大和―YAMATO― 第四部

良治堂 馬琴

文字の大きさ
上 下
7 / 100

第307章『初めての相手』

しおりを挟む
第307章『初めての相手』

 ジャスティン・ドレイク、三十八歳になるワシントン人は、昨日から始まった尋問の中でと或る事に気が付きつつあった。
 それは、尋問の時に必ずタカコと一緒に入室して来る、大和海兵隊の最先任上級曹長の振る舞いについて。常に太刀を手にし全身から殺気を滲ませ、何か有れば直ぐに自分の無力化に動く腹積もりなのであろう事がひしひしと伝わって来る。それは大和軍人という彼の立場を考えれば当然の事なのだが、それよりもドレイクの意識を引いたのは、タカコに対する敦賀の接し方だった。
 意識してなのか無意識なのか、通訳役のカタギリも一緒に入室するというのに、タカコの真横に寄り添う様にして敦賀がつき、本来であれば敦賀のいる場所にいてタカコを警護する筈のカタギリは、ぴったりとくっついた二人の後ろから入って来る。タカコに対しても警戒を解いてはいないのかと思いはしたものの、それであれば尋問官へと登用する事もカタギリに対しては全くの無警戒である事も説明がつかない。
 と、そこで思い出したのは鳥栖演習場内でタカコを拘束し敦賀と対峙した時の事。あの時彼女は敦賀を指して、『お目付け役兼飲み友達、他にも少々』と言っていた。あの『少々』とは何なのか、昨日タカコとの会話の中で出た、今の彼女と身体の関係が有る大和の男の存在、それを併せて考えてみると、どうやら答えらしきものに行き着いた様だ、と、ドレイクはそんな事を考えつつ小さく笑い、目の前で昨日に引き続き昔話を口にするタカコへと視線を戻した。
 背丈体格こそタカユキとそっくりだが、顔の造りは似ても似つかないし、接触からこちら彼から受ける気難しそうな印象もタカユキとは全く違う。女心に対しての機微が有りそうな人間にも思えないが、一体あの人物の何処に惹かれて関係を持つに至ったのか、頭に浮かんだその思いをそのまま目の前のタカコへと投げ掛けてみる。
『なぁ、聞いても良いか?』
『は?何だよ?』
『お前の今の相手、そこにいるSgtMajMarCorだろ?』
 単刀直入なドレイクの言葉に、啜っていた湯呑の中身を盛大に撒き散らしたのはタカコ。ドレイクはタカコのその様子と、彼女の背後でいきなり噴き出したカタギリの様子に、やはり自分の勘は正しかったなと愉快そうに肩を揺らせて笑い出した。
『なっ、おまっ、ちょ』
『やっぱりなー。しかし、お前はこういう系の話題は本当に分かり易いな』
『なっ……そんなんじゃねぇし!!』
『図星指されるとそうやって真っ赤になってムキになって否定するのも変わってねぇよなぁ。お前、マジでポーカーフェイス下手過ぎ』
『だから!違うし!!』
 こんなところは昔から変わっていない。一度任務で戦場に出れば『蒼褪めた馬に乗る者』と呼ばれ畏怖と恐怖の対象にすらなったというのに、普段の彼女はよく笑いちょこまかと動き回り、次々と悪戯を仕掛けては部隊の仲間や上官達を阿鼻叫喚の地獄絵図へと叩き落としていた。そして、いつの頃からかタカユキが一人の男として彼女の傍にいる様になり、自分達はそれを揶揄って、照れていっぱいいっぱいになった彼女が真っ赤になり爆発する、その繰り返しだった。
 そして今、彼女の支えであり庇護者でもあったタカユキがこの世にはいないと分かり、独り遺された彼女の心を心配はしたものの、タカユキとは形は違えど、そして仮初めとは言えど心と身体の安息の場所が有るらしい、その事に思い至り、ドレイクは小さく、そして穏やかに笑う。
「……ケイン、ちょっと席外すぞ、仕切り直して来る……疲れた」
「はい、了解です……しょうがないですよ、ドレイク大尉相手じゃ」
「笑うな!」
 形勢の不利を悟ったのか立ち上がり扉へと向けて歩き出すタカコ、まだ赤いままの顔を見てカタギリが笑い、その彼の頭に拳を落として扉の向こうへと消えて行った背中を見送りながら、ドレイクは再度敦賀へと視線を向けた。
 さて、と、そう思いながら敦賀の顔をまじまじと見てみれば、会話の全てをカタギリが伝えているわけでは無いから今の流れも理解出来ていない様子だが、それでも自分とタカコがそれなりに親しく和やかな時間を過ごしている事をこの男は快くは思っていないらしい。それは立場としても当然そうなのだろうが、それ以上に自分以外の男が彼女と親しくしているのが気に食わないといった心持ちが垂れ流しになっている様子を見て、タカコはともかくとして目の前のこの男は彼女に対して心底惚れてしまっている様子だな、と、胸中で呟いた。
『お前のもんじゃねぇっての、あいつは。ったくよ……気持ち悪い位にタカコにベタ惚れだったタカユキだってもう少し余裕ってもんが有ったぜ。独占欲丸出しで、童貞かよお前』
 童貞、その言葉にカタギリが再び噴き出し、何かがツボに嵌まったのか今度は俯いて肩を震わせ始め、どうやら悪口を言われている様子だと勘付いた敦賀がカタギリへと向けて心底機嫌が悪そうに口を開く。
「おい、ケインよ、今奴は何て言ったんだ」
「っ……いや、聞かない方が良いぞ」
 ひくひくと肩を震わせ時折堪え切れずに小さく噴き出すカタギリ、その様子を見て益々険を深くする敦賀。ドレイクはその様子を眺めつつ愉快そうに肩を揺らせて笑い、別にどうしても隠しておかなければならない事でもないからこの機会にこちらからばらしてしまおうか、そう思いながら真っ直ぐに敦賀へと視線を向け、ゆっくりと、しかしはっきりと口を開いた。

「お前、タカコに惚れてるだろ。良い事教えてやろうか。あいつの初めての男、俺だから。いやぁ、悪いな?そんな殺気立っちゃう程に惚れ抜いてる、最愛の女の初めて頂いちゃってさぁ。あ、因みに俺の初めての相手もあいつな、初めて同士ってやつ?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

冤罪で追放した男の末路

菜花
ファンタジー
ディアークは参っていた。仲間の一人がディアークを嫌ってるのか、回復魔法を絶対にかけないのだ。命にかかわる嫌がらせをする女はいらんと追放したが、その後冤罪だったと判明し……。カクヨムでも同じ話を投稿しています。

処理中です...