タカコさんと愉快な仲間達―YAMATO―

良治堂 馬琴

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『もう一つの【P】』

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『もう一つの【P】』

『テイラー団長……どうかなさったんですか?随分と気分が優れない御様子ですが』

 大ワ合同特殊部隊『Providence』――、通称『P』。その一員であり最古参の部類に入る男、ケイン・カタギリは、大ワ合同教導団の本部棟内の廊下で前方の人物の様子を不思議に思いながら相手へと挙手敬礼をしつつ、声を掛ける。
 その相手とはワシントン側の教導団団長である、ロバート・テイラー海兵隊中将。本来であればカタギリの中尉の階級とテイラーの中将の階級は絶対的なものであり、カタギリの方から言葉を発する事自体有り得ない。しかし、Pの司令を通じて多少なりとも付き合いが有るからなのかテイラーもその事には然して気を留める事も無く、どんよりとした空気を纏ったまま軽く返礼して見せ、カタギリの方へと歩み寄って来る。
『カタギリか……こういう時はな、『顔色が悪いですよ』って言うんだ』
『……あの……ここは笑うところなんでしょうか……』
 今は未開の地へと立ち戻ってしまったアフリカ大陸、そこをその来し方の源流に持つテイラーは肌は黒に近い程の褐色であり、顔色は分からないわけではないが近しい人間でもない限り非常に見分け辛い。気心の知れた者同士であれば笑い話にも出来る事ではあるが相手は海兵隊中将、流石に軽々しく言える事でもないなとカタギリが脳内で言葉を選んでいると、
『ちょっと来い、流石に誰かに聞いて欲しくてな』
 と、テイラーはカタギリへと手招きをすると自らの執務室に向かって歩き出した。
『それで……どうなすったんですか?自分が聞いても良い話なのでしょうか。大事なお話なら自分よりも先ず司令に――』
 室内へと入り執務机の椅子にどさりと身体を沈めるテイラー、その様子はひどく気分が滅入っている様に見えて、只事ではない、そう判断したカタギリが自らの上官について言及した時、テイラーがそれに被せる様に口を開く。

『……MARSOCが……来る……第一大隊、その中の……第一小隊だ』

 その言葉だけで、カタギリにはテイラーの内心の全てが伝わった。
『……団長、自分の勘違いでなければ、確か今あそこの隊長は……ショーン・アンダーソン中佐では』
『そうだ……お前の上官のタカコ・シミズ大佐とは犬猿の仲のアンダーソンだ……』
 その後、長い時間二人は無言のままだった。
 他国との戦争、本格的な侵攻を見据えてワシントンは軍備を整えてきた。MARSOCもその一つ、海兵隊の精鋭を擁する特殊部隊、特に第一大隊麾下の第一小隊は前身となった『TEAM PROTO』からの兵員がほぼ全員を占める、謂わば見本であり海兵隊最強と謳われる、高官の間では『もう一つの【P】』と呼ばれる部隊。現在その小隊の隊長を務める海兵隊中佐アンダーソンはその軍歴も素晴らしいの一言に尽きる至極有能な軍人であり、小隊長という立場も中佐という階級もそれに不足すら有ると言っても良い程の人物だ。
 しかし、この場にいる二人にとって問題なのはアンダーソンの公人、軍人としてのあれこれなのではなく、タカコとの関係性、この一点についてのみだった。
 本国にいた時から何故か壊滅的に相性の悪かった二人、どんなに離れていても互いを目敏く見つけ寄れば触れば罵り合い、腰の得物を抜いた事すら有る、しかも何度も。タカコが陸軍に収まっていれば互いが顔を合わせる事は無かったのだろうが、タカコがJCS直轄部隊の司令として有用な人材を所属に囚われずに探す様になってからタカコとアンダーソンは出会い、そして、覚えている限りは出会った瞬間からいがみ合っていた。
 カタギリ自身もその様子は目にしていて、アンダーソンへと銃口を向けたタカコを必死で止めたのも一度や二度の事ではない。直属の上官の振る舞いについて閉口しているのは向こうも同じなのか、同じ様にしてアンダーソンを羽交い絞めにしている彼の部下達と、同情と憐憫が入り混じった眼差しを何度も向け合った。
 何故そんなに相手を嫌うのかタカコの問い掛けてみた事も有るが明瞭な返事が有った試しは無く、何をどうやっても相性の悪い相手というのは存在するのだと、そんな解釈をする以外に無かった。アンダーソンの方はと言えば、PROTOの方が先に創設され人員も装備も充実しており技量も遜色は無いと言うのに、大人と組織の事情で後から創設された意味不明な部隊が本家扱いされているのだから、面白いわけがないというのは簡単に想像がつく。
 そんな相手がこの国へと、大和へとやって来るとなれば彼等を統括する立場に在るテイラーとしては超特大の頭痛の種が直撃したという事に外ならず、自国内でも気が重くなるに違い無いのに同盟国でもし騒ぎが起きてしまったらと考えれば、この配置を決定した海兵隊上層部どころか神すら恨みたくなるな、と、カタギリは同情の眼差しをテイラーへと向ける。
『それで……司令は、この事は?』
『まだだ……今日の朝の便で命令書が届けられてな……ただ、その命令書がPとPROTOの合同訓練に関わるものだったから……どちらにせよ今日中には伝える事になる……因みにアンダーソンの部隊は二週間後にはこちらに赴任する予定だ』
『……国際電話、早く実現すると良いですね……覚悟だけは早めに出来る様になりますから』
 上層部の決めた事に逆らえないのはテイラー程の立場であってもそう変わるものでもなく、これから訪れるであろう騒動の連続に想いを馳せ、二人は暫くの間何処か遠くを見詰めていた。

 二週間後、大和海兵隊管理地の中に建設された軍用飛行場、その滑走路脇の格納庫の前に、十人程の人間が集まっている。ワシントン海兵隊や同陸軍の戦闘服に加え、大和海兵隊の戦闘服もちらほらと在り、更にそこにどちらの迷彩模様とも違う戦闘服の数人がおり、その中にはタカコの姿も在った。
『……ショーン……大和の地を踏む前に殺してやる……』
『ボス……いい加減大人になりましょうよ……』
『ぶっぶー!あのクソの方が八歳年上ですぅー!!』
「……何を言ってるのかは半分位しか分からねぇが、えらいガキくせぇ事を言ってるというのだけは分かった」
 殺気立つタカコ、うんざりとした面持ちで彼女を宥めるカタギリ達、そして、それを見て鼻で笑う貴之。テイラーはと言えば頻りに胃の辺りを摩りながら、点の様に小さく見え始めた輸送機へと視線を向けていた。その姿はどんどん大きくなり、やがて大きな音と共に大和の地へと降り立ち、タイヤのゴムが地面と擦れ合い白い煙を上げ始める。長い距離を走りながら段々と速度を落とす輸送機、一度滑走路の端近く迄行ったそれはゆっくりと旋回し、タカコ達の待つ直ぐ近く迄来て停止した。
 機体後部の格納扉がゆっくりと開き始める中、その隙間から何かが飛び出して来たのと、タカコが機体へと向かって飛び出したのはほぼ同時。
『ヤバい!捕まえろ!!』
 そう叫んだのはカタギリで、貴之も短い文章ならワシントン語を理解できる様になっていた事も有り、彼の言葉に従いタカコを追って走り出した。

『てめぇ何しに来やがった!』
『そりゃこっちの台詞だクソ女!合同訓練ってならお前等が俺等に世話になりに来いや!弱小部隊のくせに偉そうに!!』
『人数ばっかり多いだけのウスノロ部隊が何勘違いしてやがる!』
『あぁ!?殺すぞこのクソが!!』
『それこそこっちの台詞だ!!』

 突如として始まった罵り合い、互いの胸倉を掴んでのその勢いに、双方の部下がうんざりした面持ちをしつつも己の上官を周囲で宥め、テイラーはそれを見て顔を両手で覆いながら天を仰ぎ、貴之はと言えば半ば呆れた様な面持ちと心持ちでその様子を見詰めていた。

『Providence』と『PROTO』――、二つの『P』。
 それが大和の地に揃えられる事となり、一部の人間にとっては頭と胃の痛みの原因が一つ増える事となった。
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