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序章(プロローグ)

第零話  『一目惚れ』

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 時は現代。日本は増え続ける未成年の犯罪に対し、ある一つの救済措置を
 とった。それは特定人材支援学校、通称『白ヶ峰学園』の設立である。

 特定人材学校というのは全国から問題のある18~22歳までの人間が
 集められる四年制の学校のことで、そこに入る特定人材というのは、
 過去に法に触れゆる事件を起こした者たちを総称する呼び方である。

 そして問題を起こした者が特定人材に選定されると、ほぼ強制的にこの学校に
 入学させられることになっている。しかし当然入学は当人の判断に基づき
 拒否することができる。

 が、それをする者は少ない。
 何故ならこの学園は一種の更生施設でもあるからだ。
 この学園入学を拒否するということは、即ち更生する心持ちがないということ
 判断され、即刻少年院や刑務所送りにされてしまうのだ。

 とはいえこの白ケ峰は普通の更生施設とは少し違う。
 学園と名のついている通り、教師と生徒がいる学舎である。
 故に学園入学者は通常の学校と同様に勉学を学ぶことができるが、それはそれ
 として当然、学園側は普通の学校にはないある特別な権限を持っている。
 それは入学者全員の進退を合法的且つ勝手に決定する権利である。
 そしてその判断基準は至極単純。

 『入学者がこの学園卒業までに問題を起こしたかどうか』

 その一点のみである。
 つまり、この学園での問題行動を起こした場合、もっというと退学事案に
 相当する事案を生起させた対象者はその時点で学園からも社会からも一発追放と
 なるわけだ。

 そして追放者は今後社会生活における一切の後世の余地なしと判断され、
 学園とはまた違った本格的な更生施設へと送られる。
 故にこの白ヶ峰学園とは畢竟、国から与えられた人生をやり直す最後のチャンス
 だと言えるのだ。


   ◇


 そんな学園に俺こと桐生寿人は入学した。

 入学理由は親の借金。
 この学園ではそういう事情の生徒も多いらしく、この時勢では特段珍しくもない
 理由らしい。学園に入学すればそういった補償も受けられ寮生活で生活費も補償
 される。文句なしの制度だ。

 しかし俺の心はどこか空虚だった。

 これまでの自分の人生を振り返っても特段楽しいと思ったことはなく、今までも
 何となく生きていたに過ぎない。

 この学園に入ってしばらく。
 その日もまた俺は、広大な敷地の学園を当てもなくふらついていた。
 するとどこからともなく大勢の人の歓声が聞こえてきたのだ。

「なんだ?」

 その方向に目を向けると構内の歩道端に設置されたモニターが目に入った。
 そこには多くの観客に見守られながら、ステージの上で女性がバッタバッタと
 周囲の男たちを薙ぎ倒していく姿が映し出されていた。

「すごいな」

 俺はその様子にあっけに取られ、その場に突っ立ったままモニターを注視して
 いた。その間にも女性は舞うように華麗な足捌きで自身よりも体格に優れた
 相手を吹き飛ばしていく。俺はそんな彼女の姿を見て不思議と心が躍る、
 そんな感覚を胸に覚えた。

「綺麗だ」

 普通なら暴力的なシーンを見れば少なからず嫌悪感を示すことがほとんど
 なのだが、彼女相手にはそれがない。むしろ動くたびに擦れる布、そこから
 時折見える生肌の質感や、スラッと伸びた細長い脚を見ていると心にグッと
 くるものがある。

 そして何よりも、短いながらもサラサラとした髪に加え、闘争の中でも光り
 輝くその瞳には有無を言わさぬ美しさが確かに存在していた。

 正直に言おう。俺はその瞬間、彼女に恋をしてしまったのだ――――。
 そのことに気が付いた直後、俺は背後から声をかけられた。

「興味があるのかい?」

 振り返るとそこには、長身のこれまた綺麗な人物がモニターとは反対側にある
 ベンチに座っていた。そして俺が視線を向けると彼女は組んだ足を地面に下ろし
 姿勢を若干前に傾ける。

「君新入生だろ? 随分熱心に見てるけど、その競技が気になるのかい?」
「これ何かの競技なんですか?」
「ああ。あれはこの学園だけにある幻の競技、エスペラルドさ」
「エス、何です?」
「エスペラルド」

 すると女性はちょいちょいと手招きすると自身の横に空いたスペースを
 指し示す。

「なんですか?」
「よかったらこっちに座りなよ」
「・・・」

 そう言われ俺は彼女の隣に無言で座る。
 そして再度モニターに目を向けると、さっきまで戦っていた女性がステージ内に
 置かれたオブジェを手に拳を掲げていた。

「なるほど。さっきの人たちはあれを取り合っていたわけなんですね」
「そういうこと。あれはポイントオブジェクトと呼ばれるもので、獲得者には
 事前にオブジェに付与されたポイントをもらえるという訳だ」
「ポイント?」
「入学時に支給されたものがあるだろ。それのことさ」
「もしかして・・・これのことですか?」

 俺は入学時に支給された端末にあったアプリを起動しその画面を見せる。

「そうそれ。それは特別係数と呼ばれるもので、この学園での生命線だ」

 俺は端末の画面に目を向ける。
 そこには300ポイントという数字が表示されていた。

 特別係数とはエスペラルド同様にこの学園特有のもので、全生徒に入学時に
 配布されるもので、この時配布されるポイントの数は入学がキッカケとなった
 事案の重大性や、本人に対する情状酌量の余地などが考慮され決められると
 いう。俺の場合、特段大きな問題を起こしていないので比較的他の人よりは
 多いらしい。

 そしてこのポイントはこの学園での自由度に直結する。
 なぜならこのポイントは謂わば免罪符。
 もし仮に問題を起こしてもポイントさえ払えばその問題をもみ消すことが
 できる。そしてそれは何も対人関係だけには限らない。

 例えば、期末試験での赤点を取った場合、通常は追試を受け更にそれに落ちれば
 落第となるのだが。しかしポイントがあれば、赤点回避分と同等のポイント分を
 支払えば赤点が免除される。そういった使い方もできる。

 故にこのポイントは、問題児ばかりが通うこの学園の生徒たちによっては
 まさしく生命線といえる代物だ。

 ただこの制度について俺は、理解はできても納得はできていない。

「正直いうと俺にはこの制度の有用性がわかっていません。どうして更生施設で
 あるこの学園でこのような制度があるのか理解できない」

 端末をしまい、試合の終わったモニターを一瞥する。

「それにさっきの試合。血の気の多い人が集まるここでポイントを賭けて殴り合う
 のは、少々趣味が悪いんじゃないですかね」

 そういうと彼女は意外にも、特段否定することもなく「かもしれないね」と頷く
 だけだった。そして続けて彼女は言う。

「ただね、あれも立派なこの学園を維持するシステムの一部なのさ。そして個々の
 生徒のガス抜きにもなる。さっきの盛り上がいい証拠さ」

 そういうと彼女は俺の顔を覗き込むようにして視線を送る。

「それで君、彼女のどこに惚れたんだい?」
「なっ!?」

 俺は突然のことに肩を揺らし体を傾ける。

「ははは、君は分かりやすいタイプだね」

 その様子に彼女は、顎を下げつつニヒルな笑みを浮かべる。
 俺は恥ずかしさを感じつつも彼女に問いかける。

「何で分かったんですか?」
「そりゃ、試合に関心がないのにあんなに一生懸命見てたら誰だってわかるさ」
「うっ・・・」
「恥ずかしがることはない。彼女は美人だしとてもモテる。現に今日の観客の
 大半は彼女目当てと言っても過言じゃないだろう」

 そう話すと彼女はどこか誇らしげな顔を浮かべる。

「お知り合いですか?」
「ああそりゃもう。なんたって彼女は私の可愛い後輩だからね」

 すると彼女は突然ベンチから立ち上がる。

「それじゃあ私はもう行くよ。ああ、そうそう。もし試合に興味が出たなら
 私のところに尋ねてくるといい。色々と面倒見てあげよう」

 そういうと彼女はそれだけを言い残しスタスタと名前も名乗らずにその場を後に
 するのだった。
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