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第273章『雨』
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第273章『雨』
急に激しく降り出した雨、日暮れとも相俟って随分暗くなった空を見上げ、敦賀は一つ舌打ちをした。タカコと分かれての作業中に降り出した雨、濡れるのを避ける為に入った民家の軒下から動く事も出来ず、今ここにはいない彼女の事を考えつつ雨脚が弱まるのをじっと待つ。
「っひゃー、濡れた濡れた!」
タカコが戻って来たのは降り出してから三十分程経過してから、雨の中作業を続けていたのか全身をぐっしょりと濡らし、服が含み切れなかった水をあちこちからボタボタと落としながら笑う彼女を見て、敦賀は小さく溜息を吐いて縁側から立ち上がった。
「雨宿りしなかったのか、この馬鹿が」
「いやぁ、明日に伸ばすと最初からやり直しになりそうだったんでな、雨の所為で。だから一気に片付けて来たよ。今日はここに間借りして遣り過ごそうか。他の二班も同じだろう」
窓硝子は割れてしまっているが建物自体は火事で焼ける事も無くしっかりとした構造を保ったまま、土足のまま上がるのは気が引けるがと言いつつ中へと入るタカコに敦賀も続き、居間として使われていたであろう室内の中央へと歩みを進める。
「おい、脱げ」
「……いや、あの、な?お前がどういう意図で言ってるのかは分かるよ、二年半も一緒にいりゃあ絶望的に言葉が足らなくてもさ、流石に学習するよ、うん」
「なら良いじゃねぇか別に」
「……でもさぁ……流石に端折り過ぎだと思うんだよ……『そのままだと風邪をひくから脱いで服を乾かせ』って言いたいんだよな?で、その間は俺の戦闘服の上着を着ておけと、そう言いたいんだよな?だったらさ、それ、ちゃんと言おうぜ?」
げんなりした様な呆れた様な、そんな面持ちと口調のタカコが顎でしゃくって示したのは敦賀が脱いで手にした戦闘服。それなりの期間それなりの密度の付き合いをしているのだから言わんとするところは分かるのだが、それでもこの男は絶望的に言葉が足りないなと苦笑すれば、敦賀はそれを見て眉間に皺を寄せ、
「分かってんならさっさと脱げ、京都の二の舞なんざ御免だぞ俺は」
と、そう言ってタカコに戦闘服を投げて渡し、ソファの上に薄らと積もった埃を乱暴に払うとどかりと音を立てて身を沈めた。
「はいはい……しょうがねぇ奴」
タカコの方はと言えば、敦賀に言われずとも脱ぐつもりだったのか特段嫌がる素振りも見せず、呆れた様な笑いを浮かべつつ素直に戦闘服とその下に着込んだシャツを脱ぎ始める。
「水筒の中身がもう殆ど残ってなかったよな、雨水溜めておいて、それ水筒の中に入れようか。敦賀、悪いんだけどさ、台所から鍋幾つか出して、庭に置いておいてくれないか?」
食料は乾パンや加水して作る米や缶詰等を持って来てはいるが、水はそう多くは持ち歩けず、まだたまだ肌寒い季節という事でそう多くは消費してはいないものの残りは心許無い。敦賀もタカコに言われて『そう言えば』と思い出し、素直に立ち上がり台所に入り鍋を幾つか庭へと出した。
「これだけ雨脚が強ければ、朝には充分溜まってるだろうよ。準備期間はまだ後二日残ってるから、それでも足りない位だろうがな」
「水筒に入りきらない分は隠して保管しておこうか、水筒の中身が無くなったら取りに来れば良い」
「……だな、それなら、台所の鍋全部出しておくか」
「だな」
外は完全に日が落ち、街燈も無い廃墟のど真ん中では濃密な闇が身体を包み込み僅かな先も見えない。そんな中で敦賀は防水マッチを擦り丸めた新聞紙に火を点けてその明かりを頼りに再度台所へと入り、鍋や丼を有るだけ持ち出して庭へと出す。
「有り難う、助かったよ」
シャツへと直接染み込む雨の冷たさを感じつつ室内へと戻れば、揺れる明かりにタカコの白い肌がぼんやりと浮かび上がり、それが自分が手渡した戦闘服に覆い隠されていく様を、敦賀は何も言わずに見詰めていた。残ったのはそこから伸びた二本の脚、それが薄闇の中で動きソファに腰を下ろすのを眺め、庭に出来た水溜りへと松明を投げ捨てた後隣へと腰を下ろす。
「でかいねこれ、三回袖折り返して漸く手が外に出たよ、裾も膝近く迄有るんだけど」
「タッパの差を考えろ、お前が小さ過ぎるんだよ」
「それには異議を唱えたいぞ、お前がでけぇんだよ」
夜が明ける迄はもうする事も無い、背嚢から取り出した乾パンを齧りつつ缶詰を開け、中身を指で直接摘まみながらどうでもいい遣り取りを交わす。
「そろそろ寝るか……三時間置きに交代するとして……どっちが先に休む?」
「俺はまだ良い、お前が先に寝ろ」
「そうか?じゃ、お言葉に甘えて」
腰を落ち着けて食事を採り、取り留めも無い会話を交わし始めてから二時間程経過した頃、マッチを擦って腕時計で時間を確かめたタカコがそろそろ休もうと口にした。訓練、しかもその前準備とは言え実戦を想定した状況下、揃って眠る事は出来ないからとの問い掛けに敦賀が言葉を返す。
「完全に横になってゆっくり休め、何か有ったら直ぐに起こす」
「はいよ、じゃ、お休み」
「ああ」
ソファに自分が座ったままでは寝辛いだろうと敦賀が立ち上がりソファの直ぐ脇へと腰を下ろせば、真横に在ったタカコの脚がソファの上へと上がって行き、身体が横たえられる気配が伝わって来た。そこから先はお互いにもう言葉は無く、敦賀は何をするでもなく割れた窓硝子の向こうに広がる闇夜へと視線を向ける。
少ししてから聞こえて来たのはタカコの静かな寝息、それに気付いた敦賀は視線だけをそちらへと向けて僅かに目を細め、それからまた前方へと視線を戻し、雨音と寝息の合奏を静かに聞いていた。
急に激しく降り出した雨、日暮れとも相俟って随分暗くなった空を見上げ、敦賀は一つ舌打ちをした。タカコと分かれての作業中に降り出した雨、濡れるのを避ける為に入った民家の軒下から動く事も出来ず、今ここにはいない彼女の事を考えつつ雨脚が弱まるのをじっと待つ。
「っひゃー、濡れた濡れた!」
タカコが戻って来たのは降り出してから三十分程経過してから、雨の中作業を続けていたのか全身をぐっしょりと濡らし、服が含み切れなかった水をあちこちからボタボタと落としながら笑う彼女を見て、敦賀は小さく溜息を吐いて縁側から立ち上がった。
「雨宿りしなかったのか、この馬鹿が」
「いやぁ、明日に伸ばすと最初からやり直しになりそうだったんでな、雨の所為で。だから一気に片付けて来たよ。今日はここに間借りして遣り過ごそうか。他の二班も同じだろう」
窓硝子は割れてしまっているが建物自体は火事で焼ける事も無くしっかりとした構造を保ったまま、土足のまま上がるのは気が引けるがと言いつつ中へと入るタカコに敦賀も続き、居間として使われていたであろう室内の中央へと歩みを進める。
「おい、脱げ」
「……いや、あの、な?お前がどういう意図で言ってるのかは分かるよ、二年半も一緒にいりゃあ絶望的に言葉が足らなくてもさ、流石に学習するよ、うん」
「なら良いじゃねぇか別に」
「……でもさぁ……流石に端折り過ぎだと思うんだよ……『そのままだと風邪をひくから脱いで服を乾かせ』って言いたいんだよな?で、その間は俺の戦闘服の上着を着ておけと、そう言いたいんだよな?だったらさ、それ、ちゃんと言おうぜ?」
げんなりした様な呆れた様な、そんな面持ちと口調のタカコが顎でしゃくって示したのは敦賀が脱いで手にした戦闘服。それなりの期間それなりの密度の付き合いをしているのだから言わんとするところは分かるのだが、それでもこの男は絶望的に言葉が足りないなと苦笑すれば、敦賀はそれを見て眉間に皺を寄せ、
「分かってんならさっさと脱げ、京都の二の舞なんざ御免だぞ俺は」
と、そう言ってタカコに戦闘服を投げて渡し、ソファの上に薄らと積もった埃を乱暴に払うとどかりと音を立てて身を沈めた。
「はいはい……しょうがねぇ奴」
タカコの方はと言えば、敦賀に言われずとも脱ぐつもりだったのか特段嫌がる素振りも見せず、呆れた様な笑いを浮かべつつ素直に戦闘服とその下に着込んだシャツを脱ぎ始める。
「水筒の中身がもう殆ど残ってなかったよな、雨水溜めておいて、それ水筒の中に入れようか。敦賀、悪いんだけどさ、台所から鍋幾つか出して、庭に置いておいてくれないか?」
食料は乾パンや加水して作る米や缶詰等を持って来てはいるが、水はそう多くは持ち歩けず、まだたまだ肌寒い季節という事でそう多くは消費してはいないものの残りは心許無い。敦賀もタカコに言われて『そう言えば』と思い出し、素直に立ち上がり台所に入り鍋を幾つか庭へと出した。
「これだけ雨脚が強ければ、朝には充分溜まってるだろうよ。準備期間はまだ後二日残ってるから、それでも足りない位だろうがな」
「水筒に入りきらない分は隠して保管しておこうか、水筒の中身が無くなったら取りに来れば良い」
「……だな、それなら、台所の鍋全部出しておくか」
「だな」
外は完全に日が落ち、街燈も無い廃墟のど真ん中では濃密な闇が身体を包み込み僅かな先も見えない。そんな中で敦賀は防水マッチを擦り丸めた新聞紙に火を点けてその明かりを頼りに再度台所へと入り、鍋や丼を有るだけ持ち出して庭へと出す。
「有り難う、助かったよ」
シャツへと直接染み込む雨の冷たさを感じつつ室内へと戻れば、揺れる明かりにタカコの白い肌がぼんやりと浮かび上がり、それが自分が手渡した戦闘服に覆い隠されていく様を、敦賀は何も言わずに見詰めていた。残ったのはそこから伸びた二本の脚、それが薄闇の中で動きソファに腰を下ろすのを眺め、庭に出来た水溜りへと松明を投げ捨てた後隣へと腰を下ろす。
「でかいねこれ、三回袖折り返して漸く手が外に出たよ、裾も膝近く迄有るんだけど」
「タッパの差を考えろ、お前が小さ過ぎるんだよ」
「それには異議を唱えたいぞ、お前がでけぇんだよ」
夜が明ける迄はもうする事も無い、背嚢から取り出した乾パンを齧りつつ缶詰を開け、中身を指で直接摘まみながらどうでもいい遣り取りを交わす。
「そろそろ寝るか……三時間置きに交代するとして……どっちが先に休む?」
「俺はまだ良い、お前が先に寝ろ」
「そうか?じゃ、お言葉に甘えて」
腰を落ち着けて食事を採り、取り留めも無い会話を交わし始めてから二時間程経過した頃、マッチを擦って腕時計で時間を確かめたタカコがそろそろ休もうと口にした。訓練、しかもその前準備とは言え実戦を想定した状況下、揃って眠る事は出来ないからとの問い掛けに敦賀が言葉を返す。
「完全に横になってゆっくり休め、何か有ったら直ぐに起こす」
「はいよ、じゃ、お休み」
「ああ」
ソファに自分が座ったままでは寝辛いだろうと敦賀が立ち上がりソファの直ぐ脇へと腰を下ろせば、真横に在ったタカコの脚がソファの上へと上がって行き、身体が横たえられる気配が伝わって来た。そこから先はお互いにもう言葉は無く、敦賀は何をするでもなく割れた窓硝子の向こうに広がる闇夜へと視線を向ける。
少ししてから聞こえて来たのはタカコの静かな寝息、それに気付いた敦賀は視線だけをそちらへと向けて僅かに目を細め、それからまた前方へと視線を戻し、雨音と寝息の合奏を静かに聞いていた。
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