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第376章『迂回』

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第376章『迂回』

「龍興!おい!お前足は平気なのか!?」
「おう……って、久し振りに聞いたな、お前が俺を呼び捨てするのなんか」
「お前がさっき俺の事名前で呼んだんだろうがよ……立てるか?」
「ああ、何とかな……いたた……お前、えらい臭いぞ」
「言うな……しかし、命拾いしたな」
「全くだ」
 混乱の極みとでも言うべき状況と心理状態の中、平素の振る舞いもお互いの関係も頭から飛んだのか、士官学校時代からの同期であり友人同士の態度と言葉遣いに戻った二人、横山が黒川に手を貸し立ち上がらせ、揃ってゆっくりと周囲を見渡した。
 燃え上がる公用車の残骸、遠くから届き始めた喧噪、それを呆然としつつ感じているところに副長も歩み寄り、暫くしてから口を開いたのは横山だった。
「総監、副長……爆破事件の犯人は、タカコではないと思います」
「……何か、見たのか?」
 副長が加わった事で口調と態度を戻す横山、その彼の発言内容に黒川と副長の二人は微かに眉根を寄せ、黒川が横山へと問い掛ける。
「……長い黒髪、部隊章、見た事の無い迷彩模様の戦闘服……高根総司令の執務室で見たのとそっくりな人物が、俺を射殺しようとしました、ついさっきです。確かに出で立ちはタカコにそっくりでした、後ろからだけ見ていれば彼女と間違っていたと思います、しかし、顔が違いました、別人です」
「それだけでは――」
「それだけじゃないんです、危うく殺されるところでしたが、それを助けてくれたのが海兵隊医官の佐藤先生……タカコの部下のジュリアーニ先生でした」
 タカコの忠実な部下の一人であるジュリアーニ、その彼が姿を現し助勢したとは、と黒川と副長は顔を見合わせる。その後どうしたのかと今度は副長が尋ねれば、
「ジュリアーニ先生が女に何か撃ち込んで……恐らくは麻酔銃か何かだと思います、死んではいませんでした。そこに突っ込んで来て当て身をして、昏倒したところを抱え上げて何処かに連れて行きました。その時に何か言ってましたが、ワシントン語で、生憎自分には意味が。ただ、先生と女の戦闘服の迷彩模様が全く違うものでした、同じ所属という事は無いと思います」
 戦闘服の迷彩模様は大和軍三軍の中ですら異なっている、沿岸警備隊は海上行動が基本だから迷彩模様ですらない。所属の違いを明確にするという意味が有るそれはワシントンでも大差は無いだろう。横山の言う様に、同じ舞台の中で何か狙いが有って敢えて違う模様にしているのでもない限り、その女とやらとジュリアーニの所属、統率する意思は別のものの筈だ。
 それを聞いていた副長は、暫く何かを考え込む様にして燃え盛る残骸を見詰めていたが、やがて自分の中で何等かの答えが出たのか、一度大きく深呼吸をして二人へと向き直り、静かに、静かに口を開いた。
「横山司令の言葉は間違っていない……この爆破が私達三人を狙ったものなのだとしたら、獲り漏らした場合に備えて兵員を配置していた筈だ、それが横山司令を襲った人物だろう。私も同じ様に狙われて危ないところだったが、寸でのところで助けられたよ」
「しかし副長、それでタカコが関与していないと結論付けるのは、何か理由が?」
「……私を助けてくれたのが、彼女だったからだ。僅かの間しか顔は見ていないし正面からでもない、しかし、あの横顔は間違い無く彼女、タカコさんだった……言葉も交わさないどころかこちらを見もしないで消えたがな」
 淡々とした副長の言葉、黒川と横山はそれに動きを失い、やや有ってから口を開いたのは今度は黒川。
「自分も同じ様に狙われました……それを助けてくれたのが、タカコの部下のマクギャレットでした。総監も何度か会った事が有ると思いますが、私の秘書官を務めてくれていた熊谷亜理紗、それがそうです」
「そう、か……どうやら私達三人は夫々タカコさん達に命を救われた様だな」
 一度に大量の情報に触れ過ぎて頭が混乱気味ではあるものの、タカコ達が一連の、少なくとも今回の爆破には関与していないという事は確かな様子。三人共それだけは何とか把握し、到着した消防車が消火作業に掛かるのを見詰めつつ、少し遅れて現着した救急車に保護される迄身動ぎもせず言葉も無く立ち尽くしていた。
 その後、海兵隊基地の駐車場で内燃機が故障して修理へと送られた筈の黒川達が乗って来た公用車と、そしてその荷室から運転手だった陸軍士官の刺殺体が発見された。三人を中洲へと置き去りにした士官は陸軍の何処にもその記録は無く、代わりにその彼が名乗っていたのと同じ名前の士官が駐屯地内の人気の無い倉庫でやはり刺殺体となって発見された。どちらからも入念に準備をしていた様子は感じられず、その事から以前からの潜入ではなく今回の為に潜入して来たという事が窺え、中洲の街で姿を消して以降目撃情報は無い。
 長期的に潜入する予定では無かったのだろうと結論付けられ、そのそもそもの理由はというところ迄話が及んだ時、最終的に導き出されたのは命拾いした三人にとっては僅かばかり背筋が冷たくなるものだった。
 海兵隊基地と陸軍博多駐屯地を最短距離で結ぶ一本道、そこが何度か爆破の標的になったのは警戒して迂回をさせる為。そしてその迂回が恒常化すれば、誰を中洲へと車で連れ出しても不自然には思われなくなる。
 狙いは九州の治安維持の責任者である陸軍西部方面旅団総監の黒川、博多の守りの要である博多駐屯司令の横山、そして、中央から派遣されて来ており相当の権限を持つ副長。陸軍の要職に就く者三名が一度に亡き者となれば、陸軍は大混乱に陥り事態への対応は遅れに送れるだろう。
 中洲へと連れ出しても誰も怪しまない状況を作り出し、その中で三名が一堂に会する機会を虎視眈々と狙い続け、それが訪れたから実行に移したのだ、と、陸軍と海兵隊合同での会議でそう結論が出されたのは、爆破から二日後の事だった。
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