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第388章『無言の助言』

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第388章『無言の助言』

 何とか博多の海兵隊基地に辿り着いた山口駐屯地の分隊、その彼等を待っていたのは、途中で逸れ行方不明になっていた六人の仲間達。身に着けていた筈の戦闘服は何故か着ておらず、取り敢えずと渡されたのか海兵隊の戦闘服を身に着けた彼等が言うには、混乱の中夫々が別々に何者かに拉致され腕を背中で拘束され目隠しをされてトラックの荷台へと放り込まれた。そのまま何処かへとトラックは走り出し、停止したかと思ったら腕の拘束を解かれて戦闘服を剥ぎ取られ荷台から放り出され、目隠しを取ってみたらここからそう遠くない場所だったとの事。
 足元こそがっちりとした半長靴だったがそこから上は下着姿という情け無い格好のまま博多市街地へと入りそこを抜けてこの海兵隊基地迄辿り着き救援を求めたが、戦闘服こそ奪われたものの他は背嚢や身に着けていた銃火器に至る迄触られた形跡すら無く、誰が何の目的での行為だったのか皆目見当もつかない、そう口を揃えていた。
 分隊の到着は指揮所へも連絡が入っていたのか全員が揃ったところで呼び出しを受け、着ているものは揃わないままだが、お偉方の命令では仕方無いと顔を見合わせ、分隊十一名は指揮所となっている本部棟の会議室の扉を叩き中へと入る。
 そこにいたのは海兵隊最高司令官である高根海兵隊准将の他、黒川陸軍少将や浅田沿岸警備隊准将といった九州の守りの要の高官達、更には統合幕僚幹部副長である敦賀陸軍中将迄が居並び、彼等の持つ気迫と凄みに気後れしつつも部隊は整列し敬礼をする。
「よく来てくれた、東方師団や連帯とは既に連絡がついているが、君達を指揮する部隊が未だ現着していない。状況が整う迄は臨時で黒川総監の指揮下に入ってもらうが、良いかな?」
「了解です、全力を尽くします」
「有り難う、宜しく頼む。ところで……部隊の人間が途中拉致されて身ぐるみ剥がれたと聞いたが」
 高官を代表して返礼をしたのは副長、それに続けての言葉の中で何か有った様だがと問い掛ければ、返されたのは何とも歯切れの悪い言葉。
「それが……自分達も何が狙いだったのかが。話を聞いたところ奪われたのは戦闘服だけで、他には何も無い様子でして。背嚢の中身も銃火器も、手を付けられた形跡は有りませんでした」
「そう、か……とにかく無事で良かった、追って臨時の配置は知らせる、それ迄は休んでいてくれ」
「了解です。あ、そう言えば……ここに来る途中、教導隊の隊員に会いまして、伝言を預かりました」
「教導隊の?」
「はい、覆面で顔は分かりませんでしたが女性で、陸軍の戦闘服を」
「……女性?教導隊だと、確かに言ったのか?」
「はい、髪は長くて、腰位迄有るのを後ろで一つに縛っていて、教導隊特技班だと。道を塞いでいた放棄車両を爆破で綺麗に退かして、旧関門海峡の方へと向かうと言っていました。それで、自分の事を指揮所へ知らせて欲しいと」
 何とも妙な雰囲気と面持ちになった高官達、分隊の面々がそれを訝しめば、その様子に気が付いたのか副長が
「そうか、連絡を待っていたんだがもうそこ迄進んでいたのか。有り難う、助かった、もう下がって良い」
 そう言って退室を促し、一行はそれを受けて再度敬礼し会議室を出て行った。
 後に残ったのは九州のいつもの顔触れ、彼等は暫くの間誰も何も言わず、やがて堪え切れなくなったのか副長が肩を揺らせて笑い出した。
「っ……、うちの息子の嫁は、なかなか突拍子も無い事をやる様だな……」
「どう考えてもタカコですよね、これ……あいつ、何やってんだ」
「陸軍の戦闘服着てたって……、それ、多分拉致されて追剥された奴が着てたやつじゃないですかね?」
「綺麗に爆破をやってのけるなんて彼女しかいないでしょうよ、そもそもマクギャレットと彼女しか女性はいなかったんですし……特技班って……」
 彼女という人間を知っているのならば、今の話を聞いただけでそれが誰なのかは直ぐに思い至る。全員姿を消した時には戦闘服を置いて行っていたから、大和軍人の前に同じ大和軍人として姿を現すには誰かから戦闘服を拝借するしか無かったのだろう。
 しかし、それを奪った当の部隊の前に姿を現すとは、何ともタカコらしい豪胆さだと笑いながら、面々は彼女がそこ迄の危険を推してでも自分達大和軍へと接触して来た事の意味へと思いを馳せていた。
 不手際による大混乱、車両の放棄が各地で大量に発生し博多から出る道も九州から本州へと続く気北九州下関地区も軍用車利用の通行は不可能な状態に陥っている。太平洋側に位置する駐屯地に関しては連絡を受け即座に沿岸警備隊の艦艇での移送に切り替えたものの、日本海側はそうもいかず、既に移動を開始していた部隊も各地で動きが取れなくなっており頭を抱えていたのが現状だった。車両を退かすにも重機が足りない、有っても現地へと運び入れるには人を掻き分けて進まねばならず、完了するのはいつになるのか、そればかりを考えていた。
 恐らく、彼女はそれを見越していたのだろう。自分達が苦慮しているに違い無い、そう判断してどうすれば良いのかを示して見せてくれたのだろう。燃油切れである事さえ確認が取れれば、火を放つわけではない、発破を掛けて吹き飛ばすのであれば引火の危険性は限り無く低い。一時的に人間を遠ざけて次々と発破を掛けて車両を脇へと寄せ続ければ道を開く事が出来る、お前達にその技術は教えた筈だと、彼女はそれを伝える為だけに少々無謀な行動に出てくれたのだ。
 自分達へと直接接触して来なかったのは律義さの表れか、そこだけは律義さを通さないで欲しかったと思わないでもないが、今ここでそれをどうこう言ってもどうにもならない。今自分達に出来る事は、彼女が危険を冒してでも伝えてくれた事を部下へと伝達し、博多への、そして博多からの道を切り開く事、それだけだ。
「直ぐに指示を出そう、教導隊の技能兵を隊長にして分隊を編成し、爆薬と信管を持てるだけ持たせて各地へ。我々の同盟相手が伝えてくれた事だ、決して無駄にはするな」
「は、直ぐに」
「了解しました」
 副長の言葉を受けて他の三名が動き出す。爆薬と信管の準備をと部屋を出ようとした高根を副長が呼び止め、小声で話し掛けて来た。
「息子に……この事を教えてやってくれないか、お前が求めている相手は、未だ心は大和と、お前と共に在ると。私はまだどうにもな……頼まれてくれないか」
 今の場にはそぐわない極個人的な内容、しかし突然の別れ以来以前の覇気を取り戻すには未だ至らない我が子の姿をいつ迄も見ていたくはないのだろう。その親心は分からないでもないと高根は小さく笑い、
「分かりました、今は市街地の方に出ている筈ですが、戻り次第伝えますよ」
 と、同じ様に小声で返し、先ずは仕事だと部屋を出て行った。
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