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第305章『御家事情』

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第305章『御家事情』

 大和にとって公式としては初の対人戦闘作戦となったその日、鳥栖演習場は迫撃砲の砲撃による被害を受け、一部区画は今後の使用は整備をしない限りは当面不能と判断されるに至った。また、演習場内での死者は出なかったものの、周辺の警戒に当たっていたトラック数台が敵勢と遭遇が有ったのか激しい攻撃に曝され、応戦も虚しく乗員全員が死亡しているのが後から発見された。
 捕虜として拘束出来たのは二十名程、その殆どが囮となった鳥栖演習場指揮所で爆破を試みた大和の民間人と思しき東洋系人種で、その事実を知らされた上層部は、これでは大した情報は入手出来ないかも知れないと表情を曇らせた。
 そんな中、タカコと敦賀が拘束し連行して来たドレイクの存在に一同は俄かに活気付き、海兵隊員が拘束して来たという事で尋問の主導権は海兵隊が貰う、と、その総司令である高根が要求した事に大きな反対の声が挙がる事も無く、ドレイクの身柄はそのまま博多の海兵隊基地へと移送された。
 その彼を営倉から尋問室へと移し、椅子と床に鎖と南京錠で固定しこれから彼に対しての尋問が始まる、そんな中、タカコは一連の計画と今回の作戦に関わった主だった面々と共に、総司令執務室のソファへと身を埋めている。
「……それで?お前の昔馴染みだってのはもう聞いたが、もう一度確認しておきたい。ワシントンの正規軍人と思われる人物が大和へと攻撃を加える勢力に属し、実際に攻撃に参加していた、それは間違い無いんだな?」
「……ああ、間違い無い。彼の名はジャスティン・ドレイク、階級は三年前の時点で大尉、ワシントン陸軍所属のれっきとした正規軍人だ、今でも退役していなければの話だが。まぁ、他で生きて行ける様な能の有る奴じゃないから、今でも現役なのは確実だろう」
「で?お前の昔馴染みだってぇ話だが、お前はあいつがこんな事になってるのを知ってたのか?」
「いや、それは知らなかった。昔馴染みとは言っても大昔に一時期同じ部隊にいた事が有るってだけで、それ以降はたまに会って呑んだり話したりする事は有っても仕事で一緒になる事は無かった。Providenceの立ち上げ以降は、表向きは下野した事になってた我々は正規軍人との接触は極端に制限する様になったから、たまにしか会わない様になった。一年に数回、それ位だ」
 タカコの向かいに座り質問を投げ掛けるのは高根、その横には黒川が黙したまま座し、その両側に小此木と横山が立ち、その後方には第一分隊の面々や他の分隊の分隊長達、彼等は一様に険しい面差しでタカコをじっと見据えている。タカコの背後には彼女の部下が全員揃い同じ様に険しく鋭い眼差しで真っ直ぐに前方、宙を見据え、敦賀はその陣営の間で横から双方の様子をじっと見守っていた。
「彼がああして大和に潜入して戦闘に参加していた理由は……見当がつくか?」
 高根の次に口を開いたのは黒川、結局のところそれが大和側にとって今一番知りたい事であり、他の面々もそれに同意する様に、答えを求める視線をタカコへと集中させる。
「……国の恥を晒す事になるが……私の部隊の上部組織である統合参謀本部も一枚岩じゃない、我々が関与する作戦の総責任者は統合参謀本部議長のウォルコット陸軍大将だが、彼は穏健派の筆頭だ。だからこそ、地政学的に大きな利益を齎してくれる大和へ即時侵攻をすべしとの判断は下さず、和平と協調の可能性を探ろうとして、それで我々が派兵される事になった」
「……そうでない人間もいる、という事か」
 黒川のその言葉にタカコは直ぐには答えず、一つ、大きく呼吸してからゆっくりと首肯する。
「ああ、副議長のマクマーン海兵隊大将、彼は急進派の筆頭だ。当然我々に下された命令にも難色を示し、はっきりと反対意見を口にしてる。『即時侵攻して大和をワシントンの支配下に置く事が最大の国益であり、それをしようとしないウォルコットの決断は国への背信行為に等しい』と迄言い切ったよ。我が国は北には活骸、南には他国という外敵を抱え、加えて資源の確保にも難渋してる、国土は大和よりも余程広大でも、その分国民の数も大和よりもずっと多いからな。だから、外征には積極的だし政争も大和より数段苛烈だ。統合参謀本部内でもそれは変わらん、寧ろ下よりも激しいだろうな」
「それで?それが今回の事にどう関わって来るんだ?」
「……ウォルコットを出し抜いて追い落とす絶好の機会だ、マクマーンはそう考えたんだろう。先に大和の制圧という結果を作り出してしまい、後は適当な理由を付けてウォルコットを外敵に与する存在として告発し、軍法会議を経て処刑台に送れば良いってな。それで独断で軍を動かそうとし、恐らくはそこに外部の軍事勢力との接触を受け迎合する事にした……軍の私物化だよ。証拠さえ掴めれば逆にマクマーンが処刑台送りだ。まぁ、これは我々の国の話で、大和には関係の無い事だが」
 薄く笑いすら浮かべて淡々と語るタカコ、その様子に高根は薄ら寒いものを感じつつ、他には気取られぬ様に口腔内の粘ついた唾液を嚥下した。ウォルコットと言う人物の指揮する作戦の最前線へと投下されているタカコ、万が一彼が失脚する事が有れば、諸共に自分達も葬り去られるであろう事は理解している筈なのに、その事に対しての怯えも何も一切無く、逆に状況を楽しんでいる様にすら見える。大した胆力だと思った事は数知れないが、やはりこの人物は底無しだ、と、畏れにも似た感覚が胸中を支配するのを改めて感じていた。
「……まぁ、言い訳させて貰えば、マクマーンの行動と命令は彼の独断専行だ、ワシントンの意志ではない。現在のワシントンの意志はウォルコット議長の命令であり、我が国は現時点では大和に対しての害意は無い、それは信用してくれ。私の全てに懸けて誓う、約束する」
 タカコの静か且つ力強い言葉と真っ直ぐな眼差し、高根も黒川も敦賀も、そしてそれ以外の大和人達も、黙ったままそれを受け止めていた。目の前の人物にの言葉に、隠されている事は有ったとしても少なくとも嘘は無い、それは彼女の双眸に浮かぶ強い意志と光を見れば分かる。より危険な賭けになった事は理解しているものの、同時に他に道が無い事もまた理解している高根は大きく息を吐き、ゆっくりと立ちあがった。
「……分かった、信用しよう。これから尋問を開始するが。宜しく頼むぜ?」
「……ああ、任せてくれ、最善を尽くす」
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