ましたんちゃうからな。あれはな、白雪姫の遺体を小人……もとい背の低い犯罪者達から王子が買い取ったんよ」

得意気に語る、大夢。

「そんで馬車で持ち帰る途中、揺れたその拍子に喉に詰まってたリンゴを白雪姫が吐き出して目覚ましてんで」
「ふぇ~、月島さん詳しいんですね!」
「ネット民の雑学知識舐めたらあかんよ」
「お前が雑学とか語り出すと何か気持ち悪いな」
「ほっとけやい!」

盛り上がっている大夢と泉美と孝一。
部屋の隅でガクガク震えながら怯える奏子。 
そして、窓を開けタバコを吸うヤマさん。

「せっかくのグロスが台無しよ、ンモゥ……」
「あの~、大山さん……でしたっけ?」
「そーよ、ぅわたしは205号室の大山 晴夫(おおやま はるお)よ! じゃなかった、えーっと晴子よ、晴子!」

無意味な別名だから! と、誰もが心の中で叫んだであろう。

「(咳払い)全く、人の顔見ていきなり気絶して……起きたと思ったら、タマキン蹴り上げるなんて……ヒドいったらありゃしないわ!!」

ヤマさんの言葉で、思わず自分の股間を押さえる大夢。

「ぅわたしのキッス。どんだけ価値あるか知らないのぉ? お礼貰ってもいいくらい──」
「タマキンを蹴飛ばしたのはともかく、いきなり顔見て気絶したのは……失礼しました」

大夢は言い終えると、ヤマさんに丁寧に頭を下げた。
とんでも発言やら抑制の意味も込めて。

「え……あ……可愛いじゃない。ンフゥ。ま、まあ許さないこともないわよ!?」

ヤマさんは謝罪に戸惑いつつも腕を組み、大夢を見下ろす。

「え! 本当ですか! いやぁ、やっぱり今後の近所付き合いを考えると──」
「その代わり、ひとつお願いがあるんだけど……」
「!!……な、なんスか?」
「や、山さんまさか……」
「え?」

大夢の頬から後悔という汗が流れ落ちた。



④お晴ちゃん 


「山さんだめだ!」
「な……なによぅ、いきなり!」

孝一が大夢を庇うように前に出た。

「ど……どうしたんですか、瀬田さん」
「月島逃げろ! ただし絶対に山さんに尻を向けるな! 開発され……」
「しないわよ!! なんならしてあげましょうか、ンフゥ!」
「べぶしっ!」

ヤマさんのビンタが孝一の頰にクリーンヒットする。 

「孝ちゃんったら……どうしちゃったの、い・き・な・り!……わたしのキッスの出番……か・し・ら?」 
「お、男は間に合ってますから!」
「失礼しちゃうんだから……!! 確かに、ぅわたしはオカマよ! だけどね、別に同性愛者ってワケじゃないんだから! そんなことするわけないわよ!! 孝ちゃんのバカーん!」

再びのヤマさん往復ビンタが孝一に炸裂。

「いっ……いでえぇぇ……!! っつうかその呼び方辞めろや……」

孝一がノックアウトした事により、再びヤマさんの獲物は大夢に。


「あのね……」
「……は、はひっ」

大夢は生唾を呑み込む。

「あー、なんや二人の世界やな」
「そ、そうですね……」
「空気にでもなっとこか」
「賛成ですぅ~」

ヤマさんは両手の人差し指を頬にあて、満面の笑みを大夢に向ける。

「ぅわたしの事、お晴ちゃんって呼んでほしいのよ」



「……はい?」
「だーかーら! ぅわたしのこと、お晴ちゃんって呼べって言ってんだろが!」
「──ちゃーん!!」
「リピート、プリーズ! 新幹線並みに高速すぎよもぅ。リピート、プ・リーズぅ!」

頭を傾け、可愛くお願いする。

「お……お晴……ちゃ……ん?……お晴さんじゃダメっすか……??」
「エーー!!」
「えーー!!」
「ンフゥ、まあ悪くはないけど……。最初にお願いしても、誰もお晴ちゃんって呼んでくれないのよ!? ぅわたし、かわいそすぎない!?」

そう言って奏子達を睨み見る。。

「ふ……ふぇぇ、年上の人をちゃん付けで呼ぶのは抵抗があるので……」
「てか、なんかキモいし。和風美人風な呼び名なのに、実物がこれはアカンやろ」
「おう、鳥肌立つぜ。現に今、寝起きで鳥肌立ちまくり。全国の晴ちゃんに謝れや」
「奏ちゃん? 孝ちゃん? ちょっと……カマーン?」
「じょ、冗談やって」
「勝負着物あるのよ、ざんねーん!!」
「──ブフゥ」
「そ、そうだぜ山さん、ちょっとしたアメリカンジョークだって」
「ここは日本! ぅわたしは日本人ー!!」
「──ブフッ」

ヤマさんに顔を掴まれた奏子と孝一は、別の意味の恐怖で意識を失った。

「ンフゥ、月島ちゃん」
「お晴さん……ふ、ふふふふ二人とも、の、のののの悩殺してしまったんですね、ねねねねねねね」
「やだーん、月島ちゃんったら!」
「ま、眩しすぎますよ(グロスが)。立っていられないくらいですわ(早く帰って、俺が逃げたいから!)」
「こんなに誉められたことなんて……」

ヤマさんの瞳に涙がたまる。 

「あ……人前で涙なんて。ンフゥ。それじゃ、お邪魔したわ」

奏子と孝一を担いで綾崎家を後にする、ヤマさん。

「あれ?……そういえばあの人、出かけるところちゃうかったんかな……」

3人が出ていった玄関を見つめ、大夢は呟いた。

「大山さん、ですか?お仕事行くところだったみたいだけど……お巡りさん来ちゃったし、月島さん運ばなきゃだしで遅れるって電話してたよ」
「あ、そう……ちなみにあの人の仕事って?」
「えっと……BARだって言ってた」
「……BARか……BARって絶対……アレやんな」 
「ふぇ……い、言われてみれば……」

なんとなく察した、二人の間に微妙な空気が流れる。

グエェェェエエ──!!

「……月島さん? 今のは、お腹の……河童さん??」
「なんで河童?」
「あ……」

泉美は顔を赤くして俯いた。
ヤマさんが二人を連れて帰っていく姿が、なんとなく河童が魚を捕まえて帰る姿に似ていたとは……言えなくて。

「……そもそも河童がグェと鳴くのかは知らないけど……お腹空いた」
「あ、あはは……すぐに準備するね」





⑤大夢は鶏の唐揚げにレモンをかけない


「いただきます!」

と、同時に手を合わせる大夢と泉美。

「あー、安定の美味しさ! 泉美ちゃん、ほんまにいつもありがとう!」
「ふぇ……ま、まじまじ言われると……恥ずかしいですぅ~」
「そういえばさ、前に泉美ちゃん“このアパートに話し相手がいない”みたいなこと言うてたけど。全然、他の人ら……まあ瀬田さん以外とは親しげやったね。あれって……やっぱり、あたしと仲良くなるための口実やったん??」
「ち、違うもん! 瀬田さんとは元々そんなに会うことが無かったし、奥沢さんや大山さんは会っても挨拶するくらいで……」

真っ赤な顔でたじろぐ泉美。

「その……正確にはお話しする人がいなかったって言うか……ふぇ……もー! 月島さんのいじわる!!」

泉美は沸騰寸前、頰を膨らました。

「あっはっはっはっは! こりゃたまらん」

大笑いする大夢。

「むー!! なんでそんなに笑うのー!!」
「ぷりぷり怒ってる泉美ちゃんがあまりにも可愛くて……可愛くてさ、あっはっはっはっは!!」
「ムーー!!!」
「“ムー”じゃなくて、わ・た・く・し・大夢(ひろむ)でございまーす! あっはっは!」

と、右腕をあげ、某主婦キャラクターのポーズを取る。

「もー怒ったよ! 月島さん、明日からご飯抜きだからね! こ、このご飯だって、もう片付けちゃうんだから!!」

泉美は立ち上がると、置かれた大夢の食事に手を伸ばす。

「あっはっはっは……は……うぅ……うぅぅ……ぐぅぅー」

大夢は徐々に元気をなくし、しまいには腹まで悲鳴をあげた。

「うぅ……あぁ……調子に乗りました……どうか……どうか、それだけは勘弁してください……」
「……プッ……ふふふふふ」
「……へ?」

突然、笑い出す泉美。
唖然とする大夢。

「ご、ごめん、あまりにも分かりやすく動揺するから……ふふ、月島さんて時々、可愛いですぅ~」

泉美は大夢の食事を綺麗に整えて戻した。

「なっ……ぐぐっ……そんな笑わんでもええやん……!! しかも可愛いって!?」
「だって~ふふ……あ、これあげるから機嫌直して」

と、自分の皿から唐揚げを一つ、大夢の皿に移す。

「……唐揚げ寄越されて、嫌だって言えるほど図太い神経してへんわ……すっぱっ! すっぱぱぱぱぱっ!!」
「ふふふ……知ってるよ~。唐揚げ、大好きですもんね!……って、レモンいらなかった?」
「か、かけすぎやろ……」

大夢の顔から血の気が……何かが引き、顔がレモン色になっていた。

「ふぇ……ほんの2、3滴ですよ? 顔色、悪いような……いいような……」
「泉美ちゃん……お、大人や……。顔はレモンに化学反応してるだけやから、そのうち治るからおかまいなく、な」
「えっと……」
「大人や! 泉美ちゃん! 先ず、搾れるやん! 目、無事なんかい!」
「えっとー、普通に手でガードしながら搾りますし」
「指、すっぱなるやん!」
「美肌効果にもなりますし……」
「種、たくさんあるしなー!」
「それは……食べないので取りますし……」
「それに、それに──」

泉美は、唐揚げにレモンをかける人。
大夢の脳裏メモに新たな情報が加わった。





⑥大夢効果


ズズズ……
「はぁ、お茶美味い。にしてもさ、改めて意外に思うわ。泉美ちゃんほど明るくて、包容力のある子が今まで他の住民さん等とそんなに交流無かったって」
「私、明るいのかな……それに別に包容力……は無いと思うよ?」
「そうかなぁ? 引っ越して来て、早々自分を押し倒した男の胃袋を掴んで……」
「な、なりゆきじゃないですかー!」
「ま、成り行きとは言え、あんな個性的な珍獣共まで懐柔してしまうのは、泉美ちゃんの海より深いママンのような包容力あって。むふふ、ええもん持っておるなー……ってあらら」

泉美は、ゆでダコのように赤くなっていた。

「そうだった……あの時押し倒されて……胸を……」
「忘れてたんかい。ってか、思い出して恥ずかしがるくらいなら……俺もう来ない方がええんちゃう?? トラウマになったら、えらいこっちゃ」

立ち上がる大夢。
だが──

「待って!」
「あ、はい。」

立ち上がった泉美に腕を掴まれる。

「た……確かに最初は、とっっっても恥ずかしい思いもしたよ!?」
「(腕痛ぇ……めっちゃ恨み込もってんとちゃうんかこれ。料理の出汁にされたりだとか……あ、泉美ちゃんに限ってはないか)」
「でも……月島さんが来てくれて、他の皆とも仲良くなれて。寂しくなくなったんだよ、だから……来ない方が良いなんて言わないで……」
「あ、はい(なんや今度は急にしんみりしてきたなぁ…………っつうか、ガチめに痛い。けどこれはケジメの痛みかもしれんけど)」
「それに、この恥ずかしさを乗り越えないといけない気がするんです」
「え、何でや。って、あれ? 腕痺れてき……あ、紫色になってき……えええ?!」

大夢の腕がプラーンと垂れる。

「ふええぇ!? ごめんなしゃい!!」
「いや、流石に冗談よ。でも前から思ってたけど、泉美ちゃんって力強いね。なんか武道でもやってたの?」
「や……やってないもん! 家事とか委員会の仕事してたら自然と力がついてきちゃったのかな……」
「あー、なるほどね。 米とか食材、モノによっちゃダンベル並みだもんな」
「ほんとに、ごめ──」
「せやから冗談だから」
「ふぇぇ……あの、もう来ない……って考えは中止にしてくれる?」

「泉美ちゃんが呼んでくれるなら、来るよ?……でも、他の住人方と仲良くなれたのは俺のおかげとかやなくて。さっきも言うたけど、みんな泉美ちゃんの人柄と料理に胃袋を掴まれただけやと思う。あとハートも鷲掴み? キュンキュンキューゥン!!」
「ふえぇ……どっちも鷲掴みになんかしてないもんんん!!」

泉美は大夢をポカポカ殴る。

「痛ェ、痛ェ、地味に痛いよ!」
「うぅ……ふぇぇぇぇ……」
「な……泣かないでよ……そんなシリアス展開はさ、誰も求めてないし……ってか奥沢先輩とか喜びそうだから! マジで涙目は勘弁して……下手したら俺もキュン死にしちゃうから」

大夢は泉美の腕を優しく包み込み、目線を合わせる。

「……えっち」
「な……何がよ!」
「女の子の顔を……そんなにマジマジ見るものじゃないよ……」
「ぐははあぁぁっ……バレてましたかー!!」
「しかも隙あらば、あんなことやこんなことできたらいいな、的な妄想はじめる気やな!」
「ど、ど正論!! ってか、奥沢先輩の声が……幻聴がっ……」
「うちのこと、そないに気になってるん?」
「ぎゃっ、泉美ちゃんが……奥沢先輩に変わってしまうぅぅ! 消えて、消えてこの妄想!! なんなのよ、もーう!!」
「失礼やろ! そんな邪険にせんでも……セクシービームかますで?」
「やめて! マジでやめて! あなた様のは見たくな──」

一人、現実と妄想の狭間で苦しむ大夢。

「……いてててて! 見えない矢で貫かれたっ!!」

大夢は大袈裟に胸を押さえ、座り込んだ。 

「ふぇ!? つ、月島さん!? ふぇぇええええー!!」

現実しか知らない泉美は、大夢の突然の反応に慌てふためいた。





⑦野獣VS銀狼


「……まあ、俺はヘタレだから、意図的にセクハラはしないし。わりと無害だから大丈夫やと思うよ? でも瀬田やんは狼やし知らんで? 襲われても不思議じゃないよ」

狼姿の瀬田を想像して吹き出す、大夢。

「誰が狼だよ!!」
「きゃん! 瀬田やん! いきなり現れんで! てか泉美ちゃんの家、盗聴されてない!?」 
「してねーよ! お前の声が大きすぎんだよ! っつうか、子供相手に手を出すほど飢えて無ぇよ!」
「あ、あの二人とも落ち着いて下さ──」
「しかも、一番女に飢えてそうなのは……お前だろ! 月島! っつうか襲われるとか思うなら、ちゃんと鍵くらいかけとけ」
「は……はい、気をつけます」
「俺も今後は鍵かける!」
「えと……」
「ヤマさんに目ぇ付けられたからな……」
「ふぇ……?」
「我ながらよく逃げたと思うぜ……」

瀬田は額に滲む汗を拭う。

「えとー……」

泉美はさり気なく瀬田の後ろを見る。
そこにはヤマさんと奏子が瀬田の背後霊の如く立っていた。


「……ん? 誰が女に飢えてるって?」
「お前しかいないだろ、月島」
「俺、別に女にだけ飢えてるわけやないんだよね。ノーマル寄りの“バイ”だから瀬田さんみたいなイケメンも大好きよ」
「はは……マジかよ」
「ホモとオカマは例外やけど。とりあえず口直しさせてくれる?」

と、孝一を押し倒す。

「へ? 嗚呼ああぁあああぁぁぁぁ!!」
「ふえぇ……もう見てられないですぅ~」
「ンーッ」

孝一は手足をバタつかせ抵抗する。
──が、大夢の唇は容赦なく迫る。

「か……勘弁してくれえぇぇ!!」
「あぁぁっ!! こ、こんな瀬田やん、見たなかった!」
「っはあ……ハア……げ、元凶はお前だろうが!!」
「ふえぇ……」
「……!!」

二人の唇が触れ合う寸前──大夢が停止した。

「お、どないしたんや??」

思わず奏子が顔を出す。

「つ、月島さん! 口直しのキスなんて、やっぱりおかしいです!!」
「あらん、そうかしら??」

ヤマさんもまた、思わず口が出る。

「ぅわたしも口直しをしたくなっちゃったわん」
「も……もう! 大山さんは少し黙っててください」
「ご、ごめんなさい。んもぅ、そんなに怒らなくても……」
「あー、それはそうと、そこの男二人はいつまで向き合ってるん? やるのかやらんのかハッキリせぇやもう。ってか月島はなんで止まったん??」
「あーらっ、ぅわたしの出番かしら」

そう言うと、ヤマさんは唇を舐めながら二人を交互に見る。

「あー、俺は間に合ってるんで。そっちに目覚めのキッスしてやって下さい! っつうか、何で俺……男にモテてんだ?」
「あら、そう。そ・れ・じゃ・あ、いただきまぁーぅすぅ!」
「ちょ、まっ! たんまたんまたんま!!」

大夢はとっさに我に返り、全力拒否。

「んまっ、残念っ!!」
「月島さん、良かったです~。急におかしな行動に出たのでビックリしま──」
「いやね、瀬田さんって意外と口臭きついなぁと思って。意識白飛びよ、ビックリ。某ゲームの主人公がよく頭が真っ白になるんやけど、その気持ちなんとなく分かったわ。こーいうこっちゃね」
「んな!? なんだと……!! 毎日、歯は磨いてる! それにウガイもマメにしてる俺の口が……臭いだと!?」
「えー、どれどれ?」

奏子が二人の間に入る。

「臭わないような、臭うような、臭わないような……」

孝一はショックで再びよろめく。

「さぁて……孝ちゃんの口が臭いのは置いといて」

いつの間にかヤマさんは鼻にティッシュを詰めて、すべての臭いを遮断。

「そ……そんなにかよ!?」
「21時になるじゃなーい?……ぅわたし、仕事に行くわ。美味しいお料理、ご馳走様でしたん」
「って、あああっ!! もう何もない!! 満腹とまではいかんけど、先に食べるだけ食べといて良かった……」
「ほんまやで」
「俺、あんま食べてねーぞ?」
「歯磨き忘れずにな、瀬田やん」
「は? 歯? 言われなくてもするつっうの!」
「じゃあ俺も帰るね。泉美ちゃん、ご馳走様でした。おやすみー」
「うん、お粗末様でした。おやすみなさい。また明日も来てね」
「あいあいよー」
「あのっ……大山さんも待ってますからー!」
「あら、嬉しいわ。絶対明日もくるわね! あー、嬉しすぎて可愛くて食べたくなっちゃうん」
「え! 本気でやめて!!」

ヤマさんと大夢がギャースカ騒ぎながら帰っていく。

「ほな、綾崎ちゃん。うちもお暇するわ。今日も美味しかったわ。ありがとうな」
「俺も。ご馳走様だ。いつも悪いな」


大夢だけでなく、奏子と孝一も数日前から夕食に招かれていた。

「お粗末様でした。おやすみなさーい」

静かになった泉美の家。
外は皆の声で賑やか。

「平和、ですね……ふふ」





⑧夜風に吹かれて


──綾崎家前にて。

「それじゃ、ぅわたしはこの辺で失礼するわ。またねいん。ン~マッ!」

ヤマさんの投げキッスを大夢はイナバウアーの如く体をそらして避ける。

「うほっ……危なっ」
「まぁだまだ~ん! ンマッ! ンマッ! ンマッ!!」
「うほっ! あひゃ! うほっ!!」

投げキッスの連続技もことごとくかわす。

「や、やるわね」
「お、おうよ。なんとなく、コレくらったら洗脳とかされそうやしね……」
「残念……もう、時間切れよぅ」

ヤマさんは小走りで闇に消えて行った。

ピュ~~

「うーん……春とは言っても、夜は冷えますなぁ……なんか温かい物でも飲みたいけど……コーヒー切らしてるんですよねぇ」

大夢は溜め息まじりにぼやいた。

「インスタントでえぇなら、ウチあるで。来る?」
「マジっすか?」
「月島。奥沢の部屋はな、とんでもない汚部屋だぞ」
「せ……瀬田やん? それは言わへん約束やん!」
「ま……まあ、単なる汚部屋ってんなら大丈夫なんで、お邪魔していいですか?」
「し……失礼なやっちゃな。まあええわ、10分後においで。ちゃんと座れる場所作っとくから」
「了解~」
「ついでに瀬田やんも呑みくる? 汚部屋で申し訳ないけど! 汚ビールくらいならあったはずやで」

と、肘で孝一を突く。

「汚ビールって、お前……ま、たまには付き合ってやるよ」 
「そんじゃ、またのちほどや!……どの辺りにインスタと汚ビー、埋まってるんやっけなー」

ブツブツと呟きながら自室へと消えていく奏子。

「それじゃ。孝ちゃん、また後でね」
「そ、その呼び方、マ・ジ・デ・ヤメロ、トリハダがタツ」
「孝ちゃん、こ・う・ちゃん、こーうちゃん♪」
「こら、テメ……わざとだな!!」
「うひょー!」 


この時大夢は予想していなかった。

「ふぅ。我ながら綺麗に敷き詰められたわ」

──パリンッ

「あ……あぁぁああああ!!!」

奏子の部屋に足場など無いことを。



第8話 完

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