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第361章『親』

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第361章『親』

「……もう一度お聞きします、ウチの、清水と、何が有ったんです?」
 タカコは海兵隊の人間だと強調して話す高根、黒川は黙したまま険しい顔付きで見下ろし、二人は副長の向かい側へと並んで腰を下ろす。副長は制服の上衣のポケットから取り出した手拭いで鼻と口の血を拭いつつ、昨夜の事を思い出しながら一つ大きく息を吐き、静かに話し始めた。
「隠し立てはもう無意味だ、昨夜、息子の執務室で彼女自身が認めたんだ。大和人ではなく外国人で、任務を帯びてこの国にやって来たと。貴之が以前京都に来た時、多佳子さんを家に連れて帰って来た。その時に言ってたよ、今はまだ無理だがいつかは多佳子さんと所帯を持ちたいと、大切にしてやりたいと思ってると。だから、そうしてやれと言った。貴之とその話をする前に多佳子さん自身とも話をしていてな、良いお嬢さんだと、是非あいつと結婚して欲しいと、そう思ったよ」
「でしたら……何故、息子さんがさっきみたいな反応を?清水自身が認めたって、一体何が有ったんです?」
 敦賀が口走った事で、タカコの正体が露見してしまっているのであろう事は二人にも予想がついていた。それはそれで問題だが、あの敦賀の怒り様、事はそう単純ではないだろう、それに、副長が話し出した事と何の関係が有るのかと顔を黒川と見合わせ、高根は話の先を促した。
「……大雪の時、宇治駐屯地で多佳子さんを見舞った事を覚えているか?」
「はい、自分は他の用件で離れてしまいましたが」
「あの時、部屋に入ったら医官は不在で、多佳子さんは一人で眠っていた。熱も随分高かったんだろう、その時に譫言で、大和語でない言葉を口にしていて、それが彼女の正体に疑問を持つ切っ掛けになった。それから国立図書館で言葉の正体を突き止め、そこから恐らくは特別な任務を帯びて潜入しているんだろうと見当をつけたよ。殆ど引き籠もり状態だった身の上で任官して数年も経っていないというのに、彼女は軍人として優秀過ぎた……身元を隠蔽する事を優先させての事だろうが、詰めが甘かったな。佐世保の出身という設定を用意したのは君達だろう?貴之には、息子にはそこ迄の伝手も何も無いからな。ともかく、彼女の口にした言葉を切っ掛けにして、全ての違和感が綺麗に繋がった」
 偶然が手伝っての事とは言え見透かされ過ぎていた、中央、京都から離れているという事実に油断していた事を否定は出来ず、副長の話を聞きながら高根も黒川も小さく舌を打つ。副長はそれを見て小さく笑い、静かに先を話す。
「……多佳子さんはとても素晴らしい女性だという事は分かっている、それでも、息子の立場を考えれば結婚にはとても賛成出来ない。私の立場として彼女を見逃す事は出来ない、本来であれば気付いた時点で拘束し統幕の管理下に置き、尋問をすべき存在だ。君達もそれは充分に理解していたからこそ、彼女の存在を隠匿していたんだろう?その行為も含めて事が公になれば、君達二人も息子も、即刻解任され拘束され、不名誉除隊と軍事法廷送りだ。そうなったら、君達はともかくとして息子はあれだけ不器用な性格だ、今更海兵隊以外の世界では生きて行けないだろう。だから、親としては、彼女との結婚には反対だと言うしか無かった」
「今迄行動を起こさなかったのは……息子さんの為ですか」
「……そうだ。彼女の存在が脅威とならないのであれば見逃しても良かった。しかし、彼女という存在を得てからの大和軍は大きく前進する事が出来たのだろうと思っている、教導隊の設立や散弾銃の配備、恐らくはその全てが彼女の存在無くしては為し得なかった事だ。それだけの力を持っているという事はそれだけで既に充分な脅威だ。火発の奪還部隊に彼女がいた事も、驚きはしなかった、寧ろ、やはり来たかと、そう思ったよ。だから……昨日、息子に話したんだ、結婚には反対だ、彼女と別れろと。彼女と別れるのであれば、職務を曲げて彼女を見逃しても良いと、息子や君達がそれに加担していた事も見なかった事にすると……拒むのであれば、彼女も息子も君達も、関係者全員を拘束し軍事法廷に送ると」
 そこで一旦言葉を切る副長、二人はその様子を黙したまま聞いていた。夫々の双眸に滲むのは、驚きと、そして怒り。
「……副長、あなた、御自身が何を言ったか、理解してるんですか?清水を、タカコを愛して生涯の伴侶として選んだ息子さんに、自分や我々の為に彼女を切り捨てろと、保身の為に見捨てろと、そう言ったんですよ?」
「……言われずとも理解している。責務を曲げてでも、息子の立場を守ってやりたかった。その為には彼女の存在を我々の前から消せば良いんだと、そう思っていたよ。そこに部屋の外で話を聞いていた多佳子さんが入って来て、私は彼女にも同じ様に伝えた。彼女はそれを首肯していたよ、そこで我慢出来なくなった息子が彼女を連れて出て行ったが、私は、少なくとも親としては自分は間違った事はしていないと、そう思っていた」
 怒りと軽蔑の色の浮かぶ高根の言葉、副長はそれにも淡々と言葉を返し、口角に滲んだ血を手拭いで拭う。分かっている、自分が採った行動は極めて利己的なもの、他者から見ても理解出来る事ではないだろうという事は分かっている。それでも、彼女を遠ざける事で息子を守れるのであれば誰に何と言われようと構わないと、そう思っていた。
「……副長、『思っていた』というのは、過去形なのはどういう事です?まだ何か有るんですか?」
 違和感に気が付きそれを問い掛けたのは黒川、副長はそれにぴくりと肩を揺らし、大きく息を吐きながらがしがしと頭を掻きそれに対する答えを口にした。
「……官舎に戻る気にならなくてな、自分の執務室にいたんだが、明け方だったか、多佳子さんが訪ねて来たよ。大和のものではない戦闘服を着て、階級章を付けた帽子を被ってな」
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