大和―YAMATO― 第三部

良治堂 馬琴

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第271章『副長』

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第271章『副長』

 ああ、胃が痛い。高根と黒川は笑顔を顔に貼り付けながらそんな事を考えていた。目の前にいるのは敦賀統幕副長、場所は太宰府駐屯地内の総監執務室。
「そう言えば高根総司令、漸く結婚したとか。相手は先々代のお孫さんだそうじゃないか」
「はい、一人も良いかと思っていたんですが、縁が有りまして」
「先々代のお孫さんならまだ随分若いんじゃないか?」
「そうなんです、まだ二十三歳で」
「随分若い奥さんを見つけたな、噂だともう身重だとか」
「いやぁ……お恥ずかしい限りです」
「これから公私共に責任重大だな。奥さんも今後数年間は大変な時期だ、大切にしてやれよ」
「はい、骨身に刻んでおきます」
「ああ、先ずはこれを言うべきだったな、おめでとう」
「有り難う御座います」
 三日後に訓練を控え九州へとやって来た上官、何故こんなに早くやって来た、前日の夜に九州入りすれば良いのに早過ぎだ、そう言いたいのは山々だがそれを口にする事も出来ず、高根と黒川は愛想笑いを何とか保つ。
 話題は高根の結婚について、時機が時機だが身重の状態でこれ以上中途半端なままにはしておけない、そう決断した高根が凛を伴って役所へと出向いたのは、義兄になる部下の島津とその妻に土下座をした翌々日の事。その後親族と極近しい者だけを集めた簡単な食事会兼披露宴を挙げ、『海兵隊史上最悪の屑男』は人の夫となった。
 それなりの地位に在るにも関わらず長年独り身で通していた男が突然結婚した、しかも相手は親子程歳が離れた若い娘、その上先々代の海兵隊総司令の孫、更には新妻は既に妊娠中。高根という人物を名前だけでも知る人間の耳目を集めるには充分な要素満載で、中央でも彼の結婚についてはここ最近噂になっている。
「黒川総監もそろそろ再婚を考えたらどうだ、高級士官で独身はもう君位のもんだ、独身仲間もこうして落ち着いた事だし、真剣に考えても良いんじゃないのか?」
 またそれか、と、黒川は表情はそのままに内心で盛大に舌を打つ。再婚はもうここ一年以上真剣に考えている、あんたの息子が問題なんだ。立場を最大限に利用してさっさとあの童貞に嫁を宛がえ、娘の伴侶を婿入りさせる位の事はしたのだから長男にこそそれをやれ、そう思いつつも流石にそれを言葉や態度には出せず、
「なかなか良い出会いも無いもので……見合いは性に合いませんし」
 と、そんな当たり障りの無い言葉で結論を濁した。
「それで……訓練についてだが」
 その言葉に、来た、と、二人の顔から笑みが消える。訓練迄数日有るというのに乗り込んで来た理由、それはこの一連の計画の内容を精査する為に他ならない。
「先ずは……初回の訓練で出た損害だが……トラック十五台が内燃機関か充電池に、若しくはその両方に深刻な損害を受けたと有るが……何が有ったんだ、これは」
「はい、今後活骸を使った攻撃だけでなく人間を使い非正規戦を仕掛けて来るだろうという見通しの元に立案した計画ですので、訓練もとことん実戦的にという事で、我々も兵士も詳細は敢えて確認しないという方式を採りました。それで、初回の訓練での非正規兵役が仕掛けたのがその車両への細工です。正直、そこ迄警戒の配慮が出来ていなかったというのが実際でして……」
「……実戦に即すのは良いが……修理費が大変な事になるな、これは。予算は無限じゃないが、それは理解してるのか?」
「はい、勿論です」
 最初に突っ込まれたのはやはりトラックの損害について、黒川が見立てた通りに一千万近い修理費部品交換費が必要となり、初回の初っ端にそれだけの損害を一気に出すとはと副長の表情は和らがない。
「訓練だけでなく実戦もそうだが……今後この様な事は無いな?」
「はい、勿論です。我々も新たな視点を得る事が出来ましたし、至らなさを痛感しました」
「……まぁ、始末書は書いてもらう事になる、それは覚えておけ」
「は」
「了解しました」
 始末書位何枚でも書く、それで済めば安いものだ、内心そんな事を考えつつ二人は副長の言葉に素直に頷いて見せる。探られたくないのはそこではない、タカコや彼女の部下達の事について気取られるのが何よりも拙いのだ。頼むからそこには気付いてくれるなよ、外面だけは取り繕いながらも祈る二人、後で重曹でも飲もうと胃の痛みを感じつつ副長へと向かい合い、その彼が手にしていた書類を応接セットの机上に置き茶へと手を伸ばした時には心底ホッとした心持ちになった。
「それで……この計画に関わっているのはどんな人物なんだ、君達がこれだけの痛手を負う様な作戦を考えるとはなかなか有望じゃないか」
 一難去ったと思ったら今度はそこか、どうしてそう的確に抉って来るのか、二人の胃は更にキリキリと痛む。
「一人ではありません。各駐屯地の司令やその下の各隊長達から意見を聞き取りまして、発想が優れている者を選抜して立案させました。正攻法でやっていくのには時間が無いと思われますので、そういった発想も必要かと」
「そういう事か……あまり予算に響かない方法でと伝えておけ」
「了解です」
 この点についても確実に突っ込んで来るだろう、それは二人の共通した見解で、特定の人物、特にタカコに目が向く事が無い様に、そう思い要素を分散させる答えを用意していた。その人物はと聞かれればそれも直ぐに答えられる様に、タカコの部下でありタカコよりも先に大和へと潜入していたカタギリとキム、他には海兵隊の古参や黒川の草の名も用意している。
「その選抜された人間の名前は?一応確認しておきたい」
「はい、先ずは海兵隊の――」
 念には念を入れて、この副長相手ではどれだけやってもやり過ぎという事は無い、そう思いつつ説明を始める高根と黒川、彼等の気が休まる事は、当分無い。
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